オーダーメイド”ハンガー”という世界

WEDGE 1月号(12月20日発売)に掲載の「Value Maker」です。

Wedge (ウェッジ) 2019年 1月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2019年 1月号 [雑誌]

 高級な背広やドレスをオーダーメイドするようなオシャレに敏感な人でも、その服をかけるハンガーにまで気を使っている人は少ないのではないか。
 「誰でも必ず使っているのに、深く考えた事がないモノの代表格がハンガーでしょう」
 そう言って笑うのは「NAKATA HANGER」を展開する中田工芸の中田修平社長。服は身体に合わせて縫製するが、服をかけるハンガーは一般に売られているものだと、形や大きさはほぼ同じ。服に合うハンガーを選んで使えばまだいいが、服を買った時に付いてくるプラスチック製のハンガーや、クリーニングから戻ってきた針金のハンガーにつるしたまま、洋服ダンスにしまっしまうケースも少なくない。
 NAKATA HANGERはそんな常識を打ち破り、洋服にフィットするハンガーを提案している。S・M・Lのサイズに合わない体格の人や、色や形にこだわりの強い人向けには、オーダーメイドのハンガーも作って世に送り出している。
 それができるのは、兵庫県豊岡市で木材から職人が機械を使って彫り出す手作りハンガーを製造しているからだ。中田工芸は1946年の創業以来、一貫してハンガーの製造・販売を行ってきた。木材ハンガーを国内で大量生産しているメーカーは今や中田工芸だけ。メーカーの多くは中国などから入ってくる安価な輸入品に駆逐されて国内製造を断念していった。
 ハンガーの最大の需要先はアパレルメーカーで、ショップに服を陳列する際の必需品だ。高級婦人服ブランドのブティックで使う、色や形にこだわったハンガーの注文などを受けてきたが、90年代ごろから中国製品が入って来て「価格勝負」になっていった。中田工芸も台湾のパートナー会社に低価格品の製造を委託、激しい価格競争を何とか生き残ってきた。
 そんな中、修平さんの父で現会長の中田孝一さんは、個人客向けのハンガーを作って販売する「BtoC」に力を入れ始める。価格勝負になりがちなファッション業界用から、より高付加価値の個人用へと舵を切ろうと考えたのだ。そこへ、ちょうど米国の大学を終えて戻った修平さんが入社する。2007年のことだ。
 「アメリカまで行って田舎に戻るのは正直嫌だったのですが、東京の青山に店を開くというので、面白そうだと思ったのです」と修平さん。入社して初めての仕事が青山のショールーム作りだった。
 家業とは言え未知の世界に飛び込んでみると、そこには大きな資産の山があるように見えた、という。当時でも60年以上の歴史があり、確かな技術があり、ハンガーづくりへのこだわりや思いがあった。それを消費者に伝えていけば、必ず価値を見出す人たちがいる。そう確信したのだという。
 それまでは、「どんな良い商品でも安くしないと売れない」という考えが全社的に染みついていた。価格勝負が当たり前になっていたのだ。修平さんが、良いものなら高く売れると説いても、社員は半信半疑だった、という。
 モノづくりの発想も違った。取引先から言われた通りのモノを忠実に作るのがメーカーの役割だという考えが染み込んでいた。どんなハンガーが良いか、消費者に提案することなど、考えてもいなかった、というのである。
 青山のショールームでは「NAKATA HANGER」というブランドを前面に押し出した。中田工芸という社名では何の会社か分からない。ハンガーの後ろに付けるロゴも作ったが、豊岡で製造したものにしか、このブランドを付けないことに決めた。国産品を徹底して高付加価値商品として売ることにしたのだ。
 きちんとした価格で売れば、その分、腕の良いハンガー職人の給与を引き上げて報いることができる。人手不足の中で、きちんとした給料を払わなければ将来を託せる人材は集まらない。そうなれば、技術の伝承もままならない。経済の循環を維持し続けるには、良い商品をきちんとした価格で売る高付加価値路線が何よりも大事なのだ。

一枚板から削り出す
 そうして生み出された定番品のNH-2という商品は、特別な厚みの一枚板から職人が南京鉋(がんな)などの道具を使って削り出していく職人技が光るハンガーだ。幅43センチメートル、厚さ6センチメートルの重厚なもので、紳士用のジャケットなどをかける高級感があふれる逸品だ。販売価格1本3万円(税別)のこのハンガーを作れる腕を持っているのは中田工芸の職人の中でもわずか2人。商品名のNHはもちろんNAKATA HANGERの略だ。
 左右をつなぎ合わせた通常の作り方で仕上げたAUTシリーズの紳士用スーツかけは、人工工学に基づいて削った滑らかな湾曲が特長で、洋服を掛けた時のフィット感にあふれる。4000円から5000円(税別)の価格帯だ。
 業界の常識からすれば「かなり高い」NAKATA HANGERは、百貨店の紳士向けのこだわり商品のコーナーに置かれたり、高級ホテルのスイートルームで使われるなど、少しづつ知名度が広がっていった。
 そんな「国産」「職人技」へのこだわりが、思いもかけないコラボに結びついた。石川県輪島で、輪島塗の伝統を守り続けている千舟堂から声がかかり、NHに輪島塗を施した最高級のハンガーを作ることになったのだ。付け根の部分に赤富士の蒔絵を施したハンガーは1本15万円(税別)である。
 「今では3000円のハンガーだと、安いねと言ってもらえるようになりました」と中田社長は言う。
 中田工芸の個人向け商品の割合は今や4割。全体の売り上げの伸びは小さいが、付加価値の高い個人向け商品の割合が大きくなることで利益体質になっている。だが、今後もファッション業界向けは減少が懸念されている。アパレルの通信販売が広がり、実際の店舗に洋服を展示せずに販売される形が急速に広がっているからだ。店舗で洋服をつるす必要がなくなれば、ハンガーは不要になる。ますます個人向けに力を入れなけれれば会社の発展はない。
 「世界一のハンガー屋になりたい」。17年、父親の跡を継いで3代目の社長に就任した修平さんは言う。海外展開は父の代からの夢だったが、もはや夢ではない。海外で日本製の商品が注目されているのだ。海外の展示販売会で2日で100本のハンガーが売れるなど、NAKATA HANGERは世界でも知られた存在になり始めている。社長自ら、シンガポールや英国に売り込みをかけている。
 本家本元の英国で、日本製のハンガーを認めさせるーー。そんな目標も視界に入って来た。「会社の規模を大きくするというのではなく、世界一感動してもらえるハンガーを世界に広めていきたい」と抱負を語っていた。

新聞部数が一年で222万部減…ついに「本当の危機」がやってきた 新聞は不要、でいいんですか?

現代ビジネスに1月24日にアップされた拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59530

ピークの4分の3
ネット上には新聞やテレビなど「マスコミ」をあげつらって「マスゴミ」呼ばわりする人がいる。論調が自分の主張と違うとか、趣味に合わないとか、理由はいろいろあるのだろうが、「ゴミ」と言うのはいかがなものか。ゴミ=いらないもの、である。新聞は無くてもよいと言い切れるのか。

新聞を作っている新聞記者は、全員が全員とは言わないが、言論の自由報道の自由が民主主義社会を支えているという自負をもっている。権力の暴走をチェックしたり、不正を暴くことは、ジャーナリズムの重要な仕事だ。日本では歴史的に、新聞がジャーナリズムを支えてきた。

だが今、その「新聞」が消滅の危機に直面している。毎年1月に日本新聞協会が発表している日本の新聞発行部数によると、2018年(10月時点、以下同じ)は3990万1576部と、2017年に比べて222万6613部も減少した。14年連続の減少で、遂に4000万部の大台を割り込んだ。

新聞発行部数のピークは1997年の5376万5000部だったから、21年で1386万部減ったことになる。率にして25.8%減、4分の3になったわけだ。

深刻なのは減少にまったく歯止めがかかる様子が見えないこと。222万部減という部数にしても、5.3%減という率にしても、過去20年で最大なのだ。

新聞社が販売店に実際の販売部数より多くを押し込み、見かけ上の部数を水増ししてきた「押し紙」を止めたり、減らしたりする新聞社が増えたなど、様々な要因があると見られるが、実際、紙の新聞を読む人がめっきり減っている。

このままでいくと、本当に紙の新聞が消滅することになりかねない状況なのだ。

若い人たちはほとんど新聞を読まない。新聞社に企業の広報ネタを売り込むPR会社の女性社員でも、新聞を1紙もとっていない人がほとんどだ、という笑い話があるほどだ。

学校が教材として古新聞を持ってくるように言うと、わざわざコンビニで買って来るという笑えない話もある。一家に必ず一紙は購読紙があるというのが当たり前だった時代は、もうとっくに過去のものだ。

「いやいや、電子版を読んでいます」という声もある。あるいはスマホに新聞社のニュースメールが送られてきます、という人もいるだろう。新聞をとらなくても、ニュースや情報を得るのにはまったく困らない、というのが率直なところに違いない。

このままいくと…
紙の発行部数の激減は、新聞社の経営を足下からゆすぶっている。減少した1386万部に月額朝刊のみとして3000円をかけると415億円、年間にすればざっと5000億円である。新聞の市場規模が20年で5000億円縮んだことになる。

新聞社の収益構造を大まかに言うと、購読料収入と広告収入がほぼ半々。購読料収入は販売店網の維持で消えてしまうので、広告が屋台骨を支えてきたと言える。

発行部数の激減は、広告単価の下落に結びつく。全国紙朝刊の全面広告は定価では軽く1000万円を超す。その広告単価を維持するためにも部数を確保しなければならないから、「押し紙」のような慣行が生まれてきたのだ。

「新聞広告は効かない」という声を聞くようになって久しい。

ターゲットを絞り込みやすく、広告効果が計測可能なネットを使った広告やマーケティングが花盛りになり、大海に投網を打つような新聞広告を志向する会社が減っているのだ。

新聞社も企画広告など様々な工夫を凝らすが、広告を取るのに四苦八苦している新聞社も少なくない。

筆者が新聞記者になった1980年代後半は、増ページの連続だった。ページを増やすのは情報を伝えたいからではなく、広告スペースを確保するため。

第三種郵便の規定で広告は記事のページ数を超えることができなかったので、広告を増やすために記事ページを増やすという逆転現象が起きていた。増ページのために膨大な設備投資をして新鋭輪転機を導入した工場などをどんどん建てた。

確かに、今はデジタルの時代である。電子版が伸びている新聞社も存在する。だが、残念ながら、電子新聞は紙ほどもうからない。広告単価がまったく違うのだ。

海外の新聞社は2000年頃からネットに力を入れ、スクープ記事を紙の新聞よりネットに先に載せる「ネット・ファースト」なども15年以上前に踏み切っている。日本の新聞社でも「ネット・ファースト」を始めたところがあるが、ネットで先に見ることができるのなら、わざわざ紙を取らなくてよい、という話になってしまう。

紙の読者がネットだけに移れば、仮に購読料金は変らなくても、広告収入が減ってしまうことになるわけだ。

欧米では新聞社の経営は早々に行き詰まり、大手メディア企業の傘下に入ったり、海外の新聞社に売り飛ばされたところもある。このままでいくと、日本の新聞社も経営的に成り立たなくなるのは火をみるより明らかだ。

「紙」の死はジャーナリズムの死
当然、コスト削減に努めるという話になるわけだが、新聞社のコストの大半は人件費だ。記者の給料も筆者が新聞社にいた頃に比べるとだいぶ安くなったようだが、ネットメディアになれば、まだまだ賃金は下がっていくだろう。

フリーのジャーナリストに払われる月刊誌など伝統的な紙メディアの原稿料と比べると、電子メディアの原稿料は良くて半分。三分の一あるいは四分の一というのが相場だろうか。新聞記者の給与も往時の半分以下になるということが想像できるわけだ。

問題は、それで優秀なジャーナリストが育つかどうか。骨のあるジャーナリストは新聞社で育つか、出版社系の週刊誌や月刊誌で育った人がほとんどだ。

逆に言えば、ジャーナリズムの実践教育は新聞と週刊誌が担っていたのだが、新聞同様、週刊誌も凋落が著しい中で、ジャーナリスト志望の若手は生活に困窮し始めている。

そう、新聞が滅びると、真っ当なジャーナリズムも日本から姿を消してしまうかもしれないのだ。紙の新聞を読みましょう、と言うつもりはない。

だが、タダで情報を得るということは、事実上、タダ働きしている人がいるということだ。そんなビジネスモデルではジャーナリズムは維持できない。

誰が、どうやって日本のジャーナリズムを守るのか。そろそろ国民が真剣に考えるタイミングではないだろうか。

ゴーン前会長逮捕で注目、外国人トップ起用のわけ 経営のプロ、手っ取り早く?

毎日新聞1月18日の夕刊に磯山のコメントが盛り込まれた記事が掲載されました。ぜひ、毎日新聞のデジタル版等でもご覧ください。→https://mainichi.jp/

 日本企業はなぜ外国人経営者を求めるのか。会社法違反容疑などで逮捕、起訴された日産自動車カルロス・ゴーン前会長をはじめ、製薬最大手・武田薬品工業がクリストフ・ウェバー氏を招くなど、大手企業が海外からトップを迎える動きが続いている。その事情から見えるものは……。【宇田川恵】

 「部長クラスを登用する際、もし国籍を問わず選べば、日本人は一人も入らないっていう話を聞きましたよ。そのぐらい日本人は劣後していると。もしかしたら日本企業の中間管理職は、日本語と英語、中国語が話せる外国人で占められちゃうかもしれません」。苦笑ぎみにそう話すのは経済ジャーナリストの磯山友幸さんだ。

 家電や自動車など物づくりで世界を席巻してきた日本。いったい何が劣っているというのか。「今の日本の在り方では、マネジメント(経営)の専門家が育ってこないんですよ」

 欧米の国際的企業では、経営を専門に学んだ人が30代ぐらいで入社し、子会社の管理責任者を務めたり、その後に本社で部長に就いたりして、経営の腕を磨く。そんな人材が将来、トップとして経営のかじを握るのだ。実際、ゴーン前会長も30歳からさまざまな企業経営に携わってきた経営のプロといえる。

 一方、日本企業では通常、上司から引き立てられたりした人が平社員から順々に昇進し、部長や取締役となり、そのうちの誰かが社長になる。トップはその会社だけに通用する慣習や特定の分野に詳しく、根回しが上手でも、経営能力にたけているとは言えないケースが多いのだ。

 「日本の場合、会社が大きな変革をしようとしても、社内の下から上がってきた人では限界がある。欧米のように経営の専門家があちこちにいて、隣の会社から引っ張って来られるような環境にもない。ならば国際事情にも精通している経営のプロを海外から呼ぶのが手っ取り早い方法といえます」と磯山さんは語る。

 ゴーン前会長は日産の再建請負人として登場し、合理的な手法で「系列」などのしがらみをばっさり切り捨てた。日本人の手ではできなかった大量の社員のクビを一気に切るという大規模なリストラも断行、そのお陰で日産は息を吹き返した。一方、武田が国際市場での生き残りを懸けて招いたのがウェバー氏だ。社内には反対の声もすさまじかったというが、同氏は今月、アイルランドの製薬大手を約6兆円もの巨費で買収。その成否はあくまで今後にかかるが、生え抜きの日本人トップなら尻込みしたような大胆な取り組みを推し進めている。

 プロの経営者を外から連れて来る動きは今後いっそう高まる、と作家の江上剛さんは見ている。旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)出身で、企業事情に詳しい視点から、こう指摘する。「バブル崩壊以降、日本は『失われた何十年』などと言われてきたが、実際には低成長ながら安定した暮らしが維持できたんです。でも大企業を中心に、だんだんその状況に我慢ならなくなっている。米国のIT企業の勢いや中国の台頭で、このままでは沈んでしまうという危機感が強まっているからです。そのため多くの企業が『異質な人』たちを求めているのではないでしょうか」

 江上さんの言う異質な人は、武田のウェバー氏であり、ここ数年増えてきた「プロ経営者」と呼ばれる人たちだ。サントリーホールディングス新浪剛史氏や資生堂の魚谷雅彦氏などがその例といえる。もちろん全てが成功しているわけではないが、リスクを取ってでも成長をつかもうという機運が外国人トップ起用に表れているともいえる。

日本理解、成功に不可欠
 NHK連続テレビ小説まんぷく」が評判だが、そのモデルである日清食品の創業者でインスタントラーメンを生み出した安藤百福(ももふく)氏は魅力的な経営者だ。その生前を知る人に話を聞いたことがある。安藤氏は入社2〜3年の若い社員から年配の役員まで分け隔てなく自分の部屋に呼んで、興味ある話をじっくり聞いたそうだ。「百福さんというのは常に人様に喜んでもらおうという発想で真剣に物事を考えていた。怖い存在だったけど、社員はみんな大好きだった」と振り返っていたのを思い出す。

 合理的な思考と行動力で会社を動かすことは必要だ。それは決して否定できない。だが経営者はそれだけでいいのか。安藤氏に思いをはせると、どうしても気になる。

 パフォーマンス心理学の専門家で、経営トップのスピーチ指導なども行うハリウッド大学院大学教授、佐藤綾子さんに聞くと、経営者はその地の社会や文化を理解することが欠かせない、とする。欧米は個人主義、競争主義であるのに対し、日本は集団主義、協調主義が根付いている。「日産の業績が悪化した時のような『有事』のリーダーは決断力が必要で、ゴーン前会長はぴったりの人でした。でも業績が回復し、会社が落ち着いた後の『平時』のリーダーは、日本的に仲間をまとめたり、人を大切にしたりすることが必要です。ゴーン前会長は有事のリーダーとして優秀でも、平時のリーダーにはなれなかったということではないでしょうか」

 佐藤さんはさらに、主張を効果的に伝える条件として「論理」「信頼性」「感情」の三つが必要だとし、「欧米人は『論理』を優先しますが、日本人に対しては『感情』を大切にしなければいけません」とも語る。

 分かりやすい例は、日本マクドナルドホールディングスの社長、サラ・カサノバ氏の対応だ。2014年夏、中国の協力工場が期限切れの鶏肉を使用していた問題が発覚し、カサノバ氏は記者会見した。その話しぶりは整然として論理的で、「マクドナルドもだまされた」と訴えた。だが多くの日本人はこれに反発、業績は悪化した。その後しばらくして、再び記者会見したカサノバ氏は、以前の険しい対応から一転、深く頭を下げ謝意を示した。以降、全国の店を回って客と触れ合ったりもしている。「マクドナルドが回復したのは、カサノバ氏が『論理』以上に『感情』を大切にし、集団主義の日本社会に向けて『応援してください』というメッセージを伝えられたからだと思います」と佐藤さん。

 幅広い経済問題に詳しいジャーナリストの嶌信彦さんも、経営者は日本的なものを大切にしなければいけない、と強調する。ソニーで初めて外国人トップに就いたものの、「物づくりを軽視した」などと批判され業績も悪化し、評価が低いハワード・ストリンガー氏の例を挙げながらこう話す。「ストリンガー氏は日本にほとんど住まず、日本社会に定着したり、日本人のライフスタイルを理解したりしなかった。しかし大規模なリストラなど合理化だけは進め、業績など数字を重視しました。経営者がグローバルな視野を持って経営することは大切だが、その国の土壌への理解を併せ持たないと成功はしません」

能力、チェックする仕組みを
 日本企業が外国人トップを招く半面、日本人が国際的な大企業で経営を任されているという話は聞かない。このままでいいのだろうか。

 嶌さんは、経営の専門家を育てようという動きは見えつつある、とする。「大手商社などは30代ぐらいの社員を関連会社に送って役員のポストに就けたりして、経営全般を学ばせた後、また呼び戻したりしている。我々の時代は若いうちに子会社に異動させられると『飛ばされた』と落胆したものだが、今は必ずしもそうじゃない」

 前出の磯山さんは「大卒一括採用がなくなれば状況は変わる」と話す。企業は今、何のスキルも能力も持たない大卒者を、なんとなく良さそうだと判断して採用している。だが「欧米のグローバル企業のように、大学院で勉強したり、企業のインターンを経験したりして、特別な力を身につけた人を採用するようになれば、若者も自分でスキルを磨き、キャリアを作る努力をするはずです。もはや企業も、白地のキャンバスに何十年もかけて絵を描くみたいに人を育てる余裕はなくなってきている」。

 そもそも日本企業が外国人トップを迎える準備が本当にできているかには疑問の声もある。「連れてきたトップに能力がなければ1年でもクビにできたり、経営の成果をきちんとチェックできたりするガバナンス(企業統治)の仕組みが働かないといけない。『社長は全能』という日本企業に外国人トップを持って来れば、好き放題やる経営者が生まれて当然です」と磯山さん。

 さまざまな不備を見直さないといけない。

再び台頭する「日本異質論」

日本CFO協会が運営する「CFOフォーラム」というサイトに定期的に連載しています。コラム名は『コンパス』。1月18日にアップされた原稿です。オリジナルページもご覧ください。→http://forum.cfo.jp/?p=11148

 2018年の東京株式市場は⽇経平均株価が2万1477銭とかろうじて2万円台で⼤納会を終えた。もっとも、2018年の初値だった2万3,073円73銭を下回ったので、4本足のチャートで言えば2018年は「陰線」だった。年末終値が前の年を下回ったのは2011年以来7年ぶりである。

 安倍晋三内閣が進めてきたアベノミクスなどの効果もあり、株価は上昇傾向を続けてきたが、ここへきて、いよいよ息切れとなった。

 年末の大幅な下落はニューヨーク・ダウの大幅安が引き金で、原因としては米国政治の混乱や米景気の減速懸念などが語られていた。だが、日本の株価が「陰線」になった最大の理由は、海外投資家が日本株を「見限った」ことにある。JPX(日本取引所グループ)が発表する投資部門別売買動向によると、2018年は「海外投資家」が5兆円以上も売り越した。もちろんアベノミクスが始まった2013年以降では最大である。

 2018年は「日本売り」につながる出来事が資本市場周辺で相次いだ。中でも世界の投資家を驚かせたのが11月末のカルロス・ゴーン日産自動車会長(当時)の逮捕だ。検察からのリークで報道される「会社私物化」の話は、庶民感情を逆なでするには十分だったが、現職の経営者の身柄を拘束するに足る法律違反が存在するのか。日本を知る外国人投資家の多くはゴーン会長逮捕に「魔女狩り」を感じたようだ。

 ゴーン会長が日産で「天皇」として振る舞い好き放題を働いた点には、誰もが批判的だ。だが、そんな好き放題を許したのは、日産自動車のガバナンス体制が緩かったからで、日本の会社制度の「緩さ」が原因だったのではないか。欧米の貪欲な経営者は放っておけば同じようなことをする。だからこそ契約で明確にし、ガバナンスをきかせた監視体制を取る。それを疎かにした日本の制度の「穴」をゴーン会長に突かれたのだろう、というわけだ。

 それをいきなり逮捕して、しかも再逮捕を繰り返して自由を束縛し続ける。まさに中世のような司法制度が生きていると海外投資家は思ったようだ。日本の上場企業の取締役を引き受けるのは大きなリスクだ、という声がグローバル企業の経営者の間から上がっている。やはり日本は「異質な国だ」という認識が一気に広がってしまったという。

 裁判所が勾留期限の延長を不許可とすると、東京地検特捜部は慌てて「特別背任」で再逮捕した。特別背任で有罪にするにはゴーン会長が会社に損失を与えることを意図していたとの立件が必要で、ハードルはかなり高い。仮に有罪にできないようなことがあれば、特捜部のメンツが丸つぶれになるどころの話ではなく、日本企業が世界の経営者からソッポを向かれることになりかねない。

 そもそもゴーン会長を逮捕した最初の容疑が「有価証券虚偽記載罪」だったことにも日本の事情に詳しい海外投資家は目を丸くした。何せ、あの東芝が前代未聞の巨額の粉飾決算にもかかわらず、誰ひとり経営者が逮捕されなかった罪状だったからだ。

 もう1つ、ほぼ同時に表面化したスキャンダルは、世界の投資家を呆れさせた。JPXの清田瞭CEO(最高経営責任者)が、自らが開設責任者である東京証券取引所に上場するETF(上場投資信託)に1億5,000万円も投資していたことが明るみに出たのだ。JPXは内規違反だとして清田氏の報酬を3カ月30%減額する処分を行った。取引所のトップは株式売買などを行わないのが当然で、トップとしての資質が問われる事態だったが、「身内に甘い」処分でお茶を濁した。

 結局、日本の会社制度や取引所のルールは、日本人の権力者に都合の良いように運用されているのではないか。そんな疑念が強まる事例が相次いだわけだ。

 この光景はいつか来た道ではないか。2000年前後に会計不正が吹き荒れた際、日本の会計基準は「世界標準とは違うものだ」という注意書きが英文決算書に付けられたことがある。その当時、吹き荒れた日本異質論を彷彿とさせる。その後、日本が世界の信用を取り付けるためにどれだけ多くの制度改正やルールの国際化を余儀なくされたか。

 いとも簡単に信用を失うことはできる。だが、その信用を取り戻そうと思えば、長年の努力が不可欠になる。第2次以降の安倍晋三内閣は、社外取締役の導入やスチュワードシップ・コードなどの導入といったコーポレートガバナンスの強化に取り組んできた。そうした努力を無に帰すことになればどうなるか。海外投資家の売り越しはそう簡単に収まりそうにない。

【高論卓説】出国者数「過去最多」の意味 景気回復、働き方改革…今後に注目

1月18日付けのフジサンケイビジネスアイ「高論卓説」に掲載された拙稿です。オリジナル→https://www.sankeibiz.jp/macro/news/190118/mca1901180500001-n1.htm

 日本政府観光局(JINTO)が16日に発表した2018年の年間訪日外客数(速報値)は3119万1900人と、前の年を8.7%上回って過去最多を更新した。いわゆる「インバウンド」の活況が続いており、日本経済にも大きな効果をもたらしている。(ジャーナリスト・磯山友幸

 一方、なかなか注目されないが、同時に発表された「アウトバウンド」、つまり出国する日本人の数にも大きな変化が出ている。昨年1年間の出国日本人は1895万4000人。12年に記録した1849万657人を突破、6年ぶりに過去最多を更新した。

 12年は猛烈な円高が追い風になって海外旅行ブームが起きた年で、前の年に比べて8.8%も出国者が増えた。その後はアベノミクスで急速に円安が進んだため、海外旅行が割高になり13年から15年まで3年連続で出国者がマイナスになった。何と3年で200万人も減っていた。

 それが再び増加に転じ、16年は5.6%増、17年は4.5%増と推移、18年は6%の伸びになったもようだ。月ごとの統計でみると、昨年10月は前年同月比12.8%増、12月は10.9%増と大幅に出国者が増加しており、過去最多を更新する原動力になった。

 ではいったいなぜ、出国者が増えているのか。

 6年前のような円高効果ではないのは明らかだ。考えられるのは、「景気」の回復。企業の海外出張が増えているほか、家族での海外旅行なども増加傾向にあるようだ。

 安倍晋三首相は、長年「経済好循環」を政策目標に掲げ、好調な企業収益を背景に賃上げを行うよう経済界に要望し続けてきた。そうした賃上げの効果が、ようやく旅行消費という形で表れてきた、ということなのかもしれない。

 百貨店などでの「モノ」の消費はまだまだ低迷が続いており、消費回復は実感できない。一方で、消費の形が、「モノ」から「コト」へと移っているといわれており、まずは旅行から火が付き始めたという見方もできる。イマ流の消費動向というわけだ。

 もう一つ、「働き方改革」が出国者の増加を後押ししているという見方もある。

 企業は残業の抑制や、有給休暇の取得促進に動いている。もしかすると、休みが取りやすくなった分、海外旅行に出かけるチャンスが増えているのかもしれない。

 今年は新しい天皇陛下の即位に伴い、5月に10連休が予定されている。旅行会社によると大型連休中のパッケージ旅行などの予約は出足が好調だという。

 もっとも、海外旅行に行くのは景気が良くなったからではない、という見方も成り立つ。インバウンドで日本に押し寄せる外国人が増加し、国内のホテルや旅館の価格が急騰している。国内旅行の価格が高くなった分、割安な海外旅行に再び日本人がシフトしている、というのだ。LCC(格安航空会社)の普及で、海外旅行の価格単価が安くなっていることも背景にありそうだ。

 出国数の最多は景気の良しあしのどちらを示していると見るべきなのか。今後の動向が注目される。

特別から日常へ、会津の「アウトドア用漆器」

WEDGE 12月号に掲載の「Value Maker」です。

漆器といえば、お正月やお祝い事など、特別な時に使われる芸術品のような食器という意識が強い。黒光りする漆の表面に金や銀の蒔絵が施された椀や重箱を、普段の食事に使うのは「もったいない」という人も多いだろう。ましてやキャンプなどアウトドアに持って出るなんて「とんでもない」というのが、常識に違いない。

 「だから漆器が生活から消えていくんです」と、福島県会津若松セレクトショップ「美工堂」代表、関昌邦さんは言う。漆器に対する世の中の「常識」に歯向かい、「アウトドア用の漆器」を世に送り出した人物である。

 会津若松は「会津塗」で知られる漆器の一大産地で、400年以上の歴史を持つ。ところが、会津漆器の産業規模は今や最盛期の7分の1。それも全体の話で、木から椀などを削り出す木地作りの仕事は13分の1、漆を塗る仕事に至っては32分の1になっている。「特別な時に使うもの」という意識が、消費者だけでなく、生産者の頭にもこびりついた結果、日頃の生活からすっかり漆器が遊離し、一部の和趣味や富裕層が買う嗜好品になってしまった、というのだ。

 「もともと漆は縄文時代から使われていたようで、漆を塗った器に入れた食物は腐敗が遅いなど、古代人は生活の知恵として知っていたのではないか」と関さん。漆器は普段使いの生活必需品として長年使われてきたというのだ。江戸時代までは飯椀と言えば漆器だったが、今や会津でも家で漆器を使う人はほとんどいない。

 関さんは「原点に帰って」素材、機能としての漆の意味を考え、カジュアルな生活道具だった漆器に戻そうと考えた。それが漆器復権につながるのではないかと思ったからだという。

 関さんが真っ先に生み出したのが、「NODATE Mug(のだてマグ)」。アウトドアで気軽に使える木製のマグカップだ。木を削り出した筒型の木地に漆を塗り、すぐに拭き取り乾きを待ち、これを繰り返す。漆の下から木目が浮き上がり独特の風合いが出る。さらに器の腰の部分に穴を開け、ヘラジカの革紐を通した。使った後、紐を引っ掛けて乾かすことができる仕掛けだ。漆器の新機軸とも言える商品が出来上がった。

 「フェスイベントが好きでキャンプに出かけていたのですが、自然の中に行くのに、食器はプラスチックや金属製というのが気になっていました。何とか食器だけでも自然のものを揃えられないかと探したのですが無くて、自分で作ることにしたのです」

 まずは自分が欲しいカジュアルなアウトドア用食器をプロデュースしよう、そう関さんは思い立った。2010年のことだ。実は、漆は熱にも強く、強酸にも強アルカリにも耐える。木を削って作る漆器は丈夫で軽い。アウトドアにもってこいの素材なのだ。このマグカップ漆器が大ヒットする。キャンプ好きの大人たちの間で、人気アイテムになったのだ。

 お茶も点てられ飯椀にもなるやや大ぶりの「NODATE ONE(のだて椀)」や、エスプレッソにぴったりの小型マグ「Nodate mag tanagokoro(のだてマグたなごころ)」、そしてアクセサリーを兼ねるお猪口まで、ラインナップを増やしていった。大皿、小皿、箸もある。どれも革紐が付いていて、リュックサックやテントのフックにも引っ掛けられる。この革紐がアクセントになってアウトドア感を引き立てている。

made in Aizu, Japan

「NODATE」というブランド名を付けたのは奥さんの関千尋さんだった。「茶道に出会った頃から野点(のだて)という日本語の表現が美しいなとずっと思っていた」という。アウトドアでお茶を一服という器に、ぴったりのネーミングだ。関さんは奥さんこそが影のプロデューサーだと笑う。

 問題は価格だった。高級品として売ってきた漆器は高額だ。これをどこまで安くできるか。「理にかなうプライシング」にすることを考えた。職人にもきちんとした報酬を払うが、買う人にも「高いけど欲しい」と思わせる値段にする。何層にも塗り重ねる一般的な艶塗りではなく、最もカジュアルな「拭き漆(摺り漆)」にすることで価格を抑えた。もちろん、それも会津に伝わる伝統的な塗り技法のひとつだ。マグ1つが5500円という価格は安くはないがべら棒に高くもない。その価格設定もヒットした理由だろう。

 カジュアルとはいえ、「本物の技術」にはこだわり続けている。生活の中に漆器を取り戻す事で、木地作りから漆塗り、蒔絵、といった会津に残る漆器作りの伝統技術を残す事ができる。それが「NODATE」漆器を生んだ大きな理由だからだ。器の裏などには「made in Aizu , Japan(メイド・イン・会津・ジャパン)」と刻み、会津産であること強烈にアピールしている。それは会津の伝統への「誇り」でもあり、会津を守らなければという「焦り」の表れでもあるように見える。

 大名道具の弁当箱である「提重(さげじゅう)」を現代風にアレンジした「bento for picnic(弁当フォー・ピクニック)」も、遊び心の中に、会津の伝統技法が生きている。最近では、ストリートアーティストとコラボをした限定品のマグカップや椀を作っている。新しい芸術が伝統的な会津塗りと共鳴することで、新たな魅力が生まれている。

 
セレクトショップ美工堂を運営している関美工堂は昭和21年(1946年)の創業で、表彰の際の記念品として「楯」を商品化した会社として知られる。長年、トロフィーやカップなどを作ってきた。上質な会津塗りの手仕事の技法を優勝楯という形に変えて付加価値をつけ、市場の多様化に活路を拓いた。祖父、父の跡を継いだ三代目の関さんは、漆器の原点に戻って生活の中で使われるモノ、時代に適したあり方を模索し、祖父と同様に会津塗りの多様化を目指している。


 そんな関さんの「NODATE漆器」が女性誌やファッション誌で注目されている。シャネルの特集ページのすぐ後に、「NODATE」の特集が組まれたりするのだ。また、裏千家系の出版社である淡交社のオンラインショップでも、「NODATE one」が扱われた。本家本元に茶碗として認められた格好だ。生活の中で使われる実用性の高い本物に「美」を見出すのが日本人本来の美意識なのかもしれない。そんな美意識を関さんの「NODATE」は大いに刺激したのだろう。

 「会津は宝の山です」と関さん夫妻は息を弾ませる。関さんは町の中心にある美工堂を、世界のお洒落な一級品を集めたセレクトショップにした。東京やニューヨークにあるようなお店だった。だが2年半ほど前に店作りの方針を一変させた。「NODATE」漆器を中心に、会津木綿で作った昔ながらの作業服など、会津の手作りの逸品を揃えるようにしたのだ。

 「今は世界で唯一のお店になりました」。そう語る関さんは、漆器文化に代表される「会津の価値」に磨きをかけ、それを国内外に売り込んでいくことが自らの役割だと考えている様子だった。

6兆円近い売り越し…!海外投資家はもう日本株を見限ったのか 「日本の特殊性」への懸念?

現代ビジネスに1月17日にアップされた拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59422

やはり日本は変われない
2018年1年間に海外投資家が日本株を大量に売り越していたことが明らかになった。

1月9日に日本取引所グループが公表した投資部門別売買状況(2市場1・2部合計)によると、海外投資家の売り越し額は5兆7448億円。第2次安倍晋三内閣がアベノミクスを打ち出して以降、最大の売り越しとなった。

日本株アベノミクスに期待する海外勢に買い支えられてきた面が強いが、日本株から資金が逃げ始めたとすれば、今後の株価への影響は甚大だ。

海外投資家はアベノミクスが始まった2013年に15兆1196億円も買い越し、それが、日本株が本格反騰するきっかけになった。2014年も8526億円の買い越しだったが、2015年になって2509億円の売り越しと、売り買いトントンの状態になった。

アベノミクスの「3本の矢」として打ち出した政策の中で、海外投資家には3本目である「民間投資を喚起する成長戦略」が最も期待を集めたが、そこでなかなか成果が上がらないことに、海外投資家が不信感を抱き始めたのがひとつの理由だった。

「やはり日本は変われないのではないか」という見方が強まり、2016年には3兆6887億円の売り越しと、まとまった売りが出された。

2017年には3年ぶりに7532億円の買い越しとなっていたものの、前述の通り、2018年は6兆円近い売り越しだった。

2018年10月に日経平均株価は27年ぶりの高値を付け、市場では楽観ムードが広がっていた。そんな中で、海外投資家は日本株をせっせと売っていたわけだ。

経済の先行きは怪しいが
もちろん、米中貿易戦争などによって世界的に株式市場が動揺している中で、世界の投資家が株式離れを起こした面もある。為替が円高に振れたことで、日本株が売られるといういつものパターンと見る向きもある。

だが、ここまでまとまった売りには、海外投資家が日本株を見限る、日本独自の理由があったと見るべきだろう。

そのひとつは「ファンダメンタルズ(経済の基礎的要件)」の悪化、つまり日本経済の先行きが怪しくなってきたことがある。

日本経済は緩やかに回復しているというのが政府やエコノミストの見方だったが、予想以上に消費が弱い状態が続いている。今年10月に迫った消費増税の影響を克服するために政府は様々な経済対策を打ち出しているが、増税を機に消費が失速する可能性は捨てきれない。

アベノミクスによって日本経済が再び成長路線に乗るとする海外投資家たちの期待を裏切りそうな気配になってきたのだ。

2020年には東京オリンピックパラリンピックも控えていることから、そう簡単に日本経済が失速することはない、という見方もある。海外からの訪日客も2018年には3000万人を突破、2020年には4000万人を見込んでいる。そう先行きを読む投資家は、株価が大きく下がって割安感が出れば、再び日本株を買ってくる可能性はある。

ゴーン・ショック
だが、ここへきて、世界の投資家が眉をひそめる問題が立て続けに起きている。

ひとつはカルロス・ゴーン日産自動車会長(当時)の突然の逮捕劇。現役の経営者が寒い拘置所で身柄を拘束され、クリスマスも年末年始も勾留が続いていることに、世界の経営者や投資家は目を丸くしている。強欲なゴーン容疑者に同情するというよりも、日本の司法制度のあり方に、「日本は特殊だ」と感じているのだ。

かつて海外金融大手の日本法人が不正な金融商品を販売したとして事件になった際、外国人トップが逮捕され、身柄を拘束されたことがある。「当時も、日本法人のトップは引き受けるな、いきなり逮捕されるぞ、という声が外国人経営者の間に広がった」と外資系金融機関の幹部だった人物は振り返る。まさに、今、ゴーン容疑者逮捕で同じことが起きつつある、という。

日本は特殊だ、ということになれば、世界の常識では「リスク」が判断できない。何せ、いきなり現役のトップが会社からいなくなってしまうリスクを見せつけられたのだ。日本株への投資が慎重になるのは当然といえば、当然だろう。

時を同じくして起きた産業革新投資機構(JIC)の役員報酬を巡る騒動も、世界の常識では考えられない日本の「特殊性」を示す結果になった。政府系ファンドの経営者と報酬契約を結んだにもかかわらず、いきなり政府がダメ出しをして白紙撤回する。日本にはそうした「リスク」が潜在的にあるのだということを世界中の投資家が知ることとなった。

政府統計も信用できないとなると
年を明けてからも驚くような話が飛び出している。日本政府の基幹統計のひとつである「毎月勤労統計」の調査方法がいい加減で、しかも長年にわたって放置していたことが明らかになったのだ。この統計には、エコノミストも注目する「現金給与総額」などが含まれており、このタイミングでは、日本経済の現状を知る「注目点」だった。

というのも、安倍首相は繰り返し「経済好循環」を訴え、企業収益の好調が給与増などに結び付くことを政策の柱として訴えていた。そんな中で、給与が大きく増え始めたのではないかと見られる数字が、この統計に表れていたのだ。結局、その数字は統計手法の問題で、過度に大きく表れていたことが判明している。

海外の投資家からすれば、日本は統計数字も信用できない国なのか、ということになるわけだ。統計数字まで政治家や官僚が操作することができるとしたら、危なくて投資など出来るものではない。「調査方法のミス」「不適切な調査」で済む話ではないのだ。

他の経済指標の調査方法も精査するという話になっているが、投資家の信頼を回復できなければ、日本株への投資が大きく増えると期待するのは難しいだろう。

日本が「特殊な国」だというレッテルを世界の投資家から貼られないことを祈るばかりだ。