国主導の「買収防衛策」導入で、 海外投資家はどう動く?

日本CFO協会が運営する「CFOフォーラム」というサイトに定期的に掲載しているコラム『COMPASS』。1月17日にアップされました。オリジナルページ→

http://forum.cfo.jp/cfoforum/?p=14066/

 安全保障上重要な日本企業の株式を外国人投資家が買う際の規制を強化する外為法改正案が、2019年12月に閉幕した臨時国会で可決、成立した。従来、「指定業種」の企業について、発行済み株式の「10%以上」を取得する場合に審査付きの事前届出を義務付けていたが、それを「1%以上」取得する場合に強化する。役員選任や事業譲渡の提案などにも厳しい制限が加えられることになった。対象企業など細目を政省令で定め、2020年春にも施行されるという。

 法改正の狙いについて財務省は説明資料で、「経済の健全な発展につながる対内直接投資を一層促進するとともに、国の安全等を損なうおそれがある投資に適切に対応」するとしている。もっとも、内容をみると、国が指定した企業については海外投資ファンドなどを排除する色彩が濃厚で、事実上の規制強化策と言っていい。投資ファンドなど海外投資家の一部は強く反発しており、今後「指定企業」が明確になると、海外投資家がそうした銘柄を投資対象から外すなど、影響が出て来る可能性がある。


・・・続きをご覧になりたい方は、登録して是非ご購読ください。

「天下りの弊害」噴出の日本郵政 日本型“民間”企業で遠のく「真の民営化」

ITmediaビジネスオンライン#SHIFTに連載されている『滅びる企業生き残る企業』に1月16日に掲載された記事です。是非お読みください。オリジナルページ→

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2001/16/news018.html

 「30年この方、予算を使うことしかやって来なかったのに、稼げというのは無理ですよ」

 昨年、霞が関を退官した幹部官僚はこう言って笑う。しかし、退官した彼にはあっという間に多くの企業から声がかかった。今は著名企業の「顧問」や「アドバイザー」など複数の名刺を持つ。それぞれ1社あたりの報酬は多くはないが、合算すれば現役時代と遜色ない。政府とつながりの強いひとつの企業からは社用車と秘書が付いた。退官して時間がたち、「天下り」と指弾されなくなる頃には、上場企業の社外取締役の話が用意されるはずだ。

 役所は再就職先を斡旋できない建て前なので、自分で探したことになっている。自ら、稼ぐことは無理と言っている官僚OBに、民間企業は何を期待してポストを当てがうのだろうか。

 2019年12月27日。日本郵政グループ3社の社長がそろって記者会見に臨んだ。かんぽ生命における保険の不正販売の責任を取り、日本郵政長門正貢社長、保険の販売を担う日本郵便の横山邦男社長、かんぽ生命の植平光彦社長が1月5日付けで辞任することを発表したのだ。3人はいずれも金融機関の経営トップを務めた民間出身者だったが、後任にはいずれも元官僚が就任することになった。

 

 グループを束ねる日本郵政の社長には旧建設省(現国土交通省)出身で元総務大臣増田寛也氏が就任。日本郵便の社長には、旧郵政省出身の衣川和秀専務執行役が、かんぽ生命の社長には同じく旧郵政省出身の千田哲也副社長が就任した。

「郵政の再国有化」との指摘も

 この人事は、郵政民営化の流れの中で、大きな意味を持つ。国営だった郵政事業は「民営化」の方針の下、01年に郵便事業庁となり、03年には日本郵政公社となった。小泉純一郎内閣による「郵政改革」によって、07年には日本郵政グループが発足。三井住友銀行の元頭取だった西川善文氏を社長に据えた。ちなみにこの時の総務大臣が増田氏だった。

 09年に民主党政権が誕生、郵政民営化に反対だった亀井静香氏が金融担当大臣兼郵政改革担当大臣に就任すると、郵政改革は大きく後退。西川氏を退任させ、後任の社長には大蔵省(現財務省事務次官斎藤次郎氏を据えた。こうした流れを、元大蔵官僚の高橋洋一嘉悦大学教授は「郵政の再国有化」だったと指摘している。

 12年末に安倍晋三内閣になると、社長ポストは再び民間出身者に移った。東芝社長会長などを務めた西室泰三氏が13年に就任。16年には体調が悪化した西室氏に代わって今回辞任した長門氏が社長に就いた。長門氏はシティバンク銀行の会長から日本郵政傘下のゆうちょ銀行社長となり、日本郵政社長へと「昇進」した。

着々と確立していた「天下り路線」

 もっとも、前出の高橋氏は、「再国有化からの再民営化はしていない」と指摘する。その理由は「小泉政権時の郵政民営化騒動をみれば、あまりに政治的リスクが大きいからであり、安倍政権の優先課題でもないからだ」という。その一方で、「こうしたトップ社長人事の陰で、郵政官僚はちゃっかり実利ポストを握っていた」ともいう。総務省から元郵政事業庁長官だった団宏明氏を副社長として送り込み、次いで団氏の後任として同じく郵政事業庁長官だった足立盛二郎氏を就任させた。西室氏が社長の時には、総務事務次官だった鈴木康夫氏を副社長に就けている。着々と「天下り路線」を確立していたというわけだ。

 保険の不正販売問題で、三社長がそろって辞任する方向は見えていたが、問題は後任人事だった。総務省の悲願は鈴木副社長の社長昇格。事務次官OBが社長に就く前例ができれば、「指定席」と決まったも同然だ。後任もその後任も総務次官が就任できる。民間出身の三社長を追い詰めた相次ぐ不正販売の情報は、現場から次々と噴出し、メディアに流れた。現場でのノルマ販売に陥った背景には、「親方日の丸」の経営体質の中で、民間並みの競争力のある保険商品を設計できなかったことに根本原因があるが、あたかも民間社長の「ノルマ」が厳しかったことが原因のようにすり替えられた。

 

 「民間の三社長のところには情報が上がってきていなかったのだろう」と別の政府系企業の役員についた民間金融機関出身者は見る。情報は総務省天下りの副社長や、旧郵政省入省のプロパー幹部で止まっていたのではないか、というのだ。今回、日本郵便とかんぽ生命の社長に就いたのは、郵政省から郵政公社日本郵政へと移籍してきた人たち。つまり「プロパーの星」だ。本来、現場に通じている彼らにこそ、不正販売の責任はありそうなものだが、全て民間出身トップの責任とされた。後は、その後任に、総務次官OBが就けば、全て郵政一家の思い通りだったろう。

 ところが大どんでん返しが起きる。この鈴木副社長、民間出身の3人とほぼ同時に辞任に追い込まれたのだ。年末を挟んでメディアはすっかり忘れているが、総務省事務次官だった鈴木茂樹氏が先輩である鈴木康夫氏に検討中の行政処分案を漏らしていたことが発覚。鈴木次官が辞任に追い込まれた。監督官庁天下り先企業の「癒着の構図」が鮮明に浮かび上がったわけだが、情報の出し手が処分されながら、受け手はなかなか処分に踏み切らなかった。それが結局、「辞任」したのである。

 天下り先の企業が元官僚に求める最大の役割は、霞が関との「円滑な関係構築」である。先輩後輩の関係があれば、大臣室という密室での会話も手に取るように知ることができる。霞が関と一蓮托生の関係になれば、自社に有利な省令ができ、独占状態を維持できる。企業の中には政府が支出する膨大な助成金や公共事業の分け前に預かろうというところもある。営利企業が官僚OBにタダで給与を払うことはないのだ。

NHKはまるで暴力団」と言い放った鈴木氏の末路

 ちなみに、辞任した鈴木副社長は、NHKによるかんぽの不正販売を巡る取材報道を恫喝(どうかつ)し「NHKはまるで暴力団」と言い放った人物だ。経営委員会が上田良一会長を厳重注意する事態に至った背景には、総務省次官OBの抗議にNHKが震えあがったことがあるのだろう。言うまでもなく総務省は放送局に免許を与えている所管官庁である。

 鈴木副社長の社長昇格があと一歩でとん挫した背景に「政治の力」を見る識者もいる。菅官房長官が自身に近い増田氏を社長に据えた狙いはどこにあるのか。日本郵政発足時に総務大臣を務め、13年からは郵政民営化の進捗状況を検証する政府の「郵政民営化委員会」の委員長も務めてきた増田氏。産経新聞は「日本郵政次期社長の増田元総務相 官邸主導で起用も経営手腕未知数」と見出しを立てた。

 郵便や小包、郵便貯金など郵政事業はもともと国営で行われてきた。欧米ではとうの昔に民営化が完了し、純粋な民間金融機関や物流会社に生まれ変わっている。あるいは、民間会社に買収されたところもある。

 

 日本で「郵政民営化」の動きが始まって20年の時が流れた。ところが、今でも日本郵政の株式は国(名義は財務大臣)が63.29%を持ち、その日本郵政がかんぽ生命株の64.48%、ゆうちょ銀行株の88.99%を保有する。日本郵便日本郵政の100%子会社だ。民営化と言いながら、まだ日本郵政は国の「子会社」、ゆうちょ銀行、かんぽ生命、日本郵便は国の「孫会社」なのである。

 宅配や保険、銀行といった民間でもできる事業をなぜ国が丸抱えでやる必要があるのか。「公共の利益」を建て前に、過疎地の郵便局網を維持するために国の資金が投じられ、民間に流れるべき資金が準公的部門に滞留する。経営幹部や働く人たちの「親方日の丸」意識は変わらず、低採算の事業も見直さない。結局、こうした官主導による不採算事業が、日本の民間企業の競争を歪め、高付加価値化を妨げているのだ。

 官僚の天下りを受け入れ、官の規制や助成金に頼る日本型の“民間”企業が増えれば、日本企業の国際競争力を弱め、低収益体質を温存することになるに違いない。

深すぎる「関西電力問題」の闇…岩根社長はいつまで居座り続けるのか

現代ビジネスに1月16日にアップされた連載記事です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69827

実はまだ調査報告が出ていない

年末年始の慌ただしさに加え、保釈中だったカルロス・ゴーン日産自動車元会長の国外逃亡、イラン情勢など緊迫する国際情勢などに、目を奪われて、多くの人がすっかり忘れていることがある。関西電力問題だ。

12月15日には「第三者委員会」の委員長である但木敬一・元検事総長が「調査状況」について記者会見したが、調査で明らかになったことは一切明らかにせず、ほとんど内容のないものだった。しかし、この会見は大きな意味を持っている。

関西電力原子力発電所がある福井県高浜町森山栄治・元助役(故人)から多額の金品を受け取っていた八木誠会長と岩根茂樹社長について、関西電力は10月9日に「会長、社長の辞任」と題する発表を行なっている。

そこには、八木会長の辞任日は「令和元年10月9日付」と明記されているものの、岩根社長については、「第三者委員会の調査結果報告日付」と記され、明確な日付はない。

当初、メディア向けには、「2019年末にも」調査結果報告がまとまるという見方を流していた。調査結果が出るまで、問題を起こした当事者が社長として居座るというのも常識はずれだが、約3カ月の間ならば後任を選ぶまでの間ということで、世の中も許してくれると考えたのだろう。

ところが12月15日の第三者委員会の会見では驚くべき発言が飛び出した。

「年内は無理。調査を進めると、奥が深いことも出てきた。時期の約束はできない」

但木委員長は最終報告の時期についてこう語ったのだ。調査の状況を「まだ五合目」だという発言もあった。それから1カ月、一向に報告書が出てくる気配はない。年度内の3月末までに出るかどうかも分からない、とさえ言われている。

そうなると、岩根社長の辞任日もいつか分からない、ということになる。報告書が出ない限り、社長の座に居座り続けることになるわけだ。辞任を発表しながらこれだけ長く居座った社長は過去に例がない。

三者委員会を意のままにしたい

なぜ、岩根氏は社長の居座り続けているのか。担当の記者の間には、「本当は早く辞めたいのだが、報告書が出ないので、困っている」という解説が流れている。

どう考えても、意図的に流されている眉唾ものだ。もしそれが本音ならば、報告書の期日を指定するか、それがダメなら、さっさと辞任すればいいだけだろう。

岩根氏が社長に留まっているのは、第三者委員会の調査に何らかの影響力を与えるのが狙いであることは容易に想像できる。

「第三者委員会」と言うと、独立した中立的な調査主体だと思いがちだが、実際には違う。あくまでも会社側が人選して任命し、委員には多額の報酬が会社から支払われているのだ。

しかも、関電が第三者委員会の設置について発表したリリースにはこう書かれている。

「具体的な調査対象の範囲、調査手法については、本委員会が当社と協議したうえで決定する」

当社つまり関電と協議して調査対象や調査方法を決める、としているのだ。もちろん、その「当社」のトップは岩根社長だ。調査対象や方法を、調査される当事者が決めるというのだから、「第三者委員会」が独立した絶対的な権限を持っているどころか、会社の意のままなのだ。

また、第三者委員会に委ねられた「調査事項」はこう書かれている。

 <調査事項>
1.森山氏関係調査
2.類似事案調査
3.当時からこれまでの会社の対応

以上についての背景・根本原因の究明ならびに再発防止策の提言 

読めば分かる通り、責任の所在を明らかにすることや、その責任を問うことは求められておらず、「原因究明と再発防止策」に留まっているのだ。

三者委員会の報告書の出来栄えを評価する活動を続けている「第三者委員会報告書格付け委員会」委員長の久保利英明弁護士は、関西電力の第三者委員会委員長である但木氏に、11月15日付けで、「調査に当たっての申し入れ」を行い、それを公表している。

そこには6項目が記載されているが、6番目にはこうある。

「本件についての徹底した調査が貴委員会の権限や能力等に余るようであれば、検察による捜査に切り替えることも重要な選択肢と思われるところ、そのような措置を貴委員会としては視野に入れて対応される用意があるかどうか、貴委員会として検討し、その検討結果についても調査報告書に記載されたい」

つまり、刑事事件になる可能性が十分にあるのではないか、と指摘しているわけだ。

法曹界トップを抱き込みの意味

関西電力が決めた第三者委員会は4人の大物弁護士で構成されている。

委員長には検事総長を務めた但木敬一氏、委員には第一東京弁護士会の会長を務めた奈良道博氏と東京地方裁判所の所長を務めた阿彌誠氏が就いた。さらに日本弁護士連合会の会長を務めた久保井一匡氏が「特別顧問」として加わっている。

いずれも法曹界の重鎮、「法曹三者」と呼ばれる、検察、裁判所、弁護士界のトップを務めた人物たちである。

この人選の狙いは何か。

法曹三者のトップ、ことに元検事総長の大物検察OBに「違法とは言えない」と結論を下してもらう意味は極めて大きい。

大阪地検特捜部など、現場の検察官たちが、関西電力の経営者たちを立件すべく動くのを阻止する十分な効果があると考えられるからだ。そこで検察が動けば、先輩だけでなく法曹の大家たちの顔に泥を塗ることになる。

関西電力の幹部たちが恐れているのは、調査の過程で、間違っても「違法」を証明する「証拠」が第三者委員の手にわたる事だろう。そのためにも、調査が無事終わるようコントロールしていく必要がある。それが岩根氏が居座る理由に違いない。

関西電力が本気で過去を悔い改め、経営を一新させようと思っているのなら、岩根社長は今すぐに辞めるべきだろう。

時給900円の「非正規公務員」が増え続けるワケ  正規職員の高給を支える「調整弁」に

プレジデントオンラインに連載中の『イソヤマの眼』に1月10日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→https://president.jp/articles/-/32130

 

フルタイムで働いても年収は160万程度

全国の自治体で増えている「非正規公務員」に注目が集まっている。公務員と言えば、まずクビになることがないうえ、民間企業以上の待遇が保障されている「人気職業」だが、同じ公務員でも「非正規」となると、待遇に雲泥の差があるというのだ。

総務省が行った最新調査では、2016年4月1日現在で全国に64万3131人の「臨時・非常勤」の職員がいるが、報酬は驚くほど低い。例えば、「一般職非常勤職員」として事務補助に就いている職員の平均時給は919円、「臨時的任用職員」だと845円だ。その時点での最低賃金は全国加重平均で798円(東京都は907円)だから、最低賃金並みの報酬だ。

しかも、全体の3分の1である20万2764人はフルタイム、さらに20万5118人は正規の4分の3以上の時間、勤務している。公務員の所定の労働時間は年間1850時間程度とされているから、フルタイムで働いたとして、臨時的任用職員だと平均で160万円程度の年収にしかならない計算になる。

一方、総務省の調べでは全自治体の平均給与月額は40万円余りなので、ボーナスを含めると660万円になる。その格差たるや歴然としている。しかも、仕事の内容は正規の職員と大きく変わらないケースもある。

一度ボーナス支給を始めたら、やめられない

同一労働同一賃金」の旗を振る政府としては、この非正規公務員問題を放置できなくなっている。2020年度から、非正規公務員の待遇改善に向けて、ボーナスを支給できるように新制度を設けた。総務省の試算ではこれに伴う人件費の増加分は1700億円に達するとしており、この分は地方交付税交付金として自治体に配分するとしている。これに伴ってすべての自治体が非正規職員にもボーナスを支給する見通しだという。

待遇改善をして、その分は国が面倒をみるというのだから、自治体は喜んでいるかと思いきや、どうもそうではない。

理由はこうだ。国から地方に交付される地方交付税の総額自体は2010年をピークに2018年まで7年連続で減り続けてきた。2019年は8年ぶりに1620億円の増加となったが、国の財政は厳しく、再び減らされることになりかねない。そうした中で、非正規職員のボーナス相当分として交付税を増やしても、その他のところで交付額を削られる可能性もある。しかも、いったんボーナス支給を始めたら、止めることはできないから、長期にわたって人件費が増える。しかも時給が上がっていけばボーナスも増えていく。それを国が面倒みてくれるはずはない、というわけだ。

臨時職員を雇用することで人件費を圧縮

実は、非正規公務員が増えてきたのには理由がある。地方自治体の財政が厳しさを増す中で、自治体職員の数を大幅に減らしてきたのだ。地方自治体の統合を推し進めた、いわゆる「平成の大合併」以降、退職した職員の不補充などで正規職員を抑え、人件費を圧縮する一方、臨時職員などを雇用することで仕事を回してきたのである。非正規公務員は2006年から2016年度の10年間で40%も増えたというから、ざっと20万人の非正規が生まれたことになる。

地方公務員の人件費総額は1999年には27兆475億円に達していたが、2000年度決算で戦後初めて減少、それ以来、団塊の世代の退職で退職金がかさんだ2007年度を除いて2013年度まで減り続けた。2013年度は22兆1779億円だった。

地方の正規職員の給与は、国家公務員の給与に準じて引き上げられる慣行になっている。政府は人事院勧告に従って2014年度から6年連続して国家公務員の給与を引き上げており、地方自治体にもこの方針に従うよう通達を出している。ちなみに、総務省自治体に出す給与を巡る通達は微に入り細を穿うがっており、国家公務員以上の待遇向上をしないことや、財政悪化を理由にした賃金カットなどを行うことを事実上禁止している。

職員が高齢化するほど人件費は膨らむ

周知の通り、公務員にリストラはない。懲戒免職や分限処分による退職という制度はあるが、これは犯罪を犯した場合や、よほど勤務態度が不良な場合だけで、実際にはクビになっている人の数はごく少数だ。逆に言えば、財政を立て直すために職員の数を減らすといった民間企業では当たり前のことが、地方自治体には許されていないのだ。そんな中で、人件費を抑える切り札とも言える存在だったのが、非正規公務員だったわけだ。

正規職員は毎年年齢が上がるごとに給与が上昇する。俸給表に従って勤務年数が増えれば給与も上がっていく仕組みになっているのだ。クビにもできず、給与は上がるので、放っておけば自治体の人件費は高齢化とともに毎年膨らんでいく。

「高齢の正規職員の給与を増やすために、非正規を増やして人件費総額を抑えている」と、ある政令指定都市の「特別職非常勤」という立場の職員は憤る。人件費を賄うための財源である地方税収や国からの交付金が増えない限り、増え続ける人件費を吸収することは簡単ではない。

正規職員を増やす負担は、若年層にのしかかる

しかも国は、国家公務員の定年を現状の60歳から段階的に65歳に引き上げようとしている。当然、地方自治体にも「右へ倣え」を求めてくる。定年が延びれば、当然、その分、人件費負担は増える。今後これをどう賄っていくのか。

2008年をピークに日本の人口は減少し始めており、地方での人口減少は深刻さを増している。一方、高齢化などで福祉など地方自治体のサービスへの要望は高まっており、住民が減ったからといって、正規職員を大幅にカットすることも難しい。2017年までの10年間で地方公務員の数は6.6%、17万人近くが減ったが、そのうちの半分の9万人弱は少子化などに伴って減らされた教員など教育関係者。一般行政職員は2013年ごろまでは減少が続いたが、それ以降、むしろ増加傾向にある。

第2次安倍晋三内閣以降、景気が回復し足元の地方税収が増えたとはいえ、人口減少に伴う税収減を考えれば、簡単にはクビにできない正規の地方公務員を増やすことは危険ではないか。その負担は働く若年層に重くのしかかるのだ。

地方自治体の「国頼み」が増している

そろそろ総務省が音頭を取って全国一律のサービスを自治体に求めるやり方は見直すべきではないか。

第1次安倍内閣の頃にさかんに言われた「三位一体の改革」、すなわち「国庫補助負担金の廃止・縮減」と「税財源の地方移譲」、そして「地方交付税の見直し」を一体的に行うことの重要性が言われなくなって久しい。その間に地方自治体の「国頼み」は増し、財政的に自立しようという意欲はついえている。何せ全国で1765ある地方自治体のうち、地方交付税交付金をもらっていない「不交付団体」はわずかに86なのだ。

自治体の自立を促すために、税源を大胆に移譲し、地方交付税を大幅に縮減すれば、住民はおのずから行政サービスを選択せざるを得なくなる。行政サービスとして何が必要なのか、税金を負担してでも何を守るべきなのか。自分たちで負担とサービスのバランスを考えなければ、早晩、自治体はもたなくなるだろう。

公務員人件費の「調節弁」として機能してきた非正規公務員問題は、地方自治体のあり方を根本から問い直す大きなきっかけになっている。

「強欲な独裁者」ゴーンが付け入った「社長絶対」の日本型会社風土

新潮社フォーサイトに1月14日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→https://www.fsight.jp/articles/-/46368

「私は強欲でも独裁者でもない」――。

 保釈中に国外に逃亡した日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告は、1月8日にレバノンの首都ベイルートで開いた記者会見で、繰り返しこう述べた。

 本当にゴーン被告の起訴容疑である有価証券報告書への「報酬の過少記載」や、会社のカネを私物化した「特別背任」は、当時のゴーン会長を追い落としたかった西川廣人社長(後に辞任)らの陰謀によるクーデター、でっち上げで、ゴーン被告は「無実」なのだろうか。

 保釈の条件を破り、不正な手段で出国したことには、日本人の誰もが許せない気持ちに違いない。確かに国内でも「人質司法」として批判が強い日本の検察当局の捜査尋問手法や、裁判制度については大きな問題があることを、誰もが感じているのは間違いない。

 だからと言って「(時間がかかる裁判によって)日本で死ぬか逃げるかしか方法がなかった」という主張が正当だと考える人は、日本にはいないだろう。欧米メディアの中には、日本の司法制度の問題を理由に、ゴーン被告を擁護する論調もあるが、さすがに法治国家である日本を全面的に悪者扱いしているものは少ない。

 問題は、ゴーン被告が会見で「潔白だ」と主張した容疑が、本当に問題ないことだったのかどうかだ。

「人格攻撃」と反発

 会見でゴーン被告は、報酬の未記載分について、

 「実際に支払われたものでも、取締役会で決まったものでもないので、記載する必要はなかった」

 と主張した。

 またゴーン被告用にブラジルのリオデジャネイロレバノンベイルートで購入された邸宅についても「日産が所有するものだ」とし、西川氏とグレッグ・ケリー元代表取締役が署名している書類を示したうえで、ゴーン被告が住むことや帳簿価格で買い取ることができる旨も記載されている、と不正を否定した。

 さらに、ゴーン被告の指示で、日産の子会社である「中東日産会社」からオマーンの販売代理店に約35億円、レバノンの販売代理店に約17億円の資金が流れたとされるが、これについても、

 「これは何も特別なことではなく、(中東での販売拡大のための)インセンティブの額としては競合他社よりも低い」

 と述べた。

 加えて、私的に流用したとされる「CEOリザーブ予備費)」についても、

 「予算として認められ、社内ルールに従って決裁を受けた支出だ」

 とした。

 ゴーン被告が2018年11月に逮捕された後には、オマーンの代理店側からペーパーカンパニー経由で、ゴーン被告の妻のペーパーカンパニーに約1220万ユーロ(約15億円)が流れていた疑いがあるとする報道がなされた。この妻の会社は超高級クルーザーを購入、「Shachou号(社長号)」という船名を付け、ゴーン被告らが使っていた。

 そしてもう1点、ベルサイユ宮殿で豪華なパーティーを開いたことについても「人格攻撃だ」と猛烈に反発。パーティーは日産とルノーの企業連合15周年を祝ったもので、会社を代表したスピーチもしたと弁明。しかも、日産はベルサイユ宮殿の大口スポンサーで、日産は100万ユーロ(約1億2000万円)以上の支援金を支払ったとし、会社に関係がないことに会社のカネを流用した背任行為ではない、と強弁した。

「法律違反」として有罪にできるか

 ああ言えばこう言う、卓越した弁舌で、決して非を認めないゴーン被告を突き崩すのは、東京地検特捜部としても、困難を極めたに違いない。日本人の「常識」からすれば公私混同も甚だしい、ということになるのだろうが、それが「法律違反」として有罪にできるのかとなると話は別だ。

 特別背任として有罪にするには、会社に損害を与えることを意図して行ったことを証明しなければならない。本人が自白しない限りそれは難しいことから、報酬を過少記載した「有価証券報告書虚偽記載」という形式犯でまずは逮捕したのだろう。

 虚偽記載さえゴーン被告が認めていれば、執行猶予付きの有罪となり、そこで事件は終了したに違いない。不正を暴いた日産自動車経営陣らの狙いが、ゴーン被告の追い落としにあったならば、逮捕によって会長を解任できれば、厄介な特別背任の立件にまで乗り出す必要はなかったのではないか。

 ところが、予想に反してゴーン被告は徹底抗戦を貫き、弁護士まで交代させた。つまり、検察は裁判で特別背任を立証しなければならなくなったのだ。

 ゴーン被告の特別背任を立証するのは前述のように困難を極めるだろう。経営者による横領など欧米の不正事件を知るゴーン被告は、「法律違反」の回避には間違いなく神経を使っていたはずだ。弁護士などにも相談し、法的に問題ない形で報酬や経費を得ていたと思われる。すべて社内ルールに従った決裁を受け、取締役会でも承認していたに違いない。そのあたりは抜かりないだろう。

フランスでも「強欲さ」に反発

 ではゴーン被告が、日本の常識から照らして「クリーン」だったかと言えば、そうではない。西川氏ら経営陣が告発するに至ったのも、「いくら何でもやり過ぎ」と映ったからに他ならない。

 会見でゴーン被告は「私は強欲ではない」とし、2倍の報酬での引き抜きを断った、とした。

 だが、ゴーン被告は日産自動車から10年間に244億6800万円もの報酬を得ている。欧米企業ではストックオプションや株式などで多額の報酬が支払われるが、ゴーン被告の場合はほとんどが現金で支給されている。日本企業としては破格の報酬だ。

 日産を破たんの危機から救ったのだから高額報酬は仕方がないとして、それでも足りずに、会社のカネで高級な邸宅を何軒も当てがわれ、高級クルーザーまで使う。逮捕後に次々と伝わった話は、明らかに「強欲さ」の証ではなかったか。

 もっとも、ゴーン被告の「強欲さ」にフランスでも反発が高まっていた。ゴーン被告はフランスの自動車大手ルノーの会長も兼ねていたが、この報酬が多すぎるとして、2016年のルノー株主総会では反対票が賛成票を上回った。

 この投票に拘束力はないが、報酬の減額などを余儀なくされ、2017年にはゴーン被告への報酬はストックオプションなどを含めて約700万ユーロ(当時のレートで約8億6000万円)としたが、それでも賛成票は53%にとどまった。日産からもらっていた金額よりもはるかに少ない報酬にダメ出しがされていたのだ。

 日本にはこうした投票の仕組みがないこともあり、ゴーン被告は日産からの報酬にこだわったのではないか。日産の株式の34.3%はルノーが握っているから、株主総会ではルノーが圧倒的な発言権を持つ。つまりゴーン被告自身が日産の株主総会をほぼ手中に収めていたということだ。

見透かされた「社長オールマイティ」

 もうひとつが、「社長の経費」である。

 日本の社長の給与は海外企業に比べて少ないが、住居から会食費、運転手付きの自動車、出張経費など、ほとんどを会社が負担しているケースが少なくない。

 最近では減ったが、社長の妻が会社の秘書を使用人のごとく使うのが当たり前の大企業もある。いつも秘書が離れずに付いているので、財布を持ったことがないという社長すらいる。

 社長の言うことは絶対で、どんな支出でもうまく経理処理するのが有能な秘書だと思われているきらいが、今でもある。まさに社長はオールマイティ。「社長絶対」つまり「独裁」である。

 実は、2000年頃まで、欧州の企業でも社長が経費を自由に使う慣習があった。ところがコーポレートガバナンスの強化や、株主権の拡大によって、批判が噴出。プライベートジェットを私用で使うなど公私混同を指摘された経営者が職を追われるケースが相次いだ。

 米国に比べて低かった役員報酬が大きく引き上げられる一方で、株主に説明が付かない「社長の経費」は大幅に圧縮、私用の出費は報酬の中から支払うように変わっていった。

 そうした流れの中で、ゴーン被告はルノーでは支出できなくなった「社長の経費」を日産に負担させていったのではないか。つまり、日本企業の「社長オールマイティ」を見透かし、日本の「緩い」会社風土に付け入ったのだ。ゴーン被告の前妻が、会社経費の支出に関してゴーン被告にただしたところ、日本企業の社長なら誰でもやっていることだ、と話していたと報じられたこともある。

 残念ながら、日本の企業風土は「強欲な独裁者」を許容してしまう。ただし、世間相場を超えなければ「強欲だ」「独裁者だ」とはみなされない。リーダーシップがあって会社を大きく成長させる有能な経営者と独裁者は紙一重だが、やり過ぎなければ、世間から指弾されることはない。

 ゴーン被告が「20冊を超える経営書で褒められていた私は突如独裁者と言われるようになった」と訝ったが、それこそが、日本の風土だ。ゴーン被告は「やり過ぎだ」と世間が感じた瞬間、「名経営者」から「独裁者」へと評価が変わったのである。

 日本の過去の経営者の中にも、名経営者と誉めそやされていたものが、突如、ワンマンと批判され、世間から爪弾きにされた例は少なからずある。

 問題は、ゴーン被告のような外国人経営者に「付け入られる」日本の会社の仕組みだろう。今後、日本企業が成長しようと考えれば、その仕組みを欧米流に変えていくことが不可欠だ。つまり、「社長絶対」の風土を変え、ガバナンスを効かせることができる仕組みを作らなくてはならない、と考える。

 会社法改正で社外取締役が中心となって社長を選ぶ「指名委員会」の設置が認められて17年になるが、2000社を超える東証1部上場企業の中で導入しているのは、いまだに60社ほどに過ぎない。現社長が次期社長らの人事権を握ることで独裁的な権限を保持しているからだ。

 このままでは、日本のほとんどの会社で、有能な経営者が「強欲な独裁者」へと変わる可能性があるとみておくべきだろう。

「海外に出ない」日本の若者が気付けない自らの「貧困」

新潮社フォーサイトに1月10日に掲載された記事です。おかげさまで「注目記事ランキング(1週間・24時間)」で1位になりました。オリジナルページ→https://www.fsight.jp/articles/-/46355

 

 昨年秋、50代の夫婦が、シンガポールに赴任している娘を訪ねた。娘は誰もが知る日本の大手物流会社で働く。夫婦は航空会社の規定いっぱいのスーツケースにギッシリと荷物を詰め込み、娘の元へと運んでいった。

 持っていったのは、日本の食材だけではなく、衣料品や生活雑貨など、ありとあらゆるものだ。シンガポールでも手に入るものだが、「娘から高くて買えないというSOSが来て、持っていきました」と母親は苦笑する。

高い給与水準

 海外赴任と言えば、ひと昔前ならば花形で、物価が安かったアジアに行けば、メイドを雇うなど貴族のような生活ができた。ところが今はまったく状況が違う。

 この日本企業、海外赴任時には、「国内並み」の生活ができる水準の給与を現地通貨で支給するルールになっているが、もう何年も見直しがされていない。ところが、シンガポールでは予想以上に物価が上昇しており、

「うちの会社の給料が安過ぎて、外食もままならない」

と娘は悲鳴を上げているのだそうだ。

 そんな話を、会合で話していたら、「うちもまったく同じだ」と、初老の元大手製造業の経営者が相槌を打った。息子がやはりシンガポールに赴任しており、母親がせっせと荷物を運んでいるという。こちらの息子が勤めるのは、国内では高給で知られる大手メディア会社である。どうやら、個別の会社の給与水準の問題ではないようだ。

 シンガポールは物価が高い、と多くの人が口にする。たとえばホテルの料金を見ても分かる。ネットで検索すると、シンガポールの湾岸再開発地に立つ高級リゾート「マリーナベイ・サンズ」は、1人につき1泊4万7000円ほど。「ヒルトン・シンガポール」でも約2万7000円と出てきた。最近、東京のホテルも価格上昇が著しいが、ほぼ同水準か、むしろシンガポールの方が高い。高級レストランも同様だ。それでもシンガポール人や、シンガポールに集まる中国人などは、普通に買い物を楽しみ、外食している。

 そう、シンガポールや香港での管理職以上の給与水準は、日本よりも高いのだ。

 「JACリクルートメント」がまとめた「The Salary Analysis in Asia 2019」によると、シンガポールで現地大手の製造業の営業部長クラスを中途採用する際の提示年俸は、1100万円前後。欧米系企業の場合は、1300万円前後になるという。

 日本国内で日本企業が同程度のキャリアを持った人材を募集する場合は1000万円、欧米系企業の場合は1200万円なので、それを大きく上回っている。日本よりも収入が多ければ、当然のことながら、高い物価にも耐えられる。

1.83倍になったGDP

 問題はなぜ、日本企業の管理職の給与がシンガポールを下回ってしまったのか。

 1つには為替の問題がある。

 2020年1月時点で、1シンガポールドル(Sドル)は約80円。実は2007年6月時点でも、1Sドル=80円だった。その後リーマンショックで1Sドル=58円まで円高が進んだが、2015年2月には逆に円安となり、1Sドル=92円を付けた。為替レートだけを見ていると、2007年から13年たっても、ほぼ同水準にあるわけだ。

 ところが、である。この間、シンガポールは大きく成長を遂げた。2007年の名目GDP国内総生産)は2727億Sドルだったものが、2019年には4980億Sドルになった。1.83倍である。

 一方の日本はこの間、デフレに見舞われてほとんど成長せず、名目GDPは531兆円から、557兆円に4.9%増えただけだ。にもかかわらず為替レートが変わっていないのだから、日本人にはシンガポールの物価が実態以上に高く見える。アベノミクスが始まって以降の“円安政策”によって、明らかに日本人は貧しくなっているのである。

 しかし国内にいると、貧しくなっていることに、ほとんどの日本人は気が付かない。これがデフレの恐ろしいところだ。日本国外に出て生活してみなければ、自分たちの生活水準と海外諸国の水準を比べることはできない。

 海外へ出かける日本人の数は、2012年に1849万人の年間最多を記録して以降、2015年まで減少が続いたが、2016年から再び増加に転じ、2018年には1895万人と6年ぶりに過去最多を更新した。2019年もこれを更新するのは確実で、2000万人を突破しそうだ。

 もっとも、近年は日本を訪れる訪日客が急増、2015年以降、出国者数よりも訪日者数の方が多い状態が続いている。訪日客数は2018年に3119万人と3000万人を突破、2019年もこれを上回ったもようだ。経済のグローバル化と、世界的な観光ブームによって、国際旅客は大きく増えているが、それから比べると、日本から出国する日本人の伸びは大きいとは言えないだろう。

パスポート取得率も低迷

 最近では特に若者の「内向き志向」が指摘されている。海外に出かけることを好まないというのだ。

 観光庁がまとめた、2019年1月の「若者のアウトバウンド推進実行会議」の資料によると、日本の20代(20~29歳)の出国者数は、2000年までは400万人を超えていたものの、2017年は305万人に留まった。もちろん少子化の影響もあるが、それだけではない。

 20代のパスポートの新規取得率は、1995年に9.5%だったものが、2003年には5%に落ち込み、その後、6%前後で推移。2017年には若干上昇したものの、6.9%だ。取得率で見れば、明らかに低迷している。

 同じ資料によると、海外旅行に「とても行きたい」と答えた若者は45.1%、「まあまあ行きたい」の22.6%を合わせると、7割近くになる。決して興味がないわけではないようだ。他方、「あまり行きたくない」「行きたくない」と答えた若者たちの理由は「怖い・治安が悪い」が35.5%、「言葉が通じない」が19.7%だった。

 政府はパスポート取得費用の補助など支援策をテコに、2020年の20代の出国者数を350万人に増やす目標を掲げているが、達成できるかどうかは微妙だ。

 さらに、若者が海外に出かけなくなった理由のひとつに、旅行費用の上昇もありそうだ。LLC(格安航空会社)の路線普及で航空運賃は安くなったが、円安の長期化によって現地でのホテル代や飲食代はかさむようになった。海外に行った場合、明らかに日本の若者は貧しくなっているのである。

 加えて、海外に出て行かないことによって、日本人が貧しくなっていることに気が付かない。まさに「井の中の蛙」だ。

 「日本は世界一治安が良い」

 「世界中の食べ物がどこよりも安く食べられる」

 「給料はなかなか上がらないが物価も比較的安い」――。

 メディアでもそんな日本の「居心地の良さ」を誇る論調が目立つ。大量に外国人が押し寄せているのも、そうした日本の素晴らしさにようやく気が付いたからだ、と、若者を含めた多くの人たちは思っているに違いない。

 だが、世界から人々が訪れるのは、円安とデフレによる「安さ」が最大の理由だ。もはや、シンガポールや香港、あるいは上海などの中国諸都市で買い物をするよりも、東京で買った方が安いのだ。日本人が安月給でせっせとモノづくりに励み、安い為替レートで、外国人にバーゲンセールを提供している。

 5年前と同じ為替レートで受け取った1ドルは、5年前の1ドルとは違う。現地での価値は、経済成長とインフレによって、当然、減価しているのだ。

 5年たっても1000円の価値が変わらない、成長もインフレもない日本で育った若者たちは、知らず知らずのうちに、世界の中でも「貧乏人」になっていく。

2020年、「不況下の人手不足」ショック到来…日本企業の行方は 「中東動乱」が企業を苦しめる

現代ビジネスに連載されている『経済ニュースの裏側』1月9日に掲載された拙稿です。是非ご覧ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69693

報復合戦のとばっちり

2020年は、新年早々の米軍によるイラン・ソレイマニ司令官の殺害で始まり、中東情勢が一気に緊迫の度合いを増している。

イラン軍は、米軍が駐留するイラク国内の基地を弾道ミサイルで攻撃、報復に打って出た。これに米国がさらなる報復攻撃を加えるのは時間の問題だろう。

中東での軍事衝突が本格化し、長期にわたって続くことになった場合、世界経済に深刻な打撃を与えることになる。

IMF国際通貨基金)は世界経済の成長予測について、2019年は3.0%とリーマンショック後の2009年以降で最も低くなるとしたが、2020年はこれを底に持ち直すとしてきた。中東情勢の緊迫化で年明けから原油価格が大幅に上昇、世界の株価も大きく下落しており、経済の先行きに暗雲が垂れ込めている。

そんな中で深刻な影響を受けそうなのが日本経済だ。もともと消費が力強さに欠けていたところに2019年10月からの消費増税が加わり、一気に消費が悪化している。

日本自動車販売協会連合会がまとめた新車販売の統計によると、10月は前年同月比24.9%減と大幅に落ち込んだ後、11月は12.7%減、12月は11.0%減と2桁のマイナスが続いた。

台風の被害が相次いだことなどを理由とする向きもあるが、12月になっても回復していないところを見ると、消費増税の影響が予想以上に大きかったことを示している。

期待の柱は輸出だが、米中貿易戦争の余波で、日中間や日韓間の貿易量が激減しており、輸出産業を中心に業績にジワジワと影響が出始めている。これまで好調だった企業業績に陰りが出れば、もうひとつ期待されていた設備投資も頭打ちになりかねない。

そこに今回の中東での軍事衝突である。

原油価格が上昇すれば、2011年の東京電力福島第1原子力発電所事故以降、原油LNG液化天然ガス)など輸入エネルギーに頼っている日本にとって大打撃になる。

原油価格の上昇はガソリンや軽油の価格を押し上げ、トラック輸送など物流コストの大幅な増加に結びつく。また、石油製品など原料価格の上昇が製造業の業績を悪化させかねない。

円高の恐怖、目の前に

さらに国際紛争によって「安全資産」とされる日本円が買われれば、円高が進み、輸出産業に打撃を与えることになる。

イランが報復攻撃に出たことが伝わった1月8日の東京外国為替市場では、1ドル=107円台にまでドル安円高が進んだ。

円高を嫌気した東京株式市場では、同日に日経平均株価が一時600円以上下げ、2万3000円を割り込んだ。株安によってさらに消費マインドが悪化する可能性もある。

2020年は日本経済にとって華やかな年になるはずだった。東京オリンピックパラリンピックを控えて、関連施設の建設や、道路工事などの公共事業がピークを迎え、企業収益が盛り上がると予想されていた。

オリンピックに絡む仕事や観光で、日本にやってくるインバウンド客も大幅に増加。2020年に訪日客4000万人とした政府の目標は難なくクリアできるとみられていた。

インバウンド客が落とすおカネでホテルや外食、小売店といったサービス産業も潤い、そこで働く人たちの給与も大きく増えると予想されていた。

安倍晋三首相が言い続けてきた「経済の好循環」が実現するのがまさに2020年になるはずだったのだ。だからこそ、消費増税の延期を繰り返し、景気が盛り上がっているとみられた2019年10月に増税時期を定めたのである。

ところが、当ては完全に外れる結果となった。首相自ら経済界に賃上げを働きかけた結果、大企業を中心にベースアップは実現してきたが、中小企業にまではなかなか賃上げの波は広がっていない。一方で、年金や健康保険の保険料負担や消費税、所得税の引き上げなどによって若年層の可処分所得は増えず、その結果、消費は一向に盛り上がっていない。

それでも現状は、オリンピック関連の政府支出によって景気が底上げされているはずだ。関連支出は当初の予想を大きく上回る総額3兆円に達しているとされる。

オリンピックが終われば、その分がマイナスになるわけだから、景気は減速するのは必至だ。だからこそ政府は総額26兆円(うち財政措置は13兆円)にものぼる経済対策を決定したのだろう。

しかし、公共事業など政府支出で救われる企業は一部に過ぎない。世界経済の悪化による貿易総量の縮小や、円高による輸出採算の悪化、オリンピック後のインバウンド消費の減少が、企業の収益の足を引っ張ることになるだろう。企業にとっては厳しい時代がやってくると覚悟する必要がある。

2020年、就業者数がピークアウトに

景気が悪化すれば人手不足が解消し、人件費コストも下がる、と考える経営者もいるに違いない。だが、残念ながら、売り上げの減少を人件費コストの圧縮で乗り切ろうというのは無理な話になるだろう。

2019年末に総務省が発表した2019年11月の労働力調査によると、働いている人の総数である「就業者数」は6762万人、そのうち企業に雇われている人の数である「雇用者数」は6046万人と、いずれも83カ月連続で増加した。

83ヵ月というのは第2次安倍内閣が発足した翌月の2013年1月以来、増加が続いているということだ。こうして雇用を生んだことを安倍首相はアベノミクスの成果として強調している。

確かに、日本の人口は2008年をピークに減少を続けているにもかかわらず、就業者数、雇用者数ともに高度経済成長期やバブル期を超えて、過去最多を更新している。「人手不足は少子化のせいだ」と思いがちだが、実際は働く人の数は過去最多なのである。

問題はこの働く人の数がいつピークアウトするか、だ。この7年間で増えた就業者数の多くは、女性と高齢者である。15歳から64歳の女性の就業率は70%を突破、2019年11月時点で71.2%に達した。また、65歳以上の就業者数は913万人に達している。

2020年はいよいよこの就業者数の増加が頭打ちになりそうだ。1947年から1949年の間に生まれた戦後のベビーブーム世代、いわゆる「団塊の世代」が全員70歳になった。70歳を期に会社を辞めたり、完全に引退する人が増えると思われる。

団塊の世代はざっと800万人である。団塊の世代労働市場からの退場によって、65歳以上の高齢者の就業者数は減少に向かうだろう。女性の労働参加もそろそろ限界に近づいていると見るべきで、2020年以降は本格的な人手不足が日本経済を襲うことになる。

つまり、景気が悪化しても人手不足は解消しないと見るべきなのだ。

しかも、若年層はさらに減少を続けていく。2019年の出生数は推計より2年早く90万人割れが確実となったと報じられた。今後、20年以上にわたって労働市場に出てくる新卒者の人数は減り続けることが確定したということだ。

企業は優秀な人材を確保しようと思えば、給与を引き下げることは難しくなる。不況の中でも人手不足が続き、給与も上がり続ける時代が、いよいよ本格的に始まることになりそうだ。