デザイナーが再発見した銭湯の価値とは?

 雑誌Wedgeの1月号に掲載された『Value Maker』です。是非お読みください。

Wedge (ウェッジ)2020年1月号【特集】スポーツで街おこし  プロ化だけが解じゃない

Wedge (ウェッジ)2020年1月号【特集】スポーツで街おこし プロ化だけが解じゃない

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: ウェッジ
  • 発売日: 2019/12/20
  • メディア: 雑誌
 

 

 『代表取締役番頭』という一風変わった名刺を持ち歩く若者がいる。日野祥太郎さん、35歳。埼玉県川口市にある喜楽湯を経営する。風呂屋の番台(フロント)に立つから番頭というわけだ。

 「昔は町々にあってコミュニティーの『場』だった銭湯の機能を復活させたいと考えたんです」

 本業はデザイナー。25歳でフリーランスとなり、広告や宣伝、ブランディングといた仕事を請け負ってきた。プロフェッショナルの多くは、仕事に行き詰まったり、疲れたりすると、必ず訪れる自分なりの「場」を持っている。バーのカウンターでひとり静かに酒を飲み、リラックスして考えを巡らせる、というのも典型的な例だ。日野さんもバーに通うが、それだけでは足りないと感じた。

 そんな時、出会ったのが近所の銭湯だった。大きな湯船に浸かり、のんびりと時を過ごす。リラックスすると思いがけないアイデアが脳裏に浮かぶものだ。日野さんはすっかり銭湯にハマった。

 そんなある日、東日本大震災が日本を襲った。地域の人たちの助け合いや、身を寄せる「場」の重要性をひしひしと感じた。そうだ銭湯だ。

 東京都内には今も約540の銭湯がある。昔は町内には必ず銭湯があって、風呂に入りに来る人たちのコミュニケーションの場になっていたが、そんな機能が失われて久しい。今の若者の多くは銭湯の存在を「知らない」。仮に知っていたとしても、あのいかめしい玄関構えの建物に足を踏み入れるには勇気がいる。中の構造がどうなっているのか、どうやって湯船に入るのか、正直、分からないというのだ。

 

銭湯メディアを立ち上げる

 そんな若者に銭湯を知ってもらおう。日野さんはネットメディアを立ち上げることにした。題して「東京銭湯 -TOKYO SENTO-」。東京を中心に全国の銭湯の情報を伝えるホームページだ。

 メインは全国の銭湯の紹介記事。どんな特徴があるか、浴槽やカラン(水栓金具)の設備はどうか。アメニティグッズは手に入るか、休憩所はどんな感じかー。泉質ひとつとっても、井戸水を沸かしたお湯から、ラドン湯や天然温泉まで様々。写真と共に事細かな情報が掲載されている。風呂好きの「記者」に原稿を依頼しているが、一番の書き手は日野さん自身だ。

 銭湯メディアを立ち上げると、日野さんも予想しなかった事態に直面した。人気が沸騰し、趣味のブログ程度と思っていたものが、一気にメディアになったのである。予想以上に、世の中に銭湯好きがいることが明らかになった。それ以上に、銭湯業界にいる若手の経営者たちと出会い、意気投合するきっかけになっていった。

 そんなひとりが東京・荒川区の銭湯、梅乃湯の3代目である栗田尚史さん。日野さんとは同い年で、銭湯をコミュニティーの場である銭湯が変化するきっかけを作りたいと考えていた。そんな栗田さんから、梅の湯が持っている喜楽湯の経営をやらないか、という話が降って湧いたのだ。2015年のことだ。

 「迷ったんですが、喜楽湯を実験場のような位置づけにしようと考えました」と日野さん。栗田さんに家賃を払い、人を雇って、銭湯経営に乗り出した。

 日野さんが「実験場」と呼ぶ意味はいくつかある。

 

労働時間の健全化

 まずは、「家業を事業に変える」こと。銭湯の多くは家族経営で、高齢化が進んでいる。長時間労働でキツイ仕事のため、子どもはまず後をつがない。中規模のマンション用地に最適なため、経営者夫婦が亡くなると、廃業して銭湯は姿を消していく。つまり、コミュニティーの「場」が年々消えていくわけだ。この家業を株式会社などにして、従業員を雇い、事業として経営していく形に変えなければ、もはや銭湯は存続できない、というのが日野さんの考えだ。

 「1日13時間働いて、週に1回の休みしかなければ、仕事に負われてインプットしている時間がない」と日野さん。経営をしようにも、世の中のトレンドや若者のニーズを捉えて、それを事業に生かしていくことはできない、というのだ。喜楽湯ではまず労働時間の健全化に取り組んだ。今は番頭3人とアルバイト10人前後の体制だが、これで週休2.5日を実現した。

 二つ目は事業として自立することだ。実は、銭湯はいまだに「価格統制」が残る数少ない業界だ。都道府県が決めた入浴料金を守らなければならない。つまり、工夫をして高付加価値化を図ろうにも値段が決まっているのだ。一方で、経営が成り立つくらいの「補助金」が出ている。努力をしなくても営業を続けていれば食べていけるため、企業ならば当然の創意工夫を排除する仕組みになっているわけだ。

 

イベントを通じて敷居を下げる

 喜楽湯では、銭湯を「場」にして、様々なイベントを実施している。企業とのコラボレーションで企画を行い、入浴料としてではなく、様々な収入源を広げていく。初めは東京都浴場組合など既存銭湯の経営者に異端視されたが、最近は新たな取り組みとして理解してくれる幹部も増えた。

 例えば、キリンビールなどビールメーカーとコラボレーションした「銭湯×生ビール」という企画では、銭湯の休憩場に生ビールの全自動サーバーを置いて有料で販売する。風呂上りに美味い生ビールが飲めるとあって、入浴客も増え、飲料の売り上げも増加する。企業にとっては自社製品の格好のPRになるわけだ。喜楽湯だけではなく、協力してくれる銭湯にイベントとして持ち込むのも日野さんの仕事だ。

 11月30日、東京・渋谷の銭湯「改良湯」。フットサルの試合を終えた若者たちが、入浴に訪れた。この日は定休日で貸し切り。汗を流した後は、脱衣場に設けられた宴会場で打ち上げが行われた。改良湯は創業103年の老舗銭湯で、経営者は4代目の大和伸晃さん、46歳。渋谷の銭湯組合の会合で日野さんと知り合い、その後、10回近くイベントを開いている。

 「若者たちに銭湯を知ってもらうことが第一歩です」と日野さんが言う通り、イベントを通じて、銭湯への敷居を低くする効果があるわけだ。

 また、脱衣場を使った洋服の展示販売会や、「喜楽湯」や「東京銭湯」のオリジナルTシャツの販売など、様々な取り組みを始めている。喜楽湯で実験したことを東京や全国の銭湯に広げていくことで、新しいうねりを生み出そうとしているのだ。

 町にある銭湯が単に入浴するための施設ではなく、地域の人たちに愛され、コミュニティーの「場」としての機能を再び取り戻していく。イベントを通じて、「場づくり」の面白さに触れた若者たちが、銭湯経営に関心を持っていけば、一見、斜陽産業のような銭湯が、新たな輝きを発するに違いない。

「新型コロナウイルス」が、日本の消費にとどめを刺す可能性

現代ビジネスに1月30日にアップされた記事です。是非お読みください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70124

消費の牽引車、中国人観光客

新型コロナウイルスによる肺炎の拡大を阻止するために、中国・武漢の封鎖など対策が広がっている。一方で、日本国内でも相次いで感染者が見つかり、中には中国への渡航歴がない人まで出てきたことから、人の移動によって日本国内にも感染が広がっていることが鮮明になった。

時あたかも「春節」。本来ならば中国人観光客が大挙して押し寄せる時期だが、どれぐらい訪日客が減るかに日本経済の先行きを占うエコノミストたちが注目している。

2019年10月の消費増税以降、そうでなくても大きく落ち込んでいる消費を唯一支えてきた訪日観光客による「インバウンド消費」の落ち込みが懸念されているからだ。

2019年の年間の訪日旅行客は、日本政府観光局(JNTO)の推計によると、3188万人。前年比2.2%増加し過去最多を更新した。日韓関係の冷え込みで韓国からの訪日客が激減しているのを横目に、中国からは前の年よりも14.5%多い959万人が日本にやってきた。何と全体の30%が中国からの観光客・ビジネス客なのだ。

彼らが日本国内で落としたお金も大きい。観光庁が1月17日に発表した「訪日外国人消費動向調査(速報)」では、2019年に訪日外国人が国内で消費した総額は4兆8113億円。前の年に比べて6.5%増えた。

人数の伸び(2.2%増)よりも金額が大きくなったのは、中国からの旅行者のウエートが高まったため。ひとり当たりの消費額は、平均15万8458円に対して、中国からの旅行者は21万2981円と大きく上回る。訪日客数が激減した韓国からの旅行者の平均消費額は7万5454円なので、平均消費額の少ない韓国からの旅行者が減って、平均よりも多い中国人旅行者が増えた結果、全体の消費額が増えたわけだ。

ちなみに中国からの旅行者が日本国内で使ったお金の総額は前の年より14.7%多い1兆7718億円とみられている。全体の37%である。

中国からの観光客の特徴は「買い物代」に多くのお金を落とすこと。21万2981円の消費額のうち10万8800円を買い物代に使っている。消費額が最も多いのはオーストラリアからの旅行客の24万9128円だが、彼らが使った「買い物代」は3万1714円に過ぎない。モノの消費を担っているのは中国人観光客なのだ。

稼ぎ時の春節を直撃

その中国人観光客が新型肺炎の影響で、やって来なくなるのではないか。エコノミストが心配するのも無理はない。インバウンド消費が激減すれば、日本の消費が底割れする引き金になりかねないからだ。

では、春節に合わせた訪日客はいったいどれくらい減るのだろうか。2019年の春節にはどれぐらいの人が中国からやってきたか。

2019年の春節は2月5日だったが、毎年日付がずれるため、月別では比較が難しいので、1月と2月の合計訪日客数で見ることにしよう。2019年の1、2月合計は147万8000人と、2018年の134万8000人に比べて9.6%も増えていた。

今年も同じペースで増えていたとすれば、162万人が1、2月に訪れていた計算になる。これにひとり当たりの消費額をかけると、2カ月間で3450億円になる。仮に1、2月の中国からの訪日客が前年並みに止まれば、それだけで320億円消費額が減ることになる。

大した金額ではないように思えるが、実際には中国人観光客だけが減るわけではなさそうだ。アジアにやってくる欧米人も減る可能性があるし、当然、日本からアジアに出て行く旅行者も減る。

訪日観光客4000万人も夢と消えるか

SARS重症急性呼吸器症候群)が流行した時は、旅行者の減少などが半年続きました。もしかすると7月末に開幕する東京オリンピックにも影響が出るかもしれません」とエコノミストのひとりは危惧する。

低迷する日本経済にとって、底上げする原動力として期待されるのが東京オリンピックパラリンピック新型コロナウイルスの流行が長引けば、東京にやってくる訪日外国人が期待外れに終わってしまう可能性も出てくるのだ。そうなれば、影響は数千億円では済まなくなる。

日本政府は2020年の訪日外国人客4000万人を目標に掲げてきた。2018年は8.7%増の3119万人で、2020年には目標達成が視野に入っていた。ところが2019年は2.2%増の3188万人。わずか69万人しか増えなかった。

前述の通り、日韓関係の冷え込みによる韓国からの旅行者が激減したことが理由で、2019年は2018年比25.9%も減った。加えて香港の抗議行動の広がりで、香港からの訪日客が3.8%増に止まったことや、日本へのリピーターが多い台湾からの訪日客も2.8%増と頭打ち傾向が強まっていることも、全体の訪日客の増加ペースを落としている。このままでは4000万人の達成は難しそうだ。

消費増税の影響が予想以上に大きく、自動車販売や百貨店売上高の対前年同月比マイナスも続いている。免税などによって影響が少ない海外旅行者の「インバウンド消費」が頼りだったが、急速に暗雲が広がっている。日本にとっては「泣きっ面に新型コロナ」である。

 

“よそ者”が気づかせてくれた「福山デニム」の価値

雑誌Wedgeの12月号に掲載された『Value Maker』です。是非ご覧ください。

Wedge (ウェッジ) 2019年12月号【特集】「新築」という呪縛  日本に中古は根付くのか

Wedge (ウェッジ) 2019年12月号【特集】「新築」という呪縛 日本に中古は根付くのか

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: ウェッジ
  • 発売日: 2019/11/20
  • メディア: 雑誌
 

 

 「デニムといえば岡山というイメージが定着しています。本当は福山の方がデニムの生産量は多い。国内生産の5割以上が福山です。それでも岡山に出荷して仕事はあるのだから、まあ良いかと思っていたんです」

 広島県福山市でデニムの縫製工場を営むNSGの名和史普社長はそう振り返る。

 岡山県と境を接する福山市は、備後カスリのモンペの伝統を引き継ぎ、作業着などの製造に関わる企業が集積している。厚手の生地の加工という得意技を生かして、いち早くデニム生産に乗り出した企業も多い。デニムで言えば、素材の糸の染色から布地の織り、縫製、そしてエイジング加工まで、10キロほどの地域に関連企業が集まっているのだ。

 本来ならば「デニムの聖地」と呼んでも良い場所にもかかわらず、不思議なことに企業同士のつながりは薄かった。それぞれの企業が他地域の大手の下請として、仕事を得ていたからだ。お互い名前は知っていても、一緒に連携して製品を作るという発想がなかったのである。

 3年前の2016年秋、そんな福山に「よそ者」がやってきた。

 「福山ビジネスサポートセンター(フクビズ)」。地域の中小企業の相談に乗り、経営改革や新規事業の立ち上げなどをサポートする。国と自治体がカネを出すが、運営は民間。センター長やプロジェクトマネジャーは、ビジネスの世界で経験を積んだ人たちを公募する。静岡県富士市で元銀行マンの小出宗昭さんが始めた富士市産業支援センターが「f-Biz」モデルと呼ばれて全国に広がったものだ。所長たちは1年契約で、成果を上げることが求められる。

 そのフクビズにプロジェクトマネジャーとして採用されたのが、池内精彦さん。「ウォルト・ディズニー」や「エルメス」「ジョージジェンセン」「バリー」といった名だたる海外ブランドの管理や経営に長年携わってきた「ブランド・マネジメント」の専門家だ。

 池内さんは相談を繰り返しているうちに、ある事に気がつく。

 「待てよ。川上から川下まですべて揃っているじゃないか」

 それが福山デニムの新ブランド「福山ファクトリーギルド(F.F.G)」が生まれるきっかけだった。

 「池内さんという人は本当にしつこい人なんです」と名和さんは笑う。デニム製造の傍ら自社で作るポーチ類の拡販方法についてフクビズに相談に行ったのだが、池内さんは、「それよりも、デニムの新ブランドを立ち上げましょう」と口説いてきたというのだ。

 大手ブランド向けに製品を納入している名和さんは当初、「自社でブランドを作ったら、仕事が来なくなるから嫌だ」と抵抗した。フクビズに3回通って、結局、池内さんに説得される。「根負けしたんです」と名和さん。

 背景には焦りがあった。アパレル全体の市場規模が縮小する中で、大手との取引だけで将来にわたって安泰とは言えなくなっていたのだ。また、「これを作っています」という最終製品を持たないと、縫製職人のモチベーションが上がらず、技術の伝承もままならない。

 池内さんが真っ先に引き合わせたのは、福山駅前でセレクトショップ『ホルス・ワークス』を経営する今福俊和ホルス社長だった。「100%メイド・イン福山」のデニムを作っても、「出口」がなければ世の中に発信できない。また、何が売れるのか、実際に消費者と日々対面してモノを売っている人の意見を聞かなければ、独りよがりになる。

 今福さんも、「もともとは別件の相談でフクビズを訪ねました。まさか福山デニムのブランド立ち上げに関与することになるとは思いもよらなかった」と振り返る。

 

はきやすさを追求

 今福さんは条件を出す。『ホルス・ワークス』では岡山デニムも置いていたので、バッティングさせるわけにはいかない。そこで「はきやすさを追求した」ジーンズというコンセプトを固め、価格帯についても、F.G.Gに参加する各社が適正な利益を出せる水準にした。

 「福山デニム」はどんどん形になっていった。染糸の坂本デニム、製織の篠原テキスタイル、縫製のNSG、洗い加工の四川、刺しゅうのアルファ企画、加工のサブレ、販売のホルスなど——。いずれも福山に拠点を置く川上から川下までの企業が連携することとなった。

 製品が出来上がれば、ブランドに磨きをかけるのは池内さんにとってはお手のもの。「福山ファクトリーギルド」のギルドとは、中世ヨーロッパで手工業を担った親方たちの職業組合のこと。高い技術力を持つ専門業者が同盟を組んで丁寧に作り上げていく姿を示している。「福山には技術力の高い会社が数多くある。これをマッチングしていくことで新しい価値が生まれる。すごく可能性のある町だ」。そんな池内さんの思いを的確に示すブランド名だった。中世の貴族の紋章さながらのカッコ良いエンブレムも作った。

 18年10月、「福山ファクトリーギルド」のブランドを付けた100%福山製の第1弾のジーンズが完成した。柔らかい糸を使い、肌触りやはき心地の良い製品に仕上がった。縫製も旧式ミシンを使って味を出すデニムファン納得の仕上がりになった。税抜きで2万円。当初用意した分は2週間で完売。すぐに再生産に踏み切った。

 フクビズが力を発揮したのはメディアへの発信。製作発表のイベントや会見を行い、地域ブランドの魅力をアピールした。結果、地元のほとんどのメディアで取り上げられ、全国ベースの雑誌やテレビにも登場した。

 「フクビズでは3年で7000件を超えるご相談に乗りましたが、F.F.Gは成功した代表例です」と高村享センター長は言う。1979年生まれの40歳。企業での広報宣伝などを担当、その後、ダンススタジオを運営するベンチャー企業の立ち上げに参画した経験の持ち主だ。フクビズが関与して生まれた新商品は数多い。

 マッチングによって新しいものを生んだり、良いものに磨きをかけるのは、高村さんのような“よそ者“だからできることだとも言える。地元では当たり前のものに、魅力を見出し、磨きをかけて付加価値を付ける。良いものをきちんとした値段で売るために、ブランド構築もしっかりやる。よそ者だからこそ、しがらみがなく、それまでのやり方に固執しないアイデアを生み出せるわけだ。

 名和さんは、今後、「福山ファクトリーギルド」を地域の産業をPRする母体にしていきたいと語る。各社が工場見学を受け入れ、デニム製造の川上から川下までを訪ねることができる観光ルートに育てていき、それが「福山デニム」のファンを作ることにつながれば、と考えているのだ。

 もっとも地域ブランドを定着させるのは簡単ではない。全国に失敗例は山ほどある。池内さんは「量を追うのではなく、いかにブランドの質を高め、磨きをかけるかがポイントだ」と見る。果たしてF.F.Gは福山の地域ブランドとして不動の地位を築くことができるのか。大いに注目したい。

「村上ファンド」を国ぐるみで追い出す日本人の勘違い  なぜ経営者を甘やかすのか

プレジデントオンラインに連載中の『イソヤマの眼』に1月27日に掲載されました。是非お読みください。オリジナルページ→https://president.jp/articles/-/32515

東芝機械にTOBを仕掛けた旧村上ファンド

東芝機械にTOB(株式公開買い付け)をかけたのは日本に籍を置いたファンドなんです。これでは外為法では手が出せません。村上世彰さんも考えているんだと思います」

ある経済産業省の幹部はこう語る。

村上ファンド系の投資会社シティインデックスイレブンスが1月21日、工作機械メーカーの東芝機械に対して、株式公開買い付け(TOB)を実施すると発表した。シティは同じく村上氏が実質支配するオフィスサポートとエスグラントコーポレーションと共に、東芝機械株の12.75%を共同保有する実質筆頭株主である。

TOBはこの3社が実施し、最大259億円を投じて発行済株式の43.82%まで取得する方針を打ち出している。買い付け期間は3月4日までで、買い付け価格は1株3456円。TOBの通知を受けたと東芝機械側が発表した1月17日の終値より約11%高い価格だ。

東芝機械の経営陣はこれに反発し、買収防衛策を発動する方針を明らかにするなど、対決姿勢を鮮明にしているが、ひとまずその話は置く。経産省幹部の話の背景をまず説明しよう。

経産省は「物言うファンド」を追い出そうとしている

実は今、経産省主導で昨年秋の臨時国会で成立した改正外為法の施行準備が進んでいる。もともと外為法では、「指定業種」の企業について、発行済み株式の「10%以上」を取得する場合に、審査付きの事前届出を義務付けていた。

それが改正法では、「1%以上」取得する場合に強化されたのだ。役員選任や事業譲渡の提案などにも厳しい制限が加えられることになった。海外の投資ファンドからは「国主導の買収防衛策だ」という批判が上がっている。

法改正の狙いは、所管の財務省の説明資料では、「経済の健全な発展につながる対内直接投資を一層促進するとともに、国の安全等を損なうおそれがある投資に適切に対応」すると書かれている。だが、“霞が関の修辞法”でいうところの「安全等」の「等」の解釈は役所次第だ。実際には法改正を主導したのは経産省で、明らかに日本企業の株式を取得し経営のあり方を揺さぶる「物言う投資ファンド」に照準を合わせたものだ。

東芝機械のTOBを主導する村上氏はシンガポールに拠点を置き、傘下にある様々なファンドを使って日本企業の株式を取得、経営にモノを言い続けている。村上氏がTOBに使ったのが海外に籍を置いたファンドならば、経営権の奪取などを経産省が阻止することが可能だったかもしれないわけだ。

伝統的大企業の経営者から泣きつかれたか

「指定業種」の対象になるのは、「国の安全」や「公の秩序」「公衆の安全」「我が国経済の円滑運営」に関わる企業だとしている。武器製造など軍需企業に留まらず、原子力や航空・宇宙、電力、通信など幅広い業種の企業が対象になるわけだ。

事前届け出を免除する制度も設けられるが、「武器製造」「原子力」「電力」「通信」は「国の安全等を損なうおそれが大きい」として免除対象からは除外され、1%ルールが適用される。

経産省の幹部は、「海外の年金基金などによる通常の投資は届け出免除になるので、影響はありません」という。だが、そのためには、次の基準を守る必要があるという。(1)外国投資家自ら又はその密接関係者が役員に就任しないこと(2)重要事業の譲渡・廃止を株主総会に自ら提案しないこと(3)国の安全等に係る非公開の技術情報にアクセスしないこと――だ。

経営に口を出したり、事業切り離しを要求しないのであれば届け出は免除する。つまり、逆にそうした要求をする「物言うファンド」の場合は、審査対象になるということだ。

経産省がこの法改正に動いた背景には、「物言うファンド」の増加に音を上げた伝統的大企業の経営者から泣きつかれたことがきっかけだと言われる。

「突然のTOB」と主張する東芝機械

東芝機械に話を戻そう。

東芝機械は1月17日にリリースを出し、TOBを申し入れられたことを自ら公表すると共に、こう指摘した。

「オフィスサポートが、本公開買い付けについて当社との間で何ら実質的な協議を行うことなくその準備を行なっており、その諸条件について当社にはほとんど情報共有がなされておらず、また、本公開買い付け実施後の当社の経営方針等についても一切の説明がない」

さらに、こう付け加えた。

「本公開買い付けの目的ないしその結果が、当社の企業価値ないし株主の皆様共同の利益の最大化を妨げるようなものであるおそれは否定できないものと認識しております」

対話もなく突然のTOBだと批判しているのだ。

これに対して村上氏は、日経ビジネスのインタビューに応じて、こう答えている。

東芝機械株はだいぶ前から持っています。そしてずっと会社側とは対話を希望してきました。ですが全然応じてくれません。最初にアポイントが入ったときは数時間前にドタキャンされました。社長に会えたのはたったの1回だけで、その後は会ってくれません。これまで合計すると、会社側と会えたのは5回、取締役会に手紙を出した回数が13回です」

つまり、初めから東芝機械は対話の意思がなかったと指摘しているのだ。

ぬるま湯に浸かってきた日本の経営者は戦々恐々

村上氏が“狙う”企業は、社内に資金を溜め込み、事業投資を行なっていないような「キャッシュ・リッチ」のところが多い。今回の東芝機械も、前出のインタビューで「現金+売掛金+投資有価証券-買掛金で500億円程度あるはずです。これを有効活用してほしい」と述べている。

つまり、経営が「緩い」会社に狙いを定めて、株主還元や経営改善を求めているわけだ。それによって配当を増額させたり、株価の上昇を狙う「物言うファンド」としては正攻法と言っていい。だが、こうした「物言うファンド」に、これまでぬるま湯に浸かってきた日本の経営者は戦々恐々としている。

15年ほど前には日本企業の間で買収防衛策を導入する企業が相次いだ。その後、経営改革を求める正当な投資行動を阻害するとして、買収防衛策の導入には機関投資家などが反対する流れが進んだ。

日本でも生命保険会社や年金基金などが株主総会で買収防衛策の廃止などを求めるケースが増え、いったんは導入した企業でも撤廃する動きが広がっている。現経営陣を支持するか、TOBに賛成して新たな経営体制を求めるかは、株主の判断に任せるべきだというのが世の流れだ。

「村上氏の目的は所詮お金」と切り捨てられるのか

そんな中、東芝機械はTOBに対する対抗措置として、新たな買収防衛策の導入方針を明らかにしている。しかも買収防衛策の発動は、株主総会の承認を得ず、取締役会と第三者委員会で決定するという「離れ業」で乗り切ろうとしている。

「村上氏はコーポレートガバナンスの強化など公の利益を口にしますが、所詮はお金ではないでしょうか」と伝統的な企業の経営者は言う。確かに、経営改善を求めているのは公益のためというより、ファンドの利益に違いない。だが、そうしたファンドに付け入られる「経営の甘さ」があることが日本企業の根本的な問題ではないのか。

今年の株主総会でも、不祥事を起こした企業などで、海外の投資ファンドなどが「株主提案」を出す動きがさらに広がりそうだ。そうした中には株式取得の段階で、「国の安全等を損なう」として、審査にかけられる案件が出てくる可能性は十分にある。

日本の機関投資家などが株主総会で必ずしも現経営陣の提案を支持しなくなり、ようやくコーポレートガバナンスが機能し始めたとも言える。そんな中で「物言うファンド」を排除することは、時代を逆行させることになるのではないだろうか。

2020年の日本株、また海外投資家が「大量売り」するかもしれない  「変われない日本」をどう見るか…

現代ビジネスに1月24日に掲載された記事です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69990

海外投資家頼みの株価回復

日本取引所グループが発表した1月第1週(1月6日から10日)の投資部門別売買状況によると、海外投資家が458億円の売り越しとなった。わずかながらとはいえ売り越しから始まったことで、幸先良いスタートとはならなかった。

 

2019年年間の海外投資家の売買も、7953億円の売り越しだった。10月から12月は海外投資家が2兆3000億円も買い越し、日経平均株価を一時、2000円近く押し上げた。年間でも買い越しになるのではないかと期待されたが、年末にかけて買いが鈍ったことから、結局、年間では売り越しとなった。年間での売り越しは2018年に続いて2年連続である。

海外投資家はアベノミクスが始まった2013年に15兆1196億円も買い越し、それが日本株が本格反騰するきっかけになった。2014年も8526億円の買い越しだったが、2015年になって2509億円の売り越しと、売り買いトントンの状態になった。

そして、2016年には、3兆6887億円の売り越しと、まとまった売りが出た。安倍晋三首相が打ち出したアベノミクスの「3本の矢」のうち、3本目である「民間投資を喚起する成長戦略」が海外投資家の大きな期待を集めたが、規制改革などに目立った成果がでなかったことで、「やはり日本は変われないのではないか」という見方が強まった。国内でも「アベノミクスの失敗」などが言われ始めたころだ。

2017年には3年ぶりに買い越しになったとはいえ、額は7532億円とわずか。そして、2018年には5兆000億円の売り越しを海外投資家は出した。

2018年も2019年も秋口には機関投資家の買いで株価は上がったが、それも米国など海外の投資ファンドの決算対策などの要因がほとんどとみられ、長期にみれば、日本株は売られる傾向が強まっている。

この消費ではオリンピック後も

では2020年はどうなるか。東京オリンピックパラリンピックもあり、日本の景気も盛り上がるとの期待が強かった。株価は半年以上先を映しているとしばしば言われるが、海外の機関投資家はすでにオリンピック後の日本経済を見透かしているのだろうか。

2019年10月の消費増税の影響が大きく、それでなくても低迷していた消費が落ち込んでいる。1月21日に日本百貨店協会が発表した昨年12月の全国百貨店売上高は前年同月比5.0%のマイナスになった。増税前の9月には駆け込み需要で23.1%増と増えたがその反動で10月には17.5%減となり、11月も6.0%の減少と続いた。12月まで3カ月連続のマイナスになっている。

自動車販売の落ち込みも大きく、日本自動車販売協会連合会全国軽自動車協会連合会の発表によると12月の新車販売(登録車・軽自動車合計)は前年同月比11.0%減の34万4875台にとどまった。この結果、2019年年間の新車販売台数は519万5216台と1.5%減少、3年ぶりのマイナスになった。

こうした消費の減退がどこまで続くのか。オリンピックで期待されるのは海外からの訪日観光客が落とすお金だ。政府は2020年の訪日客数を4000万人と目標としてきたが、2019年は3188万人。過去最多は更新したものの、伸び率は2.2%に鈍化した。

訪日外国人が日本国内に落とした「旅行消費額」は4兆8000億円と推計されているが、前の年に比べて3000億円しか増えていない。オリンピックの観戦で訪日客の増加は予想されるものの、4000万人突破には暗雲が漂っている。

やはり「変われない国」なのか

1月20日に始まった通常国会で政府は2019年度補正予算と2020年度予算の早期成立を目指す。総額26兆円に上る巨額の景気対策が盛り込まれているが、政府がこれだけの金額を景気対策につぎ込もうとしていること自体、足元の景気の底割れを回避したいと言う焦りを示している。

大手の建設会社の現場責任者によると、都市再開発などで建設工事の受注残が大きく、オリンピックが終わってもすぐに底割れする懸念はない、と言う。

一方で、人手不足が深刻なため、足元で公共工事が増えたとしても仕事を行うことができないと悲鳴を上げる。つまり、大型の景気対策でも公共工事などの予算増額は消化されない可能性が大きく、景気への刺激効果がどれだけ上がるかが見通せない。

海外投資家が日本株投資で気にかけている大きな問題がもう1つある。近年再び語られている「日本異質論」が定着しつつあることだ。

昨年末に世間を騒がせた日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告の国外逃亡も、ゴーン被告が記者会見で日本の司法制度の国際感覚とのズレを強調したことから、日本異質論を後押しする結果になっている。

3本目の矢に対する期待もすっかり薄れ、「やはり日本は変われない国」だと言う見方が広がっている。安倍政権の改革姿勢が薄れていると見られていることが大きい。

オリンピックで消費がどこまで盛り上がるのか。オリンピック後の日本の景気がどうなっていくのか。さらに悲観論が高まるようなことがあれば、海外投資家が2020年も大量に売り越すことになりかねない。

 

進化続ける“おつな”高級ギフトの正体

雑誌Wedgeに連載中の『Value Maker』がWedge Infinityに再掲載されました。御覧ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/17027

 

Wedge (ウェッジ) 2019年 5月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2019年 5月号 [雑誌]

  • 作者:Wedge編集部
  • 出版社/メーカー: 株式会社ウェッジ
  • 発売日: 2019/04/20
  • メディア: Kindle
 

 ツナ缶といえば手軽でおいしい食材の代表格で、1缶150円前後というのが相場だろう。その10倍の価格で売り出したツナが人気を集めている。

 その名も「おつな」。ツナを缶ではなく瓶詰めにし、おしゃれな紙箱に収めた。「大切な(たいせツナ)方とつながる(ツナがる)乙な(おツナ)もの」という語呂合わせで、冠婚葬祭の引き出物やお中元、お歳暮用をターゲットにした戦略が当たった。

 「おつな」を売り出したのは関根仁さん。東京・世田谷区池尻で10年間小料理屋「仁」を営んできた。ある日、酒の肴(さかな)のマグロが残ったので、何気なしにオイル漬けのツナを自分で作ってみた。なかなかイケる。それがツナに深入りするきっかけになった。

 もともとツナ缶は大好物だったが、缶の臭いが気になり、脂ぎった感じにも抵抗感があった。もっとおいしいツナができるはずだ。小料理店経営のかたわら、構想5年。「これだ」と思う完璧なレシピが出来上がった。

 店で出すのではなく、一般に売り出すことを考えたが、大量生産されるツナ缶と勝負することなどできないのは明らか。プチ高級品として売り出す以外に方法はない。ならば缶ではダメ、クリアなイメージの瓶にしよう。
 
 福島県出身の関根さんは、上京すると都内の鮮魚店で働いた。築地には知り合いが多い。自分の小料理店を開いた後も築地に通った。20年にわたって魚をみてきた目利きには自信があった。

 そんな時、語呂合わせがひらめいたという。人と人のつながりを生む乙な「おつな」。これだ、と思った。絶対にイケる。

ツナに賭ける

 関根さんは2017年の年初に小料理屋を閉めることを決める。期日は5月末。ツナに賭けることにしたのだ。

 それから試行錯誤が始まる。プチ高級品にするには素材にこだわらなければいけない。選び抜いた本マグロの中トロで作ったツナならうまいのではないか。どうせならフレーク状ではなく、かたまりのまま瓶詰めにできないか。無添加の最高級品を使おう。

 だが、結果は大外れだった。脂の多いトロを使うと、ツナに仕上がった時に脂臭さが残るのだ。しかも材料費が跳ね上がる。かたまりにするためにマグロをカットすると、どうしてもロスが多くなる。それでは販売価格がべらぼうに高くなってしまう。

 試行錯誤の末にたどり着いたのが、ビンチョウマグロを使い、フレーク状に加工すること。築地でツナに合ったマグロを選び抜き、オイルにもこだわった。工場での大量生産ではなく、調理場での手作業だからこそできるこだわりだ。これでイケる。

 賞味期限を設定するために、瓶に詰めて食品検査会社に持ち込んだ。贈答品にするのだから、常温で日持ちがしなければ困る。

 ところが、驚愕の検査結果が来た。「これは1日ももちません」。目の前が真っ暗になった。常連客にはすでに5月末で店を閉めることを伝えている。引くに引けない。

 だが、保存料は使いたくない。安全で安心なツナにしなければ、10倍もの金額を支払う客はいない。

 実は、瓶詰めに使うための瓶でも問題が発生していた。最初に使おうとした瓶ではオイルが漏れるのだ。容器会社に聞いてみると、油を完全に封じ込めるというのは並大抵ではない、という。瓶の蓋をガッチリと締めれば漏れないが、それだと簡単には開けられない。

 結局、その道のプロに教えを請うしかないと割り切った。いくつもの会社を回って助けてもらい、最終的に油漏れは解決した。製造方法を見直すことで、賞味期限問題も解消した。常温保存で50日を賞味期限にできた。

 小料理店をそのままツナ専門の売店に変えた。引き戸を開けると、正面のカウンターの上にある刺身などを入れてきたショーケースの中に、「おつな」の瓶が並ぶ。味は10種類。「島唐辛子」「えごま大葉味噌」「ポルチーニ味」「ドライトマト&バジル」などなど、和洋のレシピが並ぶ。島唐辛子は酒の肴にもってこいだし、ドライトマトとバジルのツナは茹(ゆ)でたスパゲッティに軽くあえるだけでイタリアンのひと皿に早変わりする。

 店を訪れた客には、10種類のツナをお猪口(ちょこ)に入れて味をみてもらうようにした。小料理屋の店先で利き酒ならぬ、利きツナだ。気に入った味を見つけて買って帰る。そんな気の利いた販売方法が取れるのも長年小料理屋を営んでいたからに他ならない。

 ところが、店を開けていられない事態に直面する。2018年の夏のことだ。婦人雑誌に贈答用の逸品として取り上げられたのである。一気に注文が舞い込んできた。商品作りが間に合わず、来店客をさばききれなくなったのだ。今は、週に数日だけ店を開いている。

 3瓶のセットで税金を入れて5000円に収まるという価格設定も贈答向けにぴったりだった。近隣の結婚式場で引き出物として人気商品になった。フル生産で月に3000個の瓶詰めを作っているが、料理屋だった店の調理場での手作りは限界にきている。

焼津で「おつな」ラボ

 静岡県焼津市。国内第1号のツナ缶はこの町で生まれた。昭和初期、焼津水産学校(現在の静岡県立焼津水産高校)が作った。水産高校では今も、生徒らが実習でツナ缶を作り続けている。

 名実ともにツナの町である焼津に、「おつな」のラボを作ることにしたのだ。鮮魚店だった場所を借り、「おつな」の加工場を作る。「おつな」だけでなく他社の様々なツナ製品を集めて「専門店」を開くことも考えている。

 長年ツナ缶を作っていた焼津の加工場の多くが、様々なブランドで高級缶詰などひと工夫凝らしたツナ製品を製造している。昔ながらのなまり節や佃煮(つくだに)ではなく、より高い付加価値を付けた商品を開発し、全国に発信していきたい。そんな思いがあふれる焼津の町おこしに貢献することもできるのではないか。関根さんの夢は広がる。インバウンドの顧客が増える中で、焼津のマグロは競争力の高いコンテンツになる。

 「5万円のよこツナ(横綱)をいつか出したいと思っています」と、関根さん。横長の瓶に大トロの切り身をオイルと共に入れ、相撲の横綱が締める綱のような形にする。味もさることながら縁起の良い引き出物、贈り物として使われるのは間違いない、と確信している。

 焼津のラボでも基本は手作りだ。工場で大量に安く作るのが当たり前だと思われてきたものに、あえてこだわりの手作りで挑戦する。薄利多売ではなく、いかに付加価値を付けるか、それに見合った価格で売るには、どの客層にどんな仕掛けで売っていくのか。おつなの乙な挑戦は止まらない。

30万円のイヤホンを生むソニーが誇る職人たち

雑誌Wedgeに連載中の『Value Maker』がWedge Infinityに再掲載されました。御覧ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/17015

Wedge (ウェッジ) 2019年 4月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2019年 4月号 [雑誌]

  • 作者:Wedge編集部
  • 出版社/メーカー: 株式会社ウェッジ
  • 発売日: 2019/03/20
  • メディア: Kindle
 

 

 一人ひとり違う耳の形に合わせて、テイラーメイドで作られるイヤホンをご存じだろうか。ソニーの「Just ear(ジャスト イヤー)」。究極の装着性を追求して最高の音質にたどり着くことを狙った逸品は、当然、一つひとつ手作りされる。しかも日本国内でだ。

 東京・青山にある「東京ヒアリングケアセンター青山店」で耳型を採ると、それが大分県日出(ひじ)町にある「ソニー・太陽」の工場に送られてくる。耳型から型枠を作り、そこに樹脂を流し込んでイヤホン本体を作るのだ。

 わずかなデコボコでも装着感が変わるため、手作業で削り、磨いていく。顕微鏡を使いながら精密な電子機器を組み込んでいく。微細な手作業が続く。

 そうして仕上げても、より精緻な装着感を求める顧客のため再調整することもある。

 そんな「究極のイヤホン」。好みに合わせて音をチューニングする音質調整モデルXJE−MH1は30万円(税別)である。イヤホンとしてはなかなかの高価格だ。長年ソニーのヘッドホンやイヤホンの開発に携わったエンジニアが注文客から使用環境や好みの音楽を聞き、それに合わせた音質を提案する。まさに世界に1台だけの「あなたのイヤホン」だ。

 音質プリセットモデルMJE−MH2は20万円(税別)。事前に音質を調整した「モニター」「リスニング」「クラブサウンド」という3つのタイプがある。いずれも、加えて、耳型を採取する費用9000円(税別)が別途かかる。

 実は、このジャストイヤーを作っているソニー・太陽という会社は、ソニーの創業者だった井深大さんが、ある思いを込めて作った会社だ。障がい者が自立を目指す施設として創られた社会福祉法人「太陽の家」と共同出資で1978年に設立された。

井深さんの思い

 本社工場の入り口を入った一角に、パネルが掲げられ、井深さんの写真とともに、こんな言葉が刻まれている。

 「仕事は、障がい者だからという特権なしの厳しさで、健丈者の仕事よりも優れたものを、という信念と自立の精神を持ってのスタートでした」

 太陽の家の創設者だった中村裕(ゆたか)医師の、「チャリティーではなくチャンスを」という理念に突き動かされ、大分に工場を建てて障がい者が仕事に就く機会を作ったのだ。今でこそ、障がい者も健常者と同様に働くのが当たり前という認識が広がったが、当時としては画期的な考え方だった。

 今では、障がい者雇用は法律によって基準が定められ、その基準をクリアすることだけを考えている会社も少なくない。昨年は多くの省庁で障がい者の雇用数の水増しが発覚した。

 だが、井深さんは法律で義務付けられる前からこの会社を立ち上げたのだ。同じように、オムロンやホンダ、三菱商事といった企業の当時の経営者が中村医師に共鳴して共同出資会社を作っている。

 その中村医師は障がい者スポーツの振興にも情熱を傾け、1964年の東京パラリンピックでは選手団長として大会を成功に導いた。「日本パラリンピックの父」と呼ばれている。

 ソニー・太陽で働く社員180人のうち64%に当たる115人に障がいがある。多くが四肢や聴覚の障がいだ。だが、健常者の仕事よりも優れたものをという創業以来の独立精神は間違いなく生きている。

 工場の中では、障がいがあっても同じ仕事ができるように作業台の高さや並べ方を変えている。さまざまな補助作業用具を自分たちで工夫して作ったりするのは当たり前、という文化が根付いているのだ。

 モノづくりの多くは人件費の安い海外に移転していった。ソニー製品も例外ではない。そんな中で国内にある工場に、人手を使って生産する製品を残すのは簡単なことではない。当然、高い付加価値が求められる。ソニー・太陽では、大量生産するほどは売れないが、着実に需要があるハイエンドのマイクロホンやヘッドホンなどを組み立ててきた。

 放送業界で「漫才マイク」としてよく知られているC−38というマイクがある。銘品とされ、音作りの世界でスタンダードになっている。注文数は少ないが、現場に愛され、着実に需要はあるため、生産を止めるわけにはいかない。

 ソニー・太陽の熟練工が手作業で組み立て、音質をチェックし出荷する。その技を伝承していくことも重要だ。ソニー・太陽の工場を歩いていると、ソニーという会社の原点とも言える「こだわりのモノづくり」という伝統を、色濃く残していることに気づかされる。

 「マニファクチャリングというよりも、一人ひとりの職人が技で作り込んでいくクラフトマンシップの会社です」と盛田陽一社長は言う。そして、「ジャストイヤーは一つひとつ違うことがウリなので、機械ではなく、人間がまだ活躍でき、大きな付加価値を付けられる」と盛田さん。まさにソニー・太陽の得意技である。

根気のいる作業

 製造部の宮本晶(あきら)さんは、製造方法を確立する大役を任せられた。ソニー・太陽に28年勤めるベテラン・マイスターだ。

 透明な樹脂でイヤホン本体を作るが、「はじめは気泡が入ったり、割れてしまうなど失敗もしました」と宮本さん。「不思議なのですが、一度失敗すると何度やってもうまくいかないなど、イライラが募ることもありました」と苦笑する。実際、「もうやってられない」と挫折して、担当を代わった社員もいる。それだけ根気のいる作業なのだ。ソニー・太陽の社員の中でも、ジャストイヤーを手掛けているのはごく一部の熟練工で全員が障がいのある社員である。

 一つひとつ手作業のため、量産はきかない。ほぼフル生産の状態だ。声優の南條愛乃さんとコラボした限定モデルは、あっという間に予定数を完売した。南條さんの聴いている同じ音質で音楽を楽しみたいというファンの人気を集めた。

 今後は日本の音響技術に関心の高いアジアの国々でもヒットしそうな予感だ。ジャストイヤーの存在がジワジワと口コミで広がっている。特に香港などで人気が高まっているという。

 まだイベントなどで出品した際の販売が中心で、耳型を採れるディーラー網の整備ができていないため、本格的に供給できていない。所得水準の向上とともに良いものには出費を惜しまないアジアの人たちが増えている。まだまだ販売が増える可能性は高そうだ。

 障がいを乗り越えて健常者以上の成果をあげるようになったソニー・太陽のマイスターたち。高い付加価値を生み出し、日本にモノづくりを残すことに大きく貢献しているのは間違いない。