官僚定年延長で“ブラック霞が関”さらに劣化という悲鳴

新潮社フォーサイトに7月2日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/48062

 6月に閉幕した通常国会で、国家公務員の定年を65歳に引き上げる国家公務員法などの改正法が可決成立した。国会審議では、新型コロナウイルスの感染再拡大や東京オリンピックパラリンピックの扱いにもっぱら関心が向き、公務員の定年延長に関する議論はほとんど注目されなかった。というのも、自民・公明の与党だけでなく、立憲民主党などの野党も公務員の定年延長には賛成で、まったく争点にならなかったというのが正しい。

 現在60歳の定年を2023年度から2年ごとに1歳ずつ引き上げ、2031年度に65歳にする。民間企業で多く採用されている「再雇用」ではなく、定年が延長される。現在も希望者は65歳まで再雇用する「再任用制度」が存在するが、にもかかわらず「定年」を延長したのは、これで身分保障と待遇がよりよくなるからだ。

連合の「悲願」により立民も「賛成」

 民間では60歳で再雇用された場合、大幅に給与が下がるのが普通だ。ところが、今回の法律改正では60歳以前の7割を当面保証している。民間企業で働く人々は、新型コロナの影響で、企業業績が悪化していることから、廃業・倒産の危機に直面したり、失業のリスクに晒されている。失業しないまでも、残業代がなくなり収入が大幅に減っている人も少なくない。もともと公務員は失業のリスクがゼロで、給与も景気変動に関係なく増え続ける。そんな十分に保証されている公務員を、民間での定年延長の流れよりも先に引き上げる理由があったのか。「経済の立て直しに先んじて公務員の定年延長を急ぐ必要があったのか疑問が残る。(中略)一足飛びに、定年延長も、60歳以降の給与保証も実施することについて、国民の理解を得るための審議を尽くしたとは言えない」(北海道新聞社説)という指摘が出るのは当然だろう。

 しかも、60歳以上はそれ以前の7割という給与水準も、いつまで守られるか分からない。人事院などの資料によると「60歳を超える職員の俸給月額は60歳前の70%の額とし、俸給月額の水準と関係する諸手当等は60歳前の7割を基本に手当額等を設定(扶養手当等の手当額は60歳前と同額)」するとしているものの、7割というのは「当分の間」の措置だという。ほとぼりが覚めれば、7割からさらに引き上げることもありそうだ。

 60歳に達した段階で降格する「役職定年制」も導入することが決まった。役所のポストは定数が決まっているため、高齢職員が居座ればポストが空かないからだ。だが、これにも例外があるようで、高齢職員がポストにとどまり続ける可能性がある。

 国民からみればまさに「役人天国」だが、霞が関も永田町も、これで世の中が納得する「世間相場」だと思っているのだろうか。

「菅さんは役所の嫌がることはやらない人」

 実はこの法案、昨年も閣議決定され通常国会に提出されていた。ところが公務員全体の定年延長と一体で出された検察庁法改正に焦点が当たり、国民の強い反発を食って頓挫したのだ。安倍晋三内閣に近いとされた黒川弘務・東京高検検事長の定年を法解釈の変更で延長した恣意的な人事を、糊塗するための法改正ではないかといった批判が噴出し、ツイッターで数百万件の抗議の投稿がなされるなど、まさに「炎上」状態となった。結局、安倍内閣検察庁法改正を断念、一体だった公務員全体の定年引き上げも見送った。

 ちなみに、野党は検察庁法の改正については猛烈に批判していたものの、法案成立断念の話が出ると、公務員法の改正だけでも通し、定年引き上げを行うべきだと自民党にかけあった。というのも、立憲民主党の支持母体である連合は公務員などの組合組織の支援を受けており、定年引き上げはむしろ悲願だったからだ。さすがにどさくさ紛れに定年延長を決めれば国民の怒りを買うとみた安倍首相らが法案成立断念を決めたとされる。

「菅さんは役所の縦割り打破など、一見役所に厳しいことを言っているように見えますが、実際は役所の嫌がることはやらない人です。役所にそっぽを向かれれば政権基盤が揺らぐと思っているのです」と自民党のベテラン議員は言う。新型コロナで経済が回復せず、民間の雇用や給与にまだまだ不安がある中で、公務員だけ優遇する定年延長法案を国会に出す決断をしたのは菅首相自身だったという。

 まさに、与野党に支えられた「役人優遇」だが、当の霞が関の官僚の中には浮かない顔をしている中堅幹部が少なからずいる。

後続世代は50代半ばまで「雑巾がけ」に

「定年延長で間違いなく主要ポストの高齢化が進みます。今でも課長になるまでに20年間以上雑巾がけが必要とされていますが、これからは定年延長が進めば、50代半ば過ぎないとまともな権限を持てないかもしれません」(経産省の中堅幹部)

 優秀な人材が霞が関に来なくなったと言われて久しい。仕事が忙しく休めない「ブラックな職場」が忌避されている、「給与が安いから外資に流れてしまう」「天下りが減り生涯年収が読めなくなった」といったことがベテラン官僚の口から漏れる。だが、若手に聞くと外資に行くのは、報酬が高いことばかりが理由ではなく、「若いうちに大きな仕事を任せてくれるので経験を積める」(大学3年生)という理由を挙げる。実際、人気の外資コンサルティング・ファームに入った場合、働き方はモーレツで寝る時間もないほどだ。つまり、役人にならないのは、完全な入省年次主義で、年功序列のため、何年も下積みをさせられるということを嫌っている優秀な人材が多い。だとすると、今回の定年の延長は決定的にこうした優秀な人材をますます遠ざける結果になるだろう。

「今こそ、抜本的な公務員制度改革をやらないと霞が関はもちません」と財務省の幹部は言う。「今は年次主義の中で、上を見て忖度する人ばかりが偉くなるような仕組みです。民間の360度評価ではありませんが、多面的な評価で、年次を崩した人事を行えるようにしなければ、優秀な人ほど辞めてしまいます」

人材流出で霞が関の「神話」崩壊が止まらない

 実際、経済産業省など主要官庁では、中堅の人材が次々に辞めていく現象が起きている。

 最近、国会に提出した法案に誤字脱字や条文の誤りなどが見つかるケースが頻発している。「昔では考えられなかった事故。読み合わせする時間がなかったなどと言い訳していますが、実際には能力が圧倒的に欠如している人が増えました」と霞が関OBは嘆く。経産省が所管する「家賃支援給付金」550万円をだまし取った疑いで2人の経産キャリア官僚が逮捕されたが、「こんな意識の低い人間がキャリアに紛れ込んで来るようになるとは」と絶句する。

 日本は政治家は三流だが、優秀な官僚機構に支えられているから問題ない、と戦後長い間言われ続けたが、いまやそれも「神話」となった。「公務員制度改革」に霞が関官僚が徹底抗戦してきたのも、優秀な官僚機構にダメな政治家が手を入れることへの抵抗感だった。しかし、今では有能な幹部官僚の間からもむしろ公務員制度改革を進めて、若くても有能な人材を抜擢するべきだという声が出始めている。年次ではなく実績によって多面的な人事評価を行う仕組みを作れば、官邸の権限を握った政治家が好き嫌いで人事を行うことも難しくなる。

 国民の多くが気づかぬ間にこっそり通した公務員の定年延長が、ますます国民の政府に対する信用を損ない、霞が関の官僚に就こうという若者を減らしていくことになるだろう。

経済産業省は「東芝」を守るのではなく「原子力」の将来を考えよ  いい加減、逃げ回らずケリを

現代ビジネスに7月2日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/84715

会長再任否決、「政府側」敗北

東芝株主総会が6月25日に開かれ、現職の社外取締役で取締役会議長が株主の議決権行使の結果、再任拒否されるという主要企業では前代未聞の事態になった。

再任が否決されたのは永山治氏。中外製薬社長会長を務め、ソニーの経営再建にも携わった実力派経営者である。東芝では社外取締役として車谷暢昭・前社長を辞任に追い込むなど、海外ファンドなど株主との関係修繕の中核を担うと見られていた。それだけに永山氏が再任されなかったことで今後の東芝の経営の行方が混沌としてきた。

取締役選任議案での永山氏への賛成票は44%に留まった。2020年の総会で98%の賛成票を得ていたことを考えると、株主の支持が一気に離れたことが分かる。

その原因は、「モノ言う株主」として取締役の送り込みなどを求めてきたエフィッシモ・キャピタル・マネジメントに対して、車谷氏ら経営陣が経済産業省と一体になって様々な工作を行っていたことが明らかになったことで、株主の猛烈な反発を食ったためだ。

経産省参与だった水野博道・元GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)理事兼最高投資責任者が、株主の一つである米国大学のファンドに議決権行使しないよう圧力をかけていたとの疑惑が昨年末に米メディアに報道された。

これに対して東芝の監査委員会は「問題なし」との結論を出していたが、独立した弁護士らの再調査報告書では米ファンドなどへの働きかけの様子が赤裸々に綴られていた。総会前にこの報告書が出たことで永山氏の車谷前社長の任命責任監督責任が問われた格好だ。

東芝・海外投資家の動向、さらに無視できなく

問題なしという調査報告を出した監査委員会の委員長らは会社側が前もって取締役候補から除外していたが、社外取締役候補に残っていた監査役委員の小林伸行公認会計士は賛成25%という圧倒的少数で再任を拒否された。

経営者側にたって問題を「隠蔽」しようとしたのではないか、と多くの株主に疑われ、永山氏と共に信任を失ったということだ。

ちなみに、アクティビストと呼ばれる「モノ言う株主」は東芝株の2割程度を抑えているだけで、他の外国機関投資家や、日本国内の機関投資家個人投資家の反発も買ったことが、今回の再任拒否につながった。

総会後、選ばれた投資銀行出身のジョージ・オルコット氏が取締役を辞任、再任・新任された取締役は8人だけとなった。永山氏が務めてきた取締役会議長は、本来は社外取締役が務めるポストだが、暫定的に綱川智社長兼CEO(最高経営責任者)が務めることになった。

綱川氏の社長兼CEOも、車谷氏の辞任による緊急対応だったので、今後、議長及び社長を本格的に選任していく作業が始まるものとみられる。

遅くとも来年の株主総会では新しい議長候補や社長が取締役として選任されるが、株主が求めれば、その前に臨時株主総会を開いて再度、取締役会体制の見直しが行われる可能性もある。

その際、社長や取締役候補の選任に大きな役割を担うのが「指名委員会」。社外取締役だけで構成され、過半数を外国籍の取締役が握っている。今後、経営体制がアクティビストなど外国投資家の意向で入れ替わっていく可能性が高い。

3.11以降、逃げ回った結果

そこで改めて問題視されるのが東芝が持つ原子力事業などと、国の安全保障との関係。2020年から外為法が強化され、安全保障上問題になる指定企業の1%以上の株式を保有しようとする外国株主について国が調査する権限を持つ。

東芝もそうした企業の1つに指定されている。水野氏が大学ファンドに圧力をかけたとされる際には、この外為法での調査をちらつかせることで議決権行使に影響を与えたとされている。

経産省東芝の経営陣へのアクティビスト代表の参加を何としても阻止しようとしたのは、原子力技術などが投資ファンドに握られることを何としても避けたいと言う考えがあったとされる。

安全保障を重視する立場の議員や識者の中には、経産省が経営陣と「一体」になって行動したことを当然視する向きもある。

だが問題は、原子力技術を守るのではなく、東芝という会社を守ろうとしたことだろう。

東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所事故以来、原子力発電は「事業」として成り立たせるのが極めて困難になった。それに付随した原子力技術を持つ東芝などの事業も成り立たなくなるのは時間の問題だった。

本来、政府は原発を将来にわたってどうしていくのか議論し、国民のコンセンサスを得て原発のあり方を決めるべきだったが、震災後10年間、国民世論を恐れてか、議論から逃げてきた。

「安全性が確認されたものから再稼働する」としたものの、原発の建て替え(リプレース)や新設などは一切、議論してこなかった。

6月には関西電力美浜原子力発電所3号機が10年ぶりに再稼働したが、この原発は初稼働から44年が経過した老朽原発

原発推進派の元経産省幹部ですら「半世紀前の技術よりも新技術の方が安全に決まっている」という中で、あえて60年間の延長運転を認め、老朽原発の稼働実績を作ろうとしているのは、このままでは40年たって次々と原発廃炉になっていく事態を回避するためだ。

つまり、リプレースや新設の議論を封じていたツケを、老朽原発でも大丈夫だという新しい「安全神話」の下で支払おうとしている。しかしこれも時間稼ぎに過ぎない。

塩崎元厚労相「引退」で懸念される改革派政治家の「絶滅」 嫌われても疎まれても政策を主張した人

現代ビジネスに6月25日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/84459

妥協のない政策新人類

官房長官厚生労働大臣を務めた塩崎恭久衆議院議員が秋にも行われる総選挙に出馬せず、政界を引退する。

霞が関の官僚たちに「政策にうるさい議員」として恐れられた塩崎氏が、「国難真っただ中」とも言えるこのタイミングで永田町を去る影響は大きい。古くから塩崎氏と“共闘”してきた「改革派」の間にも衝撃が広がっている。

塩崎氏が一躍注目されるようになったのは1998年の金融国会。金融機関の不良債権処理を進める金融再生法の成立に活躍した与野党の若手議員のひとりとしてだった。「政策新人類」と呼ばれた面々には塩崎氏のほか石原伸晃氏や渡辺喜美氏、枝野幸男古川元久氏らと共に名を連ねた。塩崎氏は当時、議員5年生、まだ40代だった。

他の若手議員がその後、政治家として大物になり、「政策」よりも「政局」に軸足を移していく中で、塩崎氏は引退を決めるその日まで「政策人」であり続けた。

政治家の仕事は、最後は「利害調整」なので、政策でも落ちどころをさがし「妥協」するのが常だが、塩崎氏はとことん「正論」にこだわり、自説を譲らなかった。

最後は同僚議員や官僚たちが「根負け」して、塩崎氏の主張が通ったものが少なからずある。それが日本の「仕組み」を大きく変えることにもつながってきた。

粘り勝ち、社外取締役導入

その典型例が日本企業への社外取締役の導入である。欧米では一般的になっていた社外取締役を日本にも導入すべきだという声が強まっていた2012年。当時は民主党政権だった。会社法の改正を事実上決めてきた法務省の法制審議会は、ギリギリまで「1人以上の義務付け」を模索したが、経団連全国銀行協会などが強硬に反対。結局、義務付けを見送った。

これに反発した塩崎氏は、法務省幹部に直談判。「社外取締役を置くことが相当でない理由」を事業報告書に記載することを法案に明記させた。「相当でない理由」ということは、「置かない方が良い理由」ということになり、そんな理由を記載すれば株主総会で株主から突き上げられることは必至だった。

さらに自民党政調会長代理だった塩崎氏は追い討ちをかける。衆議院予算委員会で質問に立ち、谷垣禎一法務大臣に「事実上義務化をしたのに等しいと言えるのではないか」と質問。谷垣氏から「事実上の義務化という塩崎議員のそういう評価、十分可能だと思っています」という答弁を引き出したのだ。これで、世の中の流れは決まったと言っていい。

ご承知のようにその後、9割方の企業が社外取締役を導入、今では「当たり前」になっている。日本のコーポレートガバナンス企業統治)が大きく変わることになったのだ。

ガバナンス一筋

コーポレートガバナンス・コードを導入したのも塩崎氏の功績だ。月刊誌「FACTA」編集長だった阿部重夫氏が、ドイツの企業統治改革を進めた前首相のゲアハルト・シュレーダー氏を招いた際に対談し、シュレーダー氏から「なぜ(機関投資家のあるべき姿を示す)スチュワードシップ・コードを導入しようとしているのに、ガバナンスコードを入れないのだ」と言われ、がぜん、その必要性を訴え始めた。

塩崎議員が政調会長代理として細部にまで関与した2014年の「経済財政運営と改革の基本方針(いわゆる「骨太の方針」)は成長力を取り戻すための手段として、コーポレートガバナンスの強化を打ち出した。ガバナンスコードは2015年6月に導入、日本企業の「変身」を期待する外国人投資家によって株価が上昇した。

 

塩崎氏の「改革派」議員人生は、「ガバナンス一筋」とも言える。国際会計基準IFRSの導入に力を注ぎ、会計監査の厳格化にも取り組んだ。第1次安倍晋三内閣の官房長官の時には、政府系金融機関特殊会社のトップを民間人にすげかえるのに力を注ぎ、公務員制度改革に乗り出した。

厚生労働大臣に就任すると、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)を改革、ガバナンス体制の整備を行った。また、社会福祉法人への監査導入なども実現した。最近では、大学など学校法人のガバナンス強化に取り組んでいた。いずれも当事者は猛烈に抵抗し、役所や政治家もその声に流されがちになる中で、塩崎氏は信念を貫いてきた。

最近では新型コロナウイルスのまん延に対して、非常時の保険医療体制の整備を求める提言などを党側から行っていた。

後続はいるのか

「妥協しない」塩崎氏に、守旧派の政治家や前例踏襲の官僚は眉を潜めたが、改革しないとこの国は滅びると危機感を募らせてきた一部の官僚や若手政治家、民間人、専門家たちは、陰で塩崎氏を支え、応援していた。

今や与野党とも、損得抜きで正論を言い、既得権と闘おうという政治家は「絶滅危惧種」になっている。既得権に連なっている方が反発もないし、選挙も楽に戦える。

若い頃、「NAISの会」というのを作った。根本匠安倍晋三石原伸晃塩崎恭久の頭文字をとった4人会である。「妥協しない政策人」を周囲の反発を押し切って表舞台に立たせたのは安倍前首相だった。「お友だち」と批判されても、繰り替えし塩崎氏に主要ポストを任せた。政策を一途に突き詰める塩崎氏を安倍氏は信頼していたのだろう。

 

「ショックですね。こんな難しい時こそ、塩崎さんのような人が必要だったのですが」

長年、金融・証券・企業の改革で“共闘”してきた斉藤惇・前日本取引所グループCEO(現・プロ野球コミッショナー)は言う。

「死んだわけでも、隠居するわけでもない。発信は続けたい」と塩崎氏本人も語る。だが、バッジを外してどれだけの影響力を持てるのか。塩崎氏に代わる、役所や同僚政治家、既得権層に嫌われても、損得抜きに国益を考え、改革を進めようとする政治家は出てくるだろうか。

「国民の命が"賭け"の対象に」もし五輪中に感染爆発が起きれば日本は壊滅する 政府の「身勝手な決定」の巨大リスク

プレジデントオンラインに6月23日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/47221

83%が「感染が拡大する不安を感じる」

案の定、東京オリンピックの「有観客開催」が決まった。6月21日に開いた組織委員会と政府、東京都、IOC国際オリンピック委員会)、IPC(国際パラリンピック委員会)の「5者会談」で、会場の収容定員の50%以内で、1万人を上限とすることを原則に観客を入れて開催することを決めた。

新型コロナウイルス感染者の再拡大が懸念される中で、前日の6月20日をもって沖縄を除く9都道府県の緊急事態宣言を解除。さらにそれに先立つ16日には、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置を解除した場合に、大型スポーツイベントの収容上限を1万人とすることを決めていた。その段階では「オリンピックとは関係ない」としていたが、結局、すべては「オリンピックありき」で落とし所が準備されていたことが明らかになった。

政府分科会の尾身茂会長らが出した「無観客が望ましい」とする提言や、世論調査などの声も無視された。6月19~20日に実施された朝日新聞世論調査では、オリンピックを開催する場合、「観客なしで行うべきだ」が53%と、「観客数を制限して行うべきだ」の42%を上回っていた。開催することで、新型コロナの「感染が拡大する不安を感じますか」という問いには83%が「感じる」(「感じない」は14%)と答えていた。

菅義偉首相は「安全・安心な大会を実現する」と繰り返してきたが、毎日新聞の調査(6月19日実施)での「安全、安心な形で開催できると思うか」という問いには、64%が「できるとは思わない」と答え、「できると思う」の20%を大きく上回った。

エビデンスを示さずに有観客開催を決めた

これほどまでに国民の間に不安が広がり、中止を求める声も一定数いる中で、なぜ「有観客開催」に踏み切ったのか。結局、最後まで菅首相はその「根拠」いわば「エビデンス」を示すことなく、ムードで押し切った。なぜ、中止にできないのか、無観客ではいけないのか、結局、国民に率直に語りかけることはしなかった。

「世論は気まぐれなので、オリンピックが始まれば、皆開催して良かったという意見に変わりますよ」と自民党のベテラン議員はつぶやく。「そこに菅さんは賭けたのでしょう」

「賭け」とはどういうことか。6月に入って新型コロナワクチンの接種が一気に加速した。遅々として進まなかった自治体任せをやめ、自衛隊を使った大規模接種だけでなく職域接種にも乗り出した。

「ゲームチェンジャー」としてのワクチン

6月18日現在、医療従事者で2回目の接種を終えた人は432万人。1回目を終えた人は549万人に達した。当初医療従事者は480万人とみられていたから、ほぼ接種は完了しつつあるということだろう。医療従事者を除く高齢者などの接種も、1回目を終えた人は6月20日時点で1694万人に達した。人口に占める1回目の接種割合は両者を合わせると17.6%に達している。オリンピック開催までには接種率は大幅に上昇することが期待できる。

 

ワクチン接種が進めば、感染者数はもとより、重症化する人の数が大幅に減少するとみられている。仮に多少、新規感染者が増えたとしても、重症患者が減れば医療機関の病床占有率は上がらず、医療の逼迫は避けられる。再び緊急事態宣言を出す事態に陥ることを回避できるわけだ。菅首相が口にするようにワクチンが「ゲームチェンジャー」になるとみているのだ。

実際、ワクチン接種が進んだことで、悪化していた菅内閣への支持率も底打ちの気配が出ている。前述の朝日新聞の調査では、「ワクチン接種に関する政府の取り組み」の評価について、「大いに評価する」とした人は6%と1カ月前の5%とほぼ変わらなかったが、「ある程度評価する」とした人は42%から54%に増加。「あまり評価しない」とした人は39%から30%に、「まったく評価しない」とした人は13%から8%に減少した。この傾向は他の世論調査にも共通しており、まさに負け試合を挽回させる「ゲームチェンジャー」の役割を果たしている。

新規感染者数に増加の兆しが出てきた

しかし、「無観客」に比べて「有観客」で開催した場合の感染リスクが高くなることは自明だ。組織員会は観客に会場に来て観戦だけして帰路飲食などをしないように求める「直行直帰」を求めるガイドラインをまとめているが、スポンサーとの関係で会場での飲酒を解禁するという話が早速流れた。会場の1万人という上限も、大会関係者やスポンサーの招待者は含まれず別枠だという話のようだ。これでは専門家が懸念するように1日数万人から数十万人の人流増加が起きるのはほぼ確実な情勢だ。

東京では6月に入ると、緊急事態宣言が発出されているにもかかわらず人流の増加が顕著になった。その「結果」が感染者数にも表れ始めている。6月12日の土曜日、都内で確認された新規感染者は467人と前の週の土曜日に比べて31人増加した。新規感染者数が前週の同じ曜日を上回ったのは30日ぶりのことだった。その後、前週の同じ曜日の感染者数を上回る日が出始め、16日からは3日連続、20日からも連続で上回る日が続いた。明らかに新規感染者数の減少傾向にストップがかかり、増加の兆しが出てきた、そんな時に緊急事態宣言の解除と、オリンピックの有観客開催を決めたのである。

なし崩しで有観客開催に突き進むとみられる

多くの専門家が感染の再爆発を懸念する。この傾向が続くと、7月23日のオリンピック開会式の頃には1日あたりの新規感染者が1000人を再度突破するという専門家の試算も出ている。5者協議では、7月11日までの予定であるまん延防止等重点措置が12日以降も適用されたり、再度、緊急事態宣言が出された場合には、「無観客も含めた対応を基本とする」との方針も確認された。

 

逆に言えば、11日で重点措置さえ外してしまえば、有観客開催は止まらないということだ。措置を継続するか宣言を再発出するかどうかは、「新規感染者が1000人を超えた場合」といった明確な数値ではなく、政治的な判断の余地が残る。

つまり、なし崩しで有観客での開催に突き進むとみていて間違いないだろう。11日で重点措置が解除されれば、飲食店などの営業時間も一気に延びる。オリンピックは開催していて時短要請や酒類提供の規制を求めるのは無理がある。飲食店の我慢も限界に達している。

最悪のシナリオは開会式直前の感染爆発

最悪のシナリオは、開会式の直前である7月20日あたりから感染爆発が深刻になるケースだ。政府も組織委員会もブレーキを踏むのに躊躇し、そのまま突き進まざるを得ないだろう。大会期間中にまん延防止等重点措置を再度出したとしても、飲食店への規制は難しく、要請したとしても受け入れる店がどれだけ出るか分からない。政府の「身勝手な決定の結果」だという認識が広がれば、誰も政府の言うことを聞かなくなる。

ここで、ワクチンがどの程度きくかがポイントになる。菅首相の「賭け」通り、重傷者が増えなければ、人流が増加しても感染者が増えても、医療は逼迫しない。だが、今後感染拡大が懸念される変異型インド株(デルタ株)にワクチンがどの程度有効かは未知数だ。

イギリスではワクチン接種が進んでいるにもかかわらず、6月に入ってデルタ株が急拡大、ロックダウンの延長を決めた。人口の6割が1回目のワクチン接種を終えているにもかかわらず、感染拡大しているのだ。最悪の場合、オリンピック関連の人流増加によってデルタ株が日本でも広がり、感染拡大に歯止めがかからなくなる可能性がある。さらにオリンピック期間中ということで緊急事態宣言の発出が遅れれば、経済活動のブレーキを踏むのも遅れることになりかねない。

ロックダウンになれば、日本経済は壊滅的なマイナス成長に直面

その代償はこれまでの緊急事態宣言時よりも大きくなるだろう。感染拡大を止めるために、日本でもロックダウンすることになりかねない。そうなれば、経済への影響は深刻だ。日本のGDP成長率は2021年1~3月期に再びマイナスに転落した。米国などがプラス成長を続けているのと対照的で、ワクチン接種の遅れが影を落とした。3回目の緊急事態宣言の影響で、4~6月期もマイナスが続く可能性がある。

オリンピックでプラス成長が期待されたものの、海外からの観客がゼロになったうえ、国内も1万人上限となったことで、経済効果は予想を大きく下回り、限定的になる。むしろその後にロックダウンがやってきたとしたら、日本経済は壊滅的なマイナス成長に直面することになるだろう。そうなれば、非正規雇用を中心に人員整理が本格化するだけではなく、航空業界や旅行業界、百貨店、外食産業といった企業で、経営に行き詰まるところが出てくることになりかねない。

菅首相の「賭け」が当たれば、オリンピックもパラリンピックも無事終了。ワクチンの効果から感染者が減少。水際対策の徹底もありデルタ株は日本では流行せずに済む。菅内閣の支持率も好転し、秋に行われる総選挙でも自民党が勝利、菅内閣が継続する。首相はそんなシナリオを描いているのだろう。果たして、これから3カ月、日本はどうなっていくのか。日本の将来を大きく左右する分岐点になりそうだ。

緊急事態宣言「なし崩し解除」せざるを得ない深刻な国民の政府不信 「強行すれば世論は変わる」のか

現代ビジネスに6月18日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/84259

強い懸念の中で

10都道府県に出されてきた「緊急事態宣言」について政府は、沖縄を除く9都道府県で期限の6月20日をもって解除することを決めた。6月17日に開いた専門家による「基本的対処方針分科会」(尾身茂会長)に諮ったうえ、正式決定した。

東京、大阪や、北海道、愛知、兵庫、京都、福岡の7都道府県については「蔓延防止等重点措置」に移行させ、7月11日までは引き続き自粛などを求めることとしたが、「解除」で一気に人流の増加などが起き、再び感染拡大するのではないかと懸念されている。

このタイミングで「解除」することに、懸念の声も少なくない。

6月16日に開いた厚労省の専門家会合では、感染力が強いとされるインド型変異株(デルタ株)の影響が小さかったとしても、7月後半の東京オリンピックパラリンピック開催期間中に、再度緊急事態宣言の発出が必要になる可能性があると試算。東京都の新規感染者も再び1日1000人以上になるとの懸念を示した。国民の中にも「このまま解除して大丈夫なのか」という不安の声は少なくない。

なぜ、政府はこのタイミングでの「解除」に踏み切ったのか。1カ月後に迫ったオリンピックがあるのは間違いない。世論調査では「中止すべきだ」といった声が多く上がり、野党も中止を求めた。

ところが、菅義偉首相は「選手や大会関係者の感染対策を講じ、安心して参加できるようにすると同時に国民の命と健康を守っていくというのが開催にあたっての基本的な考え方」だと、壊れたテープレコーダーのように何度も繰り返し、オリンピックの中止検討はおろか、国内からの観客の有無など具体的なことは一切答えなかった。どんなに反対されても強行するという姿勢を示し続けてきた。

地ならし解除?

そんな中、観客規模を決めるとしてきた6月末を前に、緊急事態宣言の「解除」に踏み切ったのは、緊急事態宣言が出たままで観客を入れた開催を決めることが難しかったからだろう。いわば、オリンピックの地ならしのために解除したわけだ。

実際、政府は解除を決める前日の6月16日にもうひとつの分科会「新型コロナウイルス感染症対策分科会」(こちらも分科会長は尾身茂氏)に対して、緊急事態宣言が解除された地域では、観客受け入れの上限を1万人とするという方針を提示した。

 

緊急事態宣言や蔓延防止等重点措置が出ている地域では、「定員の50%以下か5000人以下の少ない方」が適用されてきたが、解除後は6月30日まで「定員の50%以下か5000人以下の多い方」が適用されてきた。これを7月からは緊急事態宣言が解除されれば、「定員の50%以下か1万人以下の多い方」とすることとしたのだ。

分科会は政府のこの方針を了承。これでプロ野球やJリーグのサッカーの試合は1万人まで観客収容が可能になることとなった。

分科会の尾身会長は会見で「オリンピックとは関係した話ではない、ということを政府側に確認し了承した」と述べ、あくまでオリンピックの観客数を見越した対応ではないとしたが、それを信じる人は少ない。

これでメインスタジアムの国立競技場は50%、小規模会場は1万人の枠を確保した、ということだろう。

国民は政府を無視し始めた

「解除」にはもうひとつ大きな要因がある。

緊急事態宣言の長期化で、要請に従わない人たちが急増しているのだ。特に宣言が2度目の延長をされた6月1日以降、その傾向は顕著で、特に東京都の感染者数が減少するデータが示されるのと反比例する格好で人流が増えた。

 

6月中旬になると朝夕のラッシュアワーは身体が密着する混雑度合いに戻り、夜の渋谷駅周辺は、緊急事態宣言中とは思えないほど若い人たちが集まった。

また、夜遅い時間の電車には赤ら顔のサラリーマンも増え始め、アルコール提供自粛の要請を無視している店舗が増加していることを示していた。赤坂や六本木には要請を無視してアルコールを出す店も増え、そうした店は客で溢れるという事態になっていた。

つまり、誰も政府の言うことを聞かない事態に直面し、宣言を「延長」しても効果が期待できないところに政府も都道府県も追い込まれていたのだ。

政府への信頼が失われている背景には、きちんとした説明をしない菅首相の姿勢がある。なし崩し的にオリンピック開催を進め、観客規模を決める前に国会を閉じるなど、「議論封殺」が目立つ。何を言われても無視し続けるという姿勢に徹しているのだ。

6月16日に緊急事態宣言の解除方針を決めたにもかかわらず、菅首相は17日の専門家会議が終わるまでは何も言わないという姿勢を貫いた。「決めるのはあくまで専門家」といういつもの責任逃れだった。

ゲームチェンジはあるのか

「ワクチンがゲームチェンジャーだ」――。菅首相小池百合子東京都知事も口にするようになった。大規模接種会場の設置などでワクチン接種を進めることで、敗色濃厚のゲームを挽回させようということだろう。

オリンピックも強行開催してしまえば、国民は競技に喝采し、「やはりオリンピックをやって良かった」と世論が変わると見ているのか。

ワクチン接種が順調に進めば、政府に対する「不信感」は消え、内閣支持率が盛り返すと思っているのだろう。

そうしたゲームチェンジによって秋に迫った総選挙を戦える、というのが菅首相の戦略なのだろう。そんな「結果さえ出せば文句はないだろう」と言わんばかりの首相の姿勢を国民がどう評価するのかが今後の焦点になっていく。

 

「テレワーク実施率6割超」本当はブラックな霞が関が"数字合わせの粉飾"にはしるワケ 調査日にあわせて有休消化

プレジデントオンラインに6月15日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/46958

調査日だけ人流が減り、翌日からは元通り

まったくテレワークが進んでいないと思われてきた霞が関の中央省庁で、「驚くべき」調査結果が明らかになった。内閣人事局が6月4日に発表した国家公務員の5月のテレワーク実施状況によると、霞が関の中央省庁が63.6%に達したというのだ。

新型コロナウイルスの感染防止に向けて政府は民間企業に出勤者の7割削減を求めているが、到底無理と思われてきた中央省庁も目標達成寸前まで行っているというわけである。新型コロナ対応や災害・危機管理、国会対応などで実施が難しいとされた職場の約7000人を除くと中央省庁の実施率は7割強になると報じられた。民間に7割と言っている以上、政府は実行しています、と言いたいのだろう。

だが、この調査には裏があった。

霞が関周辺で5月19日だけ人流がガクンと減り、翌日はまた増えている」

6月3日の参議院内閣委員会で日本維新の会の音喜多駿議員がこう指摘した。NTTドコモスマートフォンの位置情報などを分析した結果として、東京・霞が関では、5月19日の人出が前日比15.4%減、感染拡大前(2020年1~2月)と比べると40.2%も減っていた。ところが、翌日の5月20日には19.3%も増加。感染拡大前との比較でも28.6%減の水準にまで戻した。要は、1日ですっかり人出が元に戻ったのである。

「調査日」は事前に知らされていた

実は、この5月19日こそ、内閣人事局が「基準日」として指定したテレワーク実施状況の調査日で、事前に各省庁の職員に通知されていた。

民間でテレワークと言えば、パソコンをインターネットでつないで会社にいるのと同様に仕事をするイメージだが、霞が関の場合はまったく違う。何せ、役所のシステムにつなぐことができる持ち出し可能なパソコン自体がほとんどないうえ、私用パソコンでデータを扱うことも禁じられている。紙の資料をプリントアウトして持ち帰って仕事をしているというケースが少なくない。

また、この日の調査の場合、霞が関で働く約5万1000人のうち、63.6%に当たる3万2000人がテレワークしたことになっているが、ここには「休暇取得」で出勤しなかった人も含まれる。調査日に合わせて有給休暇を消化したり、代休を取得したりした役人も少なからずいたという。

調査前日に「明日だけはテレワークするように」という指示が回った職場もあったというから、明らかな「出来レース」だ。音喜多議員は「まったく意味がない」と批判したが、まさに霞が関の役所らしい「対応」だったと言える。

「7割にどれだけ近づけるか」に力点が置かれた

本来、この調査は「実態」を把握するために行われたはずだが、霞が関の行動パターンでは、7割という目標にどうやって近づけるか、に力点が置かれた。それを達成しなければ職場の長が問題視されるから、「基準日」だけは何としてもクリアしろ、ということになったのだろう。6割超という数字はどうみても「粉飾」まがいである。

 

ちなみに同じ調査は蔓延防止等重点措置が発出されていた地方の出先機関でも実施され、そちらのテレワーク実施率は地方で37.1%だったという。調査対象は約18万7000人で、こちらは、検疫や海上保安といった「現場」の多い職場なので、テレワークの実施は困難だというエクスキューズが付いていた。

霞が関では今、DX(デジタル・トランスフォーメーション)を合言葉に、デジタル庁の創設準備が進んでいる。長年自民党でデジタル化の重要性を主張してきた小林史明衆議院議員は、「DXは、Dつまりデジタル化よりも、X、トランスフォーメーションの方が重要だ」と語る。デジタル化によって仕事のやり方を根本から変えていくことにこそ、DX化やデジタル庁の意義がある。だからこそ、菅義偉首相は「役所の縦割り打破」をデジタル庁創設の理由にしてきたのではないか。

本当の意味で「テレワーク」になっているのか

つまり、「テレワーク6割」が、なるべくその日に休暇を取った結果、では意味がないのだ。新型コロナが明ければ元の仕事の仕方に戻ろうというのが霞が関の意識なのだろうか。テレワークと言われた時にどんな仕事の仕方をしているか、本当の意味でテレワークと呼べる水準の仕事になっているのか、それをこの機会に検証しなれば何の意味もない。

行政改革担当相の河野太郎議員は「やる気になったらこれだけできる。これをベースにさらに改善してもう少しやってもらいたい」と会見で述べていたが、これが本当に「テレワーク」の結果だったのかどうか、調べてみる必要がある。河野大臣は抜き打ちでのチェックも行うとしているので、その結果とのギャップが明らかになると実態が見えるだろう。

もちろん、役所のことだから、誰言うとなく抜き打ちの「基準日」を皆が知るところとなり、その日だけ人出が減るということになるのかもしれない。

仕事の仕方を変えない限り、テレワークは進まない

もちろん、霞が関に「テレワーク」を許さないカルチャーが根強く存在することも事実だ。国会議員による「国会質問」への回答を作る「国会対応」に当たる官僚たちは、国会議員から事前に質問概要が出されるのだが、それが前日のギリギリにならないと出てこないことが多く、結局、深夜残業で翌朝まで回答作りに追われる。しかも省内の各部署とのすり合わせが必要なので、役所に残っていないと仕事にならない、という感覚が強い。

そうして作られた回答は大臣に「レクチャー」する必要があるが、午前中から始まる国会に間に合わせるために、明け方から大臣室に詰めることになる。そもそもテレワークは難しいとされた7000人というのはこうした官僚たちだ。

彼らは翌日の国会質問が自分の所属課に関係ないということが分かるまで、役所に待機が求められる。最近は自宅に戻っていてもよいと指示する課長も増えたが、実際には役所で待ち続ける人が多い。

時間的な余裕さえあれば、テレワークでも十分に対応できる仕事なのだが、ギリギリの対応ではやはり「対面」が効率的ということになる。課長が待機していれば、課長補佐も動けず、係長も帰ることはできない。そもそも霞が関の仕事の仕方を根本から変えない限り、テレワークは本当の意味では進まない。

「デジタル庁の組織図」に上がる「冗談だろ」の声

「冗談だろ」

そんな声がシステムや組織運営に通じた人たちから上がっている。デジタル庁が9月の創設に向けて設置したインターネットのホームページに掲げられた「デジタル庁の組織体制(予定)」の図である。

デジタル大臣の下に民間出身者が就任するとみられている「デジタル監」が置かれ、その斜め下、つまりラインではないところにCA、CAIO、CDO、CIO、CISO、CPO、CTO、CTrOという8人の「チーフ」が置かれている。CTOならば「チーフ・テクノロジー・オフィサー」といった具合だ。

だが、「チーフ=最高責任者」とは名ばかりに、デジタル監の下に延びる線には、「戦略・組織グループ」など4つのグループの「グループ長」と「次長」が置かれ、その下はいくつものチームに分かれている。明らかにデジタル監という「次官」の下に「局」と「課」が置かれている格好である。霞が関の組織そのものだ。横にはみ出して置かれている「チーフ」がどんな役割や責任を担うのか、この組織図からはまったく分からない。CTOなどを設置しろと言われたので従来の霞が関組織に付け加えてみました、と言った感じなのだ。これで仕事のやり方が変わるのか、デジタル庁自身からDXとはほど遠い組織になってしまうのではないか。

東京都の中小企業でも、テレワーク実施率は6割弱

もちろん、民間の方が進んでいる、というつもりはない。東京都の調査によると、都内にある従業員30人以上の企業の5月のテレワーク実施率は64.8%。3度目の緊急事態宣言が出されたことで、4月の56.6%よりは高まったものの、7割には達していない。その後も緊急事態宣言が継続されているものの、人出はむしろ増加傾向で、朝晩のラッシュ時間帯の通勤電車も混雑が目立っている。

 

同じ調査では300人以上の大企業での実施率が82.8%に達している一方で、100人未満の企業は59.7%にとどまっている。実際に出社しなければ仕事にならない、と考えている企業が少なくないこと、実際にそうした職種が中小企業に多く存在していることがあるのも事実だ。

実施率8割を超えている大企業の中でも、テレワークのやり方はさまざまだ。新型コロナが収束すれば、元の仕事の仕方に戻そうと考えている企業も少なくない。

だが、一方で、新型コロナの変異型の広がりもあり、コロナ禍がいつまで続くか分からなくなっている。ワクチン接種が進めば、ビジネスモデルが元通りに戻るのかどうかも分からない。ポスト・コロナを見据えて、組織のあり方やビジネスモデルを見直した組織が生き残るということになる可能性が高い。デジタル庁創設を機に霞が関の仕事の仕方が劇的に変わるかどうか。数字合わせの「粉飾」対応をしている場合ではない。

日本人の「給料2ヵ月連続増加」という“厚労省発表”のウラで進む「危ない現実」 実感とは違う統計数字に隠れた実態

現代ビジネスに6月11日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/84044

2018年以来の伸び

経済統計によると、ここへ来て働く人たちの賃金が増えている。

厚生労働省が6月8日に公表した4月の毎月勤労統計(速報)では、現金給与総額は前年同月比1.6%増の27万9135円と2カ月連続で増えた。残業代などを除いた「所定内給与」も0.9%増の24万8843円で、こちらは4カ月連続の増加である。

1.6%増という伸び率はこの統計としては高く、2018年11月以来の伸び率である。

もちろん、これには数字のマジックがある。比較が前年同月比なので、新型コロナウイルスの蔓延で経済活動が止まった1年前の2020年4月と比較しているわけだから、どう考えても伸びる。昨年の減少の反動というわけだ。

昨年4月は0.7%減だったが、5月は2.3%減、6月は2.0%減と落ち込みが大きくなるので、今年は5月も6月も給与は大きく増加することになるだろう。

こうした統計は、通常の経済活動が続いている場合には、前年同月と比較すれば、その年の傾向を知ることができる。だが、新型コロナで経済活動が止まるという「特殊事情」があった場合、前年同月との比較では状況を正しく表さない。

例えば、全国百貨店売上高がそうだ。

日本百貨店協会が5月24日に発表した4月の売上高は167%増。つまり前年4月の2.67倍だった。通常ならば絶好調ということになるが、実態は違う。さすがに同協会も数字が誤解を与えると思ったのだろう。「反動要素を除く前々年比では27.7%減と大幅に水準を下げた」と概況で述べている。

27%の減少というのは通常の百貨店売上高から考えれば凄まじい減少だ。一見、数字は良さそうに見えるが、実態は大変だということである。

残業代と助成金

それでも現金給与総額の場合、27万9135円という実額を前々年の4月(26万6932円)と比べてみても大きく増えている。どうも百貨店の売上高のような「反動」要因だけではなさそうだ。

ひとつは残業代など「所定外給与」が増加に転じたことが大きい。4月の所定外給与は6.4%増と、2019年8月以来のプラスになった。消費税率の引き上げがあった2019年10月を境に実体経済は悪化していた。また、働き方改革による長時間労働の見直しもあって、企業はこぞって残業圧縮に動いた。それが残業代の減少につながってきた。

特に新型コロナでテレワークが一気に広がった昨年4月の所定外給与は12.8%減、5月は26.3%減、6月は24.5%減と激減していた。今年4月の6.4%増は伸び率としては大きいが、所定外給与の額は1万8998円で、2年前の2019年4月の2万487円には及ばない。

もうひとつは、政府が雇用維持を狙って企業に支給している「雇用調整助成金」が、給与水準を支えているという見方もできる。

雇用調整助成金は業務縮小などで一部の従業員を休ませた場合、その従業員の給料分を国が負担する制度だ。新型コロナウイルスの蔓延で経済が凍りつく中で、失業を生まない「切り札」として使われ、2021年4月分までは特例として支給額の上限が1人1日1万5000円に引き上げられてきた。

これによって、企業は余剰人員をクビにせず、抱え続けることができるわけだ。逆に言えば、これがなければ、従業員の一部をクビにしたり、クビにしない場合は給与を引き下げるなどの本格的なリストラが必要になる。つまり、本来だったら給与カットをせざるを得ない企業でも元の水準の給与を支払い続けている可能性がある。

麻薬が切れたとき

何せ、この雇用調整助成金、新型コロナが広がった昨年4月以降、累計で3兆6669億円もの金額が支給されているのだ。この雇用調整助成金によって、日本の失業率は低水準を維持している。2019年12月に2.2%と過去最低を記録した後、新型コロナの影響で悪化したが、それでも2020年10月の3.1%まで。直近の2021年4月は2.8%だ。

世界的にみれば3%というのは完全雇用に近い状態だ。企業の人件費を国が肩代わりしたと考えれば、本来ならば失業していた人を企業に抱え込ませるだけでなく、給与の引き下げなどリストラが回避され続け、結果的に給与水準が維持されていると考えることができる。

ということは、問題はこれからかもしれない。雇用調整助成金は一種の麻薬である。

それぞれの企業の活動が新型コロナ前に戻ることを前提にして人を抱えさせているわけだが、コロナが明けても業務が元に戻らなければ雇用を維持することはできない。政府頼みの雇用調整助成金がなくなった段階で、結局は人員を削減することになりかねない。

それでも人員削減に踏み切らず、余剰人員を抱え続けようとすれば、人件費を圧縮するために、全体の給与を引き下げていく動きが本格化するかもしれない。

緊急事態宣言が長引く中で、深刻な打撃を受けている企業も増加している。一見、景気が順調に回復しているように見えても、まだまだ予断を許さない。