「国民のカネを投入してまで維持する意味があるのか」組織に根付いた"郵便局体質"の害悪 民間企業で十分カバーできるのに

プレジデントオンラインに2月23日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/54950

総務省の監督強化は「官業復帰」への布石

続発する郵便局の不正事件に対応して、総務省が「監督体制を強化」するという。相次いで発覚した切手の不正換金事件や顧客の個人情報の政治活動への流用などは、郵便局長や局員の個人的犯罪の域を越え、組織に長く根付いた「郵便局体質」が背景にある。

その体質との決別を目指した郵政民営化を逆戻りさせた総務省にこそ、その責任はあるのだが、問題を逆に総務省の権限強化の口実にしようという。そんな総務省の「監督強化」は、政官一体で画策する「官業復帰」への布石ともいえる。国民のカネを投入してまで郵便局を維持する意味があるのかが問われている。

「郵政事業に対する国民からの信頼を回復させていくことが急務だ。コンプライアンスやガバナンスの一層の強化、再発防止策の確実な実施を促すため、総務省の監督体制を強化する」

2月1日の閣議後の記者会見に臨んだ金子恭之総務相は、こう語った。信頼回復には総務省が乗り出さなければダメだ、というわけだ。弁護士らで作る「有識者会議」を総務省に設けて、日本郵政グループに対する監督機能の強化に向けた具体的な取り組みについて検討し、夏をメドに報告書をまとめるという。

郵便局の不正が次々に発覚している

きっかけはとどまることを知らない郵便局の不正発覚だ。

2021年6月に逮捕された長崎住吉郵便局の元局長は、高金利の貯金に預け入れするなどと嘘を言って、現金をだまし取る手口で、62人から12億4000万円を詐取したと報じられた。また、熊本県の元局長は、かんぽ生命の顧客の個人情報を流した見返りに現金を受け取っていたとして、同じく2021年6月に逮捕された。

さらに昨夏には、ホテルで会合を開いたとする虚偽の名目で経費を不正に受け取った統括郵便局長2人を、日本郵便が戒告の懲戒処分とし、解任していたことが明らかになっている。

問題は、こうした不正が、その局長個人が「たまたま起こした」犯罪では済まされないことだ。

例えば、個人情報の扱いについては、郵便局全体でタガが外れている。2021年末には、郵便局で投資信託などの取引を行った顧客の個人情報が記載された書類が全国6565の郵便局で延べ29万人分紛失していたことを日本郵政が認めて発表した。誤って廃棄したとみられるので「外部への情報漏えいの可能性は極めて低い」と説明し、責任追及すらまともにしていない。

「まさか郵便局員が不正を働くわけがない」信頼を悪用している

企業などが郵便料金を別納した際に、相当額の郵便切手に消印を押す仕組みがあるが、それを悪用し、切手に消印を押さずに転売する手口が全国の郵便局で次々と見つかった。これも長年続く「郵便局員の小遣い稼ぎ」だったのではないかとの見方が強い。あまりにも巨額なものは事件化したが、少額のケースは闇に葬られてきたとも言われている。

 

郵便局は国の事業だから潰れない――。民営化された後もそう考えている利用者は少なくない。特に高齢者は長年付き合いのある郵便局長や局員に全幅の信頼を寄せている。郵便局で相次ぐ不正も、そうした無条件の信頼をベースに起きている。まさか郵便局員が不正を働くわけがない、という人々の思いを半ば、悪用しているわけだ。そうした過度の信頼が、内部のチェックを緩ませ、悪しき風習として脈々と続いている。

郵便局はちょっとやそっとでは潰れない、という思い込みは局長や局員にもあるのだろう。だから、多少経費を水増ししたり、ネコババしても会社は安泰だと思うのか。郵便局を舞台にした数々の不祥事の根は深い。まさに「郵便局体質」が脈々と引き継がれているのだ。

民営化は名ばかり、日本郵政株の3分の1は政府が保有

もとは国鉄(JRの前身)にも似たような体質があった。精算窓口でのネコババやカラ出張が新聞を賑わせたものだ。だが、民営化によって誕生したJRは、その体質を一変させた。日本郵政も民営化によってその体質は変わるはずだった。だが、郵政民営化の歩みは鈍い。2007年に日本郵政グループが発足、当初は完全民営化が前提だったが、その後の揺り戻しで、政府は日本郵政株の3分の1超を持ち続けることになった。

民営化した民間会社にもかかわらず、総務省が「監督強化」できるのも、この政府の持ち株と法律で日本郵政を縛っているからだ。持株会社である日本郵政は、今も日本郵便の株式の100%を保有。本来は保有株すべてを売却することになっている「ゆうちょ銀行」の発行済み株式の88.99%、「かんぽ生命」の49.90%をいまだに持ち続けている。つまり、民営化は名ばかりで、事実上、日本郵政グループは国が実質支配しているのだ。

郵政民営化では、銀行業も保険業も民間の企業で十分で、「官業」として国が事業を行えば民業圧迫になると考えられた。だから政府保有株をすべて売らせて、民間金融機関として自立させる道を考えた。

政府は郵便局網の維持に必死

今も、日本郵政を通じて間接支配しているのは理由がある。政府は必死になって郵便局網を維持する道を模索している。郵便局を保有する日本郵便には全国一律のサービスを提供する「ユニバーサルサービス」が義務付けられているが、2021年末時点で2万3774に及ぶ郵便局の多くは赤字だとされる。それを補い郵便局網を維持するために、ゆうちょ銀行とかんぽ生命に「業務手数料」や「拠出金」の形で毎年1兆円もの資金負担を求めてきた。

その支援資金が細ってくると、総務省は2019年から新たな方法に切り替えた。それまでは金融2社が自社商品を郵便局で販売してもらう「業務手数料」として支払われていたものを、独立行政法人の「郵便貯金簡易生命保険管理・郵便局ネットワーク支援機構」にいったん拠出させた後、日本郵便交付金として支払うように変えたのだ。資金をふんだんに持つ独法を絡めることで、郵便局網維持のための資金確保を狙うと共に、税金を投入する道筋を開いたとみられている

自民党の集票マシーンと呼ばれた「旧特定郵便局長

そこまでしてなぜ、政府は「郵便局網」を維持したいのか。その理由をうかがわせる不祥事が昨年発覚した。

2021年10月に西日本新聞の報道で発覚したのだが、全国の郵便局長(旧特定郵便局長ら)でつくる任意団体「全国郵便局長会」(全特)が日本郵政に要望、2018~20年度に約8億円分のカレンダー購入経費を負担させた上で、全国の局長に全特が擁立する自民党参院議員の後援会員らに配布するよう指示したというもの。郵便局の持つ顧客の個人情報を政治活動に流用したとして大問題になった。日本郵政は郵便局長ら112人を社内処分したと発表している。どうやら組織的に、郵便局の持つ情報と日本郵政の資金を使って、特定候補の応援をしていたという疑いが濃厚になった。

特定郵便局長は明治時代に地方の名士などが設置したものが多く、代々局長を世襲している例もある。地域の中核的存在だったことから政治的にも大きな影響を持ち、自民党の「集票マシーン」と呼ばれることもある。

こうした郵便局長は日本郵政の職員でありながら、転勤もなく、同じ業務を担い続けている。これが顧客との馴れ合いを生み、不正が頻発している根本原因だとも指摘されている。郵政民営化では、この特定郵便局の解体が決まったが、結局、今もひとつの「既得権」として郵便局長ポストが守られているとされる。

では、総務省が権限を強化することで、こうした長年の問題は解消されるのだろうか。残念ながらむしろ逆だろう。

日本郵政の事業に国民のカネをつぎ込む必要があるのか

自民党の大物議員の間には、「郵政再国営化」論がくすぶっている。宅配便が全国をカバーし、町々にコンビニができる中で、郵便局に対するニーズはどんどん低下している。宅配会社や地域金融機関との競争で収益性も低下、もはや日本郵政のやりくりだけでは既存の郵便局網を維持することは難しくなっている。そうなると集票マシーンを失うことになる自民党にとっては死活問題になる。郵便局を国営化して国で支えようというわけだ。

 

総務省の官僚たちが、大臣や与党政治家の意向に従わざるを得ないのは言うまでもない。それだけでなく、総務省自身も郵政事業に利権を持つ。

2019年末、かんぽ生命の不正販売問題の責任を取って、日本郵政、かんぽ生命、日本郵便の3社長が交代した。いずれも民間金融機関出身者だったが、後任は揃って官僚出身者となった。民間出身者が過酷なノルマを課したことが不正販売につながったかのような情報が流されたが、実のところ、民間経営者による改革を嫌う局長や総務官僚らの反発が背景にあった。不祥事を機に総務省はまんまと社長ポストを手に入れたのである。

果たして、今回の「監督強化」で総務省は何を奪還しようとしているのか。再国営化か、税金投入か。日本郵政が手掛ける事業はどれも、民間企業で十分のものばかりで、もはや国が手掛ける歴史的意味を失っている。そこにこれからも巨額の国民のカネをつぎ込む必要があるのかどうか、今こそ真剣に考えるべき時だろう。

創造をサポートし、60年 マルマンの「図案スケッチブック」

雑誌Wedge 2021年7月号に掲載された拙稿です。Wedge Infinityにも掲載されました。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/24131

 

 

 発売10年ではロングセラーとは呼ばないですね。お客様に長く愛用して頂ける商品を作り続けてきたのが私たちの会社の価値だと思います」

 画材・文具メーカー「マルマン」(東京都中野区)の井口泰寛社長はほほえむ。何せ、看板商品ともいえる「図案スケッチブック」の発売は1958年。60年以上にわたって顧客に支持され続けているのだ。黄色と深緑の大ぶりなチェック柄を表紙に持つ「図案スケッチブック」を使った記憶のある人も少なくないに違いない。「発売10年以上の商品が全体の6~7割を占めると思います」と語る。

 最近のヒット商品は、と聞いて挙がったのが「ルーズリーフミニ」。発売は2012年だから、マルマンの商品群の中では「新商品」の部類だ。人気のキャラクターを表紙に使ったり、中身は同じでも表紙のデザインを目新しく変えることが多い文房具業界にあって、マルマンの路線は対照的なのである。

品質には手抜きをしない
国内製造にこだわる

 だが、ロングセラーの商品は作ろうと思って作れるものではない。顧客が飽きずに買い続け、支持され続けて初めてロングセラーになっていく。なぜ、マルマンの商品の多くがロングセラーに育ってきたのか。

「価値を認めて頂いて買って頂くという基本に忠実な会社なのです」と井口さん。「モノづくりは何といっても品質なので、品質については絶対に手抜きをしない。真面目にしっかり作る。これをずっと続けてきています」

 多くのメーカーが海外に生産拠点を移す中で、マルマンは国内製造にこだわってきた。コストが安い中国での製造も検討したことがあるが、品質を維持できないと断念した。製品の品質を守るには、日本人の繊細さが何より必要だと感じたという。輸入して扱う高級画材を除いて、マルマンの商品のほとんどが国内製造の自社製品だ。

 当然、品質勝負で、価格競争には参入しない。マルマンの商品の価格はやや高めだが、気にいると使い続けるユーザーが少なくない。筆者も独立して10年以上、同じ種類のB5判ノートを取材メモ用に使い続けているが、改めてそれが「セプトクルール」というマルマンの商品であることに気づいた。

「ペンで何かを描く場合に、書きやすいというと、ペンを褒める人が多いのですが、実は紙の質で書き心地はまったく違います」。マルマンが使う紙は、製紙会社の協力を得て作った自社専用のもの。紙の品質にも徹底的にこだわっているのだ。もっとも同じ作り方を続けていれば品質が保たれ、顧客の支持が続くというものでもない。製紙会社の技術進歩で紙自体の製造方法が変わることもある。時代に合わせて品質を微妙に「進化」させることはあっても、劇的に変えることはしない。

 品質と共にマルマンが大事に守り続けてきたもうひとつの点は「消費者・ユーザーのことをきちんと考えることだ」と井口さんは言う。事業ではありがちなことだが、製造や流通の都合が優先してしまいかねない。いわゆる「供給者の論理」にハマってしまうのだ。「一番大事なのは商品を使って頂く方々。代々、会社としては、そこに価値があるのだという考え方を持ち続けている」という。カスタマー・ファーストと口では言う企業は多いが、それを実践するのは並大抵ではない。

 実は、顧客の声から新商品も生まれてきた。前出の「ルーズリーフミニ」だ。通常のルーズリーフを切って使っているという声が消費者から寄せられ、作ったところ大ヒット。専用のバインダーなど商品群も広がった。

 
 マルマンは井口さんの曽祖父が1920年に創業。100周年を期に井口さんが父(現会長の井口栄一氏)から社長のバトンを受け継いだ。4代目だ。

 創業の時からスケッチブックを作ってきた。初代は東京・神田の本屋さんの丁稚奉公からスタートしたというが、当時、紙は高級品で、スケッチブックは欧州からの高級輸入品だけだった。子どもが夢を描ける手軽に買える国産のスケッチブックを作りたい。そう考えてマルマンを創業したのだという。スケッチブックを通して、子どもたちの創造性やクリエイティビティを引き出せると信じたわけだ。

 大ロングセラー商品の「図案スケッチブック」が生まれたのは2代目の時。ドイツまで出かけて金属リングで綴じる「製本機」を買い付け、量産体制を敷いた。ちなみにこの時購入した製本機は今でも工場で現役として活躍している。「図案スケッチブック」の表紙の黄色と深緑のデザインは発売以来変わっていないが、もとは学生デザイナーの売り込みだったという。当時のスケッチブックやノートの表紙は無地が主流で、デザインを施すという発想自体が斬新だった。

社長就任後
「ミッション」を再定義

 井口さんは社長就任に際して、マルマンの「ミッション」を再定義した。改めて原点を見つめ直そうと考えたのだ。「クリエイティブ・サポート・カンパニー」。まさに創業以来受け継いでいる精神だ。

 もっとも、事業を取り巻く環境は必ずしも追い風とは言えない。少子化で子どもの数自体が大きく減っていて、市場が拡大していく環境ではない。「ペーパーレス」化という世の流れもある。だが一方で、ものごとを考えたり、何かを創ろうとしたりする場合に、頭の中を整理するのに「紙」はまだまだ活躍する余地がある。まさに、クリエイティブ(創造)をサポートする道具として使い続けられるというわけだ。

 海外市場の拡大も狙う。品質の高いメイド・イン・ジャパンの文房具へのニーズは確実に高まっている。輸出はまだ全体の売上高の1割程度だが、拡大の余地は大きい。

 実は新型コロナウイルスの蔓延で、画材・文房具の世界にも異変が起きている。テレワークなどが広がって「巣籠もり」が増えたためか、自宅で絵を描くことがちょっとしたブームになっているというのだ。そうした生活スタイルの変化が、人々と「図案スケッチブック」などとの新たな出会いを生み、製品の命が伸びていく。60年売れ続けているのも、着実に新しいファンが生まれているからなのだ。

消費水準回復せず、これからの「円安値上げ」に家計は耐えられるか 消費抑制で日本経済復活に遅れも

現代ビジネスに2月13日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/92379

日本経済を左右する「消費」の先行きに暗雲が漂っている。ガソリンや灯油、あるいは、原材料を輸入品に頼る食品などの、相次ぐ値上げに対して「家計防衛」から消費を抑える動きが鮮明になってきた。

こうした商品の価格上昇が今後も続けば、他の品目の消費にも消費抑制の動きが強まりかねない。ポスト・コロナに向けて世界経済が急回復する中で、消費の減退によって日本経済の回復が大きく遅れる可能性も出てきた。

家計の消費支出、回復せず

総務省が2月8日に発表した家計調査によると、2人以上世帯あたりの2021年の月額消費支出の平均は、27万9024円と、物価変動の影響を除いた実質ベースで2020年に比べて0.7%増加した。

新型コロナウイルスの拡大で経済活動が凍りついた2020年が、前の年に比べて5.3%減の大幅な落ち込みとなっていた反動でプラスに転じたが、2019年の水準(月額平均29万3379円)にはまったく戻っていない。

2021年の月平均でプラスだった費目は教育(1万1905円)の15.7%増、交通・通信(3万9778円)の4.7%増、住居(1万8338円)の3.4%増、保健医療(1万4314円)の0.5%増など。2020年に比べて人の動きが活発化したことで、交通費が増加した。医療費も、新型コロナで高齢者の通院が減っているとされるが、4年連続の増加となった。

一方、減少が目立ったのは、家具・家事用品(1万2101円)の6.4%減、光熱・水道(2万1531円)の2.7%減、被服及び履き物(9063円)の1.6%減など。家計に占めるウエートが大きい食料(7万9401円)も1.0%減った。

家具・家事用品は2020年に消費を下支えした「巣篭もり需要」が一巡したことが大きいとみられる。2020年上期に10万円の定額給付金が支給されたことで夏から秋にかけて家電製品の販売好調などが起きたが、2021年はマイナスに転じた。

光熱・水道のうち電気代は3%減と2年連続で減少した。電気代の引き上げが続いていることもあり、節約ムードが広がり、使用量が落ちたことが主因とみられている。交通・通信の中でも通信料だけに限れば1万3285円と2年連続の減少になった。携帯電話の格安プランの導入が広がったことなどが理由とみられるが、家計消費全体に占める割合は4.8%程度と高止まりしている。

最も家計で大きな支出である食料は、値上げによってパスタの消費が11.3%減、即席麺も4.1%減と需要が一気に減った。また、飲酒代も49.4%減と落ち込んだ。

この上さらに物価上昇が

今後の焦点は、予想される物価の上昇に対して、消費がどう動くか。ガソリン代や電気代、食料品の値上がりが続くのは確実な情勢で、これに対して、消費抑制がどれだけ進むのかが注目される。

倹約しても家計の負担が増えるようだと、その分を他の品目の消費減で補うことになる。野菜などの国産品にも販売不振が広がれば、こちらは価格下落につながり、農家の収入が減って日本の農業が大打撃を受けることになりかねない。

日本経済の回復が遅れれば、さらに円安が進む可能性が高い。そうなると輸入品や、原材料を輸入に頼る品目の値上がりがさらに続く。一方で、消費減退から国産品は値下がりするというチグハグな物価になるだろう。

いずれにせよ消費が盛り上がる材料には乏しく、GDP国内総生産)の6割以上を消費に頼る日本経済の足を引っ張ることになりそうだ。

期待は給付金に賃上げ

唯一、期待が持てるのは家計の実質収入が増えることで、それが消費に回ること。昨年末から始まった子育て世帯への子供ひとり当たり一律10万円給付が今後、消費にどう反映してくるかが注目される。

2020年の定額給付の場合、最も家計消費支出が落ち込んだのが2020年5月で、5月末から6月に給付が実施されたことで、6月に家計の実収入が15%の増加を大きく増えた。その後、消費がプラスに転じたのは人流が戻った4カ月後の10月だった。

今回の子育て給付も確実に実収入の増加に結びつくが、これが何カ月後に消費に回ってくるか。蔓延防止等重点措置などが解除されれば、4月以降の消費増に結び付く可能性がある。

もっとも、今回は子育て世帯への給付ということで、将来の教育費用への充当を考えた貯蓄に回る可能性も十分にある。そうなると、景気刺激策という意味では空振りに終わる可能性もありそうだ。

もうひとつ、注目されるのが「賃上げ」。岸田文雄首相が掲げる「新しい資本主義」で「分配が成長につながる」として、財界に賃上げを求めている。この賃上げがどれぐらい消費にプラス効果をもたらすのか。やはり4月以降の消費の動向に影響してきそうだ。

こうした給付金も賃上げも消費に響かないとなると、日本経済の先行きは厳しさを増すことになるだろう。

「分配が成長につながる」という岸田流が空振りに終わった場合に備えて、次の手を考えておかないと、消費マインドが一気に冷え込み、本格的な景気後退を呼び込んでしまう可能性もある。

人手不足が経済回復の足かせ? 新型コロナ下で外国人労働者増やせず 中国人労働者減りベトナム依存高まる

現代ビジネスに2月4日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/92093

ベトナム人労働者、中国人を上回る

新型コロナウイルスの蔓延に伴う「水際対策」の厳格化で、外国人の入国が難しくなっている。ここ数年、日本における人手不足は外国人労働者で補われてきたが、その入国もままならない。経済活動を再開させようにも、人手不足がネックになる可能性が出てきた。

厚生労働省が1月末に公表した「外国人雇用状況(2021年10月末現在)」によると、日本で働く外国人は172万7221人で、1年前に比べて2893人(0.2%)の増加にとどまった。2015年から2019年まで2ケタの伸びが続いてきたが、新型コロナの影響で入国ができなくなり、2020年の4.0%増よりもさらに伸びが鈍化した。

国籍別に見ると、中国人が5.3%減の39万7084人と、東日本大震災後の2012年以来9年ぶりに減少した。日本側の水際対策だけでなく、「ゼロコロナ」政策を取り続ける中国政府が渡航を厳しく制限していることが大きいと見られる。中国人に代わって日本での外国人労働の「主役」になっているのがベトナム人。2.1%増の45万3341人と2年連続で中国人労働者の数を上回った。

ベトナム技能実習生の最大の送り出し国で、35万人あまりいる技能実習生のうち20万人を占めている。ベトナム国内で日本語教育などを行う送り出し機関が、日本の受け入れ機関と連携して大量の技能実習生をまかなっているが、「実習」は事実上名目で、実際は「出稼ぎ」である。日本への渡航費など多額の借金をして日本に来る労働者も多く、かねてから「技能実習の闇」として問題視されてきた。

かつて技能実習生の中心を占めていた中国人の技能実習生は5万人あまりにまで減少した。「専門的・技術的分野の在留資格」を持つ人が3割を占める他、留学生などの「資格外活動」として働いている人も2割近くを占める。さらに、中国人労働者の在留資格で最も多いのは永住者や日本人の配偶者など「身分に基づく在留資格」を持つ人たちで、3割を占める。

中国人労働者の場合、一時的な「出稼ぎ」から、正規の労働者として働く「定住」型の労働者が増えてきている。待遇の悪い技能実習生を敬遠する傾向も広がっている。

国籍別で次に多いのがフィリピン人で、2021年は19万1083人と3.4%増えた。フィリピン人の場合、永住権を持っていたり、定住している「身分に基づく在留資格」が7割以上を占める。

13万4977人いるブラジル人労働者の99%も「身分に基づく在留資格」で働いている。ブラジル人の場合、バブル期などに日本に働きに来て製造業の現場を支えた日系人などを中心に、国内にコミュニティを作って定住している人が多く、2世世代の人も増えている。

このところ急増していたネパール人が2021年は9万8260人と1.4%減少。分類して統計発表されるようになった2014年以降、初めての減少となった。これは新型コロナによる「水際対策」の影響が大きいとみられる。

飲食、小売の多くが「資格外活動」

外国人労働者が働く産業を見てみると、最も多いのが製造業の46万5829人で全体の27%を占めるが、新型コロナ下で減少傾向が続いている。製造業で働く外国人の4割弱が技能実習生で、水際対策で入国できないことから働き手が減っているとみられる。これは建設業も同様で11万人の働き手のうち7万人あまりを技能実習生が占める。

産業別で次に多いのが「卸売業・小売業」の22万8998人で13.3%。「宿泊業・飲食サービス業」の20万3492人で11.8%と続く。いずれも新型コロナの打撃が顕著な業界だが、1年前に比べて前者は1.3%減、後者は0.3%増と、いずれも労働者の数はほぼ横ばいになっている。

さらに、新型コロナでも外国人労働者数が逆に増えているのは、「医療・福祉」分野。まだ人数は5万7788人と多くないが、1年前比の伸び率は33%増と極めて大きい。医療や介護などの、いわゆる「エッセンシャル・ワーカー」の重要性が増しているものの、人手不足が深刻で、外国人労働者に頼る構図が見える。

問題は、今後、新型コロナの蔓延が徐々に収まってくる中で、人手不足が深刻になって来た場合、どうやって外国人労働者を確保していくかだ。特に飲食業や小売業が本格的に営業を再開した場合、その人材をどこに頼るのか、が大問題になりそうだ。

というのも、これらの業界が依存している外国人は多くが「資格外活動」の在留資格だ。つまり、日本語学校などへの「留学生」の資格で、アルバイトとして働くことができる制度を利用している。

飲食サービス業などは「単純労働」とみなされ技能実習の対象から外れていることから、技能実習生として外国人を確保することが難しい。「宿泊・飲食サービス業」の場合、20万3492人のうち半数以上の10万9070人が、こうした「資格外活動」と言われる外国人だ。こうした資格の労働者は週28時間、夏休みなどでも1日8時間しか働けないルールになっている。

「移民」を受け入れないと経済が回らない

国会では、留学生などの受入れ解禁を政府に求める質問などが相次いでいるが、実際のところ、人手不足に苦しむ企業の労働力として確保したいという思惑が背景にある。

新型コロナが明けて、入国規制が撤廃された場合、外国人労働者の取り合いが始まるだろう。製造業や建設業など規模の大きい企業の場合、海外機関と連携して技能実習生を大量に受け入れることも可能だが、経営規模の小さい飲食や小売りは争奪戦に負け、一気に人手不足に悩むことになりそうだ。

出入国在留管理庁は、人手不足の深刻な業種14分野で定めている外国人の在留資格である「特定技能」について、2022年度にも事実上、在留期限をなくす方向で調整していると報じられている。

事実上、「移民」を受け入れないと、人手不足で経済活動が回らない事態に直面しているということだ。特に日本人が働きたがらない「3K(きつい・汚い・危険)」と言われるような職種では、ますます外国人労働者への依存度が高まっていくだろう。

もっとも、ポスト・コロナで世界経済は大きく成長するとみられていて、発展途上国の外国人を労働力として求める国は増える。日本は早急に外国人を受け入れる制度を整備していかないと、人手を確保できず、世界から成長で劣後することになりかねない。

これでは「日大問題」はどこの大学でも起きる…文科省が改革から後退のワケ さすがに改革派が反旗あげる

現代ビジネスに1月29日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/91891

日大問題の闇の深さ

日本大学は田中前理事長と永久に決別し、影響力を排除する」。そう記者会見で述べていた日大の加藤直人学長兼理事長が、その田中英寿前理事長から、学長就任時に125万円の英國屋のスーツを贈られ、受け取っていたことが発覚した。文春オンラインが報じた。

驚いたことに理事会の席で校友会の会長が次のような発言をしたと同じ記事の中で明かされている。

「加藤学長は学長就任祝いとして高価な背広を田中先生に作って貰ったが、みなさんも学部長になったり、理事になった時、同じように貰っているでしょう」

「あなた方のなかには田中先生にお願い事をした人もいるでしょう。加藤学長だけを責めるべきではない」

この発言がどういう文脈で語られたのかは明らかではなく、加藤学長を擁護しているのか、皆同罪だと糾弾しているのかは分からない。だが、日大の幹部の多くが田中前理事長から便宜をはかってもらっている様子が浮かび上がる。

田中前理事長は背任容疑での立件はされず、所得税法違反でのみ起訴された。逮捕前に「俺が逮捕されれば裏金のことも全部ぶちまける」と豪語していたと報じられた。それが背任での立件に影響したかどうかは分からないが、最終的には「逃げ切った」と見ることもできる。

もちろん、日大の工事などを受注している業者などから受け取っていた現金を「所得」として認めたわけで、それが背任に当たるかどうかはともかく、理事長としての「役得」だったことは明らかだろう。

その収入がある人物から高額スーツなどを受け取っていたわけだから、大学の発注資金が回り回って学長らの利益になっていたと見えなくもない。日大の改革に当たるには不適当な人物であることは明らかだ。多くの幹部も同様に金品を受け取っていたとすれば、同罪と言えるだろう。

そんな日大の腐敗文化を一掃できる人物をどうやって選ぶのか。日大が設置した「再生会議」が3月末をメドに出すという最終答申書の中味に注目したい。

改革から逃げる学校法人側

財団法人や社会福祉法人などいわゆる公益法人の理事は、監督機関である評議員会が選ぶ仕組みになっている。また、決算や予算、重要な財産処分なども評議員会の承認が必要だ。つまり経営執行を担う理事会を、評議員会が監視する仕組みが定着している。理事長が問題を起こせば評議員会は理事長をクビにする権限も持つ。

ところが大学など学校法人の評議員会は理事会の諮問会議という位置づけで、しかも、理事が評議員を兼務できる。さらに学校法人の従業員である職員も評議員になれる仕組みだ。つまり、理事長に逆らえない人たちが評議員になるわけだから、理事長が暴走しても誰も止められないことになる。

政府は2021年6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2021」の中で、学校法人にも他の公益法人並みのガバナンス体制を導入する法改正を行うことを明記した。それを受けて「学校法人ガバナンス改革会議」が文科大臣の下に設置され、2021年末に報告書が出たが、ガバナンス強化を嫌う学校法人関係者の反対で、宙に浮いている。

あろうことか文科省は「大学設置・学校法人審議会」の下の学校法人分科会の下に、「学校法人制度改革特別委員会」という会議体をもう一度立ち上げ、学校法人関係者で固めた上で、再度審議を始めた。

世界から隔絶した日本の大学

これにはガバナンスの専門家が集まっていたガバナンス改革会議のメンバーが強く反発。「学校法人のガバナンス改革を考える会」を立ち上げた。発起人には改革会議に名を連ねた専門家のほか、大学改革で評価が高い坂東眞理子・昭和女児大学理事長・総長なども加わっている。

発起人代表の久保利英明弁護士は、「司法改革もコーポレートガバナンス改革も、立法府と行政府が、守旧派の抵抗を排除して実現してきました。日弁連や経済団体などにも危機感を共有する改革派がいて、自浄作用を求めたのです。私学界、教育界には、不祥事が相次ぐ現状を憂い、日本の大学のガバナンスが、世界から隔絶した水準にあるとの認識が欠けているのではないでしょうか」と語る。このままでは、日大のような問題が他の大学でも起きかねない、というのだ。

ガバナンスの強化が経営力を高め、社会の評価を引き上げることにつながることは、企業のコーポレートガバナンス改革で示されている。世界の中での評価がどんどん落ちている日本の私立大学に、今こそ強い経営が必要なことは言うまでもない。現状に安住したままでいたい大学経営者は、結局は自らの足下を突き崩していくことになるのではないか。

日本の経済危機はこれからが本番?

CFO協会のWEBマガジン「CFO FORUM」に定期的に連載している『COMPASS』に1月17日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://forum.cfo.jp/cfoforum/?p=21265/

 2022年は「ポストコロナ」に向けた経済回復が大きなテーマになる。米国の連邦準備理事会(FRB)は早くも資産買い入れの縮小(テーパリング)を始め、3月には資産買い入れを終了させて、利上げに動き始める見込みだ。新型コロナは変異型のオミクロン株の流行拡大が続いているものの、これまでに比べて重症化率、死亡率などが低いことから、経済活動は止めない方針で世界各国が動いている。ワクチンの普及に加えて治療薬の開発などもあり、早晩、新型コロナは終息していくことになるだろう。そんな中、消費を抑えてきた反動で、米国などでは景気が過熱気味になっており、インフレが進行している。米国が徐々に金融引き締めへと向かっているのはこのためだ。

 

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「賃上げ」が本当に成長につながるのか?貯蓄に回るリスクをどうする  参院選を控え国民の歓心を買うためか

現代ビジネスに1月21日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/91643

岸田首相の論理は本当か

第208通常国会が開幕し、国会論戦が始まった。焦点は新型コロナウイルス感染症対策と共に、低迷が続く経済をどう立て直すか。岸田文雄首相が掲げる「新しい資本主義」とは何か、それが日本経済を成長路線に乗せることができるのか。いよいよ岸田流経済政策の真価が問われる。

岸田首相が強調するのが「賃上げ」だ。1月17日の施政方針演説でも「成長の果実を、従業員に分配する。そして、未来への投資である賃上げが原動力となって、更なる成長につながる。こうした好循環を作ります」とし、成長のためには分配が必要だと強調している。

春闘で、賃上げ率の低下傾向が続いているものを「一気に反転させ、新しい資本主義の時代にふさわしい賃上げが実現することを期待する」と力を込めた。

やはり、「新しい資本主義」というのは分配ありきの政策、分配すれば経済成長につながって、それがさらに賃金を上昇させるという「好循環」が始まるとしているわけだ。

だが、本当に賃上げが成長につながるのだろうか。

安倍政権の「官製春闘」7年間でも

安倍晋三元首相は、2012年末の第2次内閣以来、「経済好循環」を掲げて、民間企業に賃上げを求める姿勢を撮り続けてきた。「官製春闘」と揶揄されながらも、首相自ら経団連などの財界首脳に直談判し、長らく行われていなかった「ベースアップ」を実現させた。安倍首相による賃上げ要請は2020年春闘まで7年間も続いた。

また、最低賃金の引き上げも急ピッチで進めた。岸田首相から「新自由主義的だった」と批判される安倍内閣は、分配による経済好循環を目指した内閣だったのだ。

もっとも、安倍内閣の場合、企業に分配を求める前に、企業収益に大きなプラスをもたらしていた。

「大胆な金融緩和」によって円高が一気に修正された結果、企業収益は劇的に改善されたのだ。また、法人税率も国際水準を目指して大幅に引き下げることで、企業の負担を軽くした。賃上げを求める素地があったから、財界も言うことを聞いたのである。

だが、その安倍内閣でも、賃上げを成長につなげることは難しかった。デフレの進行は止めたものの、黒田日銀が目指す2%のインフレ目標は安倍首相在任中にはまったく実現しなかった。経済成長率も低迷したままだった。

にもかかわらず、岸田首相は「分配」だという。分配が本当に成長につながるというエビデンスはない。所得が増えたからと言って、それが消費に回り、再び企業に収益をもたらすかどうか心許ない。貯蓄に回ってしまうリスクは小さくない。

臨時収入が消費に回らない

岸田内閣も子どものいる世帯に10万円を配る政策を実施するに際して、5万円の現金と5万円の商品券を組み合わせることにこだわった。一律10万円を現金で給付すると、貯蓄にまわって消費に回らず、経済成長につながらない、というのが理由だった。

結果は、ほとんどの自治体が全額現金給付することになったが、果たして、この「分配」で景気回復につながることになるのか。それとも、岸田首相が当初懸念したように、多くが貯蓄にまわってしまうのだろうか。

前回10万円の定額給付金が配られた直後の家計消費支出のデータを見ると、勤労世帯の実質実収入は、2020年5月に9.8%、6月に15.8%増えた。

緊急事態宣言で消費支出(2人以上世帯、実質)が大幅に落ち込んだ時期と重なり、4月の消費支出は11.1%減、5月は16.2%減となったが、消費支出が本格的に増えたのは、GoToトラベルなどが盛り上がった2020年10月以降だった。収入は増えても消費されなかった、と見るべきだろう。

岸田首相が心配するように、現金で給付してもそれが消費に回るのは難しいと言うことだ。定額給付金のような「臨時収入」でも、なかなかそれが消費に回らないとすると、毎月の給与が増えたからと言って、それが消費に回り、経済を動かし始めると言えるのだろうか。消費の低迷は収入が少ないからではないではないか。

将来不安が消費を抑えている

前々から言われていることだが、将来不安があるから、人々は貯蓄に励むのだとされてきた。年金や健康保険制度への信頼だけでなく、自分自身が会社をクビになることはないのか、会社は潰れないかといった不安が人々の消費の頭を抑えている。

さらに今後働いている若年層の社会保障負担や、税金負担がさらに増えていく可能性が強い。つまり、働く層の賃上げが多少あっても本当に可処分所得が増えるかどうか分からないのだ。

そう考えると、岸田首相が言い続ける、分配すれば経済成長する、という論理が正しいのかどうか。

収入が増えた分、貯蓄に回る傾向は、すでに起きている。

家計の金融資産は2000兆円目前に迫っている。その6割以上を60歳以上の家計が保有しているとされ、そうした層が老後への不安から消費を抑える傾向にあることが、貯蓄の増加につながっていると新聞各紙は分析している。

一方で、40歳代の「貯蓄ゼロ」は過去最多になっているという。この層が稼ぐ賃金が増えたとしても、おそらく貯蓄に回る率が高くなるのだろう。

分配政策を強調することは国民受けがしやすい。どうしても参議院選挙を控えて、国民の歓心を買うためにばら撒くための便法なのではないかと思えてしまう。