労組「最」弱体化の春闘、「経営者の恩情」頼みで賃上げは実現するのか 雇用者数最高でも組合員1000万人割れ

現代ビジネスに12月18日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/103508

世界では賃上げ要求ストライキの嵐だが

世界的なインフレの余波が日本にも及び始め、物価上昇が本格化してきた。10月の消費者物価指数の前年同月比の上昇率は、ついに3.6%に達した。これは生鮮商品を除いた指数で、生活に密着する生鮮食品の値上がりなど、消費者の皮膚感覚では物価上昇はさらに大きい。そんな中で、岸田文雄首相は企業に「賃上げ」を呼びかけ続けている。物価上昇から国民の生活を守るには「構造的賃上げ」が不可欠だと強調している。

しかし、首相に言われたからといって経営者が賃金を大盤振る舞いするはずもない。「賃上げをしている」と経営者が言っても、たいがい3%。国は10月から最低賃金を全国平均で3%引き上げたが、これを岸田首相は「過去最大」だと胸を張っていたことでも分かる。3.6%物価が上がっている中で3%の賃上げをしても、実質マイナスということになる。実際、2022年4月以降、賃金上昇は物価の上昇に追いつかず、いわゆる「実質賃金」は10月まで7カ月連続の減少が続いている。

インフレが続く欧米では、賃金の大幅な引き上げも続いている。米国など人手不足が深刻で時給を引き上げなければ働き手が確保できないという状態が続いてきたことも背景にある。だが、それ以上に働き手が経営者に賃上げを「要求」する場面が増えている。その要求の「武器」はストライキだ。欧米では労働者がストライキに踏み切る構えを見せ、賃金の引き上げを求めるケースが多い。

米国では港湾労働者や鉄道従業員がストライキを実施する姿勢を見せて賃上げを獲得してきた。もっともインフレが収まる気配がなく、労働組合側もさらなる賃上げを要求。いつ基幹の物流がストップするかというリスクを世界の企業が抱える事態になっている。

また英国では12月に入って看護師の労働組合が106年前の創設以来初めての全国規模のストライキを実施した。6月には鉄道、8月には郵便局の職員がストライキに踏み切った。ドイツでも航空会社などがストライキを実施している。賃上げを「獲得」するには労働者が経営者側と「闘う」姿勢を持つ必要があるというのが欧米の「常識」。経営者の恩情に頼っているだけでは十分な賃上げは得られないと考えている。

ストライキが姿を消して久しい日本

ところが、日本は状況がまったく異なる。国内からストライキが姿を消して久しい。1960年代から70年代にかけて、「春闘」は字の如く、春に賃上げを求めて一斉に闘うことを意味し、賃上げを求めるストライキは春の風物詩になった。ところがバブル期を経て、日本がデフレの時代に入り、物価も上昇しない代わりに賃金も上がらない体制が定着する。労使協調路線を基本とする「連合」の誕生で、ストライキは姿を消していったわけだ。

その連合の2023年春闘に向けた「要求」は、「5%程度の賃上げ」。しかも、それには定期昇給分も含まれており、基本給を底上げするベースアップは3%程度に過ぎない。年間の物価上昇が3%を超える可能性が大きくなる中で、実質的に「賃下げ」容認要求と言えなくもない。

そんな組合の「弱腰」が、日本の賃金が上がらない理由だ、という指摘が最近になって識者から語られることが増えた。もっと、組合が強くならなければダメだ、というわけだ。

だが、そんな声とは裏腹に、組合の組織力は弱まり続けている。厚生労働省が毎年12月に発表する「労働組合基礎調査」によると、労働組合の推定組織率、つまり、雇用者のうち労働組合に加入している人の割合は、2022年6月30日時点で16.5%と1年前に比べて0.4ポイント低下、過去最低を更新した。雇用者数は6000万人を超えて過去最多を更新した一方で、組合加入者は1000万人を割り込む999万2000人だった。

労働組合の組織率は1995年に23.8%だったが、ほぼ一本調子に低下を続けている。2009年と2020年は一時的に組織率が上昇しているが、前者はリーマンショックで、後者は新型コロナウイルス蔓延で、雇用者が減少したため。つまり分母が減ることで一時的に上昇したに過ぎない。この間、労働組合の数はほぼ一貫して減り続けてきた。

かつての組合全盛期を知る高齢者ならずとも、「労働者よ団結せよ」と叫びたい気持ちも分からないではない。労働組合で労働者が団結して「闘う」姿勢を見せない限り、賃金など上がるものではない、という見方もある。

労組崩壊の歯止めかからず

では、なぜ、日本では組合の組織率がこれだけ低下し、労働組合離れが進んだのか。若手の会社員に聞くと「労働組合が自分たち社員の利益のために闘っているとは思えない」という答えが少なくない。物価上昇が消え、賃上げが消えたデフレ時代は、労働組合の存在意義を感じられない労働者が多かったのかもしれない。

それならば、物価上昇が本格化し始めた今年は組合の組織率が上昇するのではないか、と筆者は厚労省の統計に注目していた。6月末現在ということもあり、まだ物価上昇への危機感が強まっていなかったとも言えるが、組合員数の減少率は0.8%と、前の年の0.4%を上回った。つまり、組合崩壊に歯止めがかかる状況にはなっていない。

組合関係者は、賃上げを求める人が増えれば労働組合への期待も高まるのではないかと期待する。だが、本当にそうだろうか。そもそも、労働組合のあり方が、今の働き方とマッチしなくなっているのではないか。一生同じ会社で働くと考える人が減り、能力給などが一般化する中で、皆一律に5%の賃上げを求めるスタイルに、違和感を感じる人が増えているのではないか。

そう考えると、旧来の労働組合に多くの労働者が再集結し、賃上げを叫ぶようになるとは考えにくい。四半世紀にわたって「賃上げ」と無縁できた日本で、今後、欧米のような物価上昇と賃上げのスパイラルが起きるのか注視したい。

「楽しみ方を広げる」それが崎陽軒の変わらない原点

雑誌Wedge 2022年8月号に掲載された拙稿です。Wedge ONLINEにも掲載されました。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/28218

 「横浜名物」と聞いて、「崎陽軒のシウマイ」を思い浮かべる人も多いに違いない。何せ、1928年(昭和3年)に発売以来、もうすぐ100年になる超ロングセラー商品だ。関東に住む人はもちろん、全国各地に多くのファンが存在する。

 「発売以来、豚肉と干帆立貝柱を使う原料は同じで、一度も味を変えようと意図したことはありません」

 4代目社長の野並晃さんはそう語る。だが、もちろん、同じものを単に売り続けることで、今日まで存続できたというわけではない。世の中が大きく変化する中で、「常に楽しみ方を変えてきた」と野並さんは言う。常に新しい「楽しみ方」、新しい形を提案し続けることで、多くのファンを惹きつけてきた、というのだ。

 実は崎陽軒のシウマイは、買う人の「楽しみ方」を考えることから生まれた。もともと崎陽軒は1908年(明治41年)に初代横浜駅(現在の桜木町駅)の構内営業の許可を得たことをルーツとする。牛乳やサイダーなどの飲み物や餅や寿司などを売っていた、という。その後、横浜駅が現在地に移るのと共に移転。大正時代には駅弁も売るようになった。

 ところが、横浜駅は駅弁を売るには不向きな位置にあった。上り列車は終着の東京駅に近く、横浜で弁当を買う客は少ない。逆に下りの客は、出発地の東京駅で駅弁を買い込んできてしまう。何か「横浜ならでは」のものを作って売ろうと考えた、という。

楽しみ方へのこだわりで
生まれた横浜の新名物

 南京街(現在の横浜中華街)で突き出しとして出されていたシューマイに目を付けた。だが、列車内で食べる頃には冷めてしまう。「冷めてもおいしい」にこだわった結果、豚肉と干帆立貝柱を使うことに行き着いた。さらに揺れる電車内でも食べやすい、小ぶりのひと口サイズにした。崎陽軒のシウマイはそもそも「楽しみ方」にこだわった結果生まれた商品だったのだ。

 崎陽軒のシウマイが一躍有名になったのは、横浜駅に「シウマイ娘」が登場した1950年(昭和25年)から。駅弁と言えば、弁当を入れた岡持を首から下げ、野太い声で「ベントー」と言いながらホーム上を売り歩く男の力仕事というのが相場だった。それを赤い服を着てたすきをかけ、手籠にシウマイを入れ「シウマイはいかがですか」と車窓から声をかける「シウマイ娘」に代えたのだ。旅情を誘う横浜ならではの一風景として話題になり、横浜駅の停車中にシウマイを買うのが旅行者の楽しみになった。

 そんな「シウマイ娘」を一躍有名にしたのが、52年に毎日新聞に連載された獅子文六の小説『やっさもっさ』に、「シウマイ娘」が登場したこと。翌年には映画化もされ、シウマイ娘に桂木洋子、相手役に佐田啓二という当時の売れっ子が扮したことで、全国に知れ渡った。54年には、今や横浜界隈で最も売れるお弁当になった「シウマイ弁当」が誕生した。

 翌年には、シウマイの箱に入れる磁器製のしょう油入れ「ひょうちゃん」が誕生。新たな「楽しみ」を加えた。漫画家の横山隆一氏が描いた「ひょうちゃん」は48種類。今もそれを作り続けている。記念のタイミングなどに特製の「レアものひょうちゃん」を出すこともあり、熱心なコレクターもいる。

 「楽しみ方」への工夫は、崎陽軒の伝統でもある。今や当たり前になった駅弁に「お手拭き」を付けたのも崎陽軒が最初。列車内で食べるのではなく、お土産に持っていきたいという要望に応えて「真空パック」のシウマイを67年に出したが、この言葉を発案したのも崎陽軒だった。

 だが、その後、列車の旅は大きく姿を変えていく。停車時間は短くなり、窓も開かなくなって、ホームでの駅弁売りは姿を消していく。駅の構内や駅直結のショッピングセンターに売店を出すケースが増えたが、これを通勤客などが買っていくケースが多くなった。旅のお供ではなく、夕食や晩酌の肴へと「楽しみ方」が変わっていったのだ。これに伴って、昔ながらのシウマイだけでなく、特製シウマイ、えびシウマイ、かにシウマイとラインナップを広げていった。現在、箱詰めされたり、弁当に入れられたりして売られるシウマイは、1日約80万個製造されるまでになった。

 そんな「駅弁」からの進化を象徴するのが、ロードサイドの販売店だ。住宅地の道路沿いなどに崎陽軒のお店を出し始めた。駅ではなく生活圏に出向いていって買ってもらうスタイルへと変えようとしたのだ。当初は「実験」だったが、これが新型コロナウイルスの蔓延時に大きな救いになった。

 人の移動が止まったことで、ターミナル駅売店での販売は落ち込んだ。一方で、在宅勤務が増えたことで、住宅地での弁当やシウマイの売れ行きは一気に伸びた。家庭での新しい楽しみ方に対応する「冷凍品」などの商品も売れ筋になった。新型コロナで新しい楽しみ方のスタイルが生まれたのだ。コロナ禍以降、新たに15店舗出店した。

崎陽軒の原点は
「駅」・「鉄道」・「横浜」

 「崎陽軒のファンのお客様には、鉄道ファンや駅弁ファンがたくさんいて、そうした皆さんに支えられているんです」と野並さんは言う。崎陽軒の原点は「駅」であり「鉄道」だというのだ。東海道新幹線のぞみ30周年記念で、JR東海ホテルズの「ホテルアソシア新横浜」からコラボを持ち込まれたのにも、快諾した。シウマイのパッケージデザインを施した枕や布団、シウマイ弁当のデザインのクッションなどが置かれた部屋には、グリーン車のシートも置かれ、旅行気分を楽しむことができる。

 さらに、同業の弁当事業者とタッグも組んだ。兵庫県姫路市の駅弁の老舗「まねき食品」と提携、「関西シウマイ弁当」を発売したのだ。パッケージや弁当箱は本家のシウマイ弁当と似ているが、シウマイそのものの味はまったく違う。関西流に、昆布だしと鰹節のうま味をきかせ、刻みレンコンが加えられている。シウマイは崎陽軒が製造、その他はまねき食品が作る。1日300~400個の限定だが、累計3万個を売るヒット商品になった。

 もうひとつ、野並さんが大事にしたい「原点」だと語るのが、「横浜のおいしさを、創りつづける」ということ。社名英文ロゴの下にも書き入れ、崎陽軒の哲学にもなっている。今や崎陽軒のシウマイは全国区だが、あくまで「横浜」にこだわるというのだ。

 先代社長である父の野並直文会長が、創業100周年だった2008年に掲げた経営理念に「崎陽軒ナショナルブランドを目指しません」と明示したのを引き継いでいる。一時は全国のスーパーにも卸して買えるようにしていたが、今はデパートの催事などに絞り、あくまで「横浜」を売りにしている。その心は、本物のローカルブランドはグローバルに通用する、ということだという。

 変えないために変わる──。野並さんは、「社長が交代しても、『楽しみ方』を広げるために常に『新しい種まき』をする崎陽軒のあり方は変わらない」と語る。時代が変わっても、そんな種が一つひとつ花を咲かせるということなのだろう。

 

公務員の冬ボーナスは5年ぶり増加…「自動的な給与増」を変えない限り、東大生の「官僚離れ」は止まらない 民間に流れる理由は「給与が低いから」ではない

プレジデントオンラインに12月19日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/64578

冬のボーナスが5年ぶりの増加に

このほど支給された国家公務員の2022年の冬のボーナスは5年ぶりの増加となった。

人事院が8月に今年度の国家公務員の月給とボーナスを3年ぶりに引き上げるよう勧告したのを受けたものだ。もっとも管理職を除く平均支給額は65万2000円余りで、増加額はわずか500円。平均年齢の低下などもあるとはいえ、岸田文雄内閣が民間企業に求めている大幅な賃上げとは比べるべくもない。

公務員の給与やボーナスは、民間の水準をベースに決めることになっている。参考にするのは大企業の賃金水準のため、中小企業などに比べて高い「役人天国」だという批判も根強くあるが、新型コロナウイルスで激減した民間のボーナスなどを参考に、夏のボーナスまでは削減が続くなど、公務員給与も「緊縮」状態が続いていた。

問題は今後、世の中が「賃上げ」ムードになってきた場合、公務員給与も「民間並み」の慣行に従って、増やしていくのかだ。

さすがに政府が賃上げを政策として掲げているからといって、民間に先んじて公務員の給与を増やすのは難しいが、民間が上昇すれば、それに比例した引き上げを人事院は求めてくることになるだろう。

人件費アップで防衛費はさらに膨張する

すでに消費者物価の上昇は3%を超えており、実質賃金を増やしていくには5%程度の賃上げが民間企業では「必須」になるに違いない。人手不足もあり、中小企業の間でも賃上げに踏み切るところが出てくるだろう。

おそらく、これに従って「民間並み」に公務員給与を引き上げていくことになるのだろうが、その「財源」を確保できるのかどうかだ。

岸田内閣は今後5年間の防衛費を43兆円とする方針を示し、その財源を巡る議論が活発化している。予算の剰余金なども防衛費に回すことや、すでに増税している「復興増税」分の一部を防衛費に充てることなど「やりくり」を強調しているが、不足分は増税するとして、法人税を中心に増税するという。増税に対しては自民党内からも反発が出ており、すんなり防衛費の増額分を手当てできるかどうかも不透明だ。

防衛費の増額の中身は明らかになっていないが、敵基地攻撃能力などを含めた防衛装備の拡充に回すことが想定されていると見られる。

一方で、自衛官などの人件費の増額は現段階では見込んでいないと見られる。公務員の人件費を増やせば、当然、自衛官の人件費も上昇していくわけで、そうなると本来の防衛費にしわ寄せがいきかねない。つまり、人件費の増加分も別途、財源を手当てしなければならないわけだ。

給与5%増で3000億円が必要になる

大企業の場合、政府の要請に従って、利益や内部留保などこれまでに生み出した収益を人件費に回すことは可能だろう。新型コロナによる打撃から回復してくれば、収益自体も回復してくる。人件費に回す原資はおのずから存在する。だからといって、国家公務員の人件費が民間に連動して増えたとしても、その原資は存在しない。税収か借金(国債)で賄うしかないが、税収が増える保証はない。

国民のおそらく過半数が必要だと考えている防衛費の積み増しでも、真正面から増税議論ができない中で、公務員人件費を賄うために増税すると政府が言い出せるのか。

国家公務員の人件費は5兆3000億円余り。5%増やすには3000億円近い財源が必要になる。自衛官だけでも2兆円近い。しかも、人手不足の中で、待遇を見直していかなければ、人材確保が年々難しくなる。国家公務員に優秀な人材が集まらなくなった、と言われて久しい。

消費税も法人税国債もあてにはできない

防衛費の財源捻出のすったもんだからも分かるように、もはや増税する余地は小さくなっている。

消費税は1%の引き上げで2兆円以上の税収増になるが、すべて社会保障費に充当することになっており、消費増税分を防衛費や公務員人件費の引き上げに回すことは難しい。年金や健康保険料などの負担が増え、所得税を引き上げることも難しくなっている。富裕層に増税すればよいという意見も出るが、実際、それほど富裕層が多くいるわけではない。

そうなると主要な税源としては法人税になるが、防衛費ですでに4~5%の増税が検討されている。公務員人件費の引き上げに回す余力はないだろう。

結局は、国債で賄うことになるのだろうか。財政赤字の国で、公務員の給与を赤字国債で賄い続ければ、いずれ国家財政は破綻する。日銀の国債引き受けなどで財政破綻を回避しても、猛烈な物価上昇や円安に陥ることになりかねない。

「民間並み」自動的な引き上げに合理性はない

そもそも、公務員の給与・ボーナスの水準を「民間並み」とすることに合理性はあるのだろうか。

公務員の仕事は、直接、経済的に収益を生み出すわけではない。これまでは四半世紀にわたってデフレ経済が続き、物価もほとんど上がらなかったため、本格的な賃上げは起きなかった。そうした中で、公務員給与を「民間並み」にしておいても、人件費が膨大に増加することはなかった。

ところが、世はインフレである。物価の上昇が価格に転化され、それが企業収益に結びつくのならば、民間企業では、賃上げの原資はいずれ生まれてくる。しかし、インフレになったからといって収入が増えるわけではない公務員に給与増の原資は生まれてこない。

いやいや、消費税は価格が上昇すれば税収が増える、という意見もあるだろう。だが、前述の通り、消費税収の増加分を防衛費や人件費に回すことは基本的にはできない。

インフレの中で企業は人件費を増やしても利益が増えるとは限らない。消費が減って景気が悪化したりすれば、法人税収はむしろ減ってしまう。つまり、財政赤字が続く国家がインフレに直面している中では、自動的に公務員給与を引き上げていくことは難しい。

民間に人材が流れるのは「給与が安いから」ではない

こうした行き詰まりをきっかけに、公務員給与のあり方を抜本的に見直す契機にすべきではないか。「終身雇用」を前提とした「年功序列型賃金」を見直し、民間同様、一定年齢に達したら、給与減少もある人事体系にすることで、優秀な人材や重要なポストの給与を大きく引き上げることを検討すべきだろう。

経営コンサルティング会社マッキンゼーなど民間企業で長年働いた経験を持つ川本裕子人事院総裁はメディアとのインタビューで、各省庁で増える中途採用の増加を歓迎している。官庁に奉職した若手世代が大量に辞めて民間に行く一方で、一度辞めた官僚経験者が「出戻り」するケースなどが増えている。

そうした「出入り自由」の組織にするには民間と給与水準が同じというだけではなく、昇進や給与などの制度が民間並みである必要がある。

これまで霞が関は東大出身者を中心に、高学歴で優秀な人材を集めてきた。そして、そうした人材が民間に流出するようになったのは「官僚の給与が安いから」という説明が好んでなされる。だが実際には、旧態依然とした昇格制度や組織の高齢化、硬直的な働き方に幻滅する人が少なくない。意思に反してクビになることはなく、降格されることもほとんどない、毎年給与が増えていく公務員の人事制度が硬直化していることが優秀な若手に愛想を尽かされている。

民間では年功序列型賃金が崩れて久しい。民間の給与が上がるといっても全員が等しく賃上げされる時代は終わった。日本国の経済規模が右肩上がりに大きくなる時代が終わる中で、公務員給与も「民間並み」で一律に引き上げていく時代は終わったと考えるべきだろう。

 

岸田首相のやりくり、「予算余ったら防衛費へ」では予算審議は空洞化 やっと出た総額、5年間で43兆円

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https://gendai.media/articles/-/103218

議論はほとんど行われていない

ついに岸田文雄首相が防衛費の総額を5年間で43兆円にすると具体的な数字を明らかにした。5月にジョー・バイデン米大統領に防衛費の「相当な増額」を約束して以降、半年にわたって「金額ありきではない」として具体的な数字を示してこなかった。

確かに7月の参院選挙前に自民党が出した「公約」には、「GDP国内総生産)比2%」という文字は出てくるが、書きっぷりは「NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)も念頭に」としているだけで、政権として「2%」を公約したわけではない。

ところが、選挙に勝利すると、あたかも「2%」への防衛費増額が国民に支持されたかのように振る舞い、11月末になると首相自らが「2027年度にGDPの2%程度に増額するよう」閣僚に指示した。43兆円も「2%ありき」から出てきた数字にみえる。

この間、議論はほとんど行われていない。岸田首相が具体的な数字を示さなかったことで、財源論なども具体性に欠けたままで、開いていた国会でも議論にならなかった。国会が閉幕するギリギリでの43兆円の表明は、批判を封じ込めるために議論を意図的に避けたようにすら見える。

ロシアによるウクライナ侵攻や北朝鮮によるミサイルの相次ぐ発射など、国際情勢の緊迫化で、防衛費の増額に理解を示す国民も少なくないに違いない。真正面から議論すれば国民の理解を得ることができたかもしれない。ところがすべて議論を回避する方向で物事を進めている。内閣支持率が低下し続けているから、国民世論を二分しかねない問題に真正面から取り組む勇気がないのか。国民の目をごまかして通り抜けようとしている感じだ。

「やりくり」で大丈夫なのか

その典型が財源論である。23年度の防衛予算(当初予算)は6兆円台半ばになるとみられ、今年度当初予算に比べて1兆円以上増える。ひとまずこの財源をどうするかだが、早々と「来年度は増税しない」ことを表明している。そこで飛び出してきたのが「防衛力強化資金(仮称)」を創設するという案だ。

歳出と歳入の差額である「決算剰余金」やコロナ禍で手厚い支援を受けた独立行政法人にたまる「剰余金」、「税外収入」などをためておき、防衛費に充当するという。「やりくり」で何とかするので、来年度は増税せずに済ませます、というわけだ。だが、防衛費という国の根幹に関わる予算の財源を、「やりくり」で乗り切っていて大丈夫なのか。結局、国民から反発を食う「増税」は先送りし、とりあえず防衛費の増額だけ通してしまおう、というごまかしにしかみえない。

「防衛力強化資金(仮称)」の具体的な仕組みは今後法律で定めることになる。だが、そもそも「コロナ対策」などとして国会で承認した予算を、余ったらすべて防衛費に回すことは、国会審議で決めていく予算の仕組みを根本から揺るがす可能性があるのではないか。最近はコロナ対策などを名目に巨額の「予備費」が予算計上されているが、こうした別の名目で予算を通した予算が、政府の判断だけで防衛費に回ることになるのではないか。

国会で最も重視されるのは予算委員会である。スキャンダル追及の場になっている感はあるが、本来はそれぞれの予算が妥当かを審議する。国会の根幹に他ならない。それが、国会審議もなくいつの間にか防衛費に予算が回っていたということになれば、国会そのものの存在意義が問われる。

「不足分は増税

さすがに5年間、「やりくり」だけで防衛費を増やすことはできない。岸田首相は果敢にも「不足分は増税」すると言い出した。その額「年間1兆円」としているが、本当に1兆円で済むのか。GDP550兆円の1%を2%に増額した場合、毎年5.5兆円が増えるが、4.5兆円は「やりくり」で本当に済ませられるのか。

「1兆円増税」でも大増税だが、本来ならば5.5兆円分すべてを税収で賄うのが筋だろう。仮に消費税を充てれば3%分だ。おそらく岸田首相はそんなことを言ったら国民の反発は必至だと思っているのだろう。だから、影響を小さく小さく説明しようとしているのだろう。

それでも、自民党の中からも反発の声が上がっている。急激な物価上昇など経済が悪化する直面で、増税などしたら景気の腰折れは避けられない。経済対策に消費税減税を主張してきた野党など、当然ながら大増税には反対だ。

与党の一部からは「国債発行で賄うべきだ」という声もある。一時的な費用ではない防衛費を国債で賄えば、財政悪化はさらに深刻化する。そうでなくても円安が進行している中で、日本政府の財政基盤への信任が揺らげば、さらなる円安に陥る可能性もある。周知のとおり、日本の防衛品の多くは米国などからの輸入だ。円安になれば当然、防衛品の値段が上がり、予算が足らなくなる。

日本のようにGDPが四半世紀にわたってほとんど成長しなかった国は珍しい。仮に25年間でGDPが2倍になっていれば、GDP比1%でも防衛費は足りたことになる。逆に今後も日本が経済成長しなければ、GDP比2%でも足りなくなる可能性が出てくる。円安が進めばなおさらだ。いくら予算の「やりくり」で辻褄合わせをしても、国の安全保障は守れない。

リスキリングを進めると失業が増える!?構造的賃上げの前には痛みが 来年1月には雇用調整助成金廃止

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https://gendai.media/articles/-/102936

インフレ、それでも賃金上昇は起きない

物価上昇が止まらない。2022年10月の消費者物価指数の上昇率(季節調整値)は生鮮食品を除く総合で3.6%と、9月の3.0%増に続いて3%台の伸びになった。生鮮食品とエネルギーを除いた指数でも上昇率は2.5%と2.0%を超え、日銀が長年、目標としてきた「2%の物価上昇」を主要な指数がすべて上回ってきた。

10月まで「物価上昇は一時的」と言い続けてきた日銀の黒田東彦総裁も、11月に入ると「かなりの上昇率」だという認識を示した。物価上昇にブレーキをかける定石は「利上げ」だが、日銀は大規模な金融緩和を継続する姿勢を崩しておらず、ブレーキをかける素振りを見せない。

物価上昇の主因はこれまで海外エネルギー価格の上昇だとされてきた。また、円安で輸入価格が上昇していることも、国内物価を押し上げている。政府・日銀が円安に対抗して円安ドル売りの為替介入を行い、目先の円安は一段落している。

企業が輸入するモノの価格である輸入物価指数は10月も上昇を続けたが、上昇率は9月の48.5%から42.6%に鈍化した。それでも企業物価指数は9.1%という高い上昇率が続いており、最終商品への価格転嫁の流れはまだまだ続きそうだ。消費者物価の上昇が鎮静化する気配は見せない。

庶民感覚では物価の上昇は3%どころではない。とくに統計では価格変動が激しいとして除外される「生鮮食品」の上昇が著しい。調査でも「生鮮魚介」が16.0%上昇、中でも「サケ」が28.4%も上昇していることなどが示されている。「生鮮野菜」も6.7%上昇している。漁船の燃料代や野菜栽培の肥料代などのコストが上昇していたものが価格に転嫁され始めていることが大きいと見られる。もちろん、電気代やガス代は20.9%も上昇している。物価上昇がボディブローのように生活を圧迫し始めているわけだ。

米国などは猛烈なインフレに見舞われているが一方で給与も大きく上昇している。日本の問題はこの「賃金上昇」がなかなか起きないことだ。厚生労働省が発表している「毎月勤労統計」には、それがはっきりと現れている。最新である9月の調査(従業員5人以上)では、「現金給与総額」は2.2%増えたものの、物価上昇を差し引いた「実質賃金」は1.2%のマイナスになった。実質賃金がマイナスになるのは、物価上昇が本格化した2022年4月から6カ月連続だ。物価上昇に賃金上昇が追いついていないのである。

労働移動促進というけれど

こうした状況に対して、黒田総裁も岸田文雄首相も、「構造的な賃上げ」に取り組むと強調している。安倍晋三内閣では「女性活躍促進」「人生100年時代」といったキャッチフレーズの下、女性と高齢者が労働市場に「投入」する政策が促進されてきた。結果、雇用者数は高度経済成長期やバブル期を上回り、過去最多になった。黒田総裁はこうした女性や高齢者の労働市場参入が限界に達しつつあるとし、構造的な労働力不足が生じるとしている。人手不足が深刻化するのだから、給与は上がるだろう、というわけだ。

ただし、同じ企業が人を抱え続けていれば賃上げは動き出さない。「新しい資本主義」で岸田首相が打ち出したのは「労働移動の促進」をすることによって、人々がより賃金の高い企業や産業へシフトしていくという構造変化である。それを後押しするために働き手が「リスキリング」するよう政府が支援するというのだ。

日本の経済成長が鈍化した原因には硬直化した労働市場の問題があるということは長年指摘されてきた。安倍内閣アベノミクスを打ち出した早い段階から「労働市場改革」を念頭においていた。「労働移動の促進」は「新しい資本主義」でも何でもなく、安倍内閣以来続く「懸案」で、「安倍一強」と呼ばれた政治勢力の中でも実現できなかった難問だ。

今後、労働力全般が減少していく中で、労働移動を促進しようと思えば、低賃金で人材を抱えている企業に人材を吐き出させる必要が出てくる。当然、企業は優秀な人材を残し、そうでない人を解雇しようとする。これまでの日本の雇用慣行の中では企業が傾かない限り「解雇」することは難しい。

安倍内閣が労働移動の流動化に踏み出そうとした2013年には野党や労働組合から「解雇促進政策」だと猛烈な批判を浴び、さっさと看板を下げた経緯がある。だからこそ岸田内閣は「リスキリング」を掲げているわけだ。労働者自らがスキルをアップして働き先を変えて欲しいというわけだ。

リスキリングの間に失業を

だが、この政策を押し進めようとすれば、必然的に失業が生まれることになる。「リスキリング」している間、失業することをむしろ勧める政策とも言える。しかし、スキルアップに挑戦するのは働き手自身だ。政府はその後押ししかできない。企業も「リスキリング」させたら他企業に転職されると思えば、支援に難色を示す。

若手社員を海外の大学院などに留学させる日本企業は大きく減っているが、経営者が口を揃えるのは「せっかく留学させても、戻ったら辞めてしまう」というものだ。スキルアップした人材の給与を一気に引き上げることは同じ社内では難しいから、結局、他社に転職してしまうわけだ。これは民間企業だけでなく、中央官庁など政府部門でも一緒である。

企業はスキルアップした人材を高い報酬で雇おうと思えば、優秀でないとみなした人材の解雇に動く。解雇できなければ、総人件費が増えてしまうので、優秀な人材の給与も上げられないというジレンマに陥る。結局、本気でこの政策を進めようとすると、企業に解雇しやすい法体系を整えることになる。当然、失業率は上昇するし、スキルが上がらない人は失業状態が続いたり、現状よりも低賃金で働くことを余儀なくされる。

ひと口に「労働移動」と言うが、その痛みは大きい。もちろん、その痛みに耐えなければ日本経済の成長はない、という言い方もできるが、それに社会全体が耐えられるか、政権が政治的にもつか、である。第2次安倍内閣当時は株価も上昇し、景気も回復期待が高まっていた途上にあった。その時でもできなかった事を支持率がガタ落ちしている岸田内閣が実行できるのか。

岸田内閣は1月末で「雇用調整助成金」の特例を廃止する方針を打ち出している。雇用を抱えさせるために余剰人員分の人件費を国が補填する仕組みだ。「新しい資本主義」で打ち出した「労働移動」とは真逆の政策なので、廃止は整合性をとる上でも正しい。だが、助成金を止めれば企業自身が破綻したり、存続のために余剰人員の解雇に動くことが予想される。

物価上昇が著しく景気が悪化しかねない中で、失業率を上げる政策に踏み出せば、政権批判が一段と高まることになるだろう。政府日銀が「他力本願」のように口にする「構造的賃上げ」を本気で実現するためには、大きな痛みを伴うわけだ。果たしてその痛みに耐えられるか。1月末で「雇用調整助成金」が廃止された後の労働市場の行方に注視したい。

株式・不動産は絶好の買い場、「安い日本」へ外国人買いは殺到するか 日本企業の経営力と不祥事リスクは?

現代ビジネスに11月29日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/102726

10月以降、海外投資家買越しへ

世界的にインフレが進む中で、物価上昇率が相対的に低いうえに、通貨安が進んでいる日本の「安さ」が際立っている。日本の株式や不動産といった資産を買おうとする外国マネーにとっては絶好の「買い場」のはずだが、いったい海外投資家はどう動こうとしているのか。一方向に進んできた円安が一服したことで、本格的な外国人買いが始まりそうな気配だ。

日本株は相対的に安くなっているので買うタイミングを見ています」と米系ファンドの日本人マネジャーは言う。円安が進んだことで、絶好の買い場が到来しているというのだ。

日本取引所グループが発表している投資部門別売買状況によると、2022年の年初から10月まで「海外投資家」は累計3兆3600億円あまり「売り越し」た。米国や欧州の中央銀行がインフレ退治に向けた金利引き上げ姿勢に転換したことで、株式からマネーマーケットへと資金が移動する流れに押された。1−6月だけで日本株は2兆3000億円あまり売り越された。7月は「海外投資家」は若干の買い越しとなったものの、8月、9月と再び「売り越し」に転じた。

この間、日本株を買い支えたのはもっぱら「事業法人」で、1月から10月までで4兆1000億円あまりを買い越している。中心は企業の「自社株買い」と見られ、好調な企業業績を背景に、下落したタイミングで自社株を購入するケースが増えている模様だ。

海外投資家にとって、円安が進めば、ドル建て価格がその分下落するので、絶好の買い場であることは間違いない。しかし、購入した後も円安が進行すれば、株価がその分上がらない限り、ドル建ての資産価値は目減りしてしまう。それだけに、急激な円安が一服し、さらなる円安リスクが小さくなった段階で買いを入れようと考えている。日銀による為替市場への介入などをきっかけに、機が熟したと見る海外投資家が増えている。

10月の「海外投資家」は6191億円を買い越したが、11月に入っても第3週までの累計で8900億円あまりの買い越しになっている。この傾向が年内いっぱい続くかどうかが注目される。世界全体の投資動向からすれば、まだまだ金利上昇傾向が続くと見られ、株式投資のウェートを下げる方向に動くことになる。一方で、日本株はここ数年、ポートフォリオの中でのウェートが大きく下がっていただけに「底値」とみれば本格的な買いが入ってくる可能性は十分にある。

経営力の欠如と不祥事のリスク

その際、ポイントになるのが、日本企業の「経営力」と「不祥事リスク」だという。海外投資家からすれば、いくら「割安」な企業とはいえ、投資後にまったく成長しないのでは株価が上昇する可能性はない。日本企業の多くの収益力が低く、成長性に乏しいのはひとえに「経営力」の欠如にかかっているという見方が強い。

一部のモノ言う株主は、日本企業の経営陣を入れ替えることで成長性を取り戻し、一気に株価を引き上げようと試み始めている。今後、株価が大きく下落すれば、海外投資かに「買収」ターゲットとして狙われる日本企業も増えてきそうだ。

「不祥事リスク」は海外投資家にとって日本企業に投資する際の最大のリスクになっているという。三菱電機のように優良企業と思われてきたところが、長年に及ぶ品質不正を行っていたことが明らかになるなど、日本企業の不正など不祥事が注目されている。東京オリンピックパラリンピック大会にからむ贈収賄事件でも、電通AOKIホールディングスKADOKAWAなどいずれも上場企業の幹部や元幹部が逮捕・起訴されている。

今、世界の投資界ではESG投資が大きなひとつの流れになっており、E=環境、S=社会、G=ガバナンスに問題がある企業への投資が忌避される傾向にある。特に長期投資を行う年金基金などはESGを重視する傾向にある。日本企業の場合、Eの環境問題には積極的に取り組んでいるところが多く、Sの社会課題にも前向きだが、Gのガバナンスには問題を抱えている企業が少なくない。

コンプライアンス重視など長年にわたって言われ続けているものの、不祥事が後を絶たない背景には日本企業の緩いガバナンス体制があると海外投資家からは見られている。

この「不祥事リスク」も経営力に欠陥がある結果だとも言える。ガバナンス重視の経営に日本企業が転換できるかどうかが、今後本格的に海外資金を呼び込めるかにかかっている。

いまこそ「ガバナンス改革」なのだが

「とても大切な政策の一つは、コーポレートガバナンス改革だ」

岸田文雄首相は9月22日、訪問したニューヨーク証券取引所でスピーチしてこう語った。

実は安倍晋三元首相は、世界の投資家に直接改革姿勢をアピールすることで日本の株価の底上げに成功してきた。その前例に倣おうとしたのだろう。当時、安倍首相はコーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードの導入で、社外取締役を2人以上置く企業が17%から88%になったことなどを示し、ガバナンス改革の成果を強調した。

国内でもガバナンス改革を訴えていた安倍元首相と違い、岸田首相は国内での演説ではほとんどガバナンスについては触れていなかった。それが、ガバナンスが「大切」と語ったのは、世界の投資家が日本企業に投資する場合、ガバナンスがネックになっていることを聞かされていたからだろう。

だが、残念ながら、それ以上、踏み込んだ具体的な方針は示されなかった。「世界中の投資家から意見を聞く場を設けるなど、日本のコーポレートガバナンス改革を加速化し、更に強化する」とするにとどまった。岸田流の「聞く力」を発揮するということだろう。

円安が一服し、海外投資家が日本に目を向けている今こそ、具体的なガバナンス強化の方針を示すことができれば、海外投資家が本格的に日本株を買ってくるきっかけになるのではないか。

 

「首相になる」が目的で、「日本をどうするか」を考えていない…岸田首相の支持率低下が止まらないワケ 正面からの議論を避けて、検討を続けるばかり

プレジデントオンラインに12月2日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/64122

1カ月の間に3人の閣僚が辞任に追い込まれ、その後も秋葉賢也復興相の足元がぐらついている。安倍晋三元首相の銃撃事件を機に表面化した旧統一教会自民党政治家の関係が予想以上の広がりを見せ、ボディーブローのように政権を弱体化させている。

岸田内閣の支持率低下が止まらない。世論調査の結果は実施する報道機関ごとに傾向が違うが、中立的とされるNHKの11月の調査(期間は11月11日から3日間)でも内閣支持率は33%にまで低下した。

政党支持率の調査での自民党の支持率も37.1%にまで下落している。7月には支持率は59%に達していたが、8月は46%、9月は40%となり、10月は38%と不支持率(43%)と逆転した。

政策通の間ではよく知られる「青木率」というのがある。参議院のドンと言われた青木幹雄元議員が経験的に生み出したとされるもので、内閣支持率と与党支持率の合計が50%を割ると政権はもたない、というものだ。

NHKの調査で見ると70.1%なのでまだまだ危険水域には入っていないように見える。もっとも、菅義偉首相は辞任を表明する前の8月の調査で、内閣支持率29%、自民党支持率33.4%だったので、青木率は62.4%。安倍晋三首相の場合は、辞職表明直前の2020年8月の調査では、内閣支持率34%、自民党支持率35.5%で、青木率は69.5%だった。

なぜ党内で「岸田おろし」が起きないのか

いずれも内閣支持率が30%前後になったことで、首相には大きなプレッシャーがかかったということだろう。岸田首相も33%だから、相当追い込まれていることは間違いない。

11月21日の夜の会合で「今はちょっと孤独でつらい時もある」と漏らしたと報じられた。

背景に支持率低下があることは間違いない。政権に厳しいとされる毎日新聞の調査では、10月に内閣支持率が27%にまで低下。自民党支持率も24%となり、あわや「青木率」にヒットするスレスレになった。毎日の調査はおかしいのではないかという声まで出るほど衝撃が走った。11月はやや支持率を戻したが、それでも毎日の調査は支持率31%、不支持率62%という数字だった。

ここまで支持率が低下しているにもかかわらず、自民党内からは「岸田おろし」の動きが本格化しない。要因は、最大派閥で安倍元首相が率いてきた清和政策研究会は、後任会長を絞り込めないままで、自ら総裁候補を担ぎ出せる状態にないことが大きい。

来年の統一地方選挙を控えて「岸田首相では戦えない」という声も出始めているが、「では誰がいいか」となると声が消える。党内にも満場一致で首相に担ぐことができる玉がいないのだ。また、岸田首相に代わって自分が首相になろうと声を上げる議員も出てこない。

「野党はあら探しをしているだけ」

もうひとつの理由は、野党が弱いこと。立憲民主党と維新の会の接近などはあるものの、国政選挙がない中で、本格的な共闘関係は築きにくい。閣僚を相次いで辞任に追い込んでいるものの、政策で成果を上げたわけではなく、あら探しの批判だけをしているように有権者の目には映る。

そんな野党を自民党議員は本気で恐れていない。岸田首相で何とか踏ん張れるのではないか、と見る議員も少なくないのだ。

その岸田内閣の目下の懸案は、燃え盛る旧統一教会問題を何とか沈静化させること。前出のNHKの調査でも、「旧統一教会問題での岸田首相の対応」について「大いに評価する」は2%、「ある程度評価する」の23%を加えても全体の4分の1に過ぎない。「まったく評価しない」が28%に達し、「あまり評価しない」の37%を加えると3分の2が厳しい評価を下している。

これを覆す切り札と政権が見ているのが、悪質献金を規制する新法の制定。当初は国会に提出を「目指す」として、やや腰が引けた印象だったが、支持率の低下とともに、国会に提出するだけでなく、成立させることが至上命題になった。NHKの調査でも新法を「今の国会(臨時国会)で成立させるべき」という回答が55%に達し、「必ずしも今の国会にこだわる必要はない」の32%を大きく上回った。

岸田内閣は新法を12月1日に閣議決定。12月10日までの国会会期を延長してでも何とか成立に漕ぎつけたい考えだ。万が一にも継続審議になれば、国民の岸田内閣への批判がさらに高まることになりかねない。ただ、国会を延長すれば、秋葉大臣への疑惑追及が続く上、新法の中味についても野党の批判をかわし続ける必要が出てくる。

統一教会問題」だけではない

新法を成立させれば、それで岸田内閣がひと息つけるのか、というとそうではない。最大の焦点は「防衛費」とその財源を巡る「増税」問題だ。

岸田首相は5月に来日したバイデン米大統領に「防衛費の相当な増額」を約束したが、それ以降、一向に具体的な金額を明示しなかった。7月の参院選自民党の公約には「NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)も念頭に、真に必要な防衛関係費を積み上げ、来年度から5年以内に、防衛力の抜本的強化に必要な予算水準の達成を目指します」としたが、その後も、「金額ありきではない」として、いくら増額するのかは明らかにしなかった。

11月28日になって「防衛費を2027年度に国内総生産GDP)の2%程度に増額するよう鈴木俊一財務相浜田靖一防衛相に指示。初めて2%という数字が公式に政府の方針として出てきたが、2023年度予算で防衛費をいくらにするのか、その財源をどうするのかについては、「年末までに」として、一向に語ろうとしていない。

国会開会中に防衛費の具体的な増額を打ち出せば、野党の攻撃が激しさを増すのは火を見るよりも明らか。防衛費増額は国民の間でも賛否が分かれる問題で、ここで強引に大きな金額を示せば、政権批判がさらに燃え上がることになりかねない。国会が閉まるまで国民の間には具体策を見せない、という判断なのだろう。

「財政は赤字」「景気も悪化」財源はどうするのか

防衛費を増額すれば、「財源」が問題になる。これについても首相は明言を避け続けている。仮に、防衛費の大幅増額に国民の理解を得たとしても、そのために増税すると言えば、反対に回る人も少なくない。防衛費増額を主張する自民党タカ派の議員たちの間でも、2023年度から増税は行うべきではない、という声が支配的だ。

ではどうするのか。増額は決めて、財源は先送りするのか。政府が頭をひねっているのは、予備費など現在の予算で余っているものを集めて当面の財源とする案だ。一見、うちでの小槌のように見えるが、結局は真正面から議論せず、国民の目を誤魔化すことに他ならない。2024年度以降は増税で賄うべきだという意見も出ているが、それを言い出せば、国民議論は大きく割れることが必至だ。

そうでなくても財政赤字が続いている中で、経済対策などに大きな予算を割いている。その効果で来年度は景気が急回復するのならともかく、円安水準の定着や、物価の上昇など、問題はむしろ悪化が懸念されている。景気悪化の中で増税議論を行うとなれば、そうでなくても下落が止まらない支持率がどこまで下がるか。

この国のビジョンを語れる政治家はいないのか

岸田首相を支持しない理由として、ほとんどの調査で共通しているのが「指導力がない」という点だ。首相としてのリーダーシップを発揮できていない、というわけだ。

そう見えるのは、目の前の問題への対応に追われ、この国をどんな国にしていくのか、といった明確なビジョンが語られていないことだ。

就任以来、「新しい資本主義」や「デジタル田園都市構想」などキャッチフレーズは語られているが、その具体的な中身はこれまでの政策の寄せ集めで、そこに夢を抱き、国の未来を見通せている国民はほとんどいないのではないか。

目先の対応はもちろん重要だが、同時に大きなビジョンを語り、国民を引っ張っていける政治家は、与党からも野党からも出てこないのだろうか。支持率が低下を続けても、代わりがいないとなると状況は最悪である。