『対談 わが国会計・監査制度を牽引する 会計人魂!』(川北博/八田進二 著:同文舘出版)

会計士業界の取材を始めて20年以上になりますが、業界の知識がまったくない頃いろいろ教えていただいたひとりが川北博先生です。その弟子とも言える八田進二・青学教授が対談本を出されました。裏話もいろいろあって面白い本です。少し前ですが、会計専門誌に掲載された私の書評を以下に再掲します。

対談 わが国会計・監査制度を牽引する 会計人魂!

対談 わが国会計・監査制度を牽引する 会計人魂!

 終戦直後に新しく制定された公認会計士試験の草創期に合格した会計士は、独立自営の精神に溢れたサムライが数多くいた。いわば「第一世代」の会計士たちである。戦地から戻ったものの公職や教職に就くこと禁じられていたこともあり、士業に就いた人たちも多かった。それだけに、国家権力に媚びない腹の据わった人物が揃っていた。そんな第一世代の数少ない生き残りが川北博先生である。

 私が会計士業界の取材を始めた二十年前、川北先生はすでに日本公認会計士協会の会長職を終えていた。それでも川北先生の茅場町の事務所には数えきれないほど通ったものだ。戦後の会計士制度の変遷に直接携わってきた川北先生の話は、会計士制度の本質を理解する上で不可欠に思えたからだ。
 企業会計を巡る不祥事が起これば、真っ先に川北先生にコメントを求めた。必ず新聞記者が求める辛口の論評を聞けたものだ。今は廃刊になったが日本経済新聞が出していた日経金融新聞で、戦後の監査史を連載した際、数時間のインタビューを毎日のように続けたこともある。そのたびに川北先生の「会計人魂」に触れる思いだった。
  数多く聞いた話の中でも面白かったのは、何と言っても戦中戦後の武勇伝である。八田進二教授との対談をまとめた本書『会計人魂!』でも、冒頭から数々の武勇伝が明かされる。新宿歌舞伎町ムーランルージュの用心棒の話や、「刀傷のキタさん」の逸話など、下手な小説よりも奇想天外である。その刀傷をもろ肌脱いで本書内で初公開させてしまったのも、長年親交のある八田教授ならではの手腕だろう。さすがに大いに女性にモテた艶話は出版コードにかかるのを恐れてか、サラリと触れているに過ぎない。
  ちなみに川北先生と八田教授の付き合いは四半世紀を超えていると思われる。川北先生は会計実務に携わる一方で、母校の中央大学など国内外の大学でも教鞭をとっていた。会計にかかわる学術書も数多く書かれている。だからと言って、川北・八田が学問上の師弟関係にあったわけではない。だが、ご両人の関係は明らかに師弟である。いや親分子分関係と言った方が正しいか。

 私が八田先生に初めてお会いしたのは神戸の居酒屋である。神戸大学で開かれた学会の取材に行った際、川北先生に「夜の部」に誘われたのだ。そこでまだ助教授(現在の准教授)だった新進気鋭の八田先生を紹介された。お酒の勢いもあって面々が談論風発、大いに語る面白い会合だった。いわば川北スクールである。八田教授の歯に衣着せぬ論評も、川北流を引き継いでいるのは間違いない。その親分子分の対談だけに、内容もやや暴走気味になっているのは致し方あるまい。

 さて、本題の会計・監査制度の変遷である。これについても、川北先生が当時の思いを率直に語っている点が興味深い。昭和四十九年(一九七四年)の商法改正についてはこんな具合だ。
 「あのころは日本を変えようという気持ちで働いていたわけですが(中略)『四十九年の商法改正のために、みんなを固めようじゃないか』と呼びかけても、せいぜい集まったのは三人、五人程度で、滅多に十人以上が集まることはなかった。ところが四十九年になっていよいよ商法が変わるということになったら、ワーッと何百人と集まる。それくらい会計士というのは意識が低いと。何百人のなかに理想を求める人はほとんどいないんだと実感させられました」
 つまり、理想のルールを自分たちが作り上げていくのだという意識の高い会計士は少なく、お上が決めてルールができたらそれに従えばよいと考えている人が圧倒的だったと嘆いているわけだ。そうした傾向は近年ますます強くなっているように感じるのは私だけだろうか。
 さらに、後半にある歴代の公認会計士協会の会長などの人物評が面白い。川北流でバッサリと斬っている。中瀬宏通氏や村山徳五郎氏など「第一世代」の人々への評価が辛口なのは、若干割り引いて読む必要があるかもしれない。冒頭で書いたように「第一世代」の面々は独立自営の精神に溢れるがゆえに、お互い仲が良いとは言えなかった。サムライ同士、常に鍔迫り合いをしていたような関係なのだ。川北先生が会長を務めた監査法人トーマツでも、最後まで「創業者」の名刺を持ち歩いた富田岩芳氏などに対して厳しい論評を加えている。富田氏も強烈な個性で、日本の会計・監査制度のあり方に最後まで苦言を呈していた。このあたりが今の会計士業界にはない人間模様の面白さ、魅力でもあった。

 国際会計基準審議会(IASB)の前身であるIASCの議長を務めた白鳥栄一氏や、国際会計士連盟(IFAC)の会長を務め、日本の会計士協会の会長にもなった藤沼亜起氏を高く評価しているのは、川北先生自身が、国際化の先頭に立ってきたという自負があるからだろう。両氏が中央大学の後輩ということももちろんあるが、決して贔屓目というわけではない。経済がグローバル化する中で、日本発のグローバル・ファームが生まれなかった悔しさや、なかなか進まない国際会計基準IFRSへの対応などへのいら立ちも行間から読み取ることができる。
 「会計士は、こういう世の中だからこそ、もっと自信をもっていろんなことを言わなきゃいけないし、日本経済に対して監査を通じて得た確実な根拠をあげて発言すべき経済評論家としての会計士が、もっともっと出てくる必要があるんです」
 そんな川北先生の熱い思いを受け止め、「会計人魂」を引き継がんとする若い人たちに是非読んでいただきたい一冊である。

『不正会計 早期発見の視点と実務対応』宇澤亜弓

ちょっと古くなりましたがFACTAに昨年掲載した書評を以下に再掲します。本の中味はまったく古くなりません。


「粉飾ハンター」が明かす実例と極意 2012年12月号 [BOOK Review]
by 磯山友幸(ジャーナリスト)

不正会計―早期発見の視点と実務対応

不正会計―早期発見の視点と実務対応

FACTA発行人の阿部重夫がブログで「『粉飾ハンター』の異名を持つ」と紹介したことが大きかったという。「すっかり『粉飾ハンター』が定着してしまって」と宇澤亜弓氏はしきりに照れた。短く刈り込んだ髪型は今でも「捜査官」スタイルだが、冷静沈着な語り口は公認会計士のそれである。

関西学院大学法学部を出て会計士試験に合格、大手監査法人で監査などを担当、関学大学院の会計監査の名門、平松一夫研究室でも学んだ。

ところが、その後の経歴は多くの会計士と大きく異なる。警視庁で「財務捜査官」となり、捜査二課で企業犯罪の捜査に携わったのだ。バブル崩壊期に企業の不正事件が頻発したが、決算書が読める捜査官などほぼ皆無。専門家を登用するためにつくられたポストだ。

次いで証券取引等監視委員会で「主任特別調査官」などを務めた。決算書から粉飾など不正会計の臭いをかぎ、事件の端緒を掘り起こす役割だった。昨年、役所勤めを辞めて個人事務所を開いた後も、最高検察庁の委員会の参与などを務め、金融庁の研修などで講師をしている。

そんな「粉飾ハンター」が粉飾の手口を事細かに解説したのが本書『不正会計』である。初めての著作が556ページの大著になった。日本公認不正検査士協会での講義資料をまとめたもので、大王製紙オリンパス日興コーディアルなど、具体的な不正会計事件が実名で並ぶ。 オリンパスの項を例に取れば、過大な額の「のれん」を計上していた決算書を示したうえで、想定される不正を列挙している。①仮想取引にかかわる原資捻出、②資金循環取引にかかわる原資捻出、③経営者の特別背任的支出、④売買の相手方への利益供与――。決算書の異常数値に着目、不正の可能性を想定する捜査官の極意の開陳である。

だが、本書の狙いは「捜査官の教科書」ではない。経営者に向けた啓蒙書と言っていい。宇澤氏によれば、オリンパスのような経営トップ自らが関与する会計不正は稀で、最初はトップが不正に気付かないケースが多いという。もちろん決算書や会計書類には様々な兆候が現れているのだが、気付かないのだ。

本書の帯には「財務諸表を使った不正発見志向型の新しい視点により、不正の未然防止・早期発見をする!」とある。早期発見・未然防止のための経営者向けのテキストなのである。

もうひとつ本書を貫いているのは、会計監査専門家としての「まっとうな正義感」だ。本書の「はじめに」には「不正会計は、資本主義の根幹を腐らす極めて悪質な行為である」とある。物分かりのいい会計士が増えた昨今、正義感を感じさせる人は減った。それだけに、すがすがしい気分にさせる著作である。

『日産 その栄光と屈辱 消された歴史 消せない過去』 著者:佐藤正明(文藝春秋)

昨年末に講談社の「週刊現代」から依頼されて執筆した書評です。


タイトル:名門企業の凋落を招いた社長の失政を、名物記者が真正面から克明な筆致で描き出す

 会社に盛衰はつきものだ。そこには必ず会社の方向を決定づけた経営者がいる。「創業者」が会社を生み育て、どん底から復活させれば「中興の祖」と語り継がれる。だが、会社をダメにした張本人が真正面から指弾されることは稀だ。
 そんな中で、本書は間違いなく異色の経営ノンフィクションだ。日本を代表する名門会社でありながら、最後は自らよりも規模の小さい仏ルノーの傘下に入った日産自動車の「屈辱」を、石原俊(たかし)氏というひとりの社長の失敗に帰している。
 石原俊氏は早くから日産のプリンスと呼ばれ、社長就任後は経済同友会代表幹事などを務めた。勲一等旭日大綬章を受けるなど、いわば位人臣を極めた経営者だ。その石原氏が強引に進めた英国工場の建設が日産の凋落を決定付けたと本書は糾弾する。
 「石原さんは『経営は継続』という鉄則を踏み外し、個人の名声を高めるため無謀な海外プロジェクトに走ったことから、名門企業を奈落の底に突き落とした」
 そんな具合に完膚なきまでに石原氏を叩きのめしている。だが本書が異色なのは、ノンフィクション作家の単なる「見立て」で、石原批判を展開しているわけではない点だ。
 著者の佐藤正明氏は日経新聞産業部が生んだ名物記者だった。徹底して経営者に食い込み、経営についての相談も受ける。半ば一心同体になって企業を見守り続ける記者はかつての日経新聞には数多くいた。そんな中で「自動車と言えば佐藤正明」だった。
 もう一つ異色なのは佐藤氏が本書では「私」を登場させ、日産の経営陣とのかかわりを“告白”していることだ。石原氏と対立していた労働組合幹部の塩路一郎氏や川又克二会長に“食い込み”、会社が発表した「事実」ではなく交渉の舞台裏の「真実」を克明につかんでいた。
 塩路氏を追い落とすために、会社側が女性スキャンダルをでっち上げた事件や、それを巡って石原氏が組合に“詫び状”を取られた交渉の様子なども、「あたかもそこで見ていたかのように」克明に書かれている。丁寧に取材し「時空を超え多少想像と推測を交えながらその場を再現」している。佐藤氏にしか書けない日産の裏面史である。
 会社の盛衰は経営者次第。本書が描き出す結論は、決して日産という一つの会社の話ではない。

日産その栄光と屈辱―消された歴史消せない過去

日産その栄光と屈辱―消された歴史消せない過去

「陰謀史観」秦郁彦著(新潮新書) 

最近とみに「陰謀論」ばやりだ。経済書ビジネス書のコーナーではそうした陰謀論がベストセラーとして並んでいる。読めば面白いことこの上ない。そんな「陰謀史観」の変遷をたどったのが、この本だ。幕末から「欧米の陰謀」をベースにした著作が流行し、それが世の中の維新ムードにつながったという話や、戦前の軍部による「陰謀」「策謀」の分析など、陰謀論の構造を考えるうえで、面白い。
だが、すべてを陰謀で説明できるほど世の中は単純ではない。「国際金融資本の陰謀」「米国の陰謀」というレトリックですべてを説明する手法は、所詮抗っても無駄だという「思考停止状態」を産む。どんな国家にも、組織にも「戦略」はある。それを実現するための「戦術」もある。「米国の陰謀だ」と言うのなら、それに対抗できる陰謀を日本もめぐらせてみてはどうだろう。

陰謀史観 (新潮新書)

陰謀史観 (新潮新書)

軽部謙介「沖縄経済処分」(岩波書店)

先日、私の主宰する勉強会で、旧知の軽部謙介さんに「沖縄」についてご講演いただいた。軽部さんは時事通信社の記者で、経済部畑を歩き、日銀や大蔵省(財務省)詰め、ワシントン支局、ニューヨーク総局長などを歴任。現在は編集局次長を務めている。これまでも何冊も本を書いているが、米国の公文書の情報公開などを求め、史料を発掘する正攻法のドキュメントに取り組んでいる。本書は沖縄の日本への返還にあたっての「密約」がテーマだ。政権交代で政府は密約の存在を公式に認めたが、仮に自民党に政権が戻った場合、「密約は存在しない」と言い続けてきた責任が改めて問われるのではないか、と軽部さんは語っていた。

ドキュメント 沖縄経済処分――密約とドル回収

ドキュメント 沖縄経済処分――密約とドル回収

検察 破綻した捜査モデル 村山治著(新潮新書)

村山さんは検察取材の第一人者です。半ばインサイダーと言ってもよいかもしれません。検察の内部を知り尽くした記者なのです。本書の中で「(検事が)〜と知人に語った」という下りが何カ所か出てきますが、これは恐らく、検事が村山記者に直接語ったことなのだろうな、と読みながら思いました。その村山さんにここまでスパッと批判される検察の捜査手法は、本当に時代遅れのガラパゴスということなのでしょう。政界を取材していると、決してカネで動く政治家が減ったわけでないことに気付きます。しかし、この本を読んでいると、特捜部がそんな「悪」に迫ることはもはやできないのではないか、と思えてきます。

検察―破綻した捜査モデル (新潮新書)

検察―破綻した捜査モデル (新潮新書)

自薦:『オリンパス症候群−自壊する「日本型」株式会社』

チームFACTA名で「オリンパス症候群」を平凡社から刊行しました。タイトルの通り、オリンパスの巨額損失隠し事件は、日本の株式会社全体にかかわる問題だという視点から書いています。FACTA編集主幹の阿部重夫さんを筆頭に、私と松浦肇の「日経脱藩組」3人と、財務省脱藩の高橋洋一氏の4人で分担執筆しました。日経の3人は証券部に籍を置き、日本のコーポレート・ガバナンスの変遷を見続けてきました。高橋氏は財務省時代に金融検査の現場などで日本の金融機関の問題行動をつぶさに見てきた人です。オリンパスを機に何かを書き残さざるを得ない運命にあった4人と言うことができると思います。コーポレート・ガバナンスに関心のある方は是非ともご一読ください。また、日本経済はなぜこうもダメになったのか、と疑問に思っている方にもご一読をお薦めします。

オリンパス症候群 自壊する「日本型」株式会社

オリンパス症候群 自壊する「日本型」株式会社