「国家破綻処理法」を制定せよ 2019年度の予算案、一般会計総額が初の100兆円突破

日経ビジネスオンラインで1月11日にアップされた拙稿です。シリーズ最終回となります。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/011000092/?P=1&prvArw

参議院選挙も予算膨張に影響
 ついに日本の一般会計予算が100兆円の大台を突破した。

 政府は12月21日に2019年度予算案を閣議決定した。一般会計の総額は101兆4564億円と7年連続で過去最大となり、当初予算として初めて100兆円を超えた。1月末から始まる通常国会で審議され、3月末までに可決成立する見通しだ。

 2018年度当初予算の一般会計総額は97兆7128億円だったので、1年前と比べて3兆7436億円も増加した。2019年10月からの消費増税に向けて、経済対策費として2兆円を積み増したことが大きいが、社会保障費だけでなく、防衛費も過去最大となった。

 当初予算で100兆円の大台を超える意味は大きい。財務省が予算編成する際の心理的なボーダーラインとしてここ10年ほど意識され続けてきた。100兆円を超えたことで、心理的抵抗線が消え、今後ますます予算の膨張が進むことになりかねない。

 今年の予算編成が大盤振る舞いとなったのは、安倍晋三首相の姿勢が大きい、という。経済財政諮問会議の関係者によると、10月の消費増税によって経済が失速することを何としても避けるという安倍首相の強い意志が働き、経済対策の2兆円を含め、積極的な財政出動を許す予算編成になった。

 基礎的財政収支プライマリーバランス=PB)の黒字化目標を、昨年6月に、それまでの2020年度から2025年度に先送りしたこともあり、歳出削減や財政再建といった観点が安倍首相から消えた、という指摘もある。

 景気を腰折れさせないという強い姿勢の背景に、今年7月の参議院議員選挙があることは間違いない。参議院選挙は業界団体などの集票力がモノを言う選挙で、各種予算の増額はそうした業界団体の要望を受け入れたものになった。

 こうしたムードを受けて各省庁も目いっぱいの予算要求を繰り広げた。

 厚生労働省の一般会計予算は32兆351億円と過去最大になった。8月末の概算要求は31兆8956億円だったが、それを上回る着地になった。「働き方改革」や「人づくり革命」と言った安倍内閣が掲げる重点課題に関連付けた予算は、かなりすんなり通ったと関係者は言う。医療関係の予算でも、2018年度の当初予算を軒並み上回る額が確保された。

 防衛費も5兆2574億円と1.3%増え、7年連続で増加し、5年連続の過去最高となった。東アジアの安全保障情勢が引き続き緊迫していることもあり、防衛装備予算の積み増しなどが盛り込まれた。

税収はバブル期のピークを超える
 こうした大盤振る舞い予算を可能にしたのは景気の好転で税収見込み額が増えていること。税収は2018年度より3兆4160億円多い62兆4950億円と見込む。10月からの消費増税で半年分が増収になる効果も大きい。税収はバブル期ピークの1990年度に記録した60.1兆円を上回ることになる。

 そう、税収はバブル期のピークを超えるのである。

 それにもかかわらず、国債費などを除いた単年度の政策経費すら賄うことができない、というのだ。長引くデフレで物価も下がった上、国のサービスを受ける日本の人口自体も2008年をピークに減少に転じている。予算案でのPBは9.2兆円の赤字。前年度の10.4兆円の赤字からは減少するものの、単年度赤字を垂れ流し続ける。大盤振る舞いの予算に歯止めをかけない限り、国の財政は立ち直らない。PBが黒字になっても、国債の利払いや元本償還があるので、財政黒字になるわけではない。

 消費増税の必要性を訴える際に、決まって財務省が持ち出してきた「国の借金」も増え続けている。国債と借入金、政府短期証券の合計額は2018年9月末で1091兆円。初めて1000兆円を突破した2013年から5年で1割近く増えたことになる。

 税収が過去最高になるのに財政赤字が続き、借金が増え続けるのはなぜだろうか。政治も官僚も、赤字を減らし、借金を減らすことに「何のインセンティブ」も働かないからである。官僚の権力の源泉は予算を配分すること。その歳出規模が大きくなる方が、権限が増えるわけである。役所の中では予算を取ってこれる課長が尊敬される。予算が取れなければ、いずれ人も減らされ、その部署は消滅の危機に直面する。つまり、官僚は誰も不要な事業であってもそれを減らそうとは考えないのだ。

 政治家も同じである。与党の政治家にとっても予算規模が大きくなればなるほど、自らがその利益分配の恩恵にあずかれることが多くなる。地元への公共事業の誘致などが典型だ。緊縮予算になれば、地元に落ちる国のお金が減るわけで、下手をすれば選挙で負ける。つまり、政治家にとっても歳出削減は何のメリットもないのである。

 国家財政を健全化するのを使命だと考えている官僚もいる。主に財務省の官僚たちだ。官僚の中の官僚と言われてきたのは、各省庁への予算配分権を握っているからではない。国家のことを考えるのは官僚多しと言えど財務官僚しかいない、という一種の尊敬に裏打ちされてきた。そうした気概を持った財務官僚も昔は多くいたものだ。

 「安倍内閣になって官邸は財務省の言うことを聞かなくなった」と嘆く財務官僚もいる。確かに、今の安倍官邸は経産省出身者の首相秘書官や経産省からの出向官僚が牛耳っている。だが、安倍首相が財務省の言うことを聞かなくなったのは、2014年の消費増税が大きな端緒になった。

 当時、アベノミクスへの期待から、一気に景気が回復する気配を見せていた。2014年の4月から消費税率を5%から8%に引き上げたが、その経済へのインパクトを財務省は読み間違えた。消費への影響が出ても早晩、それは収束すると当時の財務省幹部は安倍首相に説明したのだ。だが結果は大外れ、消費の低迷はそれ以降、長く続いた。財務省は「増税」をしたいばかりに、その負の影響をあえて軽視したのである。

国の債務の支払い順位を決めるべきだ
 景気を良くすれば税収は増える、と言う安倍首相や安倍シンパの経済学者の「路線」に財務省は抵抗したのである。財務官僚は、財政再建がしたいのではなく、ただ増税がしたいのではないか、という疑念が安倍首相の周囲で高まった。以来、財務省が排除される結果になったわけだ。

 財務官僚の政権への影響力が小さくなる中で、財政再建を本気で安倍首相に進言する人たちがいなくなった、という副作用が生じている。歳出削減は政治のリーダーシップがなければできないのに、首相が関心を示さない、という事態に直面している。税収が増えて歳出を見直す好機なのに、税収増を再び歳出に振り向ける大盤振る舞いに陥ったのだ。PB黒字化の新目標とした2025年には別の人物が首相の座に就いているだろうから、PB黒字化も達成できるか分からなくなっている。

 では、どうするか。「国家破綻処理法」を作るべきだ。

 会社は倒産した場合、誰の債権が優先されるか順番が明らかになっている。国への税金支払いが最優先で、その次は労働債権、つまり未払いの給与などが優先される。その次が一般の債権で、金融機関などが引き受けている劣後債はそれよりも支払い順位が低い。もちろん破綻すれば株式価値は毀損し、最悪、紙切れになる。

 国が破綻した時、誰が最も損をするのかがはっきりしていないのだ。例えば、米国の場合、予算が確保できなければ真っ先に政府が閉鎖される。2019年の年頭にも続いているガバメント・シャットダウンである。つまり政府で働いている職員が収入の道を断たれることになる。日本の場合、国はどんどん国債を発行できるので、政府機関が閉鎖されるルールはない。しかも公務員には身分保障があるから、クビになることもない。仮に国が破綻したとしても、公務員の未払い給与や年金はカットするルールにはなっていない。

 国の債務で何が最も優先されるのかを支払い順位を決めておくことが重要だろう。外国人投資家も保有している国債をデフォルトさせることは難しいと考えて、最優先債権とするのもよい。次には国民への社会保障費が優先されるべきだろう。公務員の給与はその次だろうか。国が破綻した場合、当然、公務員はリストラされることになる。もちろん政策経費もゼロベースから見直すことが必要だろう。

 誰もそう簡単に国が破綻するとは思っていない。だが、国を破綻処理して再生軌道に乗せる作業をした場合、誰が最も損をし、誰が守られるのか、を明確にしておくことは意味がある。

 仮に、公務員は全員クビになり、公務員年金も支払われない、ということになれば、官僚たちは本気で国家財政を破綻させないようにするにはどうすべきか、を真剣に考えるに違いない。

 人事制度でも、財政再建に力を振るった官僚が多額のボーナスをもらえるようにするなど、財政再建インセンティブを作ればよい。そんな頭の体操をするためにも破綻処理のやり方を考えておくことは重要ではないか。

「ふるさと納税」を「寄付」を考えるきっかけに 12月を「Giving December」にする取り組みも始動

現代ビジネスに12月21日にアップされた拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/122000091/

総務省が7自治体を“やり玉”に
 今年もふるさと納税の締め切りが迫っている。今年の所得税や来年の住民税の控除に間に合わせるには、12月31日までに当該自治体への「入金」が完了しなければならない。ふるさとチョイスなど専用サイトからならば12月31日まで可能なところが多いが、金融機関から振り込む場合には営業日が12月28日までなので注意が必要だ。1分でも遅れれば来年以降の控除ということになってしまう。

 総務省が発表している「ふるさと納税に関する現況調査」によると、2017年度にふるさと納税の仕組みを使った寄付金の総額は3653億円。前年度の2844億円から3割増え、制度ができた2008年以降最多となった。2013年度は145億円にすぎなかったものが、確定申告がいらない「ワンストップ制度」が始まったことや、地域が創意工夫を凝らした「返礼品」を用意したことで、一気に寄付額が増えた。

 そんな人気沸騰中のふるさと納税に、総務省が横やりを入れているのはご承知の通り。2017年4月と2018年4月に大臣通達を出して、返礼品について「換金性の高いものの禁止」や「金券の禁止」、「地場産品に限ること」、「返礼品の調達金額を寄付額の3割以下に抑えること」などを求めた。2018年9月に、野田聖子総務相(当時)が、制度の見直しを表明。総務省の自粛要請に従わない自治体については、控除の対象から外すとした。

 自民党税調などもこれを了承、2019年6月1日以降、従わない自治体をふるさと納税制度の対象から外し、その自治体に寄付しても税金から控除できなくなる。強権で自治体をねじ伏せる結果になるわけだ。

 総務省は9月時点で、「返礼品調達額が寄付額の3割以下」という基準に“違反”している自治体が246、「返礼品は地場産品に限る」という基準に“違反”していた自治体が190あると公表していた。こうした自治体は、「対象から外す」と脅されたことで、返礼品の見直しを行い、11月1日時点で前者が25、後者が73に減った。お上のご意向には逆らえない、というわけだ。

 両方の基準を守っていない自治体として7自治体がやり玉に挙げられた。2017年度の寄付額実績で135億円を集めた大阪府泉佐野市や、新潟県三条市宮城県多賀城市和歌山県高野町、福岡県福智町、福岡県上毛町沖縄県多良間村である。泉佐野市や三条市は、総務省の一方的な指弾に反発。当初は制度が見直されても従来通りの返礼品を続ける姿勢を見せていたが、総務省が本気で対象外とする意向を示しているため、2019年6月までに、しぶしぶながらも見直しを行うのではないかと見られている。

ふるさと納税は、地方の「創意工夫」の一つ
 もちろん、過度の返礼品競争には批判もある。返礼品につられて寄付をするのは、本来の寄付ではないから税金の控除対象にするのはおかしいという識者もいる。一部の自治体が高額の返礼品を出してごっそり寄付を持って行ってしまうので、自分の自治体には寄付が来ない、という自治体の声も聞かれる。東京都など税金が「流出」する一方の自治体は、そもそもふるさと納税制度に反対している。

 だが、この制度によって、自治体が大きく変わったのも事実だ。これまで自治体が収入を増やそうと思えば、中央から降って来る地方交付税交付金を増やしてもらえるよう、総務省の言うことを聞くのがせいぜいだった。あるいは、国が設けた補助金助成金を獲得するために、地元選出の国会議員や総務省に陳情して歩くぐらいしかできなかったのだ。

 それが、ふるさと納税制度ができて、自分たちの魅力をアピールすることで、税収(寄付)を増やすことができる道ができたのである。地元の特産品をアピールしたり、観光地としての魅力をアピールするために、「返礼品」をそろえ、納税者の心をくすぐった。泉佐野市がネットショップ張りのふるさと納税サイトを作り、ポイント制度などを導入して人気を博したのも、そんな創意工夫の一つだった。実際の地域からの税収を、ふるさと納税が上回るケースも相次いでいる。

 もう一つ、自治体の首長や職員にとって大きなメリットがある。予算は議会の承認を得なければ一銭も支出できない。自治体が産業振興目的で助成金などを出そうとした場合、議会が同意しなければ何もできない。

 ところが、ふるさと納税は使途を明示するなどして「寄付」を募ることが可能なので、首長や職員がやりたかったことを世の中に問いかけ、それを実現することができるのだ。首長や職員にとっては、自分たちの創意工夫を発揮するチャンスができたのである。

 議会の「意思」による予算配分は必ずしも住民のニーズに沿っているとは限らない。政治力のある議員の声が政策に反映されるのが普通だ。ところが、ふるさと納税にひもづけされた事業ならば、納税者(寄付者)の意思がきちんと反映される。ふるさと納税は非常に「民主的な」仕組みとも言えるのだ。

 さらに重要な事がある。ふるさと納税は、納税(寄付)する側の意識を変えることにも成功しつつあるのだ。最初は返礼品が目当てで寄付をしたものが、出会った自治体への共感が生まれ、ファンになっていく。最終的には返礼品だけが狙いではなくなっていくケースが増えているのだ。

 また、自治体の中には、返礼品を出さないでプロジェクトに賛同してくれる人たちに呼び掛ける「ガバメントクラウドファンディング」も広がっている。これは行政の事業に「共感」した納税者が資金提供するわけで、自分の税金の一部を自分の意思に合った事業に回す、税金使途の明示に当たる。まさに、民主主義を実現する一歩、ともいえるわけだ。

ふるさと納税は、災害への善意の寄付も後押し
 日本には「寄付」という文化が根付かない、としばしば語られる。寄付税制が貧弱だから、寄付が増えない、という声もある。

 だが、それは本当だろうか。

 東日本大震災などの大きな災害を機に、善意の資金を寄せる人たちが急増した。その背中を押しているのが「ふるさと納税」である。ふるさと納税は、当初は税金の「付け替え」というアイデアから始まったが、それを「寄付」の枠組みを使うことで実現した。その結果、「寄付」のハードルが大きく下がったとみていいだろう。

 ふるさと納税のワンストップ制度を使えば、確定申告なしに「寄付」の税金控除の手続きができる。しばしば、ふるさと納税には「上限」があるとされるが、これは自分の住民税から控除され、実質的に数千円の負担だけで「寄付」できる額のこと。それを超えて寄付しても自己負担額が増加するだけで、まったく税制上のメリットがなくなるわけではない。

 ふるさと納税による寄付の総額と、税金の控除額の合計には大きな差ができ始めている。つまり、「上限」を超えて寄付している人がたくさんいる、ということなのだ。着実に日本に寄付文化が根付き始めているとみていいだろう。

 自治体によっては、ふるさと納税の枠組みを使って、被災自治体の代わりにいったん寄付を受け付け、手続きなどを「代行」して、最終的には被災自治体に届けるという寄付の仕組みを作りだしたところもある。これも厳密にいえば、総務省が言うところの「ふるさと納税の本当の狙い」からは外れた活用方法ということになるだろう。だが、そうした工夫を生んだことにこそ、大きな意味があるのではないか。

 日本では12月を「寄付月間 Giving December」と名付け、寄付について考えたり、寄付を実行したりする月にしようという運動が始まっている。「締め切り」が迫るふるさと納税の返礼品を選ぶ際に、「寄付」について思いを巡らすのもひとつの社会貢献と言えるだろう。

口腔ケアで肺炎激減、医療費削減効果も 歯科医と特養ホームの施設長、起業家が実証

日経ビジネスオンラインに12月7日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/120600090/

 医療費の増加が止まらない。2017年度の概算医療費は42兆2000億円と前年度に比べて2.3%増え、過去最高を更新した。中でも高齢者の医療費の伸びが大きく、75歳以上の後期高齢者の医療費だけで全体の38%に当たる16兆円(前年度比4.4%増)が使われた。その負担は、現役世代の健康保険料や国の財政支出に回るだけに、医療費の削減は喫緊の課題になっている。

 そんな中、ユニークな取り組みが九州でスタートした。特別養護老人ホームなど施設に入所する高齢者に、歯磨きや歯茎のマッサージといった「口腔ケア」を定期的に行うことで、誤嚥性肺炎を大幅に減少させることに成功したのだ。施設から病院に入院する日数が減ることで、医療費の削減効果も出ているとみられる。

入院日数が減少し、介護施設の収入増加
 20年ほど前から口腔ケアが誤嚥性肺炎を減少させるという論文はあったものの、口腔ケアの実施は施設任せで、データの蓄積もなく、因果関係は実証されてこなかった。この取り組みが全国に広がれば、高齢者医療費の削減につながる一助になりそうだ。

 この取り組みを始めたのは若手歯科医師の瀧内博也氏(歯学博士)と起業家の浜俊壱氏(中小企業診断士)、特養施設長の小金丸誠氏らのグループ。小金丸氏は社会福祉法人さわら福祉会の特養ホーム「マナハウス」(福岡市西区)の施設長を務める。

 瀧内氏は小金丸氏らの協力を得て、マナハウスなど福岡市内の6つの特養を2015年4月から1年間にわたって調査。入居定員100人当たり合計1706日の入院があり、そのうち569.5日を、誤嚥性肺炎を含む「肺炎」が占めていることが分かった。入院理由の3分の1が肺炎だったわけだ。しかも肺炎にかかって入院した施設入居者の多くが施設を退去して医療施設に移ったり、死亡したりしていた。

 そこで瀧内氏らは、施設の協力を得て2017年9月から口腔ケアを実施した。介護職員にケアの方法を瀧内氏が指導し、週に2回、1回10分をメドに行った。その結果は驚くべきものだった。

 口腔ケアをスタートする2年前の1年間の肺炎による入院は18回337日、1年前の1年間は25回545日だったものが、実施後1年間は10回144日に激減したのだ。「まさか、こんなに減るとは思わんかった」と施設長の小金丸氏も驚く。因果関係は解明できていないが、肺炎だけではなく、その他の疾病などによる入院も大きく減少した。2年前は年間1339日、1年前は年間1310日だった全体の入院日数は、口腔ケアの実施後の1年間は459日に減少したのだ。「明らかにインフルエンザにかかる率も下がった」と瀧内氏はいう。

 実は、入院日数の減少は介護施設にとって大きなメリットがある。入所者が病院に入院して施設を出た場合、介護保険から支払われる介護報酬の日額1万4000円が削減されるのだ。入院が減れば、その分収入が増えることになる。調査では入院が1年間で850日減少したので、施設の収入は1200万円アップしたことになる。マナハウスでは早速、職員のボーナスに上乗せした。施設の収入が増えれば、社会的に問題になっている介護職員の待遇改善に回すことができるわけだ。

介護施設職員のやりがい向上、離職も激減
 従来、介護施設は収入を確保するために、入院して不在になった部屋をデイケアなどの受け入れで補っていたが、日々、利用者が入れ替わる場合、介護職員の負担が大きく増すという問題があった。入院が減ったことで、施設の稼働率は93.9%から97.5%へと大きく上昇した。「通常の施設では稼働率が95%なら上出来なのですが、97.5%というのは驚きの高さです」と小金丸氏は言う。

 高齢者の入院が減ることで、当然、医療費も大きく減る。1日あたりの高齢者の入院医療費を仮に5万円とすると、1年間で850日の入院減少は、4250万円の削減に相当する。

 さわら福祉会グループの4施設の合計では、口腔ケアがスタートした1年目で2750日の入院が減少。施設収入は3850万円アップし、医療費は1億3700万円削減された計算になる。「口腔ケアが全国の施設に広がるだけで、巨額の医療費が削減できる可能性がある」と瀧内氏は話す。

 瀧内氏は九州大学歯学部を卒業後、2014年からは福岡歯科大学の高齢者歯科に勤務、2015年からは助教を務めていたが、大学勤務では口腔ケアを全国に広げることは難しいと、退職を決断した。半年ほど前に浜氏と出会ったのがきっかけになった。

 2018年7月にクロスケアデンタルという株式会社を設立、CEO(最高経営責任者)に就いた。浜氏は1年半ほど前に西部ガスを辞めて、コンサルティング業務などを行っていたが、瀧内氏と出会って意気投合、クロスケアデンタルのCOO(最高執行責任者)に就いた。

 同社の目標は、施設などに口腔ケアを広げること。入所者一人ひとりの口腔ケアの実施状況を把握するためのアプリの開発・販売や、介護職員の口腔ケア技術の教育や評価を行う支援素材の提供を行う。歯磨き(ブラッシング)や舌の清浄などに使う器具の開発・仕入販売なども行う。当初は自社で歯ブラシなどを一から開発することも考えたが、技術力の高い大手メーカーなどとのコラボに乗り出したい考えだ。

 「口腔ケアはまだ全国で体系的に行われておらず、それを広げることに大きな社会的な意義がある」と浜氏は言う。「高齢者が肺炎で苦しむことが減り、施設も収益性が改善、介護職員の待遇も改善できる。さらに医療費も減る。皆が喜ぶ、誰も困る人のいない取り組みなので、一気に全国に広がるのではないか」と期待を膨らませる。

 施設では予期しない副次効果が出た。マナハウスで口腔ケアを始めると、介護職員の離職がほぼなくなったというのだ。「お金の問題もあるかもしれませんが、それよりも目に見えて効果が出ることに、職員がやりがいを感じるようになったのではないか」と小金丸氏。加齢に伴って徐々に衰えていく高齢者介護の現場では、職員が自ら行ったことの効果を実感できる場面がほとんどない、のだという。そんな中で、口腔ケアはやっただけの劇的な効果が目に見える。それがやりがいにつながったというわけだ。

 クロスケアデンタルの取り組みは、早速、反響を呼んでいる。10月に行われた全国老人福祉施設研究会議で、「誤嚥性肺炎ゼロに向けての口腔ケアの取り組み 誤嚥性肺炎ゼロプロジェクト」というタイトルで発表を行い、最優秀賞を獲得したのだ。メディアにも取り上げられたことから、全国各地からの講演依頼などがあり、取り組みが広がる気配が見え始めている。

 こうした取り組みが全国に広がることで、一歩一歩、高齢者医療費を削減していくことにつながるに違いない。

健保の破綻回避には「外国人」受け入れが必須

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5年間で最大34万人の外国人材を受け入れ
 安倍晋三内閣は外国人労働者の受け入れ拡大を目指す出入国管理法改正案を2018年臨時国会に提出、本格的な議論が始まった。新設する「特定技能1号」「特定技能2号」の資格で、5年間で最大34万人の外国人材を受け入れるとしている。安倍首相はあくまで「移民政策ではない」として期間終了後は帰国させることが前提だとしているが、職場で常に多くの外国人が働くことが当たり前になっていくに違いない。

 それでも新資格だけでは人手不足を賄うことは難しい。政府の試算では2019年度に不足する労働者は61万〜62万人で、新資格で受け入れるのは3万3000〜4万7000人としている。今まで労働者受け入れの「便法」として使われてきた「技能実習制度」や「留学生」を今後も大量に使い続けるのか、それとも新資格の枠を広げていくのか、注目されるところだ。

 働く外国人が当たり前に社会に存在するようになる中で、様々な社会のセーフティーネットにどう外国人労働者を受け入れていくのかが、大きな課題になっていく。労災や失業に備えた労働保険や、年金、健康保険、生活保護といった枠組みだ。「しょせん出稼ぎなのだから、無保険で構わない」「日本のセーフティーネットを使わせるのはおかしい」といった声が存在するのは、安倍首相が「移民ではない」と言い張っていることが大きい。実際に、そうしたセーフティーネットの外側にいる外国人を増やせば、社会不安の種になり、先進各国が経験してきた「社会の分断」を生むことになる。

 そんな中で、早急に対応が必要なのが、健康保険の制度設計の見直しだ。

 会社員が対象の健康保険は現在、加入者本人に扶養される3親等内の親族にも適用される仕組みになっている。家族が日本国内に住んでいるか、海外に住んでいるかは関係ない。この仕組みをそのまま放置すれば、外国人労働者の母国にいる親族らが日本の健康保険でカバーされることになる。

 報道によると、実際に、こうした親族らが母国や日本で医療を受けて健康保険を利用する事例が相次いでいるとされる。政府は2019年の通常国会に健康保険法改正案を提出し、保険加入者が扶養する親族が保険の適用を受けるためには、日本国内に居住していることを要件とすることなどを検討している。

健康保険組合の42%が赤字決算に
 もちろん、不正利用を防ぐのが狙いだが、そうなると、日本人で海外に居住している留学中の子弟などをどうカバーしていくのかなど、制度設計に工夫が必要になる。本来、健康保険制度は、収入に応じて保険料を支払っている人とその扶養親族らが、等しく医療を受けられることが前提になっている。外国籍だからといって仕組みから排除していけば、保険そのものが成り立たなくなっていく。

 そうでなくても健康保険の仕組みは窮地に立たされている。日本の健康保険制度の一翼を担ってきた大企業などの健康保険組合の解散が相次いでいるのだ。

 世の中の関心を呼んだのは、加入者16万4000人の日生協健康保険組合と、加入者51万人の人材派遣健康保険組合が解散を決めたこと。人材派遣健保は国内3位の規模だ。そうした主要健保までが解散に追い込まれているのは、保険財政が急速に悪化しているのが理由だ。

 健康保険組合連合会が2018年9月25日にまとめた1394組合の2017年度の収支状況によると、42%に当たる580組合が赤字決算だった。健康保険組合は、加入している社員の保険料で、社員やOBの医療費を賄うのが建前だが、国の制度で導入された、高齢者の医療費を賄うために拠出する「支援金」の負担が年々増加しているのだ。2017年度決算での全組合の「支援金」合計額は3兆5265億円と前年度に比べて7%も増えた。保険料の収入合計は8兆843億円なので、何と半分近い44%が支援金に回っている計算になる。

 厚生労働省がまとめた2017年度の「概算医療費」は42兆2000億円と前年度比2.3%増え、過去最大となった。概算医療費は労災や全額自費の医療費を含んでいない速報値で、総額である「国民医療費」の98%に相当する。

 概算医療費の増加が続く最大の要因は、75歳以上の医療費が大きく伸びていること。2017年度は4.4%も増加し、75歳未満の1.0%の伸びを大きく上回った。

 これは、高齢者の数が増えているためばかりではない。高齢者ひとり当たりの医療費で見ても75歳以上は大きく増えている。2017年度は94万2000円と、前年度の93万円に比べて1万2000円も増えた。ちなみに75歳未満は22万1000円だ。75歳以上の高齢者が使う医療費が現役世代など若年層に重くのしかかっている。しかも、働く現役世代の人口はどんどん減っているので、そうなると若年層ひとり当たりの健康保険料負担はどんどん大きくなっていく。

 同じ職場環境にある社員で組合を作り、その保険料で組合員の医療費を賄う健保組合の「相互扶助」の仕組みは、まさに保険の原理を使った効率的な仕組みだった。保険料は加入する社員と会社が折半で負担、企業が成長を続けていれば、若い健康な社員がたくさん入るため、医療費の負担も分散される格好になってきた。世界がうらやむ国民皆保険が成り立つ上で、企業の健保組合の果たした役割は大きい。

このままでは「国民皆保険」が瓦解しかねない
 それが高齢者医療制度で「支援金」の負担が年々大きくなり、健保組合の財政は一気に赤字となった。赤字から脱するためには、保険料を引き上げるしかないが、それも限界に近づいている。健保組合が解散すれば、国の仕組みである国民健康保険国保)や、中小企業などを対象とする「協会けんぽ」に加入することになる。これも自立運営が建前だが、財政は厳しく毎年1兆円以上の国庫補助などを受けている。

 協会けんぽの保険料率はおおむね標準報酬月額の10%(労使合算)前後になっている。また、国保は保険料が高いことでも知られ、保険料が払えずに「無保険」状態に陥る人もたくさんいる。

 このままでは「国民皆保険」が瓦解することになりかねない。上昇し続ける医療費を抑制することも重要だが、保険を構成する人口構造が、逆ピラミッドになってしまえば、仕組みそのものが成り立たない。負担する人よりもらう人が増えれば相互扶助は限界なのだ。

 1つは健康保険財政を支えてくれる、若くて健康な働き手を増やしていくことが、国民皆保険を永続的な仕組みとする上でも不可欠だ。ズバリ、外国人労働者を積極的に受け入れ、その上で、彼らにきっちり保険料を負担してもらうことが必要なのである。日本の社会保障制度、セーフティーネットを支える一員になってもらうということだ。

 ともすると、不正をして利益だけを得ようとするフリーライダー(タダ乗り)にばかり目が向きがちだ。だが、多くのまじめな外国人労働者は、きちんと税金を払い、社会保険料を負担して、日本社会の一員としての義務を果たそうとしている。

 いや、日本社会の一員として、きちんと義務を果たしてもらう仕組みを整え、その恩恵として質の高い医療を受けられるようにしなければならない。外国人労働者を単なる労働力とだけ考えるのではなく、社会を構成する一員、生活者として受け入れる仕組みを早急に整えなければならない。

 健康保険だけでなく、年金制度も同じだ。日本人でも米国勤務が一定以上の期間に及んだ人なら、米国から年金をもらっているという人も少なくない。日本できちんと働き、厚生年金を掛けた外国人には年金が支払われる仕組みを整えなければ、日本で長期にわたって働こうという外国人も出てこない。外国人受け入れ拡大を機に、社会保障制度を抜本から見直す必要がありそうだ。

「3つの施策」を総動員し、消費底割れ防げ 課題は「住民税減税」「内部留保対策」「金融課税」

日経ビジネスオンラインに11月2日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/110100088/

百貨店売上高に現れた消費の変調
 足元の消費が弱い。10月23日に日本百貨店協会が発表した9月の全国百貨店売上高は前年同月比3.0%減と、3カ月連続でマイナスになった。西日本豪雨災害や相次いだ大型台風の来襲、連日続いた酷暑、そして北海道胆振東部地震と、自然災害によって経済活動が大きく影響を受けた。

 台風による高潮被害で関西国際空港が一時閉鎖されたことや、北海道の地震で、増え続けてきた訪日外国人観光客も減少した。JNTO(日本政府観光局)の推計によると9月の訪日外客数は216万人と、前年同月比で5.3%も減少した。訪日外客数がマイナスになったのは2013年1月以来、なんと5年8カ月ぶりのことだ。

 訪日客は日本の消費にも大きく貢献してきた。百貨店で免税手続きをした売上高は9月は246億5000万円で、百貨店全体の売上高4197億円の5.9%を占める。いわゆる「インバウンド消費」である。免税売上高は、前年同月と比べればまだ6%増えているが、前月比では6カ月連続のマイナス。2014年10月に外国人観光客の免税範囲が拡大されて以降、6カ月続けてマイナスになったのは初めてのことだ。

 百貨店の売上統計を使って、この「インバウンド消費」を除いた純粋な「国内売上高」を計算してみると、7月は7.3%減→8月1.3%減→9月4.1%減と大幅なマイナスが続いている。百貨店売上高を見る限り、完全に消費は変調をきたしているのだ。

 そんな中、安倍晋三首相は、10月15日に臨時閣議を開いて、2019年10月からの消費増税を予定通り行うと改めて表明した。実施まで1年を切ったにもかかわらず、世の中が「どうせまた延期だろう」とタカをくくって、システムの改修などに着手していないというのだ。特に中小企業の準備は進んでおらず、「このままで増税して混乱が起きないのか」といった危惧が政府内から上がっていた。特に来年の増税時には「軽減税率」が導入されることが決まっている。そのシステム対策が間に合わないのではないかという焦りがあるのだ。

 安倍首相がわざわざ「念押し」したにもかかわらず、エコノミストや大手メディアの中には、それでも再度の延期はあり得る、という分析が見られる。安倍首相が2度にわたって消費増税を先送りした「常習犯」だということもあるが、それ以上に、足元の景気が悪く、ここで増税すれば消費が腰折れし、日本経済が失速するとみている専門家が多いということだろう。

住民税減税は低所得者にも恩恵
 安倍首相は増税を念押しした閣議で、「あらゆる施策を総動員し、経済に影響を及ぼさないよう全力で対応する」と述べた。景気を失速させないために、全力を挙げるというのだ。これを受けて永田町や霞が関から様々なアイデアが上がっている。

 最も可能性が高いとみられているのが、公明党などが主張する「プレミアム商品券」だ。過去にも発行した前例があるが、どれだけ効果があったのかは正確には分からない。自治体が発行する2万5000円分の商品券を2万円で販売するというもので、過去の実施時は「バラマキ」と批判されたが、今回は消費増税によって目減りする可処分所得を穴埋めする施策が不可欠だから、検討には値するだろう。

 消費を喚起する政策の王道は「所得減税」だが、低所得者層を中心に所得税の課税対象から実質的に外れている人にとっては、減税ではまったく恩恵を受けられない。野党などからは「給付付き税額控除」制度を設けるべきだという主張が長年続けられているが、制度改正をしていては、今回の消費税対策には間に合わない。

 当初は、中小事業者でキャッシュレスによって購入した場合、増分に相当する2%分をポイントで返すというアイデアも出た。だがこれには、中小企業に新たな設備投資を強いるものだとして反対論が噴出した。麻生太郎副総理兼財務相が真っ先に反対したこともあり、沙汰止みになった。

 日本は先進国の中でも現金による決済の比率が高く、金融技術を進化させるにはキャッシュレス化を進める必要があると金融庁などは考えている。取引を電子化すれば現金移動の捕捉率が上がり徴税効率が上がると考えていた財務省の現場からすれば、格好のチャンスだったが、一気に消え去った感じだ。

 経済産業省からは自動車取得税の免税、国土交通省からは住宅取得促進税制などのおきまりの対策が主張されている。

 だが、いずれの対策も、消費税が上昇した後の「影響」をどう軽減するかに焦点が当たっている。本来考えるべきは、消費増税をするための地ならし、増税前の景気刺激策も合わせて実施することが不可欠だろう。住宅などを買うのに、消費増税前も後も負担が実質変わらないとなれば、増税前の駆け込み需要も消える。さらに増税後の方が有利な条件が出てくるとなれば、今の消費を先送りする動きが出るかもしれない。対策は、効果を生み出す「規模」と同時に、いつ実施するかという「タイミング」も重要になる。

 では、消費を腰折れさせないために、どんな施策が必要か。ひとつは住民税の減税だ。所得税は様々な控除の結果、負担していなくても、住民税は取られているケースが多い。前述の低所得者層の恩恵という面でも、住民税減税は効く。

 税源はどうするのかという問題は、今ある制度を活用すれば良い。ズバリ、ふるさと納税制度だ。ふるさと納税の仕組みを使って、ほぼ負担なしで自治体に「寄付」できるのは住民税の2割程度。ふるさと納税した金額の10割を返礼品として寄付者に返せばいい。今は総務省が大臣通達などを出して、返礼品を3割以下に抑えさせようと躍起になっているが、真逆の政策だ。

 これならば実質減税分がすべて返礼品というモノやサービスで寄付者(納税者)に返されるので、減税分が貯蓄に回ることはない。しかも自治体の創意工夫で地域の景気対策に使える。地域からモノを買い上げるわけだから、即効性は高い。

企業が蓄積する「現金・預金」も課題
 ふるさと納税の「当初の趣旨」だとか、「モノ目当ての寄付はおかしい」などと言わず、「景気対策」と割り切れば良い。返礼品競争に負けて税収が減ったところには国の税金から補填しても良いし、努力不足の結果として自治体に負担させても良い。

 地方自治体はそれぞれ産業振興予算などを持ち、業界に助成金などを出している。これがふるさと納税による増収分で賄えるようになると考えれば、10割を返礼品の買い上げとその事務経費に充てても、実質的に財政が困窮することはない。景気対策したい国にとっても、地域経済を振興したい地方自治体にとっても、減税を受けたい納税者にとってもメリットのある、「三方よし」の施策だと思うがいかがだろう。

 もう1つは積み上がっている企業の「内部留保」を吐き出させるための施策だ。財務省などの一部には「内部留保課税」を主張する向きもあり、最近では同調するエコノミストも出始めている。何せ、内部留保が毎年過去最高を更新し、その伸びもバカにならないほど大きいのだ。

 毎年9月に年度分が発表される財務省の法人企業統計によると、2017年度の企業(金融・保険業を除く全産業)の「利益剰余金」、いわゆる「内部留保」は446兆4844億円と過去最高になった。前年度比にすると9.9%増、1年で40兆円も増えたのである。増加は6年連続で、9.9%増という伸び率はこの6年で最も高い。

 内部留保課税には経済界が猛烈に反発するのは必至だ。大物財界人のひとりも、「とんでもない話だ。そもそも二重課税だし、会計がまったく分かっていない人の議論だ」と憤る。利益剰余金はバランスシート右側(貸方)で、そこにだけ注目するのは誤りで、左側(借方)には資産として何かに使われているというのだ。

 確かにその通りなのだが、左側に「現金・預金」が積み上げられている点に問題がある。2017年度の現金・預金は221兆9695億円で前の年度に比べて11兆円も増加した。

 もちろん、ただそこに課税するとなれば、明らかに二重課税だ。企業は法人税を支払った後の残りを「剰余金」として積んでいる。それに課税すれば、ダブルで課税することになる。

 国民民主党玉木雄一郎代表が、私見としながらも面白い解決策を言っている。「国際競争力の観点から法人税率をゼロにしても良いので、内部留保に課税したらどうか」というのだ。世界は今、法人税率の引き下げ競争が凄まじい。日本もこの流れに逆らうことはできない。逆らえば、企業は法人税の安い国や地域へと移動してしまうからだ。

 玉木氏はいっその事、法人税率をゼロにして、剰余金に課税すれば、二重課税にならない、と言っているのだ。玉木氏は財務官僚出身だ。

 税制の変更は時間がかかるが、例えば、3年後には内部留保に課税がされるとなれば、企業はせっせと従業員の給与引き上げや配当の増額、設備投資の積み増しなどに動き、剰余金を圧縮しにかかるだろう。

 もちろん、剰余金すべてに課税すれば、バランスシートの左側を無視することにもなるので、現金・預金相当分にだけ課税するという手もある。これは前々からエコノミストの間などで主張されている「金融資産課税」とほぼ同義になる。いずれにせよ、経済の好循環を引き起こし、消費を盛り上げるための抜本的な施策が今こそ重要だろう。

デフレ脱却へ「コドモノミクス」 玉木雄一郎・国民民主党代表に聞く

日経ビジネスオンラインに10月19日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/101800087/

 「安倍一強」と言われる中で、臨時国会が10月24日にも召集される。野党はどう政権に対峙していくのか。5月に希望の党民進党が統合して誕生した国民民主党は、求心力を得られずに低支持率に喘いでいる。どんな政策を打ち出し、国会論戦に挑むのか。経済政策を中心に玉木雄一郎・代表に聞いた。
(聞き手は磯山友幸


自民党はダメだが、反対ばかりの野党もダメだ

玉木雄一郎(たまき・ゆういちろう)氏
1969年香川県生まれ。東京大学法学部卒業、1993年に大蔵省(現・財務省)に入る。1997年米ハーバード大学ケネディスクールに官費留学。2001年大阪国税局総務課長、2002年内閣府特命担当大臣秘書専門官などを務めた。2005年財務省主計局主査を最後に退官。同年の衆議院議員総選挙民主党公認で立候補するも落選。2009年総選挙で初当選。以降当選4回。2016年民進党代表選挙に立候補するも蓮舫氏に敗れた。2017年希望の党共同代表。2018年国民民主党共同代表を経て、2018年9月代表選挙で代表に選出された。


――国会が始まります。安倍晋三首相が自民党総裁3期目に入りましたが、野党の力が弱く、「安倍一強」の状況を許しています。

玉木雄一郎氏(以下、玉木):昨年の選挙以降、野党を取り巻く厳しい状況が続いていますが、1年経って、もうそろそろ、次に向けた新しい枠組み作りをしていかないといけないと思っています。もともと、(前身の)希望の党の共同代表をお引き受けした時から、非常に困難は多いと思っていたし、火中の栗を拾うつもりでやってきました。

――しかし、なかなか国民民主党の支持も上がりません。

玉木:今の政治状況ではマズいでしょう。代表として全国を回っていても、2つの事をよく言われます。とにかく安倍さんを何とかしてくれ、と。これは一部自民党支持者からも言われます。もう1つ、野党はまとまって信頼できる大きな塊になってくれ、と。この2つはコインの裏表で同じ事を言われていると思います。

 そんな中でわが党はどういう役割を果たしていくのか。国民民主党ができた1つの意義は「自民党はダメだが、一方で反対ばかりの野党もダメだ」という声の中で、しっかりと政権と対峙しながらも、現実的な解決策を、特に未来を先取りした解決策を提示していく政党ができたこと。私はそれをアイデンティティとして、我が党の柱としてしっかり守っていきたいと思います。

――なかなか難しいポジショニングですね。

玉木:対決もするし、解決もすると言うと、対決してないように見る人もいれば、逆に対決するところで見ると、本気で解決策を示していないように見る人もいる。右から左から攻撃されるポジションみたいになっています。ただ、今世界を見渡しても、左でも右でも極端に走りがちな政治の中で、わが党のチャレンジというのは意味があると思っています。このポジション、アイデンティティをしっかり守って、いい仲間と一緒に、良い政策提言、良い国会論戦を実現していきたいと思います。


国民民主党は「リベラル」か「保守」か
――希望の党から国民民主党になって、「穏健な保守」という言い方はしなくなったようですが、国民民主党はリベラル政党なのでしょうか、保守政党なんでしょうか。

玉木:われわれは「改革中道政党」と名乗っていて、綱領には「リベラルから穏健保守まで包含する」と書きました。もはや右だ左だというのは意味をなさない時代になってきています。「中道」と言うのは右と左を足して2で割ると言うよりも、多様な意見がたくさんある、多様性を受容しながら、その中から丁寧に合意形成をしていくという「心持ち」が大事だと思います。その意味では、私たちは現実的な改革中道政党というポジションです。

 ですから、ポジションとしては相当幅広い層を取り込めます。そうでないと政権は取れないと思います。特定の思想信条を持つ層だけをターゲットにすると、非常に強い支持者が集まり、同志性は高まるのですが、今はいかに多様性をマネージメントするかが大事になっています。

――安倍首相が一定の支持を得てきたのは、アベノミクスという経済政策を前面に押し出し、それなりに成果を上げたからだと思います。国民民主党はどんな経済政策を目指すのでしょうか。

玉木:まずは「再分配」を重視したいと思います。やはり特定の人に富が集まって、多くの人が平均以下の暮らしをする状況が世界的に起きています。再分配を重視して中間層を手厚くしていくことが必要です。そういう意味では、大きな政府というか、まぁ小さな政府路線ではありません。

 ただ、同時にビジネスを重視する政党でありたいと思っています。今までのリベラル政党は「再分配」を重視するが、再分配の元になる「成長」をどう実現するかに関しては、やはり弱かったと思います。経済政策や産業政策を重視しながら、再分配にウェートを置くというのが私たちのポジションです。

 自己責任だけを言う自民党とは違うし、他の野党との違いでもある。ですから、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などを使ったイノベーションを促進するために、規制緩和をどんどんやれという立場です。

 一方で、セーフティネットはしっかり敷く。人生いろいろありますから。上手くいくときも、悪い時も。あるいは子育て、出産、病気、いろいろなライフイベントがあっても、人間としての尊厳ある最低限の暮らしはできるようにする。その中で、しっかり競争して、新しい富や価値を生み出していく。逆に私は、安心がないとイノベーションも起きないと思っているんです。

――なるほど。再分配だけでなく、分配の元になるパイも大きくする、と。

玉木:放っておくと人口の減少でパイは縮むので、維持するだけでも精いっぱいかもしれません。ただ、人口が減少していくことを悲観的に捉えるばかりでなく、AIやロボットを活用するチャンスでもある。AIで仕事の半分が奪われるといった話が出ていますが、日本は幸か不幸か人口が減少するので、うまくやれば、最適化した社会を日本で作ることができるかもしれない。


「異次元の少子化対策」でデフレマインドを変える
玉木:そのためには、再分配にも関わるんですが、教育や人材への投資が政策の1番の柱だと思っています。経済や社会を支えていく上でもある程度の人口維持は必要だし、何より社会保障制度はある程度働く世代がいないと成り立たない仕組みです。そのためにも、財政的支援もして少子化対策には全力を挙げる必要がある。「人の投資」はまさに言葉通りで、リターンがあると思います。私は「建設国債」ならぬ、「こども国債」を発行してでもやったらいいと思います。

――子供のためなら、財源は借金でも構わない、と。

玉木:その代わり、使い切りの高齢者向けの医療、介護、年金といったいわゆる「高齢者三経費」には、税や保険料の財源をきちんと充てる。赤字国債で財源調達して、負担だけ子世代に残すのはやめるべきです。

 私は、財源の議論が非常に大事だと思っています。端的に言うと、将来の税収増になるものは借金でやってもいい、そうではなくて使い切ってしまう支出は安定財源をきっちり充てる、そういうメリハリが大事ではないかと思います。そういう観点からの財政法を見直して、ファイナンスのルール自体を変えていくことも重要だと思っています。

――代表選の際に打ち出した、第3子以降に1000万円支給するという「コドモノミクス」への反応はどうでしたか。

玉木:賛否両論ですよね。しかし、私は合理的だと思っています。フランスは家族手当を支給しますが、第1子には出さずに、第2子、第3子と加算していきます。第3子には日本円で月3万2000円くらい出て、所得の低い第3子家庭にはさらに家族補足手当を1万8000円くらい出して、月5万円くらい貰えるんです。そうすると、子どもが大人になるまで貰う金額を累計すると1200万円くらいになって、1000万円を超えるのです。第3子1000万円と言うと大きく感じますが、20歳まで分割で毎月払うと4万円強なんです。

 民主党政権時代に始めた「子ども手当」が、児童手当と名前を変えて、第3子が1万5000円ぐらい出ています。ならば4万円にするには2万5000円の追加、財政で言うと1兆円ぐらいです。100兆円の予算の中で1兆円を出せないのか、という話です。1兆円の「こども国債」を発行しても、債券市場には影響ないでしょう。

――それで本当に子供が増えれば将来戻ってくるわけです。

玉木:第3子1000万円というのはインパクトが大きいです。アベノミクスが「期待」に働きかけてデフレマインドを変えようとした点を私は評価しています。しかし、失敗した。

 デフレマインドの根源には連続的な人口減少があると思います。目に見えて人が減り、子供がいなくなって学校が廃校、統廃合となる中で、デフレマインドは消えません。人口のデフレマインドを変えない限り、明るい未来はないと思う。だから第3子に1000万円というまさに「異次元の少子化対策」で、人口のデフレマインドを変えることが一番大事ではないでしょうか。私はこのコドモノミクスで、人々の希望に働きかけたいですね。

――人口減少対策として、外国人労働者の受け入れ拡大が動き出します。

玉木安倍総理がやっている今の政策は「ステルス移民」だと思います。「移民じゃない」と言いながら移民なんです。心配しているのは、「移民じゃない」と言っている弊害が非常に大きいのではないか、と。まるで「原発事故は起きない」「安全だ」って言って安全対策を講じなかったのと一緒です。やはり移民であるということを正面から認めたうえで、移民対策をすべきだと思います。


外国人の権利保護法制を整える必要
――本音で向き合うべきだ、と。

玉木:1つは彼らを「労働者」というよりも「人」としてきちんと捉えることが大事で、同じ労働を日本国内で行っている以上、「同一労働同一賃金」をきちんと適用するなど、外国人の権利保護法制を整えなければいけません。上から目線で「入れてやる」といった感じですが、アジアは急速に豊かになって、韓国や中国との間で雇い負けしてしまう。人間としての働く環境をどう整えるかという視点で、法整備をしないと、結果的に日本人の賃金も下がっていく。

 もうひとつ、日本語教育など、日本社会に順応するような定着の仕組み、制度をしっかり作らないと、かえって、いわゆる、欧米で言う「移民問題」が発生すると思います。

 前者の人権とか対話の観点で言うと、例えば10年間家族と離れていろと強いる制度は人権の観点から認めて良いのかということを考えなければいけない。例えば子供がいるような場合には日本語教育をどうしていくのかも重要です。日本社会で暮らしていける環境を整えることが、犯罪を防止したり、社会の安定にもつながっていくと思う。

 1960年代にドイツがトルコ人を労働者として受け入れた後、非常に社会的な摩擦が生じたわけですが、その際に大きな役割を果たしたのが教会と労働組合でした。政府だけではなく、宗教団体や労働組合が何をどう担っていくのか、そういう議論がとても大事だと思います。

――日本の労働組合外国人労働者の受け入れに反対してきました。そうした発想の転換は連合はできているのでしょうか。

玉木:変わりつつありますね。そこは連合の神津里季生会長とも話しましたが、「万国の労働者団結せよ」ではないですが、同じ働くものとして、やはり寄り添っていくことが必要だ、と。

――外国人の権利保護法制などは、むしろ国民民主党など野党が言い出すと、国会で通るかもしれないですね。

玉木:人権や働くものを守りましょうという主張は一緒ですが、おそらく立憲民主党さんはどっちかと言うと反対ではないでしょうか。ただ、地域の中小企業の現場などを回っていますと、やはり圧倒的な人材不足で、外国人労働者なしにはやっていけない、と。中小企業がへタってくると日本経済はダメになってしまいます。経済を元気にする観点からも、この問題は考えなければいけません。

 一方で、リベラルな観点で、労働者として、人として彼らのことを考える。その絶妙なポジションが、おそらく国民民主党が果たせる役割かなと思います。安倍さんみたいに何でもかんでもごまかしながらなし崩し的に入れるというのも反対だし、とにかく、入れちゃダメって何でもかんでも反対してる政党とも違いますから。

内閣改造が示すアベノミクスの行方 経済で「やりたいこと」はなくなった?

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12人初入閣も「閉店セール内閣」との批判
 自民党総裁として3期目を迎えた安倍晋三首相は「経済」が最重点項目だと言いながら、もはや経済では「やりたいこと」がなくなったのではないか。そう思わせるような人事配置になった。

 安倍首相は10月2日に自民党役員人事を行うとともに内閣を改造、12人を初入閣させた。当初の「改造は小規模」という予想を大きく裏切ったものの、話題性の高い人物の入閣はほとんどなく、地味な結果になった。

 野党からは「見飽きた顔と見慣れない顔を集めたインパクトのない布陣。閉店セール内閣で終わりの始まり」(共産党小池晃書記局長)といった声や、「全然わくわくし内閣」で「古い自民党に戻り、国民の感覚からかけ離れている」(立憲民主党福山哲郎幹事長)といった厳しい批判が巻き起こった。政権に近い日本維新の会片山虎之助共同代表ですら、「総裁選の論功行賞や滞貨一掃という感じが拭えない」と論評していた。

 実際、12人の新入閣議員のうち片山さつき参議院議員山下貴司衆議院議員を除く10人は、当選回数で「入閣待機組」と報じられていた議員。片山議員も女性閣僚候補が少ない中で有力視されていた。予想外の「抜擢」は当選3回ながら法務大臣になった山下貴司衆議院議員くらいだった。

 山下氏は直前の総裁選挙で石破茂氏に投票していた。党内融和を象徴する人事にするため、安倍首相は、大臣枠1つを石破派に与える方針を決めたが、石破派の「待機組」である当選7回の後藤田正純氏や6回の古川禎久氏を外し、最若年の山下氏を入閣させた。

 派閥の領袖として石破氏が力を持つことをけん制する狙いがあったのではないかとみられている。石破氏は、安倍首相が「全員野球内閣」と名付けたことについて、「ものすごく厳しい試合だと思う」と辛口のコメントをし、安倍氏に不満の色をみせた。

国家的な課題よりも仲間の人事を優先?
 確かに、入閣待機組を大量に入閣させたが、野党が言うような「在庫一掃」だけが理由だと切り捨てるのはやや酷だ。総務大臣になった石田真敏氏は和歌山県海南市長を2期務めた経験を持つほか、財務副大臣や党税制調査会地方税担当のインナー(幹部会メンバー)なども務めた。

 防衛大臣になった岩屋毅氏も防衛庁長官政務官や外務副大臣を経験、安全保障問題には詳しい。情報通信技術(IT)政策担当大臣になった平井卓也氏は、まさに党内きってのIT通だ。

 問題は、ここが正念場というところで交代させた大臣が目立ったこと。来年の参議院議員選挙に向けて「地方」が大きなテーマになるが、ふるさと納税制度の見直しなどを表明した野田聖子氏を交代させたうえ、地方創生・規制改革の内閣府特命担当大臣だった梶山弘志氏も交代、片山さつき氏にバトンタッチさせた。

 野田氏は金融庁がらみの不祥事もあり、交代は致し方ないが、地方創生の政策に力強さが見えていないだけに、新大臣の力量が問われる。

 自民党総裁選で地方党員票が予想以上に石破氏に流れ、党員票の45%を石破氏が得たのも、地方経済や地域活性化に対する不満が、地域には根強くあるためとみられる。この分野で安倍内閣が目に見える成果を上げられるかどうかは、来年の参議院議員選挙に大きく影響しそうだ。

 厚生労働大臣だった加藤勝信氏を1年で交代させたのも、内閣の「本気度」を疑わせる人事だった。内閣府特命担当大臣として「働き方改革」に取り組んだ期間を合わせれば3年になるとはいえ、抜本的な社会保障改革は待ったなし。増え続ける医療費への対策は進んでいない。安倍氏も総裁選の重点項目として5つ挙げた中で、経済に次いで2番目に掲げたテーマだった。もちろん国民の関心も高い。

 加藤氏は党の総務会長に抜擢されたが、国家の重要課題よりも、安倍首相を支える仲間の「人事」を優先したかのように映っている。

 肝心の「アベノミクス」を巡る人事は留任が目立った。

 財務省の公文書改ざん問題にほおかむりしたまま、麻生太郎副総理が財務相を続投となった。国民民主党玉木雄一郎代表は、「政治がまったく責任を取らないという1つの宣言だ」と厳しく批判したが、麻生氏はどこ吹く風。批判を受けてもやり過ごしていれば、国民は早晩忘れると考えているのだろうか。来年10月の消費税増税に向けて、消費の落ち込みを防ぐ対策などが求められるが、麻生氏で乗り切ることができるのか。

次の焦点は臨時国会での補正予算編成
 経済再生担当も茂木敏充氏、経済産業相世耕弘成氏が留任。重要だから変えないというスタンスは理解できるが、「アベノミクス第3ステージ」を打ち出して市場にインパクトを与えるには新鮮味に乏しい。むしろ、アベノミクスを引っ張る経済分野にインパクトの強い人材の投入が必要だったのではないか。

 これまで安倍首相は内閣を改造しても大幅な入れ替えは行わずに来た。政策の継続性を重視することを党内人事よりも優先したからだ。党内には入閣待機組が60人以上にまで増え、不満が渦巻いたが、短期間で交代させることは極力避けた。外務大臣など外交や通商交渉にかかわる大臣を安定的に長期間留任させたことは、非常に大きな意味があった。

 今回の内閣改造をみると、経済や社会保障などへの安倍首相のこだわりが薄れているように感じる。アベノミクスについてはこれまでの政策を続けていれば問題ないと思っているのだろう。一方で、問題山積の社会保障問題に根本匠・新厚労相がどれだけ切り込めるか。

 不祥事が相次いでいる文部科学省を束ねるのは柴山昌彦大臣。文教族ではなく文科大臣としての力量は未知数だが、安倍首相の信頼は厚く、安倍首相の「教育観」などが強く反映されることになるかもしれない。

 左派系野党からは、今回の改造は、安倍首相による「改憲シフト」だとする見方も強くある。もはや安倍首相が「やりたい事」は憲法改正だけに絞られたというのがこうした意見の背景にある分析だ。

 党内でも意見の分かれる憲法改正案を早い段階で国会に出し、両院で発議をして国民投票にもっていくには、まずは、党内を強力に束ねる必要がある。つまり、他の政策を実現させるための強力な布陣というよりも、党内に不満が残らないで安倍首相に従う勢力を保つための論功行賞人事に終始した、というわけである。

 だが、足元の経済は不安定だ。安倍首相がアベノミクスによる経済対策はこれまでのもので十分だと考えた場合、目先、景気が失速する可能性がある。臨時国会では補正予算が編成されるが、これが効果のあるものになるかどうか。また、株式市場や為替市場にプラスの衝撃を与える政策を追加で出すことができるかどうか。

 夏前から続く災害によって、それでなくても弱い消費が大きく落ち込んでいる。日本百貨店協会がまとめている全国百貨店売上高は、7月に続いて8月も前年同月比マイナスになった。北海道胆振東部地震や相次ぐ台風が襲った9月も減収になった可能性が大きい。補正予算が組まれ、災害復旧への投資が進めば、中期的には景気にプラスになってくる可能性もあるが、時間がかかる。

 安倍首相がアベノミクスの強化に関心を失っているとすれば、それが景気失速につながることになりかねない。景気が失速して、来年春の統一地方選挙参議院議員選挙を前に、有権者の景況感が大きく悪化するようなことになれば、選挙結果は安倍首相にとって厳しいものになりかねない。

 内閣改造から感じられる経済への「消極姿勢」が、安倍首相の本心ではないことを祈りたい。