ふるさと納税の見直しは「愚策」 総務省にとっては「目の上のたんこぶ」に

日経ビジネスオンラインに9月24日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/092000085/

野田聖子総務相が制度見直しを表明
 野田聖子総務相が9月11日の記者会見で表明した「ふるさと納税」の制度見直し方針が、大きな波紋を呼んでいる。

 「ふるさと納税制度は存続の危機にあります。このまま一部の地方団体による突出した対応が続けば、ふるさと納税に対するイメージが傷ついて、制度そのものが否定されるという不幸な結果を招くことになりかねません」

 野田総務相はこう述べて、制度見直しの必要性を強調した。

 野田氏が言う「突出した対応」というのは、一部の自治体が高額の返礼品を用意することで、巨額のふるさと納税(寄付金)を集めていること。昨年度に寄付受け入れ額トップに躍り出た大阪府泉佐野市は特設のふるさと納税サイトを設け、約1000種類もの返礼品を取りそろえ、135億円もの寄付を集めた。前年度に比べて100億円も増加した。

 あたかも通信販売サイトのような泉佐野の返礼品サイトが人気を集めたのは、「泉州タオル」などの地場製品に限らず、近江牛や新潟産のコメ、北海道のいくら、ウナギなど全国の逸品を取りそろえたこと。食品だけでなく、ホテルの食事券や航空券が買えるポイント、日用雑貨など様々だ。

 これまでも地元特産の牛肉や海産物、果物などを返礼品としていた自治体が寄付額上位に名を連ねていたが、泉佐野は「地元産」という枠を一気に取り払ったことで、返礼品を求める人たちの寄付を集めたのだ。

 総務省は2017年4月と2018年4月に総務大臣名の通達を出し、寄付金に対する返礼品の調達額の割合を3割以下に抑えることや、地場産品でない返礼品を扱わないよう自治体に「通知」してきた。ところが、要請に応じないどころか、泉佐野のように「開き直る」ところまで出てきたことで、いよいよ規制に乗り出すことにした、というわけだ。

 野田氏は会見で「これまでと同様に見直し要請を行うだけでは自発的な見直しが期待できない状況」だとして、「過度な返礼品を送付し、制度の趣旨を歪めているような団体については、ふるさと納税の対象外にすることもできるよう、制度の見直しを検討する」としたのだ。

 これに対して、地方自治体からは反発する声が上がっている。自治体が疑問視するのは、「調達額3割」の妥当性や、「地場産品」の定義である。

「地場産品」の定義はどうなる?
 調達額3割については、自治体がふるさと納税の返礼品用に地場産品を買い上げることで、産業振興につながっているのに、なぜ3割とするのか。寄付という税収の使い道を総務省がとやかく言うのは、そもそも地方自治の本旨に反するのではないか、というわけだ。

 また、「地場産品」についてはその定義をどうするのか、という問題もある。地元に工場がある大手電機メーカーの製品は地場製品なのか、最終製品は米国製の電話機かもしれないが、その部品は地場の工場で作っている、といった主張もある。また、牛肉やうなぎなどでも、途中までは他地域や外国で育ったものもある。

 総務省が一律に基準を押し付け、それに従わない自治体は制度から除外するという「上から目線」のやり方に反発する声も多い。

 総務省はかねてから高額返礼品への批判を繰り返してきた。それがここへ来て強硬手段をちらつかせるようになったのには、明らかに総務省としての事情がある。

 ふるさと納税の受け入れ額は2017年度で3653億円。2014年度は388億円だったので、この3年で10倍近くになった。ふるさと納税は2008年に導入されたが、時の総務大臣菅義偉・現官房長官。菅氏の後押しで実現したが、当初から総務省自体は導入に消極的だったとされる。

 ふるさと納税の発想の根源は、東京に一極集中している税収を地方に分散させることにある。東京に住んで働く人が自らの意思でふるさとに税の一部を納めるというものだった。最終的には寄付という形が取られたが、税収を納税者の意思で移動させることができると言う点では、当初の発想どおりになった。

 もともと地域間の税収格差を調整する仕組みとして、地方交付税交付金制度がある。この分配は総務省が握っており、これが総務省が地方をコントロールする権益になっているのは間違いない事実だ。ふるさと納税で、納税者の意思が税収再分配に反映されるようになると、もともとの総務省の利権に穴が開く。

 2008年にふるさと納税が導入された年はわずか81億円で、15兆円を超える地方交付税交付金からすれば微々たる金額だった。それが急激な伸びで無視できない存在になってきたのだ。2016年度の地方税収は39兆3924億円で、仮におおむねの上限とされる2割がふるさと納税で動いたとして8兆円になる。それから比べれば昨年の3653億円はまだまだごく一部ということだが、返礼品競争が激しさを増し、納税者の関心をひくことになれば、さらに爆発的にふるさと納税が増えることになる。そんな危機感を総務省は持っているのだろう。

地方の消費を下支えする効果は無視できない
 では、本当に通達に従わない自治体を対象から除外するような立法が可能なのだろうか。仮に一部の自治体への寄付を控除対象として認めないとした場合、寄付する納税者の側に大混乱をもたらすに違いない。また「3割」や「地場産品」といったルールの具体的な基準を明記しないと、法律としては成り立たないだろう。

 総務省は今回の「警告」によって多くの自治体が3割以下に返礼品の調達額を抑えたり、地場産品でないものの取り扱いを止めることを期待しているに違いない。11月に再度の調査を行うとしており、それまでに改善されれば、法改正の動きは立ち消えになるかもしれない。10月には内閣改造も予想されており、野田総務相の交代も噂される。

 結局は、自治体に自制を促すための「警告」にとどまり、ふるさと納税の仕組みが大きく変わることはないだろう。

 ただし、一方で、納税する側の意識変革も必要になるかもしれない。このふるさと納税が本当にその自治体を応援することになるのか、返礼品が魅力的かどうかだけでなく、税の使われ方として正しいかどうかも重要な判断基準にすべきだろう。

 もっとも、高額返礼品人気は、低迷している地方の消費を下支えする効果があることも忘れてはいけない。その自治体に住んでいない人が返礼品を目的に寄付をすることで、その地域内で返礼品が買い上げられ、地域の「消費」が上向くことになる。一種の「インバウンド消費」である。

 消費を盛り上げるために、むしろ返礼品の金額を引き上げて、地域での購入額を積み増すのも景気対策として意味があるのではないか。いったん税金として集めてそれを産業振興予算や景気対策などに配るよりも、ふるさと納税(寄付)というすぐに現金が入ってくるものを、地場の産業に回した方が即効性がある、とみることもできる。しかも、首長や議会などが補助金の助成先を決めるよりも、返礼品として人気のある商品の企業に直接恩恵が及ぶ方が、競争原理が働き、地域活性化に役立つとも考えられる。

 災害が多発する中で、ふるさと納税の仕組みを活用して被災地を支援する取り組みも広がっている。そうしたふるさと納税には返礼品はなしというものも多い。返礼品がなくても、税金(寄付金)の使われ方が明確なものに対しては、応援しようと言う納税者も増えているということだろう。

 ふるさと納税を巡る論議を、税金の使われ方をどう透明化し、そこに納税者の意思をどうやって反映させるかを考えるきっかけにすべきだろう。分配権限を握る総務省にとっては、ますますふるさと納税は目の上のたんこぶになっていくに違いない。

日本の株価が、好調米国に置き去りにされる理由 「分配」姿勢に課題、投資家は成長力を疑問視

日経ビジネスオンラインに9月7日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/090600084/

2017年度の「内部留保」は前年度比9.9%増
 米国のダウ工業株30種平均は8月末に2万6000ドル台を突破、2月初め以来ほぼ半年ぶりに最高値を更新した。トランプ大統領が中国からの輸入品に関税をかける“米中貿易戦争”を仕掛けるなど株式市場を大きく揺さぶっているにもかかわらず、米国株高が続いている。

 一方、日本の日経平均株価はといえば、今年1月23日に付けた2万4129円34銭の年初来高値を抜くことができず、2万2000円台で上値の重い展開となっている。外国人投資家による売買比率が高い日本市場は、米国株など海外の情勢に大きく左右される。にもかかわらず日本株が高値を更新できないのはなぜなのか。

 企業業績は好調だ。財務省が9月3日に発表した2017年度の法人企業統計によると、企業(金融・保険業を除く全産業)の売上高は1544兆円と6.1%の大幅増となり、経常利益は83兆5543億円と11%増えた。当期純利益は61兆4707億円と24%も増えている。

 大幅に利益を増やしているにもかかわらず、株価は今ひとつ上昇する勢いに欠けるのだ。普通は利益が増えれば、株価は上昇するものだが、なぜ、日本企業はそうならないのか。

 最大の問題は、足元の利益が将来の成長につながると投資家に思われていないことだ。企業は稼いだおカネを設備投資に回したり、他の企業をM&A(合併・買収)したりして、将来の成長に「投資」する。あるいは、優秀な人材に高給を払って積極的に採用するなど人件費に投じる。そうした先行投資がいずれ利益となって再び企業に戻ってくるわけだ。もちろん、利益の一部は株主に配当として配られる。そうした将来に向けての利益の「分配」が見えるからこそ、株価が上昇するのである。株価は将来にわたって企業が生み出す価値を見据えている。

 ところが日本企業の場合、利益がそうした将来への「投資」に向かわず、かといって配当にも回らず、しばしば批判されているように「内部留保」に回っている。法人企業統計で内部留保を示す「利益剰余金」を見ると、2017年度は446兆4844億円。前年度に比べて40兆円、率にして9.9%も増えた。

 企業収益が大きく伸び始めたのは、第2次以降の安倍内閣が進めたアベノミクスの効果だ。量的緩和によって為替の円高が修正され、輸出産業を中心に業績が回復した。経常利益はリーマンショック後のどん底だった2009年度の32兆1188億円と比べると、2017年度(83兆5543億円)は2.6倍。第2次安倍内閣が発足した2012年度(48兆4611億円)と比べても1.7倍になった。

労働分配率はほぼ一貫して低下し続けている
 ところが、その利益がなかなか設備投資などに回らず、利益剰余金として企業に蓄えられる結果になっている。2012年度の利益剰余金は304兆円だったので、5年で140兆円も増加したことになる。この間、設備投資は34兆円から45兆円に11兆円増えただけにとどまっている。

 しかも内部留保の多くが、現預金として保有されている。2017年度に企業が保有している現金・預金の総額は、222兆円にのぼる。これだけの低金利の時代に、資金をただ積み上げて放置しているわけだ。

 安倍首相は、繰り返し「経済好循環」を掲げ、財界首脳に「賃上げ」を要請してきた。好調な企業収益の恩恵を、従業員に分配することで、家計が潤えば、それが消費の増加となって再び企業収益にプラスになってくる。こうした「循環」を起こすことが重要だとしているのだ。

 確かにベースアップは5年連続で実現したが、果たして企業は、経済好循環が起きるほどに人件費を引き上げているのか。

 法人企業統計の付加価値分析を見ると、2017年度の人件費の総額は206兆円。前年度に比べて2.3%増えてはいるが、5兆円弱の増加に過ぎない。内部留保の増加に比べれば微々たるものだ。それでも2015年度1.2%増、2016年度1.8%増、そして2017年度は2.3%増と、増加率が大きくなっているのを見ると、安倍首相の呼び掛けが多少なりとも効果を発揮しているように見える。

 しかし、企業が生み出した付加価値に占める人件費の割合、いわゆる労働分配率を見ると、2011年度の72.6%をピークにほぼ一貫して低下を続け、2017年度は66.2%である。

 内部留保の増加にかねてから苦言を呈してきた麻生太郎副総理兼財務相は、9月4日の閣議後の記者会見で「給料が伸びたといっても2ケタに達していない。労働分配率も下がっている」と指摘、「企業収益が上がっていることは間違いなく良いことだが、設備投資や賃金が上がらないと消費につながらない」と述べた。

 実際、給与の増加が消費の増加にはまだ結びついておらず、消費の低迷が続いている。企業にはまだ分配余地がある、としたわけだ。

 株価と大きく関係する企業の「分配」に、配当がある。物言う株主の増加もあって、近年は配当や自社株買いなど「株主還元」に力を入れる企業も増えている。では、配当はどれくらい増えているのか。

 法人企業統計によると2017年度の配当総額は23兆円余り。2016年度の20兆円に比べて3兆円増え、2015年度の22兆円を上回った。

配当性向は37.9%と、2016年度比で低下
 ところが、である。当期純利益のうちどれくらいを配当に回したかという「配当性向」は37.9%と前年度の40.4%から大幅に低下した。アベノミクスで企業業績が急回復した2013年度には配当性向が38.3%にまで低下したが、2017年度はそれを下回り、過去10年で最も低くなった。まだまだ増配余地があるということだ。

 2018年度の企業業績は当初、悪化する可能性があるとみられていた。ところが四半期決算などを見ていると、2018年度も増収増益になりそうな気配が強まっている。3月決算企業では、9月中間決算が締まる頃には通期の業績見通しを修正、中間配当や年間配当の見直しを行うことになる。今期も増益でしかも増配ということになれば、株価を押し上げる材料になるに違いない。

 もう1つ、企業に変化が見られている。将来を見据えた設備投資に力を入れるところが出始めた。日本政策投資銀行が8月1日に発表した2018年度の設備投資計画調査によると、資本金10億円以上の大企業の設備投資計画は前年度実績比21.6%増と大幅な増加になる見通し。前年度の同調査では伸び率は11.2%増だったので、設備投資意欲が急速に増していることを示している。

 企業が将来を見据えた投資に動き出す環境の変化もある。深刻化する人手不足に対応した無人化や省力化の投資が増えているのだ。特にこれまで生産性が低いとされてきた物流や飲食、小売り、宿泊といったサービス産業で投資が増えているのだ。小規模の飲食店などでもレジと連動した注文システムの導入が進むなど、人手不足が大きなきっかけになって設備投資を増やしている。物流業界では無人トラックの実証実験などが始まっている。

 こうした設備投資がすぐに企業収益に結びつくわけではないが、銀行口座に現金を積んでおくよりは、将来への可能性が広がるのは確かだろう。

 今後、上場企業は「分配政策」に無頓着ではいられなくなる。年金基金や生命保険会社といった機関投資家が、企業の成長戦略や配当方針に一段と目を光らせることになるからだ。内部留保を溜め込んで投資をしない企業に対して、海外のファンドなどが株を買い集めて、増配などを要求するケースが頻発しているが、過剰な内部留保を溜め込むことは、そうした物言う株主からターゲットにされる可能性があるのだ。

 また、国内の機関投資家でも、こうした海外投資家が増配などを要求した場合、賛成票を投じるケースが増えている。最終受益者であるアセットオーナー(年金資産などの保有者、保険契約者)の利益を第一に考えて行動することがスチュワードシップ・コードで求められるようになったからだ。

 企業業績が好調を続ける見通しになる中で、日本企業が「分配政策」について考え、内部留保の有効活用に動き出すようになれば、日本株も本格的に上値を追う展開になるだろう。

安倍首相3選へ、アベノミクスの評価分かれる 雇用は増えたが消費低迷が課題

日経ビジネスオンラインに8月24日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/082300083/

長期金利の「上昇容認」は政策の修正か
 自民党総裁選が9月7日告示、20日投開票で行われる。すでに石破茂元幹事長が出馬を表明しており、現職で3期目を目指す安倍晋三総裁(首相)と一騎打ちになる見通しだ。

 安倍氏は会合で、「6年前は谷垣禎一総裁の出馬断念があったが、今回はよーいドンで新しく総裁を選ぶのとは違う。現職がいるのに総裁選に出るというのは、現職に辞めろと迫るのと同じだ」と対抗馬を恫喝まがいに牽制した。派閥の多くは早々に安倍総裁支持を打ち出し、立候補が予想されていた岸田文雄政調会長も出馬を断念した。石破氏支持を打ち出すかにみえた竹下派も事実上自主投票となり、半数以上の議員が安倍氏に投票する見込みだ。安倍氏はすでに議員票の3分の2は固めたとされる。

 問題は6年前に石破氏が半数以上の票をさらった地方票の行方。しかし「安倍氏では選挙を戦えない」という声があった6年前と今とではまったく様子が異なる。安倍首相が先導してきたアベノミクスに国民の一定の支持があるからだ。

 安倍氏アベノミクスの成果を強くアピールしている。8月12日に山口県下関市で安倍首相が行った講演では、こんな発言をしている。

 「5年前に日本を覆っていた重く暗い空気は、アベノミクスによって完全に一掃することができた。20年近く続いたデフレからの完全脱却に向け、今日本は確実に前進している」

 確かに、デフレに喘いでいた5年前と比べれば、空気はだいぶ明るくなったのは事実だ。だが、「着実に前進している」のかどうかについては、異論も多い。野党だけでなく、金融界の専門家の間からも「アベノミクスは失敗した」という声が上がっている。

 そうした声が一段と強まったのが今年7月31日。日本銀行金融政策決定会合を開いて、金融緩和策の修正を決めた時だった。長期金利の上昇を「0.2%程度」まで容認するという政策を巡って、アベノミクスで推進してきた大規模な金融緩和策の修正と捉える専門家が少なくない。黒田東彦総裁は「金融緩和の持続性を強化するため」として、長期金利を「0%程度」としてきたこれまでの政策の大枠は維持する姿勢を強調したが、政策の成果が上がらないため、修正に踏み切ったとみる見方もある。

2020年度でも物価上昇率は2%に達しない
 背景には日銀が目標としてきた「2%」の物価上昇がなかなか達成できないことがある。黒田総裁が就任した直後の2013年4月には、「異次元緩和」と名付けた大胆な金融緩和に踏み出した。マネタリーベースを2倍にして、2年で2%の物価上昇を達成するとしたのだが、それ以降、2%の物価上昇は達成目標年度を何回も先送りしてきた。

 7月末の決定会合で日銀は、消費者物価(生鮮食品を除く)の上昇率の見通しを、2019年度は4月時点の1.8%から1.5%に、2020年度は1.8%から1.6%に引き下げた。つまり、目標である2%には2020年度も届かないと日銀自身が認めたわけだ。

 アベノミクスが当初から目標として掲げてきた「2%の物価安定目標」が達成できないことが鮮明になったことで、「アベノミクスの失敗が明らかになった」という声が噴出したのだ。

 とくに銀行系のエコノミストなどの間からは「それ見たことか」といった反応が出た。伝統的なエコノミストの多くは、大胆な金融緩和を実施すれば消費や設備投資が盛り上がり、物価が安定的に上昇、デフレから脱却できるという、いわゆる「リフレ派」のシナリオに否定的だ。大規模な金融緩和は財政規律を緩ませ、国債の信用度を落として、国の将来に大きな禍根を残すというのがオーソドックスなエコノミストの主張だ。アベノミクスは効果よりも副作用の方が大きいというわけである。

 実際、デフレからの脱却を掲げた大胆な金融緩和は、日銀による大量の国債購入やETF(上場投資信託)を通じた株式の買い上げにつながっている。このため、国債の流通市場が消滅するなど市場を大きく歪める結果になった。日本の代表的な企業の実質筆頭株主日本銀行という歪んだ状態になっているのも事実だ。また、マイナス金利政策によって金融機関の経営も一段と厳しさを増している。そうした副作用を引き起こしているにもかかわらず、物価は一向に上がらないではないか、というわけだ。

 安倍首相の言うようにアベノミクスは成果を上げ、着実に前進しているのか。それともエコノミストたちが言うように、副作用ばかりでまったく成果が上がっていないのか。アベノミクスに対する評価はいったいどちらが正しいのだろうか。

 この5年で空気が明るくなったと感じている国民は多いだろう。何よりも雇用情勢が一変したことが大きい。就職氷河期といわれた新卒学生の採用状況は一変、引く手あまたの状態になっている。

「就業者数」は21年ぶりに過去最多を更新
 ついに働く人の総数である就業者数は今年5月に6698万人となり、1997年6月を上回って21年ぶりに過去最多を更新した。高度経済成長期よりも、バブル期よりも、働いている人の総数は多いのである。

 その就業者数は第2次安倍晋三内閣が発足した直後の2013年1月から66カ月連続でプラスとなっている。企業に雇われている「雇用者数」も同じく66カ月連続の増加。2012年12月の5490万人から今年6月の5940万人まで、450万人も雇用が生み出された。

 日本の人口は2008年の1億2808万人をピークにすでに減少に転じており、今年7月の推計では1億2659万人と149万人減っているにもかかわらず、働く人の数は増えているのだ。

 それは、アベノミクスの一環として、安倍首相が就任以来「女性活躍促進」を言い続けている効果であることは間違いない。この5年半で増えた459万人の就業者のうち、304万人が女性の増加だ。女性の15歳から64歳の「就業率」は、60.9%から69.4%に大きく上昇したのである。

 しかも、結婚や子育てでの退職が減り、産休や育休をとって再び職場に復帰するケースも増えている。これが女性の就業率上昇を下支えしている。

 もうひとつが65歳以上の高齢者の就業者が増えたこと。アベノミクスの一環として打ち出した「一億総活躍」の効果と見ることができる。65歳以上の就業者数は安倍内閣発足時の592万人から869万人へと、277万人も増加した。これもアベノミクスによる「生涯現役」「人生百年時代」の成果と言えるだろう。

 雇用が増えているのに、なぜ消費が盛り上がらないのか。原因はいろいろ考えられるが、ひとつは「可処分所得」が増えていないこと。手取りが増えないので、財布のヒモが緩まないのである。その理由は、高齢者や女性は正規雇用よりもパートや契約社員などの非正規雇用が多いため。給与も総じて低い。もうひとつは、正規社員でも、年金掛け金など社会保険の負担が増え続けてきたため、手取りがなかなか増えなかったのである。

 もちろん、安倍首相も手をこまねいているわけではない。経済界に繰り返し賃上げを求めているのも、手取りを増やして、それが消費に向かう「経済好循環」を期待してのことだ。

 すでに5年連続でベースアップが実現。今年は首相自ら「3%の賃上げ」を要請したこともあり、賃金の上昇が始まっているとみられる。可処分所得が増えてくれば、消費におカネが向かい、それが企業収益を押し上げるという循環が始まることになる。

 一方で、人口が減る中で、日本の消費は増えない、という見方もあり、安倍首相の呼びかけも「無駄な努力だ」という専門家もいる。東京オリンピックパラリンピックに向けて訪日外国人も増える中で、日本の消費は盛り上がるのか。それがアベノミクスの本当の評価につながっていくことになる。

アベノミクスは失敗したのか 「経済好循環」は今が正念場

日経ビジネスオンラインに8月3日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/080200082/

 日銀が目標としてきた「2%」の物価上昇の達成メドが立たなくなったことで、「アベノミクスは失敗した」という声が強まっている。日本銀行は7月31日に金融政策決定会合で金融緩和策の修正を決めた。本当に、アベノミクスは「終わった」のか?

 日本銀行は7月31日に金融政策決定会合を開き、金融緩和策の修正を決めた。長期金利を「0%程度」としている政策の大枠は維持しつつ、長期金利の上昇を「0.2%程度」まで容認するのが柱で、黒田東彦総裁は「金融緩和の持続性を強化するため」だと狙いを説明している。

 背景には日銀が目標としてきた「2%」の物価上昇がなかなか達成できないことがある。2013年に黒田総裁が就任するや否や「異次元緩和」と呼ばれた大胆な金融緩和に踏み出し、マネタリーベースを2倍にして、2年で2%の物価上昇を達成するとした。

 ところがデフレ圧力は強く、物価はなかなか上昇しなかった。2%の目標は掲げたまま、達成年限を何度も先送りしてきた。

 今回、日銀は、消費者物価上昇率(生鮮食品を除く)の見通しを、2019年度は4月時点の1.8%から1.5%に、20年度は1.8%から1.6%に引き下げた。この結果、目標の2%には20年度も届かないことがはっきりしたことになる。日銀は今後も長期にわたって金融緩和を継続せざるを得ず、その副作用を緩和するために長期金利の上昇容認に動いたとみられる。

 2%の物価安定目標への到達メドが立たなくなったことで、「アベノミクスは失敗した」という声が再び高まりそうだ。デフレからの脱却を掲げた大胆な金融緩和は、日銀による大量の国債購入やETF(上場投資信託)を通じた株式の買い上げにつながり大きく市場を歪めた。マイナス金利によって金融機関の経営も一段と厳しさを増しているだけで、物価は一向に上がらない、というわけだ。

 今回、日銀がETFの購入方法などを見直す方針を示したのも、そうした副作用への配慮がある。

 では本当にアベノミクスは失敗に終わったのだろうか。

 安倍晋三首相は2012年末の第2次安倍内閣発足以降、繰り返し「経済好循環」を掲げている。大規模な金融緩和によって円高が修正され、輸出企業を中心に企業業績が大きく回復、企業がその利益を取引先や従業員に「還元」していくことで、消費が盛り上がり、再び企業収益を押し上げていく。消費が盛り上がれば物価も徐々に上がり始める。そんな「好循環」の構図を描いてきた。

 その「好循環」を実現するために、安倍首相は異例の「口先介入」を行ってきた。経済界に対して「賃上げ」を求め続けてきたのだ。自民党の首相がまるで労働組合の肩を持つようなことをしてきたわけだ。結果、5年連続でベースアップが実現した。もちろん、企業業績の好調や深刻な人手不足が背景にあるが、安倍首相の「口先介入」も経団連企業を動かす大きな要因になってきた。

 特に2018年の春闘では、安倍首相は「3%の賃上げ」を経済界に求めた。ベースアップや定期昇給だけで「3%」に達した企業は少数だが、ボーナスまで含めた年収ベースでは多くの企業で「3%の賃上げ」が実現した。

 好調な企業収益を従業員に分配するところまでは来たが、問題はそれが「消費」に結び付くかどうかだ。日本のGDPの6割は個人消費なので、消費に火がつかなければ景気は本当の意味で回復しない。

 2018年1〜3月期のGDP国内総生産)は、物価変動の影響を除いた実質で前期比0.2%減と、9四半期(2年3カ月)ぶりにマイナス成長となった。天候不順による野菜価格高騰の影響などで個人消費が落ち込んだことが響いた。また、企業の設備投資も振るわなかったことがマイナス成長の要因だった。

アベノミクスの成果が一気に雲散霧消する危険性
 いつになったら消費は回復してくるのだろうか。

 明るさが見える統計数字が発表された。日本百貨店協会が7月24日に発表した6月の全国百貨店売上高概況である。店舗調整後の総売上高は前年同月比3.1%増と大幅に増加、2017年9月の4.4%増以来の高い伸びとなった。

 中でも百貨店がこのところ苦戦していた「衣料品」が4.3%増と高い伸びになったのが目を引いた。これは消費税導入による「反動減の反動」があった2015年4月の9.9%増以来の高い伸びだ。

 もしかすると、この衣料品の伸びは「経済好循環」が消費にたどり着いた結果かもしれない。4月以降の賃上げや6月支給のボーナスの増加が、消費に結びついたのではないか、そんな期待を抱かせる。というのも「紳士服・用品」の伸びが5.5%増と高かったのである。婦人服の4.7%増や子供服の5.1%を上回ったのは久しぶりのこと。女性の小物や子供服から始まる消費が、男性の背広にたどり着いたのは「賃上げ」の効果と言えるかもしれない。こうした消費の伸びによって4−6月のGDPはプラス成長になるとの見方が多い。

 問題は7−9月期も成長を維持できるかどうかだ。

 7月は大雨や猛暑など全国的な天候不順の影響で百貨店の売上高は再び前年同月比マイナスに陥った模様だ。消費に力強さが出てこないと、本格的な「経済好循環」は望めない。

 もう1つ、消費にプラスの効果をもたらす可能性があるポイントがある。厚生年金の保険料率の上昇が昨年9月で頭打ちになったことだ。2004年の法律改正で、厚生年金の保険料率は2005年から毎年9月に引き上げられてきた。2004年9月に13.58%(半分は会社負担)だった保険料率は、それ以降、毎年0.354%ずつ引き上げられ、2017年9月には18.3%になった。

 2004年と比べると、13年で4.72%も上昇。仮に基準となる給与が年400万円だとすると、会社負担分と合わせて19万円近く上昇したのである。当然、その分、可処分所得が目減りしてきたわけだし、会社は何もしなくても社会保険料負担が増えるので、賃上げや人員採用をためらってきた。それが昨年秋で「頭打ち」になったのである。可処分所得の減少が止まれば、消費も底入れしてくる可能性がある。

 財務省が公表している「国民負担率」を使って国民所得から逆算すると、社会保険料の負担は2004年度の52兆1800億円から2015年度の66兆9800億円へと、14兆8000億円も増えた。消費税率1%の引き上げで2兆数千億円の税収増に当たるとされるので、消費税6〜7%分の負担が知らず知らずの間に増えていたわけだ。消費が盛り上がらなかったのは当然だったとも言える。

 2019年10月には消費増税が控えている。あと1年あまりだ。増税が迫れば駆け込み需要も期待できるが、一方で、その後の「反動減」も予想される。現状の消費が盛り上がらないまま消費増税に突入すれば、またしても消費が腰折れし、再びデフレの泥沼に迷い込むことになりかねない。

 消費増税後には2020年の東京オリンピックパラリンピックが控えており、訪日外国人による「超過消費」が期待できる。旅行で日本を訪れる外国人は免税手続きで買い物をするので、消費増税の影響は軽微だ。2018年6月時点でも百貨店売上高の5.8%を免税売上高、つまり訪日外国人によるインバウンド消費が占めている。この割合はさらに高まるだろう。

 だが、インバウンド消費があるから増税しても影響は軽微とは言い切れない。日本国内の消費が落ち込めば、「経済好循環」は振り出しに戻ってしまう。

 政府は「消費税還元セール」の解禁や、増税後の経済対策などで、増税の影響を小さくしようと知恵を絞っている。だが、問題は増税しても消費が腰折れしないだけの消費の「勢い」を、増税前にどれだけ作っておけるかにかかっている。むしろ、増税前の経済対策こそ必要だろう。

 あるいは、増税前に思ったほど消費が盛り上がらなかった場合、消費増税を撤回することも必要になるかもしれない。増税ありきで景気を失速させれば5年にわたるアベノミクスの成果が一気に雲散霧消する危険性をはらんでいる。

ふるさと納税は「地域循環」のツール 2017年度も過去最高、「ふるさとチョイス」須永社長に聞く

日経ビジネスオンラインに7月20日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/071900081/

 「ふるさと納税」が2017年度も過去最高を更新した。全国自治体のふるさと納税受け入れ額の合計は3653億円と前の年度に比べて1.28倍に増えた。ふるさと納税の使い道を指定できる自治体が増え、地域課題の解決に役立てようという動きが広がりつつある一方、幅広い返礼品を揃えた自治体が多額のふるさと納税を集めるなど、問題点も指摘されている。ふるさと納税総合サイト『ふるさとチョイス』を運営するトラストバンク(東京都目黒区)の須永珠代社長に、ふるさと納税の今後について聞いた。

(聞き手は磯山友幸



2017年度の1位は135億円を集めた泉佐野

須永珠代(すなが・たまよ)氏
1973年群馬県伊勢崎市生まれ。大学卒業後は派遣やアルバイトなどで、塾講師、アパレル店員、営業、コールセンター、結婚相談所など、多岐にわたる業種、業態で経験を積む。WEBデザインの専門学校でITスキルを学び、IT関連企業に就職。2012年にトラストバンクを立ち上げた。同年9月、ふるさと納税総合サイト「ふるさとチョイス」開設。2014年ガバメントクラウドファンディングの専用ページを開設。2016年東京・有楽町駅前に「ふるさとチョイス Café」オープン。


――ふるさと納税の受け入れ総額が、またしても過去最高を更新しました。

須永珠代社長(以下、須永):2015年度に制度改正があり、控除額の上限が住民税所得割の1割から2割になりました。これをきっかけに、受け入れ総額が大幅に増えました。2015年度は前の年度の4倍、2016年度は1.7倍、そして今回集計結果が出た2017年度は1.3倍でした。しかし、個人的にはそろそろ成熟期に入っていくのではないかと見ています。1.1倍程度に落ち着き、4000億円から5000億円程度で頭打ちになってくるのではないでしょうか。

――ここ数年、納税者が欲しがる返礼品を揃えて、多額のふるさと納税を集める競争のような状態になりました。2017年度も全国の名産品1000種近くを取りそろえた大阪府泉佐野市が135億3300万円を集めて、ダントツの1位になりました。

須永:成熟期に入って重要になるのは、地域の貴重な財源をどう使うか、ふるさと納税で集めたお金をどう活用するかに移ってくると思います。隣の自治体よりも多くの金額を集めれば良い、という時代ではなくなっていくでしょう。


地域経済に貢献する返礼品が不可欠
――確かにふるさと納税の仕組みを使って地域の問題解決をしようという動きも広がっています。東京都文京区が昨年始めた貧困家庭に食事を届ける「子ども宅食」プロジェクトには、あっという間に目標額が集まりました。

須永:「ふるさとチョイス」ではガバメントクラウドファンディング(GCF)と名付けて、自治体が抱える地域課題をふるさと納税の仕組みを使って解決する手法を提唱しています。災害支援にもふるさと納税が使われるようになっています。こうしたGCFなどの寄付層はこれまでのふるさと納税の寄付層とダブっていません。ふるさと納税全体は成熟期に入るにしても、こうしたGCFや災害援助の分野はまだまだ成長していくと思います。

――「お得感」を前面に打ち出して資金集めをしている自治体についてはどうお考えになりますか。

須永ふるさと納税にどういった視点で取り組むか、私たちも多くの首長さんとお話をするのですが、折り合わないことも多いです。多くの自治体の首長さんや担当者は、今のふるさと納税の仕組みがいつまで続くか分からないと漠然と感じています。

 総務省が返礼品の納税額に対する比率を3割以下にするよう指導していますが、これに従って引き下げた自治体は、ふるさと納税の仕組みが続いて欲しいから従っているのです。こうした自治体が99%です。ごく一部の自治体が、いつまで続くか分からないから、今のうちにできるだけ多額の納税を集めてしまおう、という考えなのです。

――須永さんは、ふるさと納税の返礼品がどういう基準で決められるべきだとお考えですか。

須永:それが地域経済のためになっているのかを考えることが重要だと思います。ふるさと納税で返礼品を地域から自治体が買い上げることで、地場産業の発展に結びつき、地域の雇用を生み出す。地域の経済循環のためにどう役立たせるか、ですね。ふるさと納税はあくまでツールです。

 やり方を間違えると、バケツの穴から大都市圏に資金が還流してしまう。例えば米アップルのiPadを返礼品とした場合、数%は地域に残るかもしれませんが、9割以上は米国に資金が流れてしまうことになります。

――ふるさと納税の仕組みは、自治体の創意工夫で納税を集めるという自主性を重んじているところに意味があるように思います。総務省がこと細かに規制するのもどうかと思います。

須永総務省も規制はやりたくないと思っているのではないでしょうか。私も規制はできるだけない方が良いと思っています。「ふるさとチョイス」には掲載基準というのがあって、換金性の高いものや地場性の低いものは返礼品リストから外すことにしています。現状で40〜50自治体のそれぞれ数品目という程度です。

 ただ、今後はどうみてもふるさと納税の趣旨に反するような問題自治体については、その自治体の掲載自体を取りやめることもあるかもしれません。



豪雨災害への支援にもふるさと納税が活躍
――ふるさと納税サイトはたくさんできていますが、最大の「ふるさとチョイス」から外されると影響は大きいでしょうね。

須永:首長さんとのコミュニケーションを続けて、ふるさと納税をどう活用するべきか、意見交換していきたいと思います。

――総務省地域通貨のようなものは返礼品としては好ましくないとしていますが、先ほどの地域循環を考えると、むしろその地域でしか使えない地域通貨のようなものを返礼品とするのは悪くないのではないですか。

須永:私たちも総務省とは考え方が違います。地域経済に寄与して転売できないようなものであれば、むしろ好ましい。ふるさとチョイスでは「電子感謝券」という仕組みを提唱しています。埼玉県深谷市が導入し、道の駅や市内の契約店舗で使えます。一種の地域通貨ですね。

――GCFのように、問題解決のために人々に呼びかけて共感してもらい、ふるさと納税で応援してもらう仕組みは、広がっていますか。

須永:プロジェクトは300を超えています。ふるさと納税を使って起業家を支援するプロジェクトも始まりました。愛知県碧南市の「宇宙機開発プロジェクト」というのもあります。碧南市は自動車部品などの工場が集積している地域ですが、一方でガソリン自動車の時代が終わるのではないかという猛烈な危機感があります。ふるさとの技術を継承し、それを磨いて宇宙を飛ぶ飛行機を開発しようと本気で考えている小規模な企業を応援しようというユニークなもので、1億円を目標にしています。

――西日本各地で豪雨による災害が発生しました。被災地への支援でふるさと納税も活用されていますね。

須永:7月の豪雨災害の寄付は、被災した当該自治体向けと代理自治体向けを合わせて8億円(7月19日時点)を超えました。また、新しい仕組みとして「被災地支援パートナーシップ」という取り組みを始めました。パートナーシップに参加した自治体が集めたふるさと納税額の3%を被災自治体に届ける仕組みです。できるだけ早期に被災自治体に寄付金を届けることができます。災害の初期段階では、自治体の判断で自由に使える資金が非常に重宝がられます。

――日本には寄付文化がないとしばしば言われます。トラストバンクを立ち上げた時、ふるさと納税がこんなに大きくなると思いましたか。

須永:初めは思いませんでしたが、途中からこれはすごいことになると感じました。ふるさと納税は確かに、返礼品による「お得感」もあって一気に広がりましたが、それをきっかけに寄付をしたり、地域の問題解決にできる範囲で協力しようというムードが広がったのではないでしょうか。地域のプロジェクトに共感した資金が集まり、地域で循環する経済が出来上がっていくこと。自立した経済圏が地域に出来上がっていくことが重要だと思います。

安倍内閣弱体化で「規制改革」が正念場に 国家戦略特区のつまずきで誤算

日経ビジネスオンラインに7月6日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/070500080/

加計学園問題で国家戦略特区に批判が集中
 内閣支持率は底割れを回避し、奇妙な「安倍一強状態」が続いている。森友学園問題や加計学園問題への対応には、多くの国民が不信感を抱いているものの、野党からも自民党内からも安倍晋三首相を脅かす勢力は出て来ない。

 だからといって、かつてのような求心力が働いているわけでもない。野党が反対した働き方改革関連法も何とか成立させたが、結局は数頼みだった。

 そんな中で、猛烈な逆風が吹き始めているのが「規制改革」である。第2次安倍内閣発足以降、安倍首相が推進してきたアベノミクスでは、「3本の矢」の「3本目」として「民間投資を喚起する成長戦略」を掲げた。そして、成長戦略の「1丁目1番地は規制改革」だと言い続けてきた。

 当初「3本目の矢」には、海外投資家などが大きく期待し、株価上昇の原動力になった。規制改革で日本経済の「稼ぐ力」が増せば、株価が上昇するという期待が盛り上がったのである。ところが、その規制改革が、ここへきて、逆風にさらされているのだ。

 最大の要因は、安倍首相が「規制改革の1丁目1番地」と位置付けてきた「国家戦略特区」のつまずきである。首相は「岩盤規制」に穴をあけるドリルの刃になると宣言、医療や農業、労働市場を名指しして改革をぶち上げた。全国一律に規制を緩和するのではなく、特区でまず規制をぶち破り、それを全国に広げていく。そんな作戦を立てたのだ。

 ところが加計学園問題で、この特区に批判が集中することとなった。特区には2014年3月に東京圏や関西圏、兵庫県養父市などが地域指定され、2016年1月に「広島県今治市」が3次指定として追加された。そして、特区担当大臣と自治体の長、事業者の三者で更生する「区域会議」で、獣医学部の新設を盛り込んだ。

 獣医学部新設は50年以上にわたって認められてこなかった「岩盤規制」である。結局、事業者として手を挙げた加計学園が、特区として認定された今治市内で2018年4月に獣医学部を新設したが、その認可の過程で、加計学園理事長と長年の友人である安倍首相の指示あるいは、官僚たちによる忖度があったのではないか、という批判が野党を中心に噴出したのだ。つまり、「加計ありき」で安倍首相が特区制度を利用したのではないか、というわけだ。

規制改革を求める「事業者」が登場するか
 獣医学部の新設に関しては、特区諮問会議のワーキンググループ(WG)が医学部新設とともに早い段階から「岩盤規制」として俎上に載せていた。2014年以降、WGでの議論に登場するが、議事録を読む限り最も熱心だったのは座長の八田達夫大阪大学名誉教授だ。何せ50年以上も学部新設を許可しない文科省の行政は、岩盤規制そのものだと八田教授は考えたようだ。WGのメンバーは記者会見を開き、今治市選定のプロセスについてこう語った。

 「今回の規制改革は、国家戦略特区のプロセスに則って検討し、実現された。言うまでもなく、この過程で総理から『獣医学部の新設』を特に推進してほしいとの要請は一切なかった」

 規制改革プロセスとしては「一点の曇りもない」と強調したのだ。八田教授は国会での参考人聴取でも同様の発言を繰り返した。また、特区諮問会議の議員に名を連ねた坂根正弘コマツ相談役も、首相の関与などありえないと発言している。

 それでも野党の批判は執拗に続いた。安倍首相も最後まで選定プロセスには全く関与しておらず、一点の曇りもないと繰り返したが、安倍首相の意向を忖度して加計学園が選ばれ、特区で獣医学部開設を実現できた、という印象が定着した。

 もともと、特区は、首相のリーダーシップによって各省庁が抵抗する「岩盤規制」を突破しようという仕組みだ。もちろん、各省庁の後ろには、既得権を持つ業界団体がいる。獣医学部の新設が50年にわたって実現しなかったのも、「獣医師は余っている」という獣医師会の反対を受けて、文部科学省などが認可しなかったためだ。加計学園は今回の特区申請以前にも、繰り返し獣医学部新設を要望したが、ずっと拒否され続けてきた。

 実は、特区制度で最大の難関は、規制改革を求める「事業者」が手を挙げるかどうか。特区は前述の通り、国と地方自治体、事業者の3者が一体となって規制に挑む仕組みだ。だが、手を挙げる事業者からすれば、既得権を握る同業者や、その利益を守っている監督官庁を敵に回すことになる。役所を敵に回せば、その案件は通っても、他のどこで意地悪をされるかわからない。まさに「江戸の敵を長崎で討たれる」ことになりかねないのだ。

 加計学園問題で特区が批判されるようになって以降、特区制度を使って規制を突破しようとする事業者が激減している。企業など民間からすれば、いくら政治家や内閣府が後押ししてくれても、監督省庁と事を構えるのは危険だ。安倍内閣も永遠に続くわけではない。

 特区に選ばれた自治体も尻込みしている。「これまでは特区に選ばれたことが大きなPR材料だったが、なぜ特区などに手を挙げたのかという批判から住民の中からも出るようになった」(特区に指定されている自治体の首長)という。自治体の首長としても特区に手を挙げるのがリスクになり始めているのだ。

「目玉不足」の規制改革実施計画
 政府が6月に閣議決定した成長戦略「未来投資戦略2018」には、「国家戦略特区の推進」という項目が残っている。だが、143ページにわたる戦略本文の中で、わずか1ページと6行だけである。規制改革の「1丁目1番地」はまさに風前の灯火だ。

 同じ6月15日には「経済財政運営と改革の基本方針2018〜少子高齢化の克服による持続的な成長経路の実現〜」、いわゆる「骨太方針」と、「規制改革実施計画」も閣議決定されている。この3つを同時に閣議決定し、それを行政の方針として7月以降の「事務年度」で実行に移していく、というのが第2次安倍内閣以降のやり方になっている。霞が関にとって「閣議決定」は重く、内閣の方針として決められた事として、行政はそれに何らかの「答え」を出す事が求められる。

 霞が関の官僚は、閣議決定された方針に真正面から反対することは出来ない。面従腹背することも可能だが、成果を上げなければ、官僚としての評価が下がる。この3本の閣議決定は極めて大きな意味を持つのだ。

 だが、今年は「規制改革実施計画」がニュースで大きく取り上げられることはなかった。「目玉」に乏しかったのである。

 実施計画を策定したのは政府の規制改革推進会議(議長・大田弘子政策研究大学院大学教授、元経済財政政策担当大臣)である。計画には、「改革の重点分野」として、「行政手続コストの削減」、「農林」、「水産」、「保育・雇用」、「医療・介護」、「投資等」及び「その他重要課題」を掲げている。農林ではかつてJA全中の解体などを掲げ、大きな議論になったが、ひと山越えた感じになっている。

 今年の計画では、放送と通信の融合に向けた規制改革などが盛り込まれているが、今ひとつ話題にならなかった。

 これまで、農業ではJA、医療では医師会、雇用問題では労働組合などを、岩盤規制を守る既得権者とみなし、政治が前面に出てそうした団体と戦う姿勢を安倍首相らは取り続けてきた。そうした改革姿勢が国民の支持を得て、高い支持率につながると考えたのだろう。

 ところが、ここへきて内閣の足元が揺らぐとともに、そうした既得権者をやり玉に挙げて規制改革を進める手法はなりをひそめるようになった。安倍首相が「敵を作らない」方針に変えたのかどうかはわからない。だが、規制改革をめぐる永田町や霞が関のムードが大きく後退していることだけは間違いない。

安倍内閣弱体化で「規制改革」が正念場に 国家戦略特区のつまずきで誤算

日経ビジネスオンラインに7月6日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/070500080/

加計学園問題で国家戦略特区に批判が集中
 内閣支持率は底割れを回避し、奇妙な「安倍一強状態」が続いている。森友学園問題や加計学園問題への対応には、多くの国民が不信感を抱いているものの、野党からも自民党内からも安倍晋三首相を脅かす勢力は出て来ない。

 だからといって、かつてのような求心力が働いているわけでもない。野党が反対した働き方改革関連法も何とか成立させたが、結局は数頼みだった。

 そんな中で、猛烈な逆風が吹き始めているのが「規制改革」である。第2次安倍内閣発足以降、安倍首相が推進してきたアベノミクスでは、「3本の矢」の「3本目」として「民間投資を喚起する成長戦略」を掲げた。そして、成長戦略の「1丁目1番地は規制改革」だと言い続けてきた。

 当初「3本目の矢」には、海外投資家などが大きく期待し、株価上昇の原動力になった。規制改革で日本経済の「稼ぐ力」が増せば、株価が上昇するという期待が盛り上がったのである。ところが、その規制改革が、ここへきて、逆風にさらされているのだ。

 最大の要因は、安倍首相が「規制改革の1丁目1番地」と位置付けてきた「国家戦略特区」のつまずきである。首相は「岩盤規制」に穴をあけるドリルの刃になると宣言、医療や農業、労働市場を名指しして改革をぶち上げた。全国一律に規制を緩和するのではなく、特区でまず規制をぶち破り、それを全国に広げていく。そんな作戦を立てたのだ。

 ところが加計学園問題で、この特区に批判が集中することとなった。特区には2014年3月に東京圏や関西圏、兵庫県養父市などが地域指定され、2016年1月に「広島県今治市」が3次指定として追加された。そして、特区担当大臣と自治体の長、事業者の三者で更生する「区域会議」で、獣医学部の新設を盛り込んだ。

 獣医学部新設は50年以上にわたって認められてこなかった「岩盤規制」である。結局、事業者として手を挙げた加計学園が、特区として認定された今治市内で2018年4月に獣医学部を新設したが、その認可の過程で、加計学園理事長と長年の友人である安倍首相の指示あるいは、官僚たちによる忖度があったのではないか、という批判が野党を中心に噴出したのだ。つまり、「加計ありき」で安倍首相が特区制度を利用したのではないか、というわけだ。

規制改革を求める「事業者」が登場するか
 獣医学部の新設に関しては、特区諮問会議のワーキンググループ(WG)が医学部新設とともに早い段階から「岩盤規制」として俎上に載せていた。2014年以降、WGでの議論に登場するが、議事録を読む限り最も熱心だったのは座長の八田達夫大阪大学名誉教授だ。何せ50年以上も学部新設を許可しない文科省の行政は、岩盤規制そのものだと八田教授は考えたようだ。WGのメンバーは記者会見を開き、今治市選定のプロセスについてこう語った。

 「今回の規制改革は、国家戦略特区のプロセスに則って検討し、実現された。言うまでもなく、この過程で総理から『獣医学部の新設』を特に推進してほしいとの要請は一切なかった」

 規制改革プロセスとしては「一点の曇りもない」と強調したのだ。八田教授は国会での参考人聴取でも同様の発言を繰り返した。また、特区諮問会議の議員に名を連ねた坂根正弘コマツ相談役も、首相の関与などありえないと発言している。

 それでも野党の批判は執拗に続いた。安倍首相も最後まで選定プロセスには全く関与しておらず、一点の曇りもないと繰り返したが、安倍首相の意向を忖度して加計学園が選ばれ、特区で獣医学部開設を実現できた、という印象が定着した。

 もともと、特区は、首相のリーダーシップによって各省庁が抵抗する「岩盤規制」を突破しようという仕組みだ。もちろん、各省庁の後ろには、既得権を持つ業界団体がいる。獣医学部の新設が50年にわたって実現しなかったのも、「獣医師は余っている」という獣医師会の反対を受けて、文部科学省などが認可しなかったためだ。加計学園は今回の特区申請以前にも、繰り返し獣医学部新設を要望したが、ずっと拒否され続けてきた。

 実は、特区制度で最大の難関は、規制改革を求める「事業者」が手を挙げるかどうか。特区は前述の通り、国と地方自治体、事業者の3者が一体となって規制に挑む仕組みだ。だが、手を挙げる事業者からすれば、既得権を握る同業者や、その利益を守っている監督官庁を敵に回すことになる。役所を敵に回せば、その案件は通っても、他のどこで意地悪をされるかわからない。まさに「江戸の敵を長崎で討たれる」ことになりかねないのだ。

 加計学園問題で特区が批判されるようになって以降、特区制度を使って規制を突破しようとする事業者が激減している。企業など民間からすれば、いくら政治家や内閣府が後押ししてくれても、監督省庁と事を構えるのは危険だ。安倍内閣も永遠に続くわけではない。

 特区に選ばれた自治体も尻込みしている。「これまでは特区に選ばれたことが大きなPR材料だったが、なぜ特区などに手を挙げたのかという批判から住民の中からも出るようになった」(特区に指定されている自治体の首長)という。自治体の首長としても特区に手を挙げるのがリスクになり始めているのだ。

「目玉不足」の規制改革実施計画
 政府が6月に閣議決定した成長戦略「未来投資戦略2018」には、「国家戦略特区の推進」という項目が残っている。だが、143ページにわたる戦略本文の中で、わずか1ページと6行だけである。規制改革の「1丁目1番地」はまさに風前の灯火だ。

 同じ6月15日には「経済財政運営と改革の基本方針2018〜少子高齢化の克服による持続的な成長経路の実現〜」、いわゆる「骨太方針」と、「規制改革実施計画」も閣議決定されている。この3つを同時に閣議決定し、それを行政の方針として7月以降の「事務年度」で実行に移していく、というのが第2次安倍内閣以降のやり方になっている。霞が関にとって「閣議決定」は重く、内閣の方針として決められた事として、行政はそれに何らかの「答え」を出す事が求められる。

 霞が関の官僚は、閣議決定された方針に真正面から反対することは出来ない。面従腹背することも可能だが、成果を上げなければ、官僚としての評価が下がる。この3本の閣議決定は極めて大きな意味を持つのだ。

 だが、今年は「規制改革実施計画」がニュースで大きく取り上げられることはなかった。「目玉」に乏しかったのである。

 実施計画を策定したのは政府の規制改革推進会議(議長・大田弘子政策研究大学院大学教授、元経済財政政策担当大臣)である。計画には、「改革の重点分野」として、「行政手続コストの削減」、「農林」、「水産」、「保育・雇用」、「医療・介護」、「投資等」及び「その他重要課題」を掲げている。農林ではかつてJA全中の解体などを掲げ、大きな議論になったが、ひと山越えた感じになっている。

 今年の計画では、放送と通信の融合に向けた規制改革などが盛り込まれているが、今ひとつ話題にならなかった。

 これまで、農業ではJA、医療では医師会、雇用問題では労働組合などを、岩盤規制を守る既得権者とみなし、政治が前面に出てそうした団体と戦う姿勢を安倍首相らは取り続けてきた。そうした改革姿勢が国民の支持を得て、高い支持率につながると考えたのだろう。

 ところが、ここへきて内閣の足元が揺らぐとともに、そうした既得権者をやり玉に挙げて規制改革を進める手法はなりをひそめるようになった。安倍首相が「敵を作らない」方針に変えたのかどうかはわからない。だが、規制改革をめぐる永田町や霞が関のムードが大きく後退していることだけは間違いない。