人間はおカネのために働くのか 選択できることこそ重要

日経ビジネスオンラインで12月28日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/122700083/?P=1


日本の報酬体系はグローバル水準から逸脱
 人は何のために働くのだろうか。生きていくためにはおカネが必要なので、「労働の対価」としてそれを受け取る。だからと言って、人は「おカネのため」だけに働くものなのだろうか。

 2018年は「報酬」を巡る話題が花盛りの年だった。11月に突然逮捕された日産自動車会長(当時)のカルロス・ゴーン容疑者による特別背任事件は、報酬の過少記載が突破口だった。政府の資金を運用する官民ファンド、産業革新投資機構(JIC)を舞台にした経済産業省と経営陣の衝突も、報酬が高すぎるという首相官邸の横やりで経産省が態度を一変させたことが民間人取締役を激怒させ、9人がそろって辞表を叩きつける事態に発展した。

 AI(人工知能)やバイオテクノロジーなど先進分野で、一級の学者が日本の大学にやって来ないのは、報酬水準が低すぎるからだとの声も上がった。もはや日本の管理職の報酬は、中国企業の管理職よりも安いといった報道もあった。

 要は、日本の報酬体系がグローバルな仕組みから大きく劣後していることが様々な問題を引き起こしたわけだ。このままでは、優秀な人材はみな海外に逃げてしまう。日本は沈没してしまう、という識者の危機感は十分に理解できる。

 だが、おカネを出しさえすれば優秀な人材が集まるのか、高い報酬さえ保証すれば、人は全力で働くのかと、ふと考えてしまう。逆に言えば、安月給にもかかわらず、全力で働く人は否定されるのか。

 報酬はその人の評価のひとつのモノサシであることは間違いない。日産自動車を破綻の危機から救ったゴーン容疑者は、10億円を超す年間報酬をもらっても飽き足らなかった。自分の働きには、もっと価値があると信じていたに違いない。

 かつてゴーン氏が絶頂の頃、会社を立て直した大手製造業の経営者に「いったい〇〇さんは会社の株価を何倍にしたのか」と聞いたと言う。これに日本人社長が「X倍だね」と答えると、ゴーン氏はこう言い放ったそうだ。「それなら報酬を今の10倍もらうべきだ」。

 日本人社長は苦笑交じりに「あんたのような顔をしていたら、もらえるんだが」と答えたそうだ。つまり、外国人だったら高い報酬を得られても、日本人経営者はそこまで貪欲になることは許されないというわけだ。

 何事にも中庸を求める日本人は、巨額の報酬をもらって当然だとはなかなか言えない。自分だけ多額の報酬を得れば、世間の目が許さない。そんな意識が日本の経営者には根付いている。

 それでもここ10年で、日本の経営者の報酬は大幅に上昇した。1億円以上の報酬開示が始まった2010年に、1億円以上の報酬を得る役員がいた会社は166社で、289人だった。それが、2018年には240社538人へと大きく増えた。かつては1億円以上もらうのは創業社長と相場が決まっていたが、最近では総合商社や大手電機メーカー、金融機関まで幅広い業種で1億円プレーヤーが誕生している。

おカネよりも社会貢献が重要だという風潮も
 では、こうした経営者のキャリアパスや働き方も欧米型に変わったのか、というとそうではない。欧米のCEOは業績が悪ければすぐにクビになる。取締役も成果を上げられなければ席はなくなる。高い報酬はそうしたリスクへの対価とみることもできる。

 ところが、日本の経営者は報酬が低い代わり、よほどのことがない限り、途中でクビになることはない。終身雇用が前提のサラリーマンとして会社に入り、役員となることで定年後も会社に残ることができた人がほとんどだ。身分保障があって突然失業するリスクがないのだから、報酬が低くても仕方がないとも言える。

 そういう意味では、最近のサラリーマン社長が数億円の年俸を得るようになったのは「いいとこ取り」とも言える。しかも、デフレに苦しんだ日本企業を立て直して、高額報酬をもらっている経営者たちの多くは、リストラによって人員削減をした結果、業績を回復させた。高額報酬を得る代償に、多くの人たちの涙があったとみることもできる。それでも業績を回復させたのだから、高額報酬を得るのは当然だと言い切れるのかどうか。

 もちろん、高い報酬をもらわずに働くのが日本人の美徳だなどと情緒的なことを言うつもりはない。今後、日本企業の報酬体系や雇用の仕組みは、どんどん欧米型になっていくだろう。国境を越えて人が動き回り、企業も世界中から優秀な人材を集めるようになると、人事制度や報酬がグローバル水準にサヤ寄せされていくのは当然のことだ。とくにグローバルな競争にさらされる分野の企業や組織では、グローバル水準の報酬を支払うのが当然になるだろう。

 それに伴って終身雇用や年功序列賃金という「日本型」と言われてきた仕組みは大きく崩れていくに違いない。実際、今年の国会で成立した「働き方改革関連法」では、時間によらない報酬体系を認める「高度プロフェッショナル制度」が導入された。これは日本型雇用制度に風穴を開けることになるに違いない。

 日本型の雇用制度は、悪いところばかりではなかった。だが、経済成長が止まり、デフレが企業を襲った中で、年功序列の人事制度が、企業の成長を阻害する要素になってしまった。日本企業が成長の壁にぶつかり、それを突き破るにはグローバル水準の仕組みに変わらざるを得なくなった、ということだろう。

 それでも、日本の会社や組織のすべてがグローバルな仕組みに変わる必要があるのかといえば、そうではないのではないだろうか。企業によっては終身雇用を続け、定年もなく、生涯働ける仕組みを取り続けてもよいのではないか。世界をみても欧州では生涯1つの会社で働くという人たちもたくさんいる。

 多額の報酬を払わなければ優秀な人材が来ない、というのは、グローバルに競争する企業や組織には当てはまるが、そうした日々競争を求められる働き方は嫌だ、という人たちもいる。安月給でも自分のやりたいことをしたいという人はいるのだ。

 学生や社会に出たての若者と話していると、最近は「やりがい」や「社会のため」に働きたいという声を多く聞く。おカネよりも社会貢献が重要だと言うのは最近の風潮で、世の中全体が「食うに困る」ことがなくなったことが要因のひとつのように思う。まさに、衣食足りて礼節を知る、ということだろう。

 雇用制度や報酬体系がひとつである必要はない。労働基準法という単独の法律でグローバル企業から町の商店までを縛ろうとするから無理がくる。労働基準法Aと労働基準法Bがあって、どちらを採用するか企業が決め、それを働く側が選択する。ガリガリのグローバル基準で働き高い報酬を得るのか、報酬は低くてもやりがいのある仕事をするのか。それこそまさに多様な働き方ではないだろうか。

外国人に「暗黙のルール」は通用しない 改正出入国管理法成立で働き方が変わる

日経ビジネスオンラインに12月14日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/121300082/

抵抗勢力」だった法務省が「折れた」理由
 外国人労働者の受け入れ拡大を狙った出入国管理法の改正案が臨時国会で成立した。衆参両院の法務委員会での審議時間が合計38時間にとどまったことから、審議が不十分だとして日本維新の会を除く野党が反対に回った。

 だが問題は審議時間よりも「法案の中身がスカスカ」で、後は国会審議が必要ない「政省令」で定めるとしている点だ。「政府への白紙委任」だと野党は批判しているが、それよりも所管官庁である法務省が、現場の実情を把握してきちんとした「政省令」を作り上げることができるのかどうかが、最大の懸念事項だ。

 「与野党の国会審議がかみ合わなかったのは、法務省の問題が大きい。そもそも外国人労働者拡大に反対してきた役所が旗振り役になったのが間違いだ」

 経済産業省の大物OBはこう指摘する。法務省の一部局である出入国管理局は、まさに入国の「管理」を行うのが任務の部署だ。水際で不良外国人の入国を阻止し、不法就労や在留期限の超過など法を犯した外国人を探し出して強制退去処分などを行うことを長年、主要任務としてきた。

 当然、外国人の在留資格を緩めることには基本的に反対で、内閣官房が中心になって検討してきた外国人労働者の受け入れ拡大では、常に「抵抗勢力」だった。

 その法務省が「折れた」のは簡単な話だった。安倍晋三首相官邸が中心となって外国人材の受け入れ拡大を決め、「経済財政の運営の基本方針」いわゆる「骨太の方針」に盛り込まれて閣議決定された段階で、勝負は決まっていた。法務省出入国管理局を格上げして出入国在留管理庁を設置することも決まったが、内閣の方針に法務省が抵抗を続ければ、出入国在留管理庁は内閣府の傘下に置かれることになったはずだ。もともと外国人がからむ役所は数多く、省庁間の調整が必要だから、法務省の下に置く道理はなかった。

 内閣に、自分たちの権益やポストを失いたくない霞が関官僚の行動パターンを見透かされたわけだ。法務省が「折れ」れば、局が庁に格上げされ、次官級の「長官」に加え、次長や審議官といったポストが新しく増える。しかも、大幅な増員も可能になる。

 要は、組織の拡大という「アメ」が欲しかったというのが本音で、外国人労働者を増やしたいと考えているわけではない。だから、法案の審議が「気が抜けた」ものになったのは、当然といえば当然だ。

外国人を「真正面」から受け入れるのは前進
 外国人労働者の受け入れ拡大が必要だと考えている役所は何と言っても経産省だ。産業界の現場から上がっている悲鳴にも似た声を、もう何年も前から聞かされてきた。技能実習生や留学生といった「便法」で何とか乗り切ってきたが、それも限界に来ていた。

 東京オリンピックパラリンピックに向けて建設ラッシュが続いているが、建設現場ではまったく人が足らないのが実情だ。技能実習生として多くの外国人が働いているが、彼らもいつまでも働けるわけではない。期限が3年だった技能実習を建設を含む一部業種では5年に延ばしたが、それも焼け石に水。仕事に慣れた今いる外国人労働者を雇い続ける方法をつくって欲しいという要望が業界からは出されていた。

 今回の法律で通って2019年4月から導入される「特定技能1号」「特定技能2号」という新しい在留資格は、まさにその受け皿になる。

 厚生労働省も急増する外国人労働者に頭を悩ませてきた役所だ。実際には働くために来日しているのに、建前は学生や技能実習生という外国人は、労働政策の範囲から飛び出してしまう。最低賃金の確保など労働基準監督行政にも支障をきたし始めていた。「単純労働者も、真正面から労働者として受け入れるべきだ」(厚生労働省幹部)という声が強まっていた。

 もちろん、農業や漁業、宿泊業などからの「外国人労働者を解禁して欲しい」という声にも、今回の特定技能1号は応えている。これまでは「単純労働」だとして正規の就労ビザが下りず、国際貢献が「建前」の技能実習生や、日本語を学ぶというのが「建前」の留学生に頼るほかなかった業種で、真正面から労働者として受け入れられるようになる。それは半歩前進であることは間違いない。

 問題は、そうした現場の実情にあったルールづくりを法務省ができるのか、と言う点だ。単に労働力としてだけ外国人をみて、入国を緩めた場合、どんな問題が起きるのかは、先進各国が示している。1950年代から60年代にかけてドイツがトルコ人を「労働者」として受け入れた結果、その後、大きな社会問題の種になった。

 景気が悪くなって労働力として不要になったら帰ってもらえばよい、当時のドイツはそう考えていた。「ガスト・アルバイター(お客さん労働者)」という言葉がそれを端的に示していた。だが、結局、景気が悪化してもトルコ人労働者は本国に帰らず、ドイツ社会の底辺を構成するに至った。ドイツ社会で分断された存在になった彼らは、様々な社会問題を引き起こした。

 今回の「特定技能1号」で受け入れる外国人労働者も、対応を間違えば同じ問題を引き起こす。政府は5年間で34万人に限定すると言うが、実際、産業界の人手が足らないという声が強まれば、なし崩し的に増えていくに違いない。

日本語教育は国が責任を持つべきだ
 特定技能1号は家族の帯同を認めず、永住権の取得に必要な年限にも算入しない、という。「単なる労働者」として受け入れようとしているのだ。だが、それぞれ特定技能1号の在留資格で入国した男女が結婚して家庭を持ち、子どもができることは十分、可能性がある。在留期限の制限がない別の資格で入国している外国人と結婚するケースだってあるだろう。着実に日本に根付く外国人は増えていくのだ。

 今回、出入国在留管理庁に「在留」の文字が入ったのは、日本に定住する外国人も対象にするという意思が示されている。出入りだけでなく、在留についても「管理する」というわけだ。この「管理」という発想は、内閣が言う「生活者として受け入れる」という方針と相いれるのかどうか。

 2019年4月に法律が施行されることで、日本で働こうと入国してくる外国人は大きく増えるに違いない。だが、入国させる以上、日本のルールを守り、日本社会の一員として暮らしてもらうことが不可欠だ。かつてのドイツのように「分断」を許せば、大きな禍根を将来に残す。

 そのためには、日本語教育を政府主導で義務付けるなど対策が不可欠だ。外国人やその子弟の日本語教育初等教育自治体任せで、自治体の負担で成り立っているのが実情だ。

 一定の日本語レベルを入国資格にするのはいいが、その後の教育にも国が責任を持ち、予算を付けることが不可欠だろう。

 おそらく数年すれば、どこの職場にでも外国人がいるのが当たり前になっているに違いない。そうなれば、彼らを雇用する民間の事業者の発想も大転換を迫られる。

 日本人と外国人の従業員を国籍で差別することは難しくなる。外国人は安く使えるという過去の発想は捨て去る必要がある。同一労働同一賃金を基本に、外国人差別はできなくなる。端的に言えば、最低賃金未満で働かせるようなことはご法度だ。

 「外国人労働者を入れれば、日本人の雇用を奪う」という批判もあるが、外国人に低賃金しか払わなければ、その職種の日本人の給与の足を引っ張ることになる。

 従業員と企業の関係も大きく変わるだろう。世界は基本的に契約社会。労働条件や雇用環境などを明文化して残すのが普通だ。日本ならではの以心伝心や、善意を前提にした成り行き任せは成り立たない。仕事の内容は何なのか、どういう手順でそれを終わらせるのか、明確にしなければ、働き手は不満を持つ。日本型の雇用の仕組みが根底から揺さぶられる可能性も十分にある。来年4月を契機に、これまで日本人では当たり前だった働き方の暗黙のルールのようなものが、通用しない時代に突入していくことになりそうだ。

ゴーン事件で露呈した「日本の危機」 国際的に通用する経営人材がいない

日経ビジネスオンラインに11月30日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/112900081/

ルノー・日産BVのトップ人事が焦点
 経団連など経済界の首脳たちの間でカルロス・ゴーン容疑者の後任探しが行われている。

 有価証券報告書虚偽記載の疑いで11月19日に逮捕されたゴーン容疑者は、11月22日に日産自動車の会長職を解任されたほか、11月26日には三菱自動車の会長も解任された。一方、ルノーはゴーン容疑者のCEO(最高経営責任者)解任を見送り、ティエリー・ボロレCOO(最高執行責任者)をCEO代行に任命した。

 ルノー・日産・三菱自動車連合の総帥が突如として空席となったことで、今後の同連合の主導権を誰が握るのかが大きな焦点になっている。日産からゴーン容疑者解任の経過説明を受けたとみられる首相官邸経済産業省は、ルノー日産連合の経営トップに日本人を据える方針を決め、経済界に適任者の人選を求めたとされる。

 3社連合の経営体制は、ルノーと日産の合弁会社である「ルノー・日産BV」(オランダ)の会長兼CEOをゴーン容疑者が務めることで、3社連合を率いる形をとってきた。日産側はこのポジションに日本人を据え、名実ともにゴーン容疑者の後任としたい意向をルノー側に示している。当然、ルノー側は反発している。

 ルノーと日産の間にはこの合弁会社のトップにはルノー側が就くという覚書があるとされるが、政府関係者によると、「絶対にルノーから出すという内容ではない」と解釈の余地があるとの見方を示している。

 1999年には経営破綻寸前だった日産がルノーに事実上救済される形だったため、こうした覚書が交わされたとみられる。ところがその後、大幅なリストラの効果で日産は復活。2017年の世界の自動車販売ではルノーが約376万台なのに対して、日産は約581万台と大幅に上回るようになった。売り上げや利益の規模でも日産はルノーを上回っている。

 ところが、ルノーは日産の議決権の43.4%を握っているのに対して、日産はルノーに15%の出資をするが議決権はない。日産側には格下のルノーに経営を牛耳られていることへの反発が以前からある。絶対権力者だったゴーン容疑者が失脚したことで、これが一気に表面化するのは半ば当然だった。ルノーとの協議では今後のアライアンスの進め方や資本構成についての見直しも日産側は求めているもようだ。

 資本構成を見直すことはそう簡単ではないにせよ、今後、日産とルノーの力関係を決めることになるのは、トップ人事だ。ルノー・日産BVのトップに誰がなるのかにかかっている。

「プロ経営者」の数はまだ少ない
 ここで問題になるのが、グローバルな自動車連合のトップを務められるだけの力を持つ経営者が日本にはいないこと。打診されている経済界も自信をもって推薦できる人物が見当たらず頭を抱える状態になっている。

 ここ10年ほど日本でも「プロ経営者」をトップに据える企業が出始めているものの、まだまだ数は少ない。日本コカ・コーラの社長・会長を務めた魚谷雅彦氏が資生堂の社長に就任したほか、ローソンの社長・会長を務めた新浪剛史氏がサントリーホールディングスの社長に就任するなど事例は出ているが、最近では短期のうちに退任する例も目立っている。

 プロ経営者としてカルビーの会長兼CEOを務めた松本晃氏が、RIZAPグループのCOOに招かれたものの、わずか半年でCOOを外れた。アップル日本法人の社長から日本マクドナルドホールディングス社長を務め、ベネッセホールディングス会長兼社長に転じていた原田泳幸氏が退任したほか、LIXILグループに社長として招かれた藤森義明氏も実質的に解任されている。まだまだ日本には「プロ経営者」がほとんど存在しないし、経済界で「プロ経営者」が活躍できる余地も少ない。

 一方で、経営破綻の危機に直面した東京電力のトップ選びや、官民ファンドのトップ選びなどで、政府が経済界に人材選びの協力を求めたケースもあった。ただ、こうした政府や「公益」がからむ企業などの場合、他の日本企業との調整など、極めて日本的な能力が求められるため、「財界の顔」的な大物財界人に打診がいくことがしばしばだった。

 今回の場合、日本人を選ぶに当たってのハードルはかなり高い。ルノー・日産・三菱のアライアンス全体の自動車販売台数は2017年に世界でトップに躍り出ている。ドイツのフォルクスワーゲンVW)グループやトヨタグループを上回る巨大自動車グループを統率できるグローバル水準の経営人材が日本にいるのかどうか。また、フランスが中心のルノーの傘下にはルーマニアのダチアや、韓国サムスンとの合弁であるルノーサムスンなどもあり、グローバル経営を仕切る能力が不可欠だ。

 「部長級を選ぼうとしたら全員が外国人になってしまう。もちろん日本人に“げた”をはかせてポストに付けているが」

 グローバル経営を一気に進めている日本の大手企業のトップはこう嘆く。日本人の40歳〜50歳台の力がまったく国際水準に達していない、というのだ。

日本人の「経験値が足りない」
 英語が十分に使いこなせないといったレベルの話ではない。外国人人材には社内共通語である英語を母国語とする人ばかりでなく、流ちょうに話す人ばかりではないが、経営者あるいはマネジャーとしての絶対的な能力が不足している、というのだ。

 「日本人が優秀じゃないというのではなく、経験値が足りないという感じです」とこの経営者は言う。

 要は、経営者、あるいはその予備軍としてのマネジャーとしての場数を踏んでいない、というのだ。これは、圧倒的に日本企業の人材の「育て方」に問題がある。現場の最前線からスタートして、一歩一歩出世の階段を上っていく日本のやり方は、強い現場を作ることに大きな威力を発揮してきた。

 日本企業は長年、現場第一主義でボトムアップ型の意思決定を行ってきた。部長や取締役など、現場の一線から離れていくにしたがって、現場の方向性を追認しハンコを押すだけの存在になっていく。伝統的な日本企業ほどそうだったといっていい。

 ところが、近年、企業に求められているのはトップダウン型の経営である。ボトムアップ型ではどうしても意思決定に時間がかかり国際競争に耐えられない。トップダウンで即断即決しなければ競争に勝てない時代になった。

 そこで経営力が問われるようになったのだが、現場重視型の日本企業では、マネジメントや経営の人材がどうしても弱くなる。長年現場で経験を積んだ論功行賞で役員になっても、時代の変化についていく即断即決型の人材にはならないのだ。

 いわゆる「プロ経営者」はこうした現場から時間をかけて上がってくる仕組みでは育たない。経営者としての教育を受け、様々な企業で「経営」に携わり、いくつかの会社の経営トップを経てグローバル企業の経営を担う。そうしたキャリアパスが不可欠だ。これは大卒一括採用、終始雇用を前提とした年功序列では絶対に生まれてこない。

 経団連から就活時期を定めたルールの廃止という話が出てきたのも、今の仕組みでは経営人材が育たない、という思いの表れだろう。経営幹部層は一定の経験を積んだ人物から中途採用で雇う、そんな時代がすぐそこまでやってきている。

 ゴーン容疑者の後任には、日産でもルノーでもない第三者をトップにすえることが落とし所になる、と語る関係者もいる。日本政府や経済界など「日の丸連合」からすれば、何とか日本人を据えたいところだろうが、もしかすると、日本人でもフランス人でもないプロ経営者を据えることが解決策になる可能性も十分にある。それぐらい適材がいないのだ。今後も日本企業のグローバル化を進めていくうえで、経営人材の枯渇が大きな危機になるに違いない。

「外国人に仕事を奪われる」は本当か 「いわゆる移民政策とは違う」と主張し続ける安倍首相

日経ビジネスオンラインに11月9日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/110800080/

「特定技能2号」なら家族帯同も認める
 外国人労働者の受け入れを拡大する出入国管理法改正案の審議が始まった。深刻な人手不足で、多くの業界から外国人労働者の受け入れ解禁を求める声が上がっており、政府は今の臨時国会で可決成立させ、2019年4月から施行したい考えだ。

 今回の入管法改正ではこれまで「単純労働」とされてきた業種で受け入れが可能になる。新たな在留資格を創設するのが柱で、「相当程度の知識または経験を要する技能」を持つ外国人に就労可能な「特定技能1号」の在留資格を与える。

 建設や介護、宿泊、外食といった人手不足が深刻な14業種が想定されている。農業や漁業のほか、飲食料品製造、ビルクリーニング、自動車整備、航空、素形材産業、産業機械製造、電気・電子機器関連産業が加わる。

 「技能実習制度」に基づく在留資格で外国人が働いている業種も多いが、事実上の「就労」にも関わらず「実習」が建前のため、様々な問題が生じている。他業種への転職や宿泊場所の選択の自由がないため、「失踪」する技能実習生が相次いでいるほか、最低賃金以下の報酬しか実際には支払われないなど、社会問題化している。

 一方で、技能実習(最長5年)を終えた人材は帰国するのが前提のため、せっかく技能を身につけたのに採用し続けることができないといった不満が企業の間からも上がっていた。

 今回の法改正では技能実習を修了するか、技能と日本語能力の試験に合格した場合に、「特定技能1号」という資格を与える。在留期間は通算5年とし、家族の帯同は認めない。

 さらに高度な試験に合格し、熟練した技能を持つ人材には「特定技能2号」の資格を与える。1〜3年ごとなどの期間更新が可能で、更新回数に制限はない。配偶者や子どもなどの家族の帯同も認める。10年滞在すれば永住権の取得要件の1つを満たすことになり、将来の永住にも道が開けることになる。

 報道によれば政府は初年度に4万人の受け入れ増を想定しているという。一見多い人数に見えるが、実際は違う。2017年度末の在留外国人は256万人で、厚生労働省に事業所が届け出た外国人労働者だけでも128万人に及ぶ。いずれも過去最多だ。外国人労働者は1年で19万4900人も増えている。

安倍首相の“建前”に野党は反発
 増加分を資格別にみると、留学生が4万9947人増、技能実習が4万6680人増となっている。こうした実態から見ると、新資格で4万人という数字はかなり過小で、仮に4万人に資格付与をとどめようとすれば、「狭き門」になる。留学生や技能実習生の制度を使った実質就労が今後も続くということだろう。逆に実勢に合わせて新資格を授与すれば、10万人近い外国人労働者が入ってくる可能性も十分にありそうだ。

 国会論戦で野党も外国人の受け入れ拡大自体には正面切って反対していない。問題視しているのは、安倍晋三首相があくまで「いわゆる移民政策とは違う」と言い続けていることだ。国連の定義では、1年以上その国に移住していれば、「移民」で、5年の在留資格を持って働いている外国人は立派な移民ということになる。ましてや「特定技能2号」の資格で在留する外国人は問題を起こさなければ事実上無期限で日本に居住でき、家族も帯同することができる。これを「移民」と呼ばずして何というのだろう。

 逆に「移民ではない」といい続けることで、新たな問題が起きる。「特定技能1号」の資格では家族帯同も許されないし、永住権取得のための通算在留年数にもカウントされない、という。「5年たったら帰っていただく」というのが建前なのだ。つまりあくまでも「出稼ぎ」扱いで受け入れると言っているわけだ。

 そうした状況に置かれた外国人が、日本語を真剣にマスターして、日本社会に適合していこうと考えるかどうか。期間中だけ割の良い儲け仕事で稼いで帰ろうと考えるのが人情だろう。それこそ、社会不安の種をまくようなものだ。きちんと長期にわたって日本に住むコミュニティーの一員になってもらう事が、社会の混乱を起こさないためにも必要だろう。

 安倍首相は国会での質問に答えて、条件を満たせば永住の道が開けることになる「特定技能2号」を経ての永住権取得について「ハードルはかなり高い」と答えている。そう答えざるを得ないのは「移民政策を採ることは考えていない」といい続けるからだ。日本に永住してもらわなくて結構、あなたたちは所詮「出稼ぎ」です、と首相が言う国で、本気で社会の一員になろうとする外国人がどれだけいるだろうか。

 「外国人が入ってくると日本人の仕事を奪われる」という反対意見もある。もともと外国人の受け入れに反対派が多い自民党内にもそうした議論はあったが、法案提出に向けた党内手続きは予想以上にスムーズだった。というのも自民党議員は支援者である地元の商工業者から、さんざん人手不足の話を聞かされ、外国人受け入れ以外に道がないことを理解しているからだ。心情的には受け入れ反対でも、支援者の声には逆らえないわけだ。

 実際、留学生がたくさんいる都市部よりも、地方都市や農山村の方が人手不足は深刻になっている。コミュニティーの崩壊寸前になっている地域もあり、「来てくれるなら外国人でも大歓迎」という声が少なくない。かつて農山村でブームになったフィリピン人花嫁が地域に定着し、外国人アレルギーが薄れているという現実もある。

雇用者数の増加はいずれ頭打ちに
 現状の人手不足で見る限り、外国人労働者が入ってきたからと言って日本人の仕事が奪われるという話にはならないだろう。仕事を探す人1人に対して何件の求人があるかを示す「有効求人倍率」は、厚生労働省が10月30日に発表した9月の実績で1.64倍と、1974年1月に肩を並べた。44年8カ月ぶりの高水準というから、高度経済成長期並みの人手不足になっているということだ。

 人口が減っているから人手不足になっていると言われるが、実際は、働いている人の数は増えている。総務省が発表する労働力調査によると、9月の就業者数は6715万人、会社に雇われている「雇用者」数は5966万人といずれも過去最多を更新した。就業者数、雇用者数ともに第2次安倍内閣発足直後の2013年1月以降69カ月連続で増え続けている。

 これは65歳以上でも働き続ける高齢者が増えたこと、働く女性が増えたことが大きい。安倍首相が言う「1億総活躍」「女性活躍推進」がある意味、効果を発揮しているのだ。今や65歳以上の就業者は800万人を突破、15歳から64歳の女性の就業率も70%に乗せた。いずれも初めてのことだ。

 問題はこれからだ。日本の人口は2008年の1億2808万人をピークに減少し始め、すでに164万人も減少、2018年10月1日現在の概算値は1億2644万人となった。1年で25万人減のペースで減り続けている。人口の大きな塊である団塊の世代が2022年には75歳以上となり、働き続けていた人も職場から去っていくことになるだろう。早晩、65歳以上の働き手の減少が始まるのは確実だろう。女性の働き手も就業率が70%を超えてきたため、そろそろ頭打ちになる可能性が高い。

 そうなると、日本の人手不足はさらに本格化する。ロボットなど機械化や、働き方改革で人手のかかる仕事を減らしたとしても、労働人口減を補うことは難しい。そうなると、外国人に依存せざるを得ないのは明らかだ。個別のケースでは優秀な外国人が日本人のポストを奪うことはあるかもしれない。しかし、全体としては外国人が入ってきたから日本人が職を失うということは数字を見る限りありえないと言っていいだろう。

 「技能実習生」や「留学生」と言った便法ではなく、真正面から外国人を受け入れる制度として新資格を創設するのは、今後、本格的に移民政策を議論していく上でも重要な第一歩になるだろう。

入管法改正「なし崩し移民」の期待と不安 外国人「定住政策」の整備急げ

日経ビジネスオンラインに10月26日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/102500079/

2つの在留資格を新設する
 2018年の臨時国会が10月24日開幕した。政府が最重要法案と位置付けるのは入国管理法改正案。新たな在留資格を作って外国人労働者の受け入れを拡大するのが狙いで、今国会中の成立を目指す。

 改正案には2つの在留資格の新設を盛り込む。「特定技能1号」という在留資格は、一定の知識・経験を要する業務に就く人材を対象に、日本語試験や簡単な技能試験に合格した外国人に、最長5年の在留を認める。もう1つの「特定技能2号」という在留資格は、熟練した技能が必要な業務に就く人材と認められた外国人に認め、在留期間の更新を可能にするというもの。後者については家族の帯同も認める。今国会で成立すれば、2019年4月から導入したい考えだ。

 安倍晋三首相は「いわゆる移民政策は採らない」と繰り返し表明しているが、今回導入される新資格はこれまでの方針を180度転換するものになると見られている。これまで日本は、いわゆる単純労働に当たると見られる業種については外国人の就労を認めてこなかった。

 技能実習生などの「便法」によって事実上、単純労働力を受け入れてきたが、実習生が失踪してより割の良い業種で不法就労するなど、問題が顕在化している。一方で、人手不足は一段と深刻化しており、外国人労働者「解禁」を求める声も強い。そんな中で、政府が打ち出したのが在留資格の新設だ。

 2018年6月15日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2018」、いわゆる「骨太の方針」では「新たな外国人材の受け入れ」として以下のような文章が書きこまれた。

 「従来の専門的・技術的分野における外国人材に限定せず、一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人材を幅広く受け入れていく仕組みを構築する必要がある」

 「このため、真に必要な分野に着目し、移民政策とは異なるものとして、外国人材の受入れを拡大するため、新たな在留資格を創設する」

 「また、外国人留学生の国内での就職を更に円滑化するなど、従来の専門的・技術的分野における外国人材受入れの取組を更に進めるほか、外国人が円滑に共生できるような社会の実現に向けて取り組む」

 当時の報道では、政府が検討している「真に必要な分野」は、「建設」、「造船」、「介護」、「農業」、「宿泊」の5分野とされていた。それでも、これまで単純労働とされてきた「農業」や「宿泊」が「特定技能」として認められるとなれば、政策の大転換である。

人手不足はこれからが「本番」
 ところが、その後、5分野以外の業界団体などから「うちも加えて欲しい」という強い希望が寄せられた。人手不足にあえいでいるのは5分野に限らない。臨時国会を前に報道されたところでは、「建設業」、「造船・舶用工業」、「介護」、「農業」、「宿泊業」の5分野に加え、「ビルクリーニング」、「素形材産業」、「産業機械製造」、「電気・電子機器関連産業」、「自動車整備業」、「航空業」「漁業」、「飲食料品製造業」、「外食業」の9分野が加わっている。

 コンビニエンスストアなど、今でも外国人留学生アルバイトを大量に雇用している業界からも希望は出されているが、小売りにまで対象を広げれば、ほぼ全業種に広がってしまう。外国人労働者に「単純労働」を全面解禁することになるわけだ。

 政府が外国人労働者の全面解禁に事実上踏み切る背景には、言うまでもなく深刻な人手不足がある。これまで高齢者や女性の就業率の上昇が続いてきたにもかかわらず、有効求人倍率は高度経済成長期並みの高水準が続いている。

 だが、働く人の数の増加はいつまでも続くわけではない。人口減少が本格的に始まっており、若年層の働き手は減少している。安倍首相の「1億総活躍」や「女性活躍推進」によって、65歳以上の就業者は今や800万人に達し、15歳から64歳の女性の就業率も初めて70%に乗せた。

 しかし、人口の大きな塊である「団塊の世代」は2022年に後期高齢者(75歳)に達し、嘱託などとして働いていた職場からの「引退」が本格化し始めるとみられる。そうなると65歳以上の就業者数の増加はそろそろ見込めなくなってくる。つまり、人手不足はこれから「本番」を迎えるわけだ。

 移民政策は採らない、と言いながらも、事実上の移民受け入れに転換したのは、そんな差し迫った理由からだ。

 もっとも、安倍首相が「いわゆる移民政策は採らない」と言い続けていることで、将来に禍根を残す懸念が生じている。移民政策は採らないということは、受け入れる外国人労働者は「いずれ本国に帰ってもらう」ことが前提ということになる。将来にわたって日本に定住し、社会を支える役割を担ってもらうという発想を「封印」しているのだ。

 これは1950年代から60年代にかけてドイツがトルコなどから大量の労働者を受け入れた「ガストアルバイター」、お客さん労働者を彷彿とさせる。彼らは本国には帰らず定住していったが、ドイツ社会の底辺を形成し、様々な社会問題を起こした。「移民問題」と言った時に日本人が想像する問題は、そんな半世紀前のドイツの受け入れ政策に原因があった。

 2000年代になってようやくドイツは自らを「移民国家」であると定義しなおし、外国人の権利保護と同時に「ドイツ市民」となるためのドイツ語教育や生活ルールや法律などを教える公民教育を義務付け、実施するようになった。

外国人摘発に焦点を当てたテレビ番組が相次ぐ
 日本政府も方針転換に当たって、そうした外国人の定住を前提にした受け入れ策を整備するはずだった。入国管理局を格上げして「入国在留管理庁」を来年4月にも発足させる計画だが、「在留」という言葉を加えて「入国管理」の水際規制だけでなく、在留中の外国人のサポートを行う官庁への脱皮を見込んでいる。

 ところが、旧来の法務省の入国管理行政は、水際で問題外国人を「排除」することや、不法滞在している外国人を「検挙・送還」することにウエートが置かれてきた。外国人を「生活者として受け入れる」という視点が欠落しているのだ。

 9月から10月にかけてテレビの民放各局で、こうした入国管理局の外国人摘発に焦点を当てた番組が立て続けに流れた。入国してくる外国人は問題外国人ばかりだという誤った印象操作になりかねないとして、批判の声が挙がっている。あまりにも各局立て続けだったことから、入国管理局側が広報として売り込んだのではないかという疑惑まで生じた。これまでの法務省入国管理局に、外国人の日本での生活を支えようという視点がほぼない事を如実に物語っている。局が庁に格上げになったとして、外国人の定住促進に向けたドイツ型の政策が採られるかどうか現状では危うい。これもひとえに、安倍首相が移民ではないという建前に固執していることが根本原因と言える。

 いずれにせよ、法律が通れば、これまで単純労働とみなされてきた職業分野にも外国人労働者が大量に入ってくることになる。実質的な移民受け入れへの政策転換には、自民党内からも異論が多い。単純労働に外国人が入ってくることで「若者の仕事が奪われる」と目くじらを立てる議員もいるが、これは的外れだろう。高齢者の就業が増えたことで若者の仕事が奪われたかというと、そんな問題は起きていない。それほどに人手不足は深刻なのだ。

 だが、優秀な外国人が増えてくれば、それだけ日本人の若者に職業人としての高い能力が求められるようになるのは事実だろう。流ちょうな日本語を話し英語も上手な中国人留学生は数多い。彼らが高度人材として日本社会で本格的に活躍し始めれば、出来の悪い日本人学生は就職活動で負けることもあり得るわけだ。単純労働の世界よりも、高度人材の方がより競争は激しくなる。

 また、単純労働に近い分野でも、彼らを「安い労働力」とすだけならば、そのしっぺ返しが日本人に及ぶ。そうした分野の給料が上がらなければ、その余波は、そこで働く日本人にとっても他人事ではない。むしろ外国人労働者にも同一労働同一賃金を徹底し、最低賃金を企業に守らせることが重要になってくる。法律が通れば、来年4月を機に、日本の労働界は急速に変化し始めることだろう。

政府が打ち出す「生涯現役社会」の破壊度 「日本型雇用制度」は終焉へ

日経ビジネスオンラインに10月12日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/101100078/

労働人口の確保が経済成長の焦点
 安倍晋三首相の自民党総裁としての3期目がスタートし、内閣改造を経て第4次安倍改造内閣が発足した。2012年末に政権を奪還して第2次安倍内閣が発足して6年。アベノミクスは一定の効果を収め、就業者数も雇用者数も過去最高を更新している。果たして安倍首相はアベノミクスの次のステップとして何を行おうとしているのか。

 首相就任後の2013年に打ち出したアベノミクスの第1弾は「3本の矢」だった。(1)大胆な金融緩和、(2)機動的な財政出動、(3)民間需要を喚起する成長戦略――を掲げ、日銀による「異次元緩和」などが行われた。円高だった為替水準が是正された結果、輸出産業を中心に企業業績が大幅に改善、過去最高の利益を上げるに至っている。また、震災復興や国土強靭化を旗印に公共投資も積極化し、建設需要を底上げした。3本目の矢である「成長戦略」については、「遅々として進まない」「期待外れ」といった厳しい評価が聞こえるものの、農業や医療など「岩盤規制」と呼ばれた分野で、曲がりなりにも改革が動き出している。

 2016年に自民党総裁2期目に入ると、アベノミクスの第2弾を打ち出した。「一億総活躍社会」を旗印に、女性活躍促進や高齢者雇用の拡大などを目指した。「働き方改革」が内閣の最大のチャレンジと位置付けられた。

 65歳以上で働いている高齢者が800万人を突破、女性15歳から65歳未満の「就業率」も遂に70%に乗せた。働き方改革の議論では、電通の新入社員の自殺が労災認定された時期と重なったこともあり、「長時間労働の是正」「同一労働同一賃金」に議論の中心が置かれた。

 労働基準法などの改正で、繁忙期の特例でも残業時間を最長で「月100時間未満」とすることが罰則付きで決まるなど、労働者側にとっても画期的な法改正が実現した。これまでは残業時間の上限は労使交渉で合意(サブロク協定)すれば実質的に青天井だった。

 働き方改革の本来の目的は「生産性」の向上にあったが、結果的には女性や高齢者など労働力を増やすことで経済成長につながる構図になった。今後、人手不足が深刻化していく中で、どうやって労働人口を確保していくのかが焦点になっている。

 そんな中で、安倍総裁の3期目がスタートした。さっそく首相が議長を務める「未来投資会議」が10月5日に開かれ、2019年から3年間の「成長戦略」について議論された。

今後の論点は「全世代型社会保障
 会議に資料として提出された内閣官房日本経済再生総合事務局の「成長戦略の方向性(案)」では、こうした問題意識がつづられている。資料にはこうある。

 「潜在成長率は、労働力人口の高まり等により改善し、また、労働生産性は過去最高を記録しているものの、労働生産性の引上げが持続的な経済成長の実現に向けた最重要」であるとし、(1)AI(人工知能)やロボットの活用による一人ひとりが生み出す付加価値の引き上げ、(2)新陳代謝を含め資源の柔軟な移動を促し、労働生産性を引き上げる、(3)地域に生活基盤産業を残すための地方支援――に力を入れるとした。そのうえで、「アベノミクスの原点に立ち返り、第3の柱である成長戦略の重点分野における具体化を図る」としている。

 こうした方向性を確認したうえで、今後の論点として、「全世代型社会保障への改革」というキャッチフレーズを打ち出した。安倍首相も会見で、「安倍内閣の最大のチャレンジである全世代型社会保障への改革」という言い方をしており、「3本の矢」「1億総活躍社会」「働き方改革」に続く、表看板になりそうだ。

 もっとも、全世代型社会保障という言葉は分かりにくい。いったい何をやろうとしているのか。

 同会議に世耕弘成経済産業相が出した「生涯現役社会の実現に向けた雇用・社会保障の一体改革」という資料が分かりやすい。現在、安倍官邸の経済政策は経産省からの出向者などが中心となってまとめており、世耕氏のペーパーももちろん連動している。

 「生涯現役時代に対応した社会保障制度改革」と「生涯現役時代に対応した雇用制度改革」を並列に並べて、同時に実現していくとしている。

 社会保障改革の柱は「年金改革」と「予防・健康づくり支援」、一方の雇用制度改革は「高齢者雇用の促進」と「中途採用の拡大」だ。つまり、高齢者にいつまでも働いてもらえる雇用制度を整備することで、社会保障制度が抱える年金や健康保険の財政問題を解消していこうというわけだ。

 高齢者雇用の促進では何を考えているのか。経産相の資料には、4つが列記されている。

・65歳以上への継続雇用年齢の引上げに向けた検討
・高齢者未採用企業への雇用拡大策
・AI・ロボット等も用いた職場環境整備
・介護助手制度の利用拡大

 最も大きいのが継続雇用年齢の引き上げであることは言うまでもない。現在、高年齢者雇用安定法で、定年を迎えても希望すれば65歳まで働ける制度の導入が企業に義務付けられている。定年を65歳まで引き上げたり、定年自体を廃止する選択肢もあるが、多くの企業が定年になった段階で雇用条件を見直して嘱託などとして再雇用する「継続雇用制度」を利用している。希望者全員を継続雇用する義務があるが、条件が合わずに本人が希望しなければ雇用しなくてもよい。

 安倍内閣は来年以降の「成長戦略」の一環として、この65歳という年齢を引き上げようと考えているのだ。政府内には65歳定年引き上げを義務付けたうえで、70歳までの継続雇用とすべきだという意見がある一方で、単純に継続雇用の年齢を65歳までから70歳までにすべきという意見もある。

 世耕氏の資料ではこれと対をなす「年金改革」として、次の2つを掲げている。

・年金受給開始年齢の柔軟化
・繰下げの選択による年金充実メリットの見える化

 つまり、年金受給開始を選択制にして、65歳になったらすぐにもらうのではなく、働けなくなってからもらうようにする。一方で受給する年齢を先延ばしすれば、その分メリットがあることを分かりやすく見せる、というわけだ。

「新卒で企業に入れば一生安泰」は幻想
 現在、年金の支給開始年齢は徐々に65歳に引き上げられている。継続雇用制度が65歳まで義務付けられたのは、定年退職しても年金が受け取れず「無収入」になる人を無くそうとしたからだ。将来、政府は年金支給開始を70歳にしたいと考えれば、当然、継続雇用制度の年齢を引き上げなければ「無収入」者が生まれる。

 もうひとつは、生涯現役で働くことによって、健康を維持し、社会保障のもう一つの頭痛の種である医療費の増加に歯止めをかけることを狙っている。世耕ペーパーにはこうある。

・がん検診等の通知に個々人の健康リスクを見える化し、健診受診率を向上
・健康スコアリングレポートにより従業員の健康状態を見える化し、経営者の予防・健康づくりを促進
・投資家による健康経営へのシグナル(健康経営銘柄への投資を促進)
・保険者による生活習慣病認知症予防のインセンティブ強化
・保険者によるヘルスケアポイント導入を促進し、ウェアラブル端末等を活用した個人の予防・健康づくりを支援

 厚生労働省の施策のようだが、経産相の資料である。年間42兆円を突破した医療費を抑制しなければ、財政はますますひっ迫する。

 一方で、高齢者を雇用し続けることを企業に義務付けると、企業自身の生産性が落ちることになりかねない。高齢者が企業に居座ることで、若年者の活躍の場が奪われることになりかねないからだ。

 それを防ぐには、日本型の終身雇用年功序列を抜本的に見直さざるをえなくなる。「中途採用の拡大」の中にも、「職務の明確化とそれに基づく公正な評価・報酬制度の導入拡大」あるいは、「40歳でのセカンドキャリア構築支援」といった施策が並ぶ。

 会議で安倍首相もこう述べている。

 「あわせて新卒一括採用の見直しや中途採用の拡大、労働移動の円滑化といった雇用制度の改革について検討を開始します」

 中西宏明・経団連会長が「就職活動指針」の廃止を打ち出したが、新卒で企業に入れば一生安泰、という制度を維持することはもはや難しくなっている。厳しいようだが、生産性の上がらない社員を抱え続ける余力が企業になくなり、優秀な社員には国際水準並みの高給を払わないと逃げられてしまう時代に突入しつつある。

 安倍首相は早くから規制を阻害している「岩盤」として、農業、医療、雇用制度を挙げて批判してきたが、いよいよ3期目で最大の岩盤ともいえる「日本型雇用制度」に手を付けることになるのだろう。人々の生活に結びついており、既得権を持つ層も少なくないだけに、議論が本格化してくれば、批判の声が上がるに違いない。2019年6月にも閣議決定する成長戦略「未来投資戦略」の中にどれだけ具体的な指針として盛り込み、3年間の行動計画として描けるかが焦点になる。

女性に「二者択一」を迫る日本型人事制度 「出世」と「出産」を両立できる仕組みを

日経ビジネスオンラインに9月28日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/092700077/

体外受精で生まれた子どもが5万人を超えた
 日本経済新聞などの報道によると、2016年に体外受精によって日本国内で生まれた子どもは5万4110人と2015年に比べて3109人増え、過去最多を更新した。日本産科婦人科学会がまとめた調査結果として報じた。2016年の総出生数は97万6978人だったので、18人に1人、5%超が体外受精で生まれた計算になる。

 不妊に悩む夫婦は6組に1組とも言われる。不妊治療を受けている人は正確な人数は分からないものの、女性だけで40万人を超えるという推計もある。また、不妊治療の費用の一部を助成する国の制度を受けた件数は2013年度で14万8659件にのぼっている。今や、不妊に悩んで治療を行い、体外受精で妊娠して出産するケースはまったく珍しくない姿になっている。

 不妊に悩む人が増えている背景には、昔に比べて治療が普及したため、問題が顕在化したこともあるが、不妊自体が増えているのも間違いない。ひとつは晩婚化やライフスタイルの変化によって出産しようと考える年齢が上昇していることから、妊娠しにくくなっていると指摘されている。

 第1子を出産する人の年齢は2016年の全国平均で30.7歳。1950年に24.4歳だったものが年々上昇、2011年以降は30歳台が続いている。一般的に年齢が上昇すると妊娠する力も低下するとされ、特に35歳以上になると格段に妊娠力が落ちると言われている。

 これは体外受精でも同様で、国の公費助成も、比較的成功率が高いとされる42歳までの女性に対象を限定している。2016年は過去最多の44万7790件の体外受精が行われたといい、その結果の出生数が5万4110人なので、平均の体外受精による出産成功率は、決して高いとは言えない。

 女性の出産年齢が上昇しているのと、働く女性の増加にはもちろん因果関係がある。大学を卒業して働き始め、5年くらいたった時点で結婚や出産を考える女性は少なくないが、入社5年目くらいになると、仕事も任されるようになり、責任も増してくる。中堅社員として活躍が期待され始める時期と重なるのだ。

入社10年目の女性が「戦線離脱」できるか?
 このタイミングで仮に結婚したとしても、すぐに子どもを出産するという選択にはなかなかならない。子育てと仕事を両立するというのは至難の業だからだ。日本の伝統的な大手企業では、入社5年から10年くらいにかけてが、もっともバリバリ働くことを求められる年頃。その間に出産で「戦線離脱」するというのは、働いている女性にとっても、なかなかできる決断ではない。同期が主任などに昇格する中で、仕事を休んで出産するとなれば、後れをとるのは必至だからだ。

 最近は産休や育休など、制度を整える企業が増えているが、正直言って、入社5年でまだ職場に確固たる「居場所」を築けていない段階で、産休取得に踏み切るのは躊躇する。そんなことから、働く女性の出産年齢は「限界」に近い30代半ばへと上昇していっているのだ。

 産休や育休を取るにしても、結婚して妊娠を考える前に、まずは会社で実績を上げ、産休を取っても戻って来られる場所を確保しておきたい、そんな意識が働く女性を支配しているようにみえる。

 女性が伝統的な日本企業で活躍するうえで、出産が大きなハードルになっているのは間違いない。男女雇用機会均等法以降、表面上、女性と男性の職場での活躍機会は「平等」になったため、女性が職場で評価されようとすれば、「男と同じように」働くことが暗に求められた。筆者がかつて勤めていた新聞社では、活躍して出世する女性記者は「男同様」もしくは「男以上」に働いており、結婚や出産を諦めていた人が少なくなかった。もちろん、子どもを産まないという選択も当然、尊重されるべきだが、生みたくても仕事の仕方が過酷で、生むことが難しいという現実もあった。

 安倍晋三首相が女性活躍促進を掲げて、産休・育休制度の拡充や保育所の整備などに力を注いだ結果、いわゆる「M字カーブ」は急速に解消の方向に進んでいる。女性の就業率を縦軸、年齢を横軸にしたグラフを描いた場合、出産して育児をする30歳から40歳にかけて就業率が低下、Mの字形の曲線になっていた。これがここ数年で急速に台形型に変わってきているのである。

 だが、その一方で、平均出産年齢はジワジワと上昇が続いている。1人目の出産年齢が上昇すれば、2人目、3人目を生むチャンスは必然的に低下する。つまり、初産年齢の高齢化は少子化の一因でもあるわけだ。

 サテライト・オフィスや自宅での労働が可能になるなど、女性のライフスタイルに合わせた働き方を取り入れる企業も増えている。だが、最大の障害になっているのは、終身雇用を前提にした年功序列型の人事制度が根強く残っている日本の伝統的な大企業が求めているキャリアのあり方が、女性のライフステージとどうもかみ合わないことだ。会社として最も使いやすい年齢と、女性の結婚・出産年齢が重なってしまうため、仕事か私生活か、という二者択一を女性社員に迫っている。もちろん、結婚したら会社を辞める「寿退社が当たり前」だった「過去」を持つ会社は、今でもそうしたムードを引きずっている。

女性の「キャリアパス」を考え直す
 経団連の中西宏明会長が「就活ルールの廃止」に言及して大きな話題になったが、今後、欧米型の人材採用スタイルが広がるにつれ、新卒一括採用という日本型の仕組みは崩れていくに違いない。一方で、幹部社員になっていくには、大学卒の学士では不十分で、より専門性の高いMBAなど修士号や博士号の取得が広がっていくに違いない。そうなれば、企業が本格的に採用するのは30歳近い実績と能力が明らかな人材という時代が来るにちがいない。

 そうなると、ますます女性のキャリアパスのあり方が問題になる。どのタイミングで結婚して出産するのか、というのが人生設計のうえでも重要になってくるだろう。もしかすると、さっさと子どもを産んで、それから就職し、子育てしながら職業人としてのキャリアを磨くというスタイルがクールだということになるかもしれない。

 いずれにせよ、終身雇用を前提に、年功序列型の人事を行っていれば、優秀な女性の能力を120%引き出すことは難しい時代になっていく。より自由に会社を出入りできる採用・解雇の仕組みや、ライフスタイルに合わせた働き方を認める仕組み、勤続年数ではなく、能力や資格に合わせてポストに就ける仕組みなど、本当の意味での「働き方改革」が必要になってくるだろう。

 安倍内閣が旗をふってきた「働き方改革」は、現段階では同一労働同一賃金長時間労働の是正、正規非正規の待遇格差是正などに重点が置かれている。今後は、人々のニーズやライフスタイルの変化に合わせた働き方を可能にする仕組みを企業に導入させることが不可欠だろう。女性がライフスタイルに合わせて働き方を柔軟に変えられるようになれば、出産年齢が下がり、少子化に歯止めがかかる可能性もある。

 働き方改革の第二弾として、日本型の雇用制度を大きく見直していけば、女性の活躍が進む一方で、少子化対策にもなり、企業の生産性も上がるという一石三鳥の成果が期待できるのではないか。