年金資金が国債に還流する!? AIJ2000億円年金消失事件で広まる「積極運用悪玉論」

社会保障の一体改革もあって世間の年金制度への関心が高まっている中で、不良投資顧問が2000億円を溶かす(預り資産を消滅させてしまう)事件が起きました。この事件はどこに問題があったのか。ともすると利回り向上を狙った積極運用に矛先が向きます。さっそく新聞にはプロとはいえない中小年金基金の高利運用といった表現が表れています。ですが、焦点は別のところにあるのではないでしょうか。運用のプロとは言えない年金官僚を天下りさせ、プロの育成を阻んできた厚労省、検査権限を握りながらも“手が回らなかった”金融庁、他人様のおカネを預けるのに外部監査すら義務付けていない制度など、今回の事件を機に見直すべき点は多々あるように思います。くれぐれも高利運用は危ないから日本国債で運用せよ、なんていう流れにだけはしないことを望みます。
現代ビジネスに拙稿を掲載しました。編集部のご厚意で以下に再掲します。
オリジナル→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/31925

 投資顧問会社AIJ投資顧問(東京都中央区)に運用委託されていた年金資産約2000億円が消失した。委託している年金基金には5〜8%という高い運用利回りを上げているという報告をしていたというが、実際には2002年の運用開始直後から損失を出し続けており、当初から虚偽の利回りをエサに年金資金を募っていたことが徐々に明らかになってきた。1月から証券取引等監視委員会が調査に入っているが、実際に残っている資金は200億円に満たないとの見方が強まっている。

 厚生労働省の調べでは昨年3月末時点でAIJと契約していた企業年金は全国84の基金で、委託していた資金の総額は約1852億円にのぼる。このうち、同じ業種などの中小企業が集まって設立した「総合型」の厚生年金基金が73と9割を占めていた。中には年金資産の57%をAIJに運用委託していた基金もあった、という。84基金の運用資金の総額は1兆9109億円なので、平均すると9・7%の資金をAIJに委託していたことになる。

 84基金の加入者は53万9650人、すでに年金を受給している受給者も34万4299人いる。88万人の年金資産の一部が吹き飛んだことになるわけだ。運用の失敗で年金基金に穴が開いた場合は、加入する企業が資金を拠出して穴埋めすることになっているが、中小企業の集まりである総合型の場合、企業が追加で資金拠出するのは現実には難しいと見られる。その場合、加入者の年金保険料を引き上げたり、加入者が将来受け取る年金の減額などで穴埋めされることになりかねない。

 AIJは2002年ごろに英領ケイマン諸島に私募投資信託を登記して本格的な年金運用を始めたとされる。高い利回り実績を喧伝し、年金資金を募ってきた。一方で、年金関係の専門ニューズレターなどの取材も拒絶するなど、実態不明の投資顧問と言われ、高すぎる利回りを疑問視する声が業界にもあった。証券監視委員会が検査に入ったきっかけは、こうした同業者からのタレコミだったと見られている。

 年金制度への不信感が高まっている中で発覚した不祥事に、金融庁厚労省監督責任を問われるのではないかと戦々恐々としている。厚労省は年金基金の資産運用のガイドラインなどを定めているほか、総合型の厚生年金基金には多くの厚労省の年金官僚が天下っている。

 また、年金運用を受託できる投資一任業者の資格を持つ投資顧問会社は263社あるが、金融庁はそれらの会社の検査権限を握っている。ところが検査に入っていたのは年に十〜二十社と言われ、AIJには問題発覚まで検査が入っていなかったと言われる。金融庁が投資顧問業263社の一斉検査や、年金資金を保管する信託銀行の検査に乗り出すことをいち早く表明した背景にはそうした怠慢を批判されかねないという事情がある。

 そんな両官庁の周辺から出てきたのが「高リスク運用」を制限すべきだという声だ。28日の日本経済新聞は1面で「高リスク運用 制限、金融庁検討」という記事が載った。記事によれば、多くの企業年金をプロ投資家と扱う現行の仕組みを見直し、小規模の基金はアマチュア(一般投資家)と見なして、リスクの高い金融商品への投資を実質的に制限する、という。

 一方の厚労省も、同日午前中に記者会見した小宮山洋子大臣が、企業年金の運用に関わるガイドラインについて「今のガイドラインでいいのかどうか、もっと強化する方向での見直しについても、夏ごろまでには結論を出したい」と、規制強化を検討する姿勢を見せた。

 AIJ問題は監督体制の不備で起きたのではなく、そもそも専門知識のない素人基金が高リスクを追い求めたところに問題がある、と言いたいのだろう。だが、年金基金から給料をもらっている常務理事などが運用の素人であっていいのだろうか。前述のように常務理事には多くの年金官僚の天下っている。それを金融庁が「素人」と判断するのか、それとも天下りを受け入れていない基金を「素人」とするのか、省益がモロにぶつかる話になってくるのだ。

 AIJ事件をきっかけに、「貴重な年金資産を高いリスクを取って運用するのは問題だ」という主張が台頭しつつある。貴重な資金を減らさないためには安全第一で運用すべきだ、という声には多くの国民が賛成するかもしれない。安全な運用先とは何か。日本国債という話になるのだろう。AIJ事件は年金資金が国債に還流するきっかけになる可能性もあるのだ。

 今後の年金消化に不安を抱く財務省が同根の金融庁を使って年金資金を国債に向けさせようとしているという穿った見方さえできてしまう。それほど「積極運用悪玉論」が跋扈しかねないムードなのだ。

 長い間、日本では年金運用における株式投資や外国債投資などの比率が厳しく規制されてきた。年金資金がほとんど国債で運用されていれば、利回りが上がるはずはない。利回り向上のために運用先の多様化を進める狙いで規制が緩和されてきた経緯がある。その流れの中で1997年に年金基金による投資顧問会社の利用が解禁され、今は運用資金の3割が投資顧問によって運用されている。厚労省ガイドラインの強化に動けば、この流れが逆転する可能性も出てくるのだ。

 だが本当に、年金の運用が国債一辺倒となり、安全重視に戻っていいのだろうか。厚生年金基金は企業が独自に行う年金制度だ。国の基礎年金(いわゆる一階部分)や厚生年金(同二階部分)に上乗せして年金の積み増しを図る三階部分だ。基金の加入者の意見を汲み上げて運用のプロが国債利回り以上のリターンを狙う仕組みがあってもいい。

 問題は、高リスク運用を制限することでも、基金の人材がプロかアマかを判断することでもなく、いかに年金運用のプロの人材を育てるかではないのか。その一方で情報の開示や運用実態の検査・把握など監督体制を整備することだろう。AIJ事件は確かに騙された格好の中小の年金基金の甘さを白日の下に晒したが、それと同時に監督当局がプロとして十分に機能していない実態も明らかにしたと言っていいだろう。