東電と政府は何を隠したいのか。国会事故調に立ちはだかる「隠蔽」

政府は新設する「原子力規制庁」の4月1日発足を断念しました。東京電力福島第一原子力発電所の事故で、機能不全が明らかになった「原子力・安全保安院」を解体し、他の規制組織と統合することは必要です。しかし、政府の対応をみていると、とにかく「4月1日」に発足させることばかりにこだわり、問題点の整理を棚上げにして、野党との議論を尽くすことも避けてきたように思います。結局は、霞が関主導の改革に“乗った”風にしか見えないわけです。難産の末に国会に誕生した事故調査委員会(国会事故調)は、規制の問題点についても調査中で、いずれ、あるべき規制のあり方についても報告することになっています。政府はこの結論を待つのが嫌でたまらなかったのかもしれません。現代ビジネスにアップした拙稿を編集部のご厚意で以下に再掲します。

オリジナル→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32095

 国会が設置した「東京電力福島第一原発事故調査委員会」(委員長、黒川清・元日本学術会議会長)の調査が本格化している。3月14日の第6回委員会に続い19日にも第7回委員会を開催。政府の検証委員会や東電自身の調査とは違った独立した立場で、事故の原因や原子力規制の問題点などについて関係者の聞き取り調査などを行っている。

 国会が持つ国政調査権を後ろ盾にした比較的強い権限を持っているものの、委員の多くが「壁」を感じ始めている。政府や東電の「隠蔽」体質が立ちはだかっているのだ。東日本大震災から一年が過ぎたにもかかわらず、いまだに何を隠そうというのだろうか。委員たちは不信感を募らせている、という。

「記録がどんどん抹消されているという話が聞こえて来たので、かなり焦っているんです」

 国会事故調の関係者は委員会の開催頻度を上げている理由をこう話す。震災後に開かれた政府の原子力災害対策本部などの会議の議事録が作られていなかったことが明らかになったが、議事録が作られなかったからと言って記録がないことと同義ではない。会議に参加する多くの官僚がICレコーダーなどを持ち込んでいるからだ。「親元(出身官庁)に報告するのが官僚の仕事だから、記録していないことなどあり得ない」(事故調設置に関わった国会議員)。

 国会事故調の 黒川委員長が原災本部の議事録がなかったことについて会見で「全く信じられない。理解不可能だ」と述べる一方で、閣僚のメモや“資料"の提出を引き続き求めたのも、音声記録を残す官僚の“慣習"を知っていたからに他ならない。その記録が「どんどん抹消されている」というわけだ。

 3月14日の第6回委員会でも、こうした“隠蔽作業"の傍証が明らかになった。

 国会事故調のメンバーは東電本社や福島第一原発などにも出向いて調査している。

 その際、震災直後の昨年3月15日の早朝、菅直人首相(当時)が東電本社に乗り込み、大演説を行った。その際の映像が東電本社や各原発を結ぶテレビ会議システムに録画されて残っており、それを見せられたのだという。ところがその会議だけ画像だけで音声は無し。14日の委員会でも委員の野村修也弁護士が「聞いたところ家庭用のDVDと変わらないシステムだそうで、なぜ音声だけ無いのか。他の会議の音声はあるのに」と疑問を呈した。

 委員会に参考人として呼ばれた武藤栄・東電顧問(事故当時は副社長)は「(音声がないのは)どうしてなのか承知していません」と淡々と答えた。音声が消えていることに何ら驚きも疑問も感じていない様子だった。

「まるでロッキード事件の証人喚問みたいだった。誰かに余計な事は言うなと言われているんじゃないか」と国会事故調の関係者は訝る。ロッキード事件では国会に証人として呼ばれた商社の副社長が、宣誓書へのサインでは手が震え、肝心な点になると「記憶にございません」と逃げた。武藤・元副社長は、菅首相の大演説をすぐそばで聞いていたにもかかわらず、肝心の中味になると、急に口数が減った。

「大変厳しい口調で『全員撤退はあり得ない』と仰った。大変厳しく叱責されたと記憶している」とか細い声で言うに留まった。国会事故調の場での委員の発言によると、会議はおよそ50分間。この間、ほとんど菅首相の独演状態だったが、途中、テレビ会議の画像に映っていた福島第一原発吉田昌郎所長が、何かの報告を受け、その後、ヘルメットをかぶった、というのだ。委員はこの時点で原子炉建屋で爆発が起きたのではないかと質問したが、武藤氏は話をそらして答えなかった。

 菅首相が早暁の大演説で「全員撤退はあり得ない」と叱責したのは本人も周囲も認めた事実だ。現在は、東電は全員撤退を考えていなかったにもかかわらず、首相がそう発言した、ということになっている。国会事故調の委員会でも武藤氏はそう証言した。だが、この段階で東電が全員撤退を主張していたのではないか、という疑念は完全には払拭できていない。

 官邸で菅首相近くに仕えた人物が、菅内閣が総辞職した後、こう漏らしたことがある。「早朝に東電に乗り込んで全員撤退を止めさせた事だけは、菅さんを評価できる」。この人物は東電が全員撤退を官邸に打診したことは事実だと、少なくとも昨年秋の段階では証言していた。おそらく「音声が消えた」会議システムの映像に音声が戻ってくれば、真実が明らかになるのだろう。

 もう1つ、国会事故調の委員会で驚くべきことが明らかになった。菅氏が事故発生翌日、第一原発を視察した際、吉田所長から携帯電話番号を聞いていたと武藤氏が説明したのだ。ところが武藤氏は、菅氏から吉田氏への電話での指示内容については「知らない」と述べた。これは東電という会社の社風を知っている者には極めて不自然に感じる。武藤氏は「現場の判断が第一」と繰り返したが、それは現場に決定権限が移譲されている、という意味ではない。物事の決定には何段階もの決済を必要とするという東電の社風の中で、首相の指示を吉田所長が東電幹部に報告せずに実行することなどあり得ないと考えるのが普通だ。

 大震災から一年がたって、なぜ真実を残そうという姿勢が政府にも東電にも出て来ないのか。個人が責任を追及されることを恐れているのか。東電は、国会事故調に見せた音声なし画像について「プライバシーの観点から公開できない」として、一般には明らかにしてこなかった。原発事故という危機に直面しての首相や東電幹部の会議がプライベートなことなのか、大いに疑問だ。

 今、政府は、行政機関が保有する重要な秘密を漏らした公務員などに対する罰則を強化することを狙った秘密保全法案の国会への提出を準備している。国会での説明では、外交上、防衛上の秘密などが主な対象になるとされているが、「秘密」の範囲は明確ではない。今も官僚のポケットに眠るであろうICレコーダーの会議音声や、東電が持つであろう首相の大演説録画も、公表すれば守秘義務違反に問われかねない。そんな法律が通れば、心ある官僚にしても、大きなリスクを負ってまで、事実を明らかにしようとは思わなくなるだろう。

 ちなみに、秘密保全法制の整備を提言した政府の有識者会議でも、またしても議事録が作成されていなかったことが明らかになった。もはや記録を残さないことは明確な意図に基づいていると勘ぐりたくなる事態だ。

 国会事故調の黒川委員長は14日の委員会の冒頭、武藤・元副社長に対して、組織を守るという態度ではなく、歴史の検証に資するという姿勢で証言して欲しいという発言をわざわざしていた。歴史の検証に耐える資料を残すというのは、政策決定やその遂行など公益に携わる者の基本だろう。