東電上場維持で得をするのは誰か まず存続ありきの「援助スキーム」の闇

「法的破綻処理では、一番守らなければならない被災者より、債権者が優先されてしまう」

 5月16日の衆議院予算委員会自民党塩崎恭久・元官房長官に「東京電力を法的整理しない理由は何か」と聞かれ、菅直人首相はそう答えた。

 被災者に補償をさせるためには、株主も社債保有者も一般債権者も守らなければいけない、という論理は誰が見ても不自然である。だが、菅首相は東電を守るために詭弁を弄しているわけではない。東電を守らなければ被災者の補償が行えないと本気で信じ込んでいるのだ。

 政府は5月13日に東京電力福島第一原子力発電所の賠償金支払いの枠組みをまとめた。東電を政府の管理下に置き、新たに設立する機構を通じて公的資金を投入。上場を維持し、社債も全額保護する、という内容だ。政府内で東電の処理策が本格的に議論され始めたのは4月中旬。政府案のタタキ台とも言えるペーパーがいくつも官邸周辺に流れていた。そのいずれにも共通していたのが、「上場維持」の四文字だった。

 ちなみに文書のタイトルには東電の「処理策」ではなく「援助スキーム」「支援スキーム」となっており、これらのタタキ台が東京電力を「助ける」という目的を持った人たちによって作られたことを如実に示している。

 そんな援助スキームと一緒に流布したのが「想定されるスキームの比較」という表だ。政府案のほかに「会社更生」「国有化」「会社分割」「東電賠償額に上限」などが例示され、それぞれの特長が記載されている。その会社更生の欄に「損害賠償債権は社債に劣後」「更生計画によっては損害賠償は支払われない」と記載されている。他のケースでは100%履行されるとしており、要は会社更生にだけはもっていきたくないという作成者の意図がミエミエの代物だ。

 検討段階で政府案を知った財務省の中堅官僚は、「こんな経済産業省の利益第一のような案は、いくら民主党政府でも通さないでしょう」と達観していた。だが、蓋をあけてみれば、そんな見通しは見事にはずれ、ほぼ原案通りになった。

 しかし、なぜ上場維持ありきで議論が進んだのか。上場維持で一番得をするのは誰なのか。

 早い段階で官邸周辺で使われた理由付けが「電力株の保有者は個人の高齢者が多く、上場廃止になると高齢者が生活に困窮する」というもの。年金を運用している機関投資家も電力株を大量に抱えているので、国民生活に大きな影響が出る」という説も流れた。だが、これはどう考えても説得力に乏しい。

 次に出た解説はこうだ。株主責任を問えば、次は銀行が債権放棄を求められる。メガバンクは事故直後に二兆円もの緊急融資をしており、これが焦げ付けば、株主代表訴訟が起きるのは必至。上場維持を防波堤にしようという金融機関の働きかけが政府案のベースにある、というものだ。

 証券界の重鎮の読みはさらに深い。「上場廃止となれば大幅な人員整理は避けられない。当然、企業年金も減額される。これに抵抗しているのが労働組合だ。組合は言うまでもなく民主党の支持母体。次の選挙を考えれば、組合は敵に回せない」とみる。政府に案が決まった後になっても東電の清水正孝社長が企業年金見直しに抵抗しているのもその証左だ、という。

 もちろん、原案を作ったと目される経産省にとって東電の存続は悲願だ。東電を破綻させ、電力事業を再編することになれば、全国を十の電力会社で地域独占する今の体制に風穴があく。そんな経産省の利害と、組合の利益を第一に考える民主党政権の思惑が一致した結果が今回の枠組みだというわけだ。

 では、政府が上場維持と言えば、すんなり上場が維持できるのだろうか。

 まずは取引所の上場規則である。上場企業は債務超過になれば上場廃止基準に抵触する。今の東電はどうか。「政府は東電を政府の管理下に置くと言っているが、実質的に債務超過だからそうなるのであって、ルール上は廃止基準に抵触する」と取引所の関係者は言う。

 もう一つが会計監査だ。担当の監査法人は東電の財務諸表に被災者への賠償などの債務がきちんと計上されているかを調べることになる。ここで決算書が債務超過となれば前述の上場規則に抵触する。かといって損失の見積もりが不十分か、きちんと見積もりができない状態だとすると、監査法人は監査意見を述べることができなくなると思われる。意見を表明できないとなると、これもまた、上場廃止規則に抵触し、上場廃止とならざるを得ないのだ。

 それでも政府が上場維持を求めるとなると、これまで積み上げてきた資本市場のルールを無視するしかなくなるだろう。今回の東電の事故をルールの「想定外」として、上場規則の例外とし、監査結果も無視するのだろうか。そんなことをすれば、取引所の上場ルール自体の信頼性が揺らぎ、日本の監査制度自体も根本から揺さぶられる。経済のグローバル化が進んだ中で、日本の資本市場のルールが「特殊だ」ということになれば、市場の地盤沈下に拍車がかかるだろう。

 株主も、社債権者も、銀行も、一般債権者もみんなが得をして、東電の社員にもシワ寄せがいかず、しかも被災者には確実に補償がされる。そんなバラ色の救済策の尻拭いを最終的にすることになるのは誰なのか。

 結局は、そのコストが上乗せされた電力料金を支払う一般の消費者や、税金を余計に支払うことになる納税者ではないか。

 菅首相は何に対しても「国が責任をもって」と安請け合いを繰り返す。だが、国という大金持ちがいて、大盤振る舞いしてくれるわけではない。そのツケは確実に納税者に回る。

 さて、これから東電を助けるために、どうやってルールの網の目をかいくぐるのか。その時、取引所の幹部や、監査法人の幹部、そして法律学者たちはどんな発言をするのか。注目したい。

現代ビジネス 磯山友幸「経済ニュースの裏側」20110518アップ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/5181 )