世界最高水準給料、再び

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 景気の低迷が続く中で、会社員の給与はほとんど上がっていない。それでも日本の製造業の平均給与は再び世界最高水準に近づいていると聞かされれば、誰しも耳を疑うだろう。だがうそではない。ドル建てに換算した場合の話だ。円高の進行で、ドルでみた日本の給与はうなぎ上りなのだ。

 固定相場制の時代、1ドルは360円だったから、仮に72円まで行けば、1973年以来、38年間で日本円は5倍になったことになる。為替の影響だけでも、ドルベースの日本企業の給与は5倍になった。

 賃金水準の国際比較は単純にはできないが、輸出を前提に他の国と競争をしている製造業の場合、ドル建てでのコスト増加は死活問題になる。

 エコノミストの三國陽夫氏は円高国益に合致すると長年主張しているが、それでも70〜75円という水準は「日米の製造業の人件費に逆転が起こり、日本の製造業の総合的集積が破壊される危険性がある」と指摘する。ドル建てでみた米国の人件費の方が日本よりも安くなることで、日本から米国へ輸出している製品の米国への移転が起きる、とみているのだ。

 では、どうするか。1995年前後に円高が進んだ際も、「日本の製造業の人件費は世界最高水準だ」「空洞化が避けられない」と大騒ぎになった。

 結果、日本のコスト構造では賄えない低採算の汎用品が中国などに移転する“空洞化”も起きた。だがそれ以上に顕著だったのは、非正規雇用の拡充や賃上げの抑制など「総人件費の圧縮」の動きだった。

 今回の円高でも同じことをやるのだろうか。さらなる人件費の圧縮に耐えられるほど、もはや家計も日本経済も強くない。賃金の圧縮は消費の減退をもたらし、デフレをより深刻化させるに違いない。

 民主党政権は何度か為替介入を実施したが、いずれも効果は短期間でついえ、長期的には効果がないことが証明された。ここは企業経営者が発想を転換して、円高を生かした、生き残り策、発展策を取るときだろう。

 円高になれば、エネルギーや資源が安く手に入るのは言うまでもない。外国の企業や技術を買収するチャンスでもある。だが、それだけではない。

 今、欧米のアーティストが日本でコンサートを開きたいと熱望しているという。日本円で支払われるギャラが、ドル換算すれば急騰しているからだ。通貨高は世界のソフトパワーを集めるチャンスでもある。一流の芸術家だけでなく、技術者や研究者、経営者を日本に集めれば、そこから新たな高付加価値商品や新産業が生まれるだろう。為替変動に伴う価格競争とは無縁な、付加価値の高い商品こそ、「ジャパン・クール」として世界に受け入れられるに違いない。(ジャーナリスト・磯山友幸