昔MOF担、今ロビイストの影

FACTAに連載中の「監査役最後の一線」は、全国の監査役が日々企業の業務監査に携わる際に自らのやるべきことを考えるきっかけにしていただきたい、という思いで執筆しています。古くなりましたが11月号の記事を編集部のご厚意で再掲させていただきます。

2011年11月号 連載 [監査役 最後の一線 第7回]
by 磯山友幸(経済ジャーナリスト)
オリジナルページ→ http://facta.co.jp/article/201111024.html


ひと昔前、MOF担(モフたん)と呼ばれる背広族が、霞が関を徘徊していた。MOF、つまり大蔵省回りの民間企業社員を指し、都市銀行などではエリートが抜擢される出世コースだった。実質的に政策決定権限を握っていた当時の官僚に日夜密着し、自社に有利な法改正などを働きかける。政策立案のサポートから夜の接待まで、至れり尽くせりの奉仕をするのが役回りだった。

過剰接待が問題になった1990年代半ば以降、官僚たちが業界との接触を極度に嫌うようになったことから、MOF担が表立って活躍する場面は減っていった。その穴を埋めるようにジワジワと動き出したのがロビイストである。特定の企業なり業界から委託を受けて、役人や政治家に政策実現を働きかけるのが仕事だ。米国では一般的だが、日本ではまだまだ広がっていなかった。

そのロビイストが今、活躍の場を急速に広げている。きっかけは民主党政権の誕生。鳩山政権では「脱官僚依存」を掲げ、大臣・副大臣政務官の政務三役で政策決定をすることとなり、官僚が政治家に接触することも制限した。そんな中で、政治家や官僚に政策立案を促す役回りとして注目されるようになったのだ。

¥¥¥

企業が国の政策を変えさせようとする場合、国民世論も重要になる。そうした経緯から、企業広報を担う広報会社がロビイング業務も提供する例が多い。外資系戦略広報大手のフライシュマン・ヒラードが設立した「ボックスグローバル・ジャパン」もそのひとつ。社長に就任した野尻明裕氏は大蔵省(現財務省)出身で金融庁の課長補佐から若くして金融業界に転じた人物だ。同社の案内では、政府の政策や規制が、企業や業界の収益だけでなく、存亡も左右する、と指摘。「立法府・行政府への直接的なアプローチの実施や当該政策への有権者からの好意的な世論の醸成」などを行うとしている。

同じ外資系広報のバーソン・マーステラも「GRジャパン」を設立。通産省の元官僚や元衆議院議員を取締役やアドバイザーに据えている。同社はホームページで「政府に対して自社の主張を通すためには、旧式な陳情だけではなく、今後は公共利益につながるようなアイディアや具体的な提案が不可欠」とロビイングの重要性を訴えている。

最も実績を上げていると言われるのが新日本監査法人の子会社である「新日本パブリック・アフェアーズ」(以下、新日本PA)。社長の小原泰氏は親子二代のロビイストで、父親は日米通商摩擦の際に米国で活躍した日本人ロビイストの草分け的な存在だった。泰氏も政界や官界に太いパイプを持ち、最近は仙谷由人・元官房長官に近いという。

そんな新日本PAによる最近のロビイングの成功例が、子宮頸がん予防ワクチン問題だという。英製薬大手のグラクソ・スミスクラインから新日本PAが委託を受け、日本でのワクチン承認と助成金の拠出を政府・与野党に働きかけた。

与野党の厚生族議員議員連盟の設立を働きかけ、がん患者団体などとシンポジウムを開催するなど、世論に訴える段取りをつけたのも新日本PAとみられる。厚生族のある国会議員によれば、新日本PAとグラクソの役員が一緒に事務所を訪ね、子宮頸がん予防へのワクチン接種の重要性を説明していったという。

新日本PAによるこのロビイングは成功を収めた。政府は、ワクチンの接種希望者に公費補助を行うこととし、200億円を超す予算措置を決めたのだ。

企業や業界の働きかけで政策が決定する例はもちろんたくさんある。業界団体が政治団体を持ち、政治家に寄付したり、パーティー券を購入していることも多い。だが、そこにロビイストが介在するケースが明らかに増えているとみられるのだ。

問題は、日本にロビイングに関するルールが一切ないことだ。米国ではロビイストは議会への登録を義務づけられており、どこの企業からいくらもらっているかもすべて公表している。一方でシンクタンクの研究員が政治家に特定の政策を働きかけることを禁じるなど、ロビイスト以外によるロビイングを認めない姿勢を貫いている。現実には抜け道はあるとも指摘されるが、少なくとも明確なルールがあるのだ。

この点、日本では野放し状態だ。ボックスグローバル・ジャパンの野尻社長もルールづくりの重要性を語る。「大原則はロビイングをする人たちが自分たちの立ち位置をはっきり示すことだ」という。

日本の場合、特定の企業から研究費をもらっている学者や、企業と顧問契約を結んでいる弁護士が、中立的な委員として政府の審議会などに出席しているケースが少なくない。だが、そうした人たちは実質的にロビイストと変わらない役割を果たしている、というのだ。

「彼が企業からカネをもらって政策を働きかけているとは知らなかった」と政策通で知られる国会議員は困惑した表情を見せた。ロビイストの中には、自分の立ち位置を明らかにせずに政治家や官僚に近づいている人もいる。野党時代の民主党などは、霞が関の官僚を使えなかったため、政策立案の場面で民間の政策通に依存することが多かった。ロビイストとは知らずに政策の素案づくりを依頼していたケースもあるのだ。

¥¥¥

選挙の前、新人の立候補予定者の事務所に、ある業界で有名なロビイストが訪れ、多額の寄付を申し出たという。あくまでもポケットマネーで、企業が出すわけではないと説明したという。だが、そのロビイストが企業から顧問料を得ている以上、形を変えた議員に対する迂回献金と言えなくもない。ルールがないばかりに政治家も無用なリスクを負うことになるわけだ。

日本では、ロビイングは企業・業界団体と政治家との癒着・買収の一つの形態とみなされる傾向が強かった。政界フィクサーや永田町コンサルタントと呼ばれる胡散臭い人種と同一視されてきたきらいがある。一方で米国はロビイストを半ば“必要悪”と割り切り、透明化する道を取っているわけだ。

ロビイストも民主主義を機能させるための装置として必要だ。密室で現金を渡すような古い政治に戻さないためにも、透明化するルールが不可欠」と米国の政策決定プロセスに詳しい鈴木崇弘・城西国際大学客員教授は言う。

経済成長が鈍化し、限られたパイを分け合う時代になればなるほど政治の役割は大きくなる。企業経営にとっても、政治家や官僚に対するロビイングが重要になるのは間違いない。企業のコンプライアンスの観点からも、ロビイングを透明化するルールづくりは不可欠だろう。