「31年ぶり貿易赤字」は大ごとではない。 むしろ景気回復の予兆といえるかも。

日銀の“インフレ・ターゲット”導入をきっかけに円高が修正され、株価も上昇しました。こんな事なら、もっと早くにやってみれば良かったのに、と思います。貿易収支が31年ぶりに赤字になったこともあり、日本経済の大きな転換点になる可能性があります。といっても、ますます悪くなるというわけではなく、ひょっとすると、国内におカネが回り始めることになるかもしれないと思うのです。大胆な推論ではありますが、以下、3月1日発売のエルネオスに掲載した連載で書いてみました。編集部のご厚意で以下に再掲します。

硬派経済ジャーナリスト
磯山友幸の≪生きてる経済解読≫連載──⑪

「現代型の貿易立国」が進んだ
 輸出額と輸入額の差である「貿易収支」が昨年、一九八〇年以来三十一年ぶりの赤字になった。新聞には「揺らぐ輸出立国」「輸出立国の土台崩れる」といった見出しが並び、あたかも日本経済が危機に直面しているかのようなトーンで報じられた。本当に日本という国は立ちいかなくなってしまうのだろうか。
 まず、昨年が貿易赤字になった理由を見てみよう。財務省が一月三十日に発表した貿易統計の二〇一一年分によると、輸出額(確報値)は六十五兆五千五百五十一億円、輸入額(速報値)は六十八兆五百十一億円で、差し引き二兆四千九百六十億円の赤字だった。輸出立国の終焉というタッチの新聞の見出しを見ると、円高東日本大震災の影響で、日本の輸出産業が壊滅的な打撃を受けているように思うだろう。だが、現実は大きく違う。
 実は、昨年の輸出額は二・七%しか減っていない。もちろん、リーマン・ショックによる世界景気後退の影響を受けた〇九年に輸出は三三・一%も減り、一〇年に二四・四%盛り返した後だから、比較となる一〇年の輸出額の水準自体が低いという反論もあるだろう。だが、輸出額はバブルのピークだった九一年が四十二兆円、名目GDP(国内総生産)のピークだった九七年も五十兆円だったので、それをはるかに上回る輸出額なのだ。
 では、なぜ赤字になったか。答えは輸入の急増である。昨年の輸入額は一二・〇%も増えたのだ。財務省の資料には主要商品別の統計もある。それを見ると理由は一目瞭然だ。原油液化天然ガス(LNG)など「鉱物性燃料」、つまりエネルギーの輸入額が二五・二%も増えたのだ。しかも「鉱物性燃料」は輸入全体の三二%に達している。原油価格の大幅な上昇や、原発の停止に伴うLNGの需要増などが大きいのだ。食料品の輸入も一二・四%増えているが、輸入全体に占める割合は八・六%にすぎない。
 つまり、貿易赤字になった最大の理由は、エネルギー輸入額の急増なのだ。これは第二次石油危機で貿易赤字になった七九年、八〇年と同じ構造といえる。
 だが、当時と違うことがある。三十一年前は貿易赤字になると共に、経常収支も赤字になったのだ。つまり、石油危機で価格が急騰した原油を海外から買うために資金のやり繰りが必要になったわけだが、当時の日本にはまだまだ対外純資産など取り崩せる貯蓄がなかった。街角のネオンサインを消して電力消費を抑えるなど、「省エネ」を進めざるをえなかったわけだ。
 だが、一一年は貿易赤字にはなったものの、経常赤字にはなっていない。財務省の国際収支状況の速報値では、経常収支は九兆六千億円の黒字だ。前年の十七兆一千七百六億円に比べれば四四%の減少だが、黒字を保っているのである。
 それはなぜか。海外と日本の間でやり取りされる利息や配当金などの収支である「所得収支」が黒字だからだ。つまり、海外から利息や配当が日本に入ってきているのである。
 しかも、その内容を見れば、日本の投資家が海外に株式投資して受け取る配当が増えているということもあるが、それよりも日本企業の海外子会社などが稼いだ利益を配当として本国に送金しているものなどが大きい。日本企業が生産拠点を海外につくるなど、グローバル化が進展していることで、日本からの輸出で儲けるのではなく、海外生産で儲けるように急速に変わってきているわけだ。税制を見直して海外子会社に溜まった利益を日本に還流させることを促進している面もある。
 この所得収支は九〇年代後半から増え始め、〇五年には貿易収支を上回る黒字額になった。一一年は十四兆円余りに達している。この貿易収支の黒字よりも所得収支の黒字が大きくなったことを指して「輸出から投資へ」と書く新聞もある。輸出を担うモノづくりの製造業から、投資収益を狙う金融業への転換というわけだ。そうした業態転換が進んでいる面もないわけではないが、必ずしもそればかりではない。
 すでに指摘したように、日本の製造業がグローバル化して生産拠点を海外に移していることが大きい。モノづくりのグローバル化が進んだとみるべきで、経済のグローバル化の恩恵を受けて進んだ「現代型の貿易立国」と考えることもできるだろう。

国内に回るお金が増える
 エコノミストなどの中には、貿易収支が赤字となり経常収支が十兆円を切ったことを指して日本の国力の低下であるとする指摘もある。だが、本当にそうなのか。そもそも貿易赤字は悪なのだろうか。逆に言えば、貿易黒字を山ほど稼ぐほうが良いことなのだろうか。
 八五年以降で経常収支の黒字が十兆円を切ったのは、昨年を除き四年しかない。八九、九〇、九一年と九六年である。これらの年に国民生活は疲弊したろうか。八九年から九一年はまさにバブルのピークである。不動産の高騰などを背景に国内消費に火がついた。輸入が大きく増えたほか、海外旅行など海外で使われるおカネも急増した。九六年も猛烈な円高によって輸入や海外旅行が急拡大、これによって経常収支が悪化した。
 逆に経常収支の黒字が大きく積み上がった九〇年代後半以降は、デフレが進み国内景気は悪化した時期と重なる。
 経常収支の黒字は結局のところ、米国債や海外株式などの投資に回る。貿易黒字を積み上げて“儲けて”いるつもりでいても、実際は日本国内にはおカネは流通せず、デフレが進んだのだ。ということは、貿易収支が赤字になれば、逆に国内に回るおカネが増え、消費が盛り上がる可能性があるのだ。
 輸入が増えるということは、国民が豊かな生活をエンジョイしているという見方もできる。昨年の貿易統計で面白い数字がある。自動車の輸入が二三・四%も増えたのだ。台数ベースの伸びは一八・五%なので、高級車の輸入が増えたことがうかがわれる。円高で安くなった高級外車を買う人が増えたのだろう。輸入高級車が国内で売れれば、販売代理店だけでなく、整備などのサービス業も潤う。貿易収支の赤字転落は、国内消費が動き始める予兆といえるかもしれないのだ。