霞が関に突破口は開くか

 霞が関の改革派官僚の間から最近、「馬鹿らしくてやってられない」という声を聞くことが増えています。6月末に支給された官僚のボーナスは平均9・2%減ったと報道されています。給与の一律カットが始まったためですが、幹部の削減率はさらに大きくなっています。事務次官は約271万円から約236万円へと約35万円減ったそうです。容易に想像できますが、一律カットというのは一生懸命働いている人ほど、やる気を無くさせるやり方です。無駄を削減しようと努力している改革派ほど、「馬鹿らしい」と感じてしまうのでしょう。努力した人、有能な人がきちんと報われる制度に早急に変えることが必要でしょう。今こそ抜本的な公務員制度改革が不可欠です。
産経新聞社の発行する「フジサンケイビジネスアイ」の1面コラムに掲載した拙稿を編集部のご好意で再掲させていただきます。
オリジナルページ→ http://www.sankeibiz.jp/macro/news/120705/mca1207050503005-n1.htm


 以前本欄で、役人の給与は民間よりも高いと書いたら、知り合いの霞が関官僚に文句を言われた。専門能力の高い人、例えば、原子力の専門家を雇おうにも、官の給与では優秀な人材が採れない、というのだ。

 果たしてそうなのか。優秀な人材が集まらないというのは事実のようだが、それは給与のせいなのだろうか。仮に民間より薄給でも、意義のある仕事だという自負さえ持てれば、有為の人材は集まるのではないか。むしろ、霞が関に専門家を受け入れ、あるいは育てる素地がないことが問題なのではないか。

 9月までにできることが決まった新しい組織が、その突破口になるかもしれない。「原子力規制委員会」である。これまで原子力安全委員会原子力安全・保安院独立行政法人原子力基盤機構などに、バラバラになっていた原子力に関する規制機能を、統合・一元化した組織である。

 焦点は、組織の形態がどの省庁からも独立した公正取引委員会型、いわゆる「三条委員会」に決まったことだ。さらに委員長を含む5人の委員は国会の同意人事となり、委員会の事務局となる「原子力規制庁」の職員も「ノー・リターン」と決まった。各省庁からの出向ができなくなり、人事権が及ばなくなるのである。

 これまでは、原子力政策を推進する経済産業省資源エネルギー庁と、保安院や安全委員会の人事が混然一体で行われてきた。文科系出身の官僚が保安院のトップに就く例も多かった。そうした人事異動によって、原発推進が安全確保よりも優先されたのではないかという疑念が、福島第1原発事故で噴出したのである。新組織はこうした関係を断ち切り「安全第一」に徹するというわけだ。

 政府は当初、環境省の外局とする意向だったが、野党の要求を受け入れ、より独立性の高い組織とした。さっそく政府は5人の委員の要件について、過去3年間に電力会社など原子力関係の組織に所属したり、報酬を得たりしていた人物は選任しない方針を打ち出している。

 国民の信頼を取り戻すために、新組織が徹底した独立性を保つのは大事だ。だが、それ以上に他省庁からの出向がなくなることで、「専門家組織」が生まれるのではないか、という期待が生じていることが大きい。

 霞が関組織の中では理科系の専門家、いわゆる「技官」は一般的に東大法学部卒の「文官」の後塵(こうじん)を拝してきた。さまざまな部署を短期間のうちにローテーションで回る文官の方が霞が関では主流で、技官が専門家として尊敬されるムードは霞が関にはなかったのである。

 新組織が原子力専門家の牙城になれば、民間との人材交流も活発になるのではないか。霞が関に本物の専門家組織ができれば、これまでの文官による人事支配という長年の慣行に風穴があくことになる。(ジャーナリスト 磯山友幸