政権公約、まるで引っかけ問題

メディア各紙でも各党の政策主張の曖昧さを指摘する論評が増えています。選挙に通ることを第一に、信念を語ろうとしない政治家には、永田町に戻ってきて欲しくない、と思うのは私だけではないでしょう。産経新聞社が発行する「フジサンケイビジネスアイ」の12月4日付け1面コラムに掲載した原稿を以下に転載します。オリジナルページ → http://www.sankeibiz.jp/macro/news/121204/mca1212040503013-n1.htm


 まるで難解な国語の読解問題か、意地悪な引っかけ問題のようである。各党が選挙戦向けにかかげた政権公約マニフェスト)の文章だ。

 政府は9月のエネルギー・環境会議で「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」ことを決めた。これを受けて、選挙戦用に民主党が発表した「5つの重点政策」では「『原発ゼロ』を必ず実現します」と訴えている。民主党支持者に多い「脱原発派」の票を意識しているのは間違いない。

 だが、民主党内の原発容認派の政治家に聞くと、「あくまで『ゼロを可能にする』と言っているだけで、原発廃止を公約したものではない」と、したり顔で解説する。「原発ゼロ」という言葉を素直に、額面通りに受け取ってはいけない、というのである。

 一方の自民党。農業団体などの支持を得たい地方選挙区の政治家を中心に、「自民党はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)には反対です」と訴えている。だが「政権公約」をよく読むと、「『聖域なき関税撤廃』を前提にする限り、TPP交渉参加に反対します」と書かれているだけだ。TPPへの交渉参加に絶対反対なのかというと、どうもよく分からない。

 自民党を支える経済界はTPP交渉への早期参加を求めている。財界に近いある政治家は「聖域なき関税撤廃が前提でなくなれば、交渉に参加するという意味だ」と語る。実際、交渉に当たってきた政府幹部は「すべての品目をテーブルに乗せるというのが前提で、交渉に参加した段階ですべての関税撤廃を受け入れるということではない」と説明する。

 野田佳彦首相が解散を明言した11月の党首討論で、安倍晋三自民党総裁は「マニフェストという言葉が軽くなった」と吐き捨てた。「脱官僚依存」「コンクリートから人へ」「『子ども手当』導入」といった民主党が掲げたマニフェストがことごとくほごになったことを批判してのことだ。自民党政権公約からマニフェストという言葉すら排除している。

 だからといって、誰でもが理解できる明確な表現を使うのをやめ、読み方によっては意味が変わりかねない文章を使うことに、道理はあるのだろうか。結局、選挙戦の最中だけは耳に心地よい国民受けする言葉を使い、政権を握ってしまえば、本当の意味は別ですと開き直る、ということなのだろうか。

 政治家は言葉の力によって国民の信頼を得る。自らの信念を訴えるのが本分だ。たとえそれが、国民に痛みを求めることでも、とことん説明して分かってもらう。そんな腹のすわった政治家がほとんどいなくなったのは、小選挙区という選挙制度も一因だろう。

 だが、もしそうだとしても、嘘つきばかりが国会に戻って来られたのでは、国民はたまったものではない。
(ジャーナリスト 磯山友幸