「先端」が聞いて呆れる官製「国際先端テスト」のお寒い中味 アベノミクスは「1丁目1番地」で躓く?

日経ビジネスオンラインにいただいている連載(隔週)のタイトルは「政策裏読み」。政策に潜む官僚の狙いについては原英史さんや高橋洋一さん、古賀茂明さんなど脱藩官僚の方々もしばしば書いていますが、ジャーナリストの視点からの裏読みがあってもいいのではないでしょうか。是非みなさんにご一読いただければ幸いです。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130509/247749/


 国際先端テストというのをご存知だろうか。安倍晋三首相が推進する経済政策、いわゆるアベノミクスで、強力な武器になるはずだったものだ。アベノミクスという言葉が人口に膾炙する以前、昨年の総選挙の時から、この武器は準備されていた。

 自民党政権公約の具体的項目を記載した「自民党政策BANK」。その「経済成長」のところには、「大胆な規制緩和」という見出しと共に、こう書かれていた。

 「戦略分野ごとに企業の活動のしやすさを世界最先端にするための『国際先端テスト』(国内の制度的障害を国際比較した上 で撤廃する基準)を導入します」

 つまり、霞が関が企業活動を縛っている様々な規制を、国際的に比較してみて、日本にしかないような規制は撤廃してしまう、としていたのだ。

 安倍内閣は全閣僚による日本経済再生本部を政府内に設置、その下に成長戦略を策定する「産業競争力会議」と規制撤廃を議論する「規制改革会議」を置いた。

志は高かったはずだが

 アベノミクスでは「大胆な金融緩和」と「機動的な財政出動」、「民間投資を喚起する成長戦略」の3本の矢を掲げた。1本目、2本目の矢はすでに実行に移され、予想以上の円安株高をもたらしたが、それだけでは単なる金融緩和バブルに終わりかねない。

 多くの識者が指摘しているように3本目の矢である「成長戦略」で日本の産業構造を大転換することが不可欠だ。

 そのための仕掛けが、安倍首相自らが議長を務める産業競争力会議と、民間人からなる規制改革会議だ。産業競争力会議で具体的な成長戦略を策定、その実現に障害になる規制を規制改革会議でヤリ玉に挙げる。そのための武器として「国際先端テスト」が使われるはずだったのである。

 安倍首相自身、1月24日に開いた規制改革会議の初会合でこう述べていた。

 「規制改革は安倍内閣の1丁目1番地であります。成長戦略の1丁目1番地でもあります」

 産業競争力会議の中で“改革派”の代表格である竹中平蔵慶応義塾大学教授は繰り返し、この国際先端テストを活用して規制改革を進めるよう主張した。産業競争力会議には規制改革会議の議長を務める岡素之・住友商事元会長が議員として加わっていた。竹中氏は国際先端テストを武器に規制改革会議と連携して成長戦略を進めるべきだと考えていたのだ。つまり、国際標準テストでどんなものを取り上げるかで、成長戦略の方向性も決まって来る。

 その国際先端テストの対象項目が4月17日に公表された。全14項目。「健康・医療」と「エネルギー・環境」がそれぞれ4項目、「雇用」が2項目、「創業等」が4項目だ。

 日本の将来を担う産業・企業を育てるために、どんな規制を俎上に乗せ、国際比較しようとしているのか。長年の懸案である「混合診療」か、「国民皆保険」か。あるいは農業分野での創業か。産業競争力会議で議論になった解雇規制か。国民目線で考えても、海外との違いをきちんと評価して規制のあり方を考え直すべきテーマは数多い。

出てきたのは重箱の隅のマイナー案件ばかり

 ところが実際に出てきたものは、驚くほど「重箱の隅」をつつくような規制ばかりである。例えば「創業等」の中にはこんな項目がある。

 「⑭市外局番取得に係る品質要件の見直し」

 IP電話事業者が「03」や「06」といった市外局番を使おうとしても通話の品質を一定以上にしなければ「050」しか割り当ててもらえないというのだ。

 特定の通信業者からすれば、アタマにくるトンデモない規制に違いないが、成長戦略の柱として国際比較するテーマなのかどうか。説明資料には「品質要件を廃止し、品質も含めて消費者の選択に委ねてはどうか」と「規制撤廃」が主張されている。

こんなのもある。

 「⑦水素スタンドの使用可能鋼材にかかる性能基準の整備」

 説明資料には「海外で使用実績のあるクロムモリブデン鋼などの鋼材を水素スタンドにおいて使用可能とするべきではないか」と書かれている。

 さらには、

 「⑤天然ガス充填設備を併設した給油所における天然ガス自動車とガソリン自動車の停車スペースの共有化」

 ガソリンスタンドに天然ガス車用のスタンドがあっても、停車スペースを別々にしなければならないということなのだ。そんな規制など規制改革会議で議論する以前にさっさと撤廃したらいいだろう。

 そんなバカな規制があったのか、という実例を知る意味では役に立つが、アベノミクスで日本の将来を変えようという時に俎上にのせる規制なのか。ほとほと呆れるばかりだ。

役所のペースにはめられて…

 なぜ、こんな微細なテーマばかりが並んだのか。関係者が解説する。

 「議長役の岡さんは初めから役所の言う事をよく聞いてから、というスタンスでした。それでは役所が緩和したくない規制が出てくるはずなどありません。役所自身がもう撤廃してもいいかな、と思っている項目を出してきたのでしょう」

 民間議員のほとんどは自分が所属する業界を除いてほとんど細かい規制については知らない。改革が議題になれば、委員を微細な条文の世界に引き込み、別の法律とのつながりがあって規制緩和は無理だ、といった説明を繰り返される。ブレーンを持たない民間議員が徒手空拳でそれぞれの役所を相手にすれば、役所のペースにはまるのは当然である。

 規制こそが権限の源であり、権限があるからこそ、予算も人員も配置される。規制が撤廃されればその省庁の権限が減り、仕事もなくなることになりかねない。そうなれば、外郭団体が不要になったり、最悪、所管の課がいらなくなることになる。規制緩和には徹底して役所は抵抗するものなのだ。

 さすがに、「国際先端テスト」という壮大な名前を付けながら、あまりにも微細な項目ばかりなことに規制改革会議の委員たちも気が付いたのだろう。「もっと大玉を」という声が上がり3月以降、項目が追加された。「医療のIT化の推進」などがそれだ。だが、どれをみても役人ならではの“仕掛け”が施されているものばかりだ。

霞ヶ関の修辞学で骨抜きに

 「雇用」分野については「有料職業紹介事業の見直し」と「労働者派遣制度の合理化」という項目が加えられた。まあ、比較的「大玉」といえるテーマだろう。ところが、派遣制度のタイトルを良く見て欲しい。規制の「撤廃」や「緩和」でも「見直し」でもなく、「合理化」という言葉が使われている。これこそ、役人がしばしば使うレトリック、いわゆる「霞が関の修辞学」だ。何が「理に合う」のかは意見が様々なわけで、規制を変えるとはひと言も言っていない。

 説明文にも「派遣禁止業務や派遣期間を見直すこととしてはどうか」と水で薄めた表現になっている。役所からすれば「検討しましたが、見直すだけの合理性がありません」と言えば逃げられるわけである。

 国際先端テストの真骨頂は言うまでもなく、国際比較だ。だが、残念ながら国際比較ほど霞が関官僚の「得意技」はない。先進国と言われる国でも日本以上に規制の厳しいところが探せばあるものだ。

 かつては米国と比べて規制が日本に近かったドイツは霞が関が抵抗する際の定番国だったが、ドイツが米国型の経済改革を推し進めると、その後はフランスが官僚たちのお気に入りになった。最近ではEU(欧州連合)で規制を統一することが増え、EUに入っていないノルウェーなども国際比較に登場する。経済産業省のここ数年のお気に入りは韓国だ。役所主導で経済改革を進めるスタイルは、もともと日本の官僚機構の影響を受けている。国際比較といいながら、自分と自分を比較しているようなものだ。

 審議会などの委員を務める御用学者は、しばしば「海外では」と外国の事例を引用し、しばしば「出羽の守」と揶揄されたものだ。そんな海外事例も多くの場合、役所が情報提供しているケースが少なくない。つまり、役所に都合の良い国際比較を作るのは霞が関の伝統芸なのだ。

 そんな役所の習性を知りぬいたブレーンを抱えた民間人が政治家とタッグを組んで、規制に大ナタを振るわない限り、簡単に規制改革などできないのだ。

 規制改革会議の体たらくを見ている限り、アベノミクスの成長戦略は「1丁目1番地」で早くも躓くことになりかねないようにみえる。