地方の自立のために“武器”を渡せ 地方交付税交付金をもらわない55の自治体

ウェッジの連載では、様々な提案を試みていますが、地方の自立は連載開始以来の大きな柱の1つです。しかし、大きな壁があります。地方自治体の職員や政治家自身が、自分たちは財政的に自立できないと信じ込んでいることです。この自己暗示から解き放たれない限り、逆説的ですが、地方は自立できないと思います。オリジナルページ→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2752



 地方に取材に行って自治体の関係者に会った際には、必ず聞くことにしている質問がある。「こちらの自治体は財政的に自立可能だと思いますか」。決まって返ってくるのは「それは無理でしょう」という反応である。

 先日も宮城県の重鎮に話を聞いた際、余談で同じ質問をしてみた。答えはやはり「無理」であった。そこで、「仙台伊達藩と言えば、江戸時代には豊かな大藩だったのでは」と問うと、「その通り」と胸を張る。遠い昔の記憶は美化されがちとはいえ、多くの地方自治体で、財政自立が建前だった江戸幕府時代の「お国自慢」を聞かされる。また、大学時代の友人が北陸の豊かな地域の県庁に勤めているが、彼もまた、「自立なんぞできっこない」と言い切る。もちろん加賀百万石の話になると一気に饒舌になるのだが。

 これはいったいどういうことだろう。江戸時代に豊かな藩として自立していた地域の人たちが、今はもう無理だと言う。ほとんどの人が国からのカネ、つまり地方交付税交付金がなければ、やっていけないというのだ。

 地方交付税交付金国税である所得税法人税、消費税などを原資にして、地方の財政状態に応じて交付する資金。豊かな地域の税収を貧しい地域に分配する「再配分」の機能を担っている。その額、2012年度の当初予算額で17兆5000億円に達する。

 ほとんどの地方自治体が「自立は無理」と感じるのは、数字が示している。全国に市町村は1719(東京23区を除く)あるが、これに47都道府県を加えた1766自治体のうち、いくつが「自立」しているか。つまり交付金をもらっていないかである。これを「不交付団体」と呼ぶのだが、12年度では何と55自治体しかない。都道府県では東京都のみで、54は市町村だ。

「自立」している市町村にはどんなところがあるのか。表の通り、原子力発電所など原子力関連設備がある市町村が目に付く。関連の助成金収入などが財政を潤しているということだろう。その他では首都圏の市と愛知県の市が多い。住民が多く地方税である住民税の収入が多かったり、企業が多く法人地方税の収入が多かったりするところと見られる。つまり、自立しているのは、特殊要因と言ってもよい歳入構造になっているところが中心とみていいだろう。何しろ自治体全体の3.1%しか自立できていないのである。

 「大阪市域から上がる税収のうち3分の1しか大阪市域に還元されていない」

 橋下徹大阪市長のブレーンとして知られる上山信一・慶応大学総合政策学部教授は語る。大阪市などが使う説明資料によると、09年度に大阪市域内から上がった税収は3兆9701億円。内訳は大阪市税が6236億円、府税が5674億円、国税が2兆7791億円だった。市税は市のために使われるので100%還元される計算だが、府税は1359億円、国税に至っては5447億円しか市域に還元されていない。

 「大阪市民は7987億円もの税収を交付税として地方に還元している」と資料には記載されている。大阪市から上がった税収を何で地方に回さねばならないのかと指摘しているのだ。

橋下大阪市長の狙いも財政の自立にある

 大阪で維新ブームが起きたのは、大阪の経済的な行き詰まりが大きなきっかけになっている。橋下市長が目指す大阪府・市の統合の先に大阪の財政的な自立があるのは言うまでもない。自立を考えれば、その地域から上がる税収で本源的にやっていけるのかどうかが焦点だ。

 実は似たような主張が欧州でも巻き起こっている。昨年11月末、スペイン北東部のカタルーニャ州議会選挙で、スペインからの独立を訴える勢力が過半数議席を獲得した。日本では経済危機が深刻な同州が欧州連合(EU)から脱退したがっているという文脈で語られることが少なくないが現実は逆。国際的な企業も多く、貿易の拠点として潜在力のある同州が、スペイン南部の貧しい州を財政的に支えるのは嫌だ、というのが独立派の主張。財政危機のスペインから逃げ出し、当然、自分たちはEUに残留したいということなのだ。大阪の主張と重なる部分があるわけだが、中央集権の近代国家が軋みはじめているように思える。

 日本の地方交付税交付金制度は、中央集権を進める上で大いに機能してきた。江戸時代は藩ごとの財政自立が前提で、江戸幕府の力が衰えた幕末には各藩が競って産業振興や貿易などに力を入れた。藩の力を付けるには財政力を付けることが先決だったからだ。

 ところが、地方交付税が機能するようになって、地方自治体の「国頼み」はどんどん強くなった。自治体の人たちが「自立は無理だ」と諦めた状態こそ、中央集権の完成状態と言ってもいいだろう。財政状態が良くなれば不交付団体となって国からのカネが来なくなる仕組みは、自助努力によって財政を改善しようというインセンティブが働かない。努力せず、国におぶさっている方が自治体経営としては楽なのだ。

 景気の低迷で不交付団体から交付団体へと転落する自治体が多い中で、12年度に不交付団体となった自治体が1つだけあった。山梨県忍野村。富士山の麓、忍野八海などがある観光地として知られる。村の11年度の行政コストは42億円余り。これに対して地方税の収入が36億円あった。補助金などを加えると黒字になったのだ。

 もちろん観光も村の財政を支える重要な産業だが、もう1つ大きな要因がある。ロボットなどで有名なファナックの本社が村内にあるのだ。本社があることによる自治体の税収面でのメリットは非常に大きい。

 東京都が都道府県唯一の不交付団体なのは、多くの企業が本社を東京都内に置いているからだ。大阪市が税金の多くが他の地方に流れていると文句が言えるのも、大阪市内に本社を置く企業が周辺地域に比べて圧倒的に多いからに他ならない。

 これまで地方自治体は大企業の工場誘致に力を注いできた。雇用が生まれることを第一に考えてのことだ。だが、地方自治体が自立を考えるなら税収増に直結する本社地を誘致するのが一番だろう。もっとも、地方が大企業の本社を誘致する制度上の武器がない。自治体によって法人税率を変えることができるようにするなど、抜本的な制度改正が必要だろう。だがそれは明治以来進めてきた中央集権政策との決別を意味することにもなる。