アベノミクス「成長戦略」に経産省による「時代錯誤の愚策」 業界再編まで「官主導」をもくろむ霞が関の面々

安倍晋三首相が6月5日に行った成長戦略第三弾の演説はそれなりに踏み込んだ内容だったと思います。ですが、大幅な調整を続けている株式市場はほとんど反応しませんでした。なぜか。それは、いくら総理が講演で踏み込んだ発言をしても役所は動かないからです。「法律」になるか、「閣議決定」したものでなければ、役人は動こうとしないのです。これは霞が関のルールです。ですから、14日に閣議決定される予定の「成長戦略」がどうやらパンチの弱いものになりそうだ、という見方が広まり、株価は下げているわけです。安倍首相がいくら改革を訴えても、アベノミクスの名の下に役所がこれまでやりたかったを実行していたのでは、首相の言う「次元の違う政策」にはなりません。そのあたりの話を日経ビジネスオンラインに書きました。是非、登録してお読みください。http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/



 安倍晋三首相が推進する経済政策、いわゆるアベノミクスの3本目の矢である「成長戦略」がいよいよ発表される。成長戦略を議論してきた成長戦略会議(議長・安倍首相)ではすでに論点整理や基本的な方向性が示されている。5月下旬以降、日経平均株価が急落するなど、アベノミクスへの期待感に陰りが出ていることから、民間議員の中からは「ポジティブ・サプライズが必要」といった声が上がる。安倍首相は明確な「改革姿勢」を打ち出し、世界の投資家に日本経済復活を確信させることができるのか。

 5月29日の成長戦略会議で配布された「成長戦略の基本的考え方」には、アクションプランとして「日本産業再興プラン」が示されている。さて、どうやって日本の産業を再興させようとしているのか。

お題目は掲げられているが・・・

 「グローバル競争に勝ち抜ける製造業の復活、付加価値の高いサービス業の創出。企業が活動しやすく、個人の可能性が最大限発揮される社会を実現」という総論の下に、次の6項目が掲げられている。

 ①緊急構造改革プログラム(産業の新陳代謝
 ②雇用制度改革・人材力の強化
 ③科学技術イノベーション
 ④世界最高水準のIT 社会の実現
 ⑤立地競争力の更なる強化
 ⑥中小企業の革新
 一番初めにある「構造改革プログラム」では、今後5年間を「緊急構造改革期間」とし、集中的に取り組むとしている。その意気込みはいいだろう。ではその改革しなければならない「構造」とは何か。

 副題にある「産業の新陳代謝」は、実は産業競争力会議の初回から議論にのぼっていたキーワードだった。1月23日の初会合で経団連副会長の坂根正弘コマツ会長(現相談役)はこんな発言をしていた。

 「重点課題分野に関して、新規分野も重要であるが、これに過度な期待をかけても国を支える規模には容易にはならない。勝ち組ないし勝ち組になるポテンシャルを持つ既存分野に重点投資すべき。弱者ではなく敗者となっている企業を国が支援すると、せっかく国内競争に勝ち、世界の場で戦おうと思っても復活した敗者と国内で再度戦わなくてはならなくなる」

 そのうえでコマツの経験を披露した。「社内の勝ち組・負け組を分け、負け組の事業・商品から撤退し、勝ち組に特化することで大きな成果を上げることができた」というのだ。コマツは2万人いた従業員を一時期1万8000人にまで縮小したが、現在は逆に2万2000人にまで増えている、という。つまり、国は弱い産業や企業を助けるような政策を取るのではなく、強い産業を支援すべきだ、としたうえで、一時期は“痛み”が生じてもいずれ筋肉質の企業や産業、経済が出来上がるとしたのだ。

 つまり、当初、「新陳代謝」という言葉が使われた時には、滅び行く産業や企業をむしろ退出させ、可能性のあるところに集中投資せよ、という意味で使われていた。これは国のこれまでの産業政策への痛烈な批判と言ってもいい。本来なら退出すべき企業を助け「ゾンビ企業」ばかり作ってきたではないか、というわけだ。そうした政策からの決別を訴えていたのである。

 ところが、同じ「新陳代謝」という言葉を使いながら、最終段階になって出てきた「基本的考え方」ではどうもニュアンスが違っている。「過少投資、過剰規制、過当競争の3つの歪みを根本から是正」するとされたのだ。緊急に改革すべき日本の構造がこの3つだとしたのである。そして、対策として、「民間投資拡大/企業実証特例制度/新事業投資促進/事業再編促進/「産業競争力強化法(仮称)」/公的支援ルール」という項目が並んでいる。

 だが、この段階では、具体的な政策として、何を打ち出そうとしているのか判然としない。2つ目の「過剰規制」の処方箋は方向性としては誰でも分かる。規制の緩和や撤廃を行うことだろう。

企業統治か官民ファンドか

 では最初の「過少投資」に対してはどういう政策を取るのか。産業競争力会議では民間企業に投資を促すためには経営者に外部からのプレッシャーをかける必要があるという意見が出て独立取締役の義務付けといったコーポレートガバナンスの強化論が浮上した。

 一方で、経産省財務省などは、いわゆる官民ファンドなどを活用して投資の呼び水にするという案が繰り返し検討されてきた。前者が民間の自律性に働きかけようとする一方、後者は国が民間に大きく関与しようとする。政策的には180度手法が違う。

 最終的な取りまとめ作業と前後して、その具体策とおぼしきいくつかの政策が新聞記事に出た。「事業再編 国が後押し」「成長戦略、設備投資拡大図る」という読売新聞の5月22日の記事もそうだ。「産業競争力強化法案(仮称)」を今秋の臨時国会に提出する方針を報じたうえで、具体的な政策としてこう書いていた。

 「具体的には、設備投資を増やすため、企業が新たな工場や機械を導入する際に、リース会社から借りやすくする環境を整備することが軸となる」「初期投資を抑えることができるリース制度を使った設備投資の支援策を検討する」

 この一文を読んで、政策をつぶさに見てきた政治家や官僚、エコノミスト、ジャーナリストなどは一様に過去に報じられた別の記事を思い出した。昨年12月31日に日本経済新聞が1面アタマで報じた「公的資金で製造業支援 資産買い取り1兆円超」という記事だ。

 「政府は電機メーカーなどの競争力を強化するため、公的資金を活用する方針を決めた。新法制定でリース会社と官民共同出資会社をつくり、工場や設備を買い入れる」とその記事にはあった。買い入れ累計額が5年で1兆円になるというのだ。

「こんな筋が悪いものを本気でやるのか」

 時は安倍政権発足直後。アベノミクスでそんな具体的な政策を詰めている段階ではない。経産省内部で検討していた政策案が流出したか、あるいは経産省自身が意図してリークしたものとみられた。ご丁寧にもスキームの図までが添えられており、新聞記者の芸当ではない、と見られたのだ。

 「こんな筋が悪いものを本気でやるのか」

 予算を握る財務省の幹部は当日の朝、経産省の幹部に質したという。すると経産省幹部は「いや、まったくの誤報です」と事もなげに答えたそうだ。昨年末時点で最大の懸案事項は経営危機に直面していたシャープの資金繰りだった。「電機メーカーの競争力強化」という前段を見て、財務省の幹部はシャープ救済を経産省が画策しているとみたのだ。これには、さすがに世の中からも否定的な声が噴出し、立ち消えになった。それを成長戦略の最終段階になって読売が別の形で報じたわけだ。

 取材してみると、経産省の中で「リースを活用した民間設備投資の促進」が検討されているのは事実だった。具体的なスキームについては頑なに口をつぐむが、製造業が抱えて重石になっている過剰設備を国が引き受け、リースとして企業に貸し出せば、企業は身軽になり国際競争力が復活する、というシナリオのようだ。もちろん、霞が関の不文律では個別の民間企業に直接補助金を出すことはできない。社会全体にプラスになるという政策目的がいる。それを突破するために「官民ファンド」や「リース」という枠組みを考えているのだろう。

 この政策は明らかに「強い企業を強く」するものではなく、「弱い企業を助ける」ことに主眼があるようにみえる。

 3番目の「過当競争」についてはどんな具体策を打ち出そうとしているのか。これは「産業新陳代謝」の本筋にかかわる。

 これも読売新聞の記事が出た。「業界再編へ国が指針 成長戦略素案」という6月1日付の記事だ。そこにはこう書かれていた。

 「焦点となる過当競争への取り組みとして、国が業界再編を進める指針を作る。具体的には欧米や韓国と比較した同一産業内の企業数や利益率などをもとに、再編の必要がある業界を示すことを検討している。例えば、電機業界は、主要企業が集約された韓国勢に比べ、企業数が多いと指摘されている」

 日本は韓国に比べて同一業界に企業が乱立して過当競争になっている」というのは、経産省がかねてから日本企業の競争力低下の原因としてきたことだ。それを政府主導で再編しようというのである。

 どう考えても時代錯誤も甚だしい。日本もかつて行ったが、「傾斜生産方式」のように、国が決めた重点産業に資源を集中させるやり方は、経済が未成熟なうえに、資本が足りない発展途上国経済で取られる政策だ。企業が再編するかどうかは本来、企業経営者の最大のビジネス判断である。産業競争力会議で民間議員が、民間企業の意識改革を強調したり、コーポレートガバナンスの強化を訴えたのは、こうした経営者自身の判断で業界再編にもっていこうと考えたからだ。それを経産省は逆手にとり、長年自分たちがやりたかった、官主導の産業政策に打って出るきっかけにしようとしているわけだ。

政府が適正な企業数を決めるなどもってのほか

 5月22日の産業競争力会議では、経済同友会代表幹事の長谷川閑史武田薬品工業社長がこんな発言をしていた。

 「医薬品業界は企業数が多く、統合・集約等の論議が政府内にもあるやに聞く。これを否定するものではないが、これは現在試行されているメリハリの効いた薬価制度を本格実施することで、その方向に向かうものであり、政府が無理に進めるべきものではない」

 つまり、競争によって製薬業界内の淘汰が進むのが自然で、政府が適正な企業数を決めるなどもってのほかだと苦言を呈したのだ。

 日本ばかりでなく世界の投資家が注目するアベノミクスの「成長戦略」。打ち出される「言葉」とは裏腹に、背後には深刻な政策の路線対立がある。企業の再編まで事細かに国が関与しようとする政策は国家社会主義的で、今や世界の常識である資本主義の理念とは相入れない。そうでなくとも世界の投資家から「日本は社会主義」と揶揄されてきた。そんな中で、復活の道筋をさらに過剰な国家関与でつくることを世界に表明すれば、世界中の投資家の失笑を買うだろう。「やはり日本経済の再生はあり得ない」と世界から見限られたら、株価の上昇でムードを変えることに成功したようにみえたアベノミクスが、振り出しに戻ることになる。