徴兵制とは違う! 災害救助隊で若者雇用

リクルート出身で杉並区立和田中学校で東京初の民間人公立中学校長になった藤原和博さんとはかれこれ15年ぐらいのお付き合いでしょうか。勉強会をご一緒したり、酒を飲んだりという緩い関係ですが、徹底した現場主義、合理主義でいつもハッとさせられるアイデアを伺うことができます。先月号のウエッジの記事はそうした藤原さんとの会話から生まれた原稿です。賛否のあるテーマに引き付けて若者雇用を考えました。是非ご一読ください。オリジナルページ→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2875


 7月の参議院議員選挙自民党が圧勝すれば、憲法改正に向けた動きが具体化することになる。賛否いずれにせよ、憲法と真正面から向き合って議論することが必要になるが、問題はタブーが多すぎることだろう。日本では問題が大きければ大きいほど、議論自体を封じてしまう傾向がある。以前この欄で取り上げた移民問題などが典型だ。

 憲法改正論議でのタブーの1つは徴兵制ではないか。議論しないが故に、諸外国の情勢変化にも鈍感で、左右両派に分かれた神学論争に陥りかねない。日本では紹介される機会が少ないが、ここ数年で徴兵制を大きく変えた一例がドイツだ。

 同じ敗戦国のドイツは1957年から徴兵制を敷いてきた。満18歳以上の男子に9カ月間の兵役を課していた。それを2011年7月1日をもって「停止」したのである。危機に直面した際には復活できるよう法律は残したが、事実上の徴兵制廃止だ。廃止の理由として国の財政負担軽減が強調されがちだが、実際にはそれだけではない。

 第1に「戦争」の形が変わったこと。大人数の歩兵が向かい合って総力戦を展開する伝統的な戦争はもはや想定されなくなった。ソ連の崩壊による冷戦終結がドイツの防衛体制を大きく変えたのは言うまでもない。代わって増えたのが、海外での「テロとの戦い」だ。テロとの戦いとなると十分な訓練を受けたプロの兵士が必要になる。熟練した軍人でなければ簡単に命を落としてしまうのだ。高度化する軍務に従事できる兵士は、プロである職業軍人や意識の高い志願者でなければ集まらなくなっているという現実があるのだ。

 徴兵制停止まで、約24万5000人の軍人のうち5万6000人が徴兵だったが、停止後は志願制に切り替えた。今後は徐々に軍人の総数を18万5000人にまで削減、そのうち1万5000人を志願兵で賄う計画だという。

 ドイツが徴兵制度の停止を決めたもう1つの理由は、徴兵を忌避する若者が増えていたこと。ドイツでは信仰や信念から徴兵を拒否する「良心的兵役拒否」が認められていた。軍務に就かない代わりに社会福祉施設などで働くことが義務付けられていたのだ。この非軍事役務に就いていた男子は09年で9万人。つまり兵役従事者を大きく上回っていたわけだ。

 徴兵制を停止したことで、社会福祉施設などに余波が及ぶ懸念が出たのは言うまでもない。非軍事役務も停止されることになったからだ。放っておけば各施設でのボランティアが不足する。そこでドイツでは「連邦ボランティア役務制度」を新しく導入。義務教育を修了した男女に原則1年のボランティアを義務付けた。

 平和国家のイメージが強いスイスにも徴兵制があるがその内容は大きく変わってきている。「国民皆兵」という建前で、男子は20歳から36歳までの間、合計260日の兵役に就く義務がある。そんなスイスでも、良心的兵役拒否が認められている。やはり軍事的役務の代わりに介護や医療現場でのボランティアに就くのが中心だ。

 国民皆兵のスイスでは男子は仕事上の上下関係とは別に軍隊での階級の上下が存在する。企業によっては軍隊の上下関係が入社や出世に影響するところもある、と言われる。日頃は普通のビジネスマンとして働いている人も、一朝事あれば軍人に変わるのだが、軍隊でどんな役割を担っているかは、公言してはいけないことになっている。

 かつてスイス駐在時代に知り合い仲良くなったスイス人にこっそり軍隊での役務を聞いたことがある。彼は高級士官で、危機が生じた時に市民がパニックに陥るのを防ぐ部隊の指揮官だった。シェルター内に避難した人たちに平静を保たせる方法などを研究・訓練するのが徴兵期間の「訓練内容」だということだった。徴兵というと、小銃を担いで戦闘訓練を行うことばかりがイメージされがちだが、スイスでは様々な危機を想定したうえで、国民に様々な役割分担を与えているわけだ。

 さて日本。わが国も徴兵制を導入すべきだという人から、自衛隊違憲だとする人まで、考え方にはかなりの幅がある。だが、東日本大震災に見舞われた被災地での自衛隊の活躍には誰も異を唱えないに違いない。実際、日本では災害救助を自衛隊抜きで考えることはできなくなっている。また、被災地には手弁当のボランティアが全国から大勢集まった。NPOなどのボランティア組織もこうした人たちを束ねる役割を果たした。

相対的に高い若年層失業者を吸収する策

 だが一方で、自衛隊災害派遣は国土防衛という軍隊の本務とは違うという意見もある。ボランティアにしても、災害が起きてから自発的に集まるのでは力を発揮するまでに時間がかかるという問題点も指摘されている。今後も天災に見舞われる可能性が高い日本にあって、災害救助の体制やボランティアのあり方をきちんと議論しておくことは不可欠だろう。これは自衛隊のあり方とも密接にからむ。

 「災害救助予備隊を創設してはどうか」。民主党政権時代に設けられた「雇用戦略対話」で、若年雇用戦略について議論に加わった藤原和博東京学芸大学客員教授は、そんな提案をしている。いつ起きるか分からない災害に備えて若者の力を結集しておこうという発想だ。30歳未満の希望者を1〜2年間、国が「雇用」、最低限の給与も支払う。「若年失業者を吸収できるうえ、共同生活をさせることで若者を鍛えることができる」と藤原氏は言う。250万円で20万人を雇用しても5000億円の年間予算で済む。今でも雇用安定給付金として4000億円前後が使われている。

 この予備隊を自衛隊の下に置くとなると「徴兵制につながる」「予備役ではないか」といった批判を浴びかねないだろう。だとすれば、『海猿』で若者の人気を得た海上保安庁や、『252 生存者あり』でイメージを上げた消防庁などとの連携もあり得る。

 日本には伝統的に「町火消し」や「消防団」など、民間組織を作って有事に備える仕組みがあった。これがコミュニティの崩壊と共に、国の機関やプロだけに有事対応を任せるようになった。国民すなわち自分たちの生命と財産を守るためにはどんな官民の組織が必要か。憲法改正論議と合わせて考えてみてはどうだろう。

◆WEDGE2013年6月号より