アベノミクスが目指すべき中小企業対策は 望月晴文東京中小企業投資育成社長インタビュー

現代ビジネスに今週アップされた記事を、編集部のご厚意で以下に再掲します。経産次官だった望月晴文さんのインタビューです。
オリジナル→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36956


安倍晋三首相が推進する経済政策、アベノミクスがいよいよ実行段階を迎える。そんな中で、成長戦略などの中で「弱い」と指摘されているのが中小企業対策だ。元・経済産業事務次官中小企業庁長官も務めた望月晴文・東京中小企業投資育成社長に聞いた。

  アベノミクスは3本目の矢として「民間投資を促す成長戦略」を掲げており、政府はいわゆる「官民ファンド」を相次いで立ち上げています。東京中小企業育成は「官民ファンド」の元祖のようなものですか。

 望月 ええ。当社の発足は1963年ですから今年でちょうど50周年になります。当初は国も出資していましたが、1986年に民間法人化しました。新潟・長野・静岡以東が当社の営業エリアで、西には名古屋中小企業投資育成、大阪中小企業投資育成とうい兄弟会社があります。

  中小企業に投資し、上場で投資を回収するプライベート・エクイティ投資をやっているわけですね。

 望月 累計の投資先はつい先日2000社に達しました。すでに80社以上が株式を公開しています。上場すると卒業だとは言っているのですが、現実には企業側から株式保有を続けて欲しいと頼まれるケースも多く、上場後も株式を保有しているケースもあります。

現時点で900社に出資していますが、85%の企業が配当しており、平均の配当利回りは6%です。当社が出資している会社は中小企業の中でも信頼が高く、一種のブランドになっています。

  新規投資も行っているのでしょうか。

 望月 もちろん。年間30億円を新規投資に振り向けることになっていますが、資本金3億円未満の中小企業が対象です。仮に5割近くの株式を持つとしても、年間60社から70社に投資しなければならない計算です。投資先を探すのに苦労しています。

  民間法人ということですが、現在、国は御社に出資していないのですか。

 望月 当社の株式は東京都が12%を持つほか、民間金融機関が株主です。大手都市銀行の合併で5%を越えてしまう銀行が出たため、名古屋と大阪の中小企業投資育成が持っており、持ち合いのような形になっていますが、いずれ地方銀行など金融機関に持ってもらいたいと考えています。

  では国はもはや関係ない?

 望月 いえ、中小企業投資育成株式会社法という法律に基づいた会社ですので、社長人事など許認可事項です。中小企業の経営者は外部株主が入ってくることに敏感です。国がバックにいる当社に安定株式でいて欲しいという期待が大きいわけです。これが民間の論理だけで経営していたら、利益が出ている株式はすべて売却してしまおうということになりかねません。

  投資の対象は製造業ですか。

 望月 当初は製造業だけが対象でしたが、現在はサービス、流通産業にも対象を広げています。国がバックにいる会社が投資するには相応しくない一部の産業を「ネガティブリスト」にして、それ以外は支援対象にするというスタンスです。

  アベノミクスでも中小企業対策が今後の課題になっています。

 望月 産業構造の転換とは言っても、日本の中小企業の多くはモノ作りに携わっています。もちろんサービス産業のパイは大きくなり雇用も生んでいますが、給与水準を比べるとサービス産業はまだまだ低い。サービス業は付加価値の高いサービスを育てていくべきでしょう。一方の製造業は、どうやって国内のモノ作りを減らさないか、という視点で施策を打つしかありません。

  製造業を残せ、と。

 望月 中小企業もちゃんと海外拠点を持ち、国際展開を進めています。海外生産を含めて、グローバル・マーケットの中で中小企業も生きていくしかありません。国内は内需向け。最終ニーズに対応する拠点をどれだけ残せるかです。今後も伸びるのは海外です。

 また、海外に出て行くと中小企業は特定の大企業1社をお客さんにしているわけには行かない。1対1の下請け関係ではなくなるわけです。自動車なら日本の大手メーカーだけでなく、現地に出ている欧米メーカーとも取引する。だからと言って日本国内のケイレツを壊す必要はない。最終メーカーと下請け企業が一体になって製品を作り上げていくのは日本のモノ作りの強さだったのですから。

  中小企業も海外に出て行くべきだ、ということですね。

 望月 もちろんです。東京中小企業投資育成でも、国内中小企業の幹部と一緒に、この秋にインドネシアの視察に行きます。視察先は日本企業で先に進出して成功している企業です。まだ海外に出ていない中小企業に先輩企業の経験を学んで欲しいと思います。

  アベノミクスの行方が注目されています。望月さんも歴代内閣の成長戦略づくりに関与されてきました。

 望月アベノミクスの本丸は3本目の矢の「成長戦略」です。これまでに何度も成長戦略が作られてきて、何をやるべきかは、もう皆分かっているのです。あとはやるかどうかです。これまで成長戦略を具体化する際、抵抗勢力の岩盤を前に拳を「寸止め」していたように思います。今度は岩盤をぶち破らなければいけません。これは政治に期待するほかありません。

  農業や医療などの抵抗勢力ということでしょうか。

 望月 農業も医療も成長産業になっていく期待は大きい。しかし、既得権にあぐらをかいて抵抗している全農や医師会などをぶち破ることができなかった。民主党政権時代に、政権に擦り寄った過去があるのだから、自民党も彼らに強気の対応ができるようになったのではないでしょうか。

  産業構造の転換が必要だと言われています。

 望月 かつては経済産業省が産業構造ビジョンを作り、人や資本を誘導しました。では果たして今後の将来ビジョンを描ける人がいるのでしょうか。この10年を振り返ってもまったくイメージとは違っていました。

 今は基礎素材や部品が日本のモノ作りの強さを支えていますが、10年、20年前にはおそらく誰も想像していなかったに違いありません。もっとIT(情報通信)やソフトで儲ける国になっているという声が多かったはずです。

 ですから、何か方向を決めるのではなく、ヒト・モノ・カネの資源が柔軟に移動できることが大事なのではないでしょうか。加えて、研究開発にきちんと人材と資金が回ることが必要だと思います。


望月晴文(もちづき・はるふみ)氏
1948年、神奈川県生まれ。1973年、京都大学法学部卒。通商産業省に入省。産業政策局企業行動課長、原子力安全・保安院次長、商務流通審議官などを経て、2003年中小企業庁長官、06年資源エネルギー庁長官、08年経済産業事務次官を務めた。10年内閣官房参与を経て、2013年東京中小企業投資育成社長。日立製作所社外取締役も務める。