進む高齢化を無視した 「ジニ係数上昇」イコール「格差拡大」の論調にご用心

構造改革路線への批判で最も社会に受け入れられたのが「結果として格差が拡大した」というものでしょう。民主党政権交代を果たす過程でも小泉構造改革の批判としてさんざん言われたのが「格差拡大」で、その際に使われたのが「ジニ係数」です。このほど発表された最新のジニ係数について考えてみました。オリジナルページ「現代ビジネス」→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/37316


ジニ係数」をご存じだろうか。
 世帯所得の格差を示す数字で、民主党が政権を奪取する2009年に向けてさかんに使われた。小泉純一郎首相が竹中平蔵氏らと進めた「構造改革路線」が「格差拡大」をもたらしたことを示す数字として、国会質問などで取り上げられたから、ご記憶の方もいるだろう。

 そのジニ係数を10月11日、厚生労働省が「所得再分配調査」として発表した。
 3年に1度実施されているもので、今回は2011年分の所得が対象だ。前回の調査は2008年だったから、この間に自民党から民主党への政権交代が起きたことになる。

民主党は小泉・竹中路線によって格差が広がったとし、それを是正するために「子ども手当」や「高校無償化」といった政策に重点を置いた。また、労働者派遣法の改正など労働規制の強化で、雇用の非正規化に歯止めをかけようとした。では、その成果は2011年のジニ係数に表れたのであろうか。

発表された数字には民主党の政策効果が見えていないのか

 発表された2011年の当初所得ジニ係数は0.5536と、前回08年の0.5318を大きく上回り過去最大になった。政権交代でも格差拡大は止まらなかったのだ。
 もちろん、2011年は政権交代から2年で、民主党の政策効果がまだ表れていない、という指摘もあるだろう。

 2001年に発足した小泉内閣とその後の自民党政権時代のジニ係数はどう推移したか。
 2002年の0.4983から2005年には0.5263となり2008年には0.5318となった。確かにジニ係数で見る限り、格差拡大が続いていた。

 では税金や年金、医療保険などでの「所得再配分」後の所得格差はどうだったか。

 2002年の0.3812から2005年には0.3873へと拡大したものの、2008年には0.3758と、2005年から2008年にかけてはむしろ格差は縮小していた。
 竹中氏は「小泉改革ではむしろ格差は縮小した」と主張しているが、2008年の所得再分配後まで期間を伸ばせば、ジニ係数も竹中氏の主張を裏付けている。

 では今回の調査で所得再分配後のジニ係数はどうなったか。

 数字は0.3791に再び上昇したので、この3年でまたしても格差が拡大傾向になっていることを示している。民主党の目指した格差縮小は、所得再分配後でみても、うまくいかず、むしろ格差は開いたのである。

格差は開いたはずなのに新聞の見出しが"是正進む"の理由

ところが、厚労省の発表を受けた大手新聞は次のような見出しを立てた。

『所得格差の是正進む 再分配、社会保障で改善』

 本来ならば「格差が過去最大に」といった見出しになるところだろうが、厚生労働省の説明を忠実に反映させた結果と思われる。再配分に関する統計なので、再配分結果がどうだったかが焦点だ、という説明も成り立つので、間違いとは言えないが、見出しの方向感は180度違う。

所得再配分後も格差は広がっているのに、「是正が進んだ」とはどういう意味か。

 再分配前の所得でみた係数と、再配分後の所得でみた係数を比較し、どれぐらい格差を縮めたか。その率が31.5%と過去最大だった、と記事にはある。
 広がっている格差を「是正した率」が大きくなったから、是正が進んだと言っているのだ。
 税制や年金による所得再分配の効果が表れているということを主張したい厚労省としては願ってもない記事になっているわけだ。

 だが本当に、税制や社会保障が機能して格差を是正することになっているのだろうか。

 実はこの統計には気を付けなければいけない点がある。
 再分配前の所得には年金所得が含まれないため、高齢者はおおむね「低所得者」となる。その高齢者の数がどんどん増えているのだから、低所得者層が増え、年金を受け取って「是正」される人の割合はどんどん増える。

「格差拡大」で想定される社会問題は、ワーキング・プアーなどの若年層の「貧困化」や子育て世代の負担増だが、ここではそれはあまり反映されていない。高齢化が大きな要因になっているのだ。
 今後も急ピッチで高齢化は進み、2020年には65歳以上の高齢者の割合が27%に達する。所得再分配前のジニ係数は間違いなくどんどん上昇することになるだろう。

今後もジニ係数は上昇し続ける

 一方で、高齢化に伴って社会保障費は増え続ける。
 年間1兆円規模で増えるとされ、これが財政に重くのしかかる。これを何とか抑え込もうと、年金支給額や医療保険給付額を政策的に押さえようとすれば、どうなるか。
所得再配分後のジニ係数も上昇することが避けられなくなる。つまり、ジニ係数でみた格差は今後も拡大する可能性が高いのだ。

 10月15日から始まった臨時国会では、安倍晋三首相が推進するアベノミクスに対して「格差拡大を助長する政策」だという批判が早くも始まっている。
 強い経済を作るために、規制を緩和することが、企業の競争を煽り弱者にシワ寄せが行くというお決まりの批判パターンである。

 だが、再分配で格差を是正しようとすれば、高齢者にどんどん年金を増額し、高齢者の医療費もバンバン使わせる政策が正しいということになりかねない。
 その原資を増税社会保険料で賄おうとすれば、働く世代にシワ寄せがいく。所得のうちどれぐらいを税と社会保障保険料などに回しているかという「国民負担率」は遂に40%を超えた。もちろんそれを中心的に担っているのは働く世代だ。

 一方で、高齢者の中には、フローの所得は少なくても、貯蓄が十二分にある人も少なくない。何せ個人金融資産1400兆円の6割を65歳以上の世帯が保有しているのだ。

民主党政権時代、政務三役の中からも、「日本は十分に豊かなのだから、成長なんてしなくとも、分かち合いでやっていける」という発言が出ていた。菅直人首相時代に掲げた「最小不幸社会」というキャッチフレーズも再分配の強化が暗黙の前提だった。

所得再分配だけで「公正な社会」は実現できるのか

 格差拡大を悪と決めつけ、所得再分配だけで「公平な社会」を実現しようとするのは社会主義経済だろう。アベノミクスが成長戦略を掲げ、分配するパイを大きくすることを第1に考えているのは、資本主義経済からすれば、当たり前のことだろう。

 ところが、メディアの中にも、アベノミクスで潤うのは株式を保有する資産家や、給与の高い正規社員ばかりだから、今後も格差は拡大するという指摘もある。
 あたかも成長が悪のような主張だが、経済が成長することで失業者が減り、失業率が改善することは格差を縮小させることになるはずだ。
ジニ係数を持ち出した格差拡大キャンペーンはよくよく検証する必要がある。