安倍首相の改革姿勢に疑問符? 公務員制度改革が「逆行」の気配

第1次安倍内閣公務員制度改革の先鞭を付けた内閣でした。ところが同じ安倍氏が首班の内閣が改革を逆行させようとしています。遂に、公務員制度改革の制度設計に携わった元官僚たちが、声を上げました。日経ビジネスオンラインに掲載された記事です。是非オリジナルページものぞいてください。登録すれば無料で読めます。→ http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20131030/255325/



 「国家公務員制度改革の逆行に反対し、法案の抜本的再検討を求める」

 10月30日、東京・永田町の議員会館内で、ある記者会見が開かれた。主催したのは公務員制度改革に携わってきた専門家の有志たち。30人以上のメディア関係者や、50人以上の国会議員が集まり、説明に聞き入った。安倍晋三首相はかねてから、来年4月に「内閣人事局」を創設するなど、公務員制度改革を行うと明言してきたが、実はその内容がこれまでの改革の流れに「逆行」する、として専門家たちが声を上げたのだ。

 賛同者に名前を連ねたのは、以下の8人である。(五十音順)

  岡本義朗 新日本監査法人エグゼクティブディレクター/元国家公務員制度改革推進本部事務局次長
  岸 博幸 慶應義塾大学大学院教授/元総務大臣秘書官
  古賀茂明 元国家公務員制度改革推進本部事務局審議官
  高橋洋一 嘉悦大学教授/元内閣参事官
  野村修也 中央大学法科大学院教授・弁護士/元「官民人材交流センターの制度設計に関する懇談会」委員
  機谷俊夫 大阪市人事室次長/元国家公務員制度改革推進本部企画官
  原 英史 政策工房代表取締役/元国家公務員制度改革推進本部事務局企画官
  屋山太郎 評論家/元「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会」委員

制度設計した元官僚たちが「ダメ出し」

 6人が官僚として公務員制度改革に携わった人たち、2人が民間人として制度設計に携わった人たちである。実際に制度設計した元官僚たちが「ダメ出し」しているところに、安倍内閣で進めようとしている公務員制度改革の「逆行」が如実に物語れていると言えそうだ。

 8人の連名で出された「国家公務員制度改革に関する緊急提言」によると、政府が国会に提出する予定の法案は、「本来あるべき改革とはかけ離れた内容」になっているという。

 公務員制度改革は第1次安倍内閣が官僚の反対を押し切って、天下りの禁止などで先鞭を付け、2008年の福田康夫内閣での「国家公務員制度改革基本法」の成立に結び付いた。この基本法に基づいて、2009年に麻生太郎内閣が人事局の創設など改革法案を提出したが、ねじれ国会の中で廃案になった。この法案は当時の担当大臣の名を取って「甘利法案」と呼ばれている。今、経済再生担当大臣として改革の司令塔になっている甘利明氏である。当時は、改革が甘すぎると批判された法案だったが、今回、安倍内閣が出そうとしている法案は、さらに大幅に後退しているというのだ。

緊急提言が指摘しているポイントは5つ。安倍首相は幹部公務員600人の人事を一元管理する「内閣人事局」を創設するとしているが、甘利法案でも、現在人事機能を持つ人事院総務省などの機能を統合して内閣人事局に「一元化」することが盛り込まれていた。ところが、今回の法案では、人事院の機能を温存したまま内閣人事局も作ることになっているという。

 しかも内閣人事局は「人事院の意見を尊重」するという規定まで加わっている。内閣人事局は出来上がっても、実質的には今までと何も変わらない可能性が強いというわけだ。会見では「単に新しい組織を作るだけになる」と手厳しく批判していた。

 2点目が幹部公務員制度。一度幹部になった公務員を降格させることができるようにしようというものだ。これは甘利法案で不十分と批判されていた点で、自民党が野党だった2010年に「幹部公務員法案」を出して、改革姿勢を一段と強化していた。幹部から外す制度ができないと、幹部公務員の場合、「定員」が決まっているため、若手の抜擢や民間人の登用が実質的にできなくなってしまう。今回の法案では、不十分とされた甘利法案に戻り、降格といっても幹部の枠内に留まるうえ、実際にはほとんど降格できない仕組みに留まっている、という。

改革姿勢だけを示す「つじつま合わせ」

 3番目のポイントが「国家戦略スタッフ・政務スタッフ」の導入。甘利法案では、官邸主導の政府立案をサポートするスタッフを無制限に登用できるよう制度化する方向だった。官邸に置く人員を「国家戦略スタッフ」、各大臣の下に置くのを「政務スタッフ」と仮称していたが、今回の法案では制度化を見送る内容になっている。国家戦略スタッフは現状の「総理補佐官」のままとして、人員の増強は行わないという。

 また政務スタッフについては大臣補佐官を各省1人だけ置く内容になっている。緊急提言では「政策立案サポートは一定規模のチームで行うことが不可欠」と指摘している。今回の提言メンバーは元々、官僚として政策立案を担ってきた人たちだけに、改革姿勢だけを示す「つじつま合わせ」に終わっていることを看破している。

 4点目が公務員の公募制度。甘利法案には内閣主導で幹部ポストを公募する制度の導入が盛り込まれていたが、今回の政府案では、すっかりこの規定が削除されているという。幹部ポストを公募し、民間人や官僚から幅広く人材を募ることは、公務員の人事制度を大きく変えるきっかけになると見られていた。霞が関からすれば、自分たちのものと思っている幹部ポストを、ほかに持っていかれる可能性が出てくるわけで、年功序列の人事制度が崩れてしまう。それだけに今回の法案作りに関しては猛烈な巻き返し工作が行われていたという。

 5番目が「天下り・現役出向」だ。甘利法案にも禁止規定が盛り込まれておらず、2010年の自民党案で「天下り禁止に違反した場合には刑事罰を科す」こととされた。今回の政府案では天下りの罰則規定はもちろん盛り込まれていないが、驚いたことに、「現役出向」の拡大が盛り込まれている、という。

 現役出向は民主党政権が2010年に決めた「退職管理方針」に盛り込まれたもので、官僚が現役のまま民間企業に出向できるようにした。その後、現役出向は急拡大。天下りに代わる抜け道になっている。自民党は野党時代、この点を厳しく批判していたが、今回、安倍内閣が出す法案では、「人事交流の対象となる法人の拡大」や「手続きの簡素化」の規定が盛り込まれており、現役出向をむしろ拡大させる内容になっている。

 緊急提言では「この規定を削除し、第1次安倍内閣以来の『天下り禁止』の方針を堅持すべきだ」と主張している。

 提言に名を連ねている古賀氏や高橋氏、原氏は、第1次安倍内閣の際には現役の官僚で、安倍首相の公務員制度改革方針に従って事務局などで原案作りに携わった。当然のことながら、各省庁からの抵抗や反発は強かった。彼らが属していた出身官庁からの風当たりも強く、その後、彼らが官僚を辞めることになったのも、「公務員制度改革に殉じた」(当時を知る政治家)側面がある。それだけに改革の旗振り役だった安倍首相の“変節”は許せないという思いが強いのではないか。

 本来、公務員制度改革は、「官邸主導」「政治主導」を実現しようとする政治家サイドが強く主張するのが筋だ。霞が関の官僚は、従来の「慣行」や「省利益」を守るために抵抗する。ところが、今回の政府案の取りまとめに関しては奇異な光景が展開された。公務員制度改革法案を審議する自民党政務調査会の部会で、タタキ台となった甘利法案を批判する議員が相次いだのだ。

改革の士の叫びは、首相に届くのか

 「内閣人事局だけで600人もの人事評価ができるはずがない」
 「官邸に入る政治家や民間人は現状で十分過ぎるほどいる」
 「官僚のポストは官僚に任せないとやる気を削ぐ」

 こんな具合である。霞が関の巻き返しに篭絡された議員が多かったのか。あるいは、役所の応援をすることが議員の役割だと思うのか。当初、「脱官僚依存」を掲げて政治と官僚の関係を見直そうとした民主党が、霞が関から嫌われ、思うように政策が遂行できなかったのを目の当たりにして、「自民党民主党と違う」ということを霞が関に必死にアピールしているようにすら聞こえた。

 提言を出した元官僚たちは、何も官僚の権力を削ぐために公務員制度改革を進めようとしたわけではない。有能な官僚が早い段階から抜擢され、「省益」や「天下り」のために仕事をするのではなく、「国益」を考えて仕事をする官僚が評価されるような仕組みにすべきだ、というのが原点だ。

 彼らの改革意欲に火を付けた張本人とも言える安倍首相に、「緊急提言」に込めた彼らの叫びは、果たして届くのだろうか。