来春から国家公務員の給与アップ 民間より霞が関に配慮する安倍内閣(週刊エコノミスト) 

週刊エコノミストの12月10日号に掲載された拙稿を以下に再掲します。
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 安倍晋三内閣は11月15日、給与関係閣議会議を開き、国家公務員給与を平均7.8%減額している2年間の時限措置について、予定通り2014年3月末で終了することを決めた。7.8%の減額がそっくり元に戻るので、現在の水準からみれば、8.5%の大幅アップということになる。来年4月からは消費税率が5%から8%に引き上げられるが、これと同じタイミングでの引き上げに、民間からは不満の声が上がりそうだ。

民間にも給与増を求める
「この臨時異例の措置は法律通りに今年度末をもって終了し……やるべき改革は進めていこうと、抑制すべきものは抑制しつつ前に進んでいこうということで、決定した」
 閣僚会議での決定後に記者会見した新藤義孝総務相の発言は、“役人答弁”に終始した。なぜこのタイミングで大幅な人件費増を許すのか明快な説明はなく、削減自体が「臨時異例の措置」だったと繰り返した。
 国家公務員の給与削減は、東日本大震災の復興財源を捻出する目的で12年4月から始まった。同じタイミングで復興特別所得税や住民税、膨大な赤字財政を出している霞が関も「身を切る」姿勢を示す必要性に迫られたのだった。
 東日本大震災の復興特別税も「臨時異例の措置」として導入されたが、こちらは所得税が25年間、住民税は10年間で、この先まだまだ続く。
 企業が負担する復興特別法人税については、本来の税額の10%と金額が大きいこともあり、3年間限りとされた。13年度の歳入予定額は9000億円に達する。法人の負担感は大きく、これを2年前倒しで取りやめる話が出ている。経済界が要望しているものだが、政府が示している廃止の条件は給与の増加。税額に見合う給与増を行うなら、前倒しで廃止してもよい、ということだ。
 「安倍政権はデフレ脱却に向け、民間企業に給与引き上げを求めており、国家公務員の減額特例を打ち切っても理解は得られると判断した」。安倍内閣の決定の背景を、マスメディアはこう報じた。
 ポイントは「民間企業に給与引き上げを求めており」というくだりだ。安倍首相はデフレ脱却に向けて繰り返し民間企業に給与の引き上げを求めているが、現実に給与が上がっているわけではない。ボーナスは増やしても、来春のベースアップには慎重な企業も多いという調査結果も出ている。民間給与が増えたから公務員給与の増加もやむなし、というのではなく、「求めているからOK」という論理だ。

大企業に偏った調査
 公務員給与の引き上げに当たって、民間の引き上げを意識するのは、公務員給与が現実には民間給与を上回っているからだ。
 人事院は13年8月8日、13年度の一般職国家公務員の給与とボーナス(期末・勤勉手当)の改定を見送り、据え置くよう内閣と国会に報告した。例年は引き上げなどの「勧告」を行い、「人事院勧告」と呼ばれるが、今回は据え置きだったため、1960年に現在の方法での官民比較が始まって以来、初めての「報告」となった。
 この報告によれば、国家公務員給与は7.8%の減額前の水準で月収40万5463円、減額後で月収37万6227円だった。いずれもボーナスを除いた額である。人事院がこの報告で金額を据え置く「論拠」である民間給与は月収40万5539円。公務員給与は民間より76円「安井」ことになっている。
 だが、元内閣参事官高橋洋一嘉悦大学教授は、ここに潜む“からくり”を説明する。人事院の調査では、対象である「従業員50人以上の企業」約1万社のうち、従業員数5000人以上の企業が約4000社、従業員100~500人の企業が同じく約4000社含まれ、「大企業に偏っている」という。
 人事院が報告に使った民間給与の40万5539円を年収(ボーナスを除く)に直すと486万円余り。ところが、9月に国税庁が出した「民間給与実態統計調査」では年収349万円だ。従業員100人未満の小規模の企業が調査対象(2万社)の45%を占めているからだ。
 高橋氏は「本当に官民格差をなくすなら28%カットでもいいはずだ」と主張している。更に、国家公務員は会社がつぶれる心配がないのだから「3割カットしてもいいくらいだ」とまで述べている。
 政府は言うまでもなく1000兆円を超える負債を抱えている。そのうえ毎年、税収を上回る歳出を行なっている。企業にすれば毎年赤字を出して累積損失を抱えたダメ会社である。にもかかわらず、給与は大企業並みということになる。
 これに対してある経済官庁の課長は「2年という約束通り元に戻すのは当然だ」と主張する。霞ヶ関からすれば、復興増税に続いて消費税という「収入」が増えるのだから、自分たちの給料を増やしても構わないという意識からかもしれないが、民間ならば、業績が厳しいからと給与を減らした企業が、まだ赤字が続いている段階で給与を元に戻すことなどあり得ない。
 また、別の財務官僚は「公務員の給与の総額はそんなに大きくないので、元に戻しても総額は大したことはない」と言う。7.8%の削減を決めた際、財務省はその効果として年間3000億円という数字を示した。この数字が小さいか、大きいか。25年間続く復興特別所得税の税収額は年間3000億円である。おカネに色があるわけではないが、そっくり国家公務員の収入増につながると考えることもできる。

国に連動する地方
 財務省は減額効果として1兆3000億円という数字も示していた。これは国家公務員だけでなく、地方公務員や独立行政法人などの従業員についても、国の7.8%の給与の引き上げに足並みをそろえるよう求めたからだ。地方分は8500億円と試算していた。
 当初、地方自治体はこの方針に強く反発した。財政が厳しいなかで国に先んじて行革に取り組み、給与水準をすでに引き下げたところもある。「地方自治の本旨にもとる」と強硬に反対した首長もいた。地方公務員の給与水準まで国が決めるのはおかしい、というわけだ。
 4月5日に総務省がまとめた段階では、給与は減額する条例を議決するか、議会に提出中だった地方自治体は、全国の市町村と都道府県1789自治体のうち、わずか5団体だった。
 これに対して国はどう出たか。地方公務員の給与を引き下げる前提で、地方交付税交付金を削減して支給したのだ。いわば兵糧攻めである。こうした国の圧力の結果、10月1日現在で1789自治体の73%に当たる1311団体が給与を削減した。多くの自治体で国に準じた給与削減が行われているのである。 
 国が公務員給与を来年4月から8.5%引き上げれば、当然、国に言われて削減に同調した地方自治体も引き上げに転じることになる。財務省の削減効果の資産が正しければ、今度は1兆3000億円の支出増加要因になる。
 財務省は消費税の引き上げで来年度は5兆1000億円の税収増になるとしている。増税効果で給与引き上げ分の資金繰りは可能だということなのだろう。
 新藤総務相は会見で、「経済情勢、それから、デフレからの脱却という政府の方針、更には、地方からの声、さまざまなものを頂いたうえで」給与引き上げを決めたと説明している。地方から「時限措置を早期に解消してほしい」という声を引き出し、味方に付けた。もし国家公務員だけの引き下げだったら、ここまで強く主張できなかったろう。
 もう一つ、「デフレの脱却には給与の引き上げが不可欠だ」というアベノミクスの方針から、公務員給与を元に戻す意味があるという主張もある。つまり、公務員給与の引き上げは経済にプラスになるというのだ。

霞ヶ関は敵に回せない
 だが、公務員の働き振りによっては生産性が向上し、収入が増えて国の借金が減る、ということは基本的には考えにくい。とはいえ、公務員も生活者なので、消費にはプラスに働くかもしれない。
 では逆に、給与が削減された12年以降、消費は落ち込んだのだろうか。安倍内閣が発足した昨年末以降、百貨店もスーパーも売り上げが増える傾向にある。公務員給与の減額と消費に目立った相関はない。ということは、公務員の給与を引き上げても消費に目立った効果はない、ということだろう。
 では、公務員の給与を引き上げれば、民間の給与葉上がるのか。これも考えにくい。民間給与は公務員給与をベースに決まっているわけではないからだ。むしろ、本来ならば事業に回せる予算を人件費として使うので、民間事業者に回る予算が減るかもしれない。つまり、デフレ脱却と公務員給与の引き上げは関係が薄いと考えていい。
 ではなぜ、安倍内閣は消費増税という国民の神経を逆なでしかねないタイミングで公務員給与を引き上げるのか。
 実は「世間の批判も考えて、引き下げの継続を主張する閣僚やブレーンもいた」と官邸の関係者は明かす。それでも安倍首相が引き上げを最終的に判断したのは「霞ヶ関を敵に回さない」という判断だった、という。
 新藤総務相は会見で、今後、公務員給与制度の総合的な見直しに取り組むと述べた。だが、ここでも「人事院勧告制度の下で」というひと言を付け加えた。公務員の処遇を守るのが役割の人事院に抜本的な見直しができるはずはない。高い支持率と圧倒的な議席数に支えられた安倍内閣はもはや、霞ヶ関に顔が向いているということかもしれない。