米景気の先行き「期待」を示す時計輸入の行方

時計専門雑誌「クロノス日本版」に連載している「時計経済観測所」。時計と景気を関連付けて分析するユニークなコラムです。隔月刊の雑誌も素敵な編集ですので、是非、本屋さんで手にとってみてください。クロノス→http://www.webchronos.net/

Chronos (クロノス) 日本版 2014年 01月号 [雑誌]

Chronos (クロノス) 日本版 2014年 01月号 [雑誌]

 世界界の景気の行方は、最大の経済規模を誇る米国の動向抜きには語れない。11月に入ると米国の雇用統計が良好な数字を記録したことから、ニューヨーク証券取引所ダウ工業株30種平均株価が最高値を更新。これを受けて、日本の日経平均株価も1万5000円を回復した(2013年11月15日)。米国の景気が良くなれば、貿易などを通じて世界が潤うことになる、という期待が高まったのだ。
 だが、こうした米国株高は必ずしも、足元の米国景気が順調に拡大を続けていることを示していない、という見方もある。実態ではなく、先行きへの「期待」の反映だというのだ。その証拠に米国の金融政策を決める米連邦準備制度理事会FRB)が金融緩和の終結を示唆すると、株価が急落する場面が夏場には繰り返された。米国景気はまだまだ「病み上がり」の状況を脱していないと見ることもできる。
 FRBの次期議長に指名されたジャネット・イエレン副議長は、議会証言などで、現在の金融緩和策を性急に収束させることはないと明言、景気回復の達成に向け全力で取り組む決意を表明した。金融緩和はバブルの発生など副作用が懸念される一方で、それを止めれば景気が一気に失速しかねない。大量に資金を供給する政策をしばらくの間、続けざるを得ないという姿勢を示したわけだ。
 つまり、現在の株高は好景気の反映というよりも、ドル札をどんどん刷っている反動と見ることができる。大量の資金を供給すれば通貨の価値が下がり、株価やそのほかの実物資産の価格は上昇する。ニューヨーク・ダウの最高値はそんな金融マジックの反映に過ぎないというわけである。
 そんな米国の景気実態が如実に反映されるのがクリスマス商戦である。米国は世界の一大消費地だが、中でもクリスマスの消費は膨大だ。家族や恋人、友人へのクリスマスプレゼント用に、世界のブランド品や家電製品などが売れまくる。11月下旬から12月下旬にかけてのクリスマス・セールの行方が米国の景気を大きく左右すると言っても大袈裟ではない。もちろん、高級時計や宝飾品もこの時期に大量に売れる。
 スイス時計協会がまとめた統計によると、スイスから米国向けの9月の時計輸出額は前年同月比で17・4%増という大幅な伸びを記録した。8月までは一進一退だったので、久しぶりに明るい兆しが見えてきたとも言える。最大の需要期であるクリスマス商戦に向けて時計輸入が増えたと見ることも可能だ。小売店などが今年のクリスマス商戦は期待できると準備を整え始めたのかもしれない。
 もうひとつ可能性があるのは、実物資産への回帰が高級時計にも及んでいるということだ。FRBが金融緩和を続ければ、ドル通貨の価値は下がる。預金や債券で資産を持っていると実際の価値が目減りしていくことになる。株や不動産に資産を回すのと同様、高級時計を資産として買っているというのだ。資産として買う時計は数百万円から1000万円以上という高額品が中心だから、輸入額は大きくなる。FRBの金融政策と時計輸入は相関関係にあるというわけである。 米国人のお金持ちが実物資産に回帰する理由はほかにもある。米国税務当局の締め付けが厳しくなり、海外に置いていた匿名預金などが次々に捕捉されるようになった。ナンバー口座で知られるスイスの銀行を米国の当局が訴えるなど、圧力をかけた結果、米国人の口座情報がどんどん米当局に引き渡されている。金融資産を国外に隠すことが難しくなったお金持ちは、現金を高級時計や宝飾品、絵画、美術工芸品などに替えているというのである。
 オークションハウスで美術品が高値で落札されるケースが再び増えているが、これもそうした流れと無縁ではない、という。
 同じスイス時計協会の1月から9月の累計では米国向け輸出は対前年同期比2・6%の増加に過ぎない。9月の高い伸びが年末にかけて続くのかどうか。米国景気の行方を示すだけに目が離せない。

◆クロノス日本版1月号(2013年12月発売)