企業経営者の意識を変えた「アベノミクス指数」!6月の入れ替え戦に向け戦々恐々

日経ビジネスの記者時代、しばしば企業ランキングの特集を担当しました。これがとても読まれたものです。順位がとても気になるのは、横並び意識の強い日本人の特性かもしれません。隣の会社にだけは負けなくない、というやつです。日本取引所グループ(JPX)が始めた新指数はまさにこれに当たります。昨年末から会った大企業の経営者がこぞって話題にしていました。今の経営者は大学受験を偏差値で勝ち抜いた世代。やはりランキングは気になるのでしょう。これで日本企業の構造改革につながってくれるのであれば、メデタシメデタシですが。
現代ビジネスに書いた原稿です → http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38149


東京証券取引所を傘下に持つ日本取引所グループ(JPX)が今年から1月の初日の取引から新指数「JPX日経インデックス400」の算出を始めた。前もって選定基準を明確にして選んだ、「グローバルな投資基準に求められる要件を満たした投資者にとって投資魅力の高い会社」400社で構成している。

株主資本利益率(ROE)や3年間の累積営業利益などでランキングし、その合計点が高い企業から順に400社を選んだ。従来の日経平均株価などは、市場全体の株価の動きに焦点を当て、時価総額など規模が大きい企業がほぼ自動的に構成銘柄に加えられていたのとは大きく違う。利益率という企業の良し悪しで指数の構成企業に選ばれるかどうかが決まるという世界でもユニークな指数だ。

 実はこの指数、安倍晋三内閣が昨年6月に閣議決定した成長戦略に盛り込まれていた。経済を成長させるには企業が利益を上げることが先決だが、企業に利益率を上げさせるための仕組みとして、取引所に導入するよう求められていた。いわば「アベノミクス指数」なのである。

コーポレートガバナンスの強化を狙った指数

 具体的な対象企業の選別基準はこうだ。まず、債務超過や3年連続赤字の企業を除いたうえで時価総額や売買代金を加味した1000社の母集団を作成する。これを3年平均の株主資本利益率(ROE)と3年累積の営業利益額、時価総額の3項目でランキングし、トップには1000点、最下位には1点を与える。その総合点の上位400社が選ばれる仕組みだ。

配点はROE4割、営業利益4割、時価総額2割。利益率が高く、利益額の大きい会社が圧倒的に選ばれる可能性が高くなる。つまり、儲かっているかどうかが重要な基準になっているのだ。

 さらに定性的な要素で加点されることになっている。1つは独立した社外取締役を2人以上選任していること。もう1つは国際的に通用する会計基準であるIFRSを採用するか採用を決定していること。さらに決算情報の英文資料を開示しているかどうか、の3つだ。

安倍内閣の成長戦略にはこう書かれていた。

 「国内の証券取引所に対し、上場基準における社外取締役の位置付けや、収益性や経営面での評価が高い銘柄のインデックスの設定など、コーポレートガバナンスの強化につながる取組を働きかける」

 つまり、企業の利益率を上げさせるために、社外取締役の導入などコーポレートガバナンスを強化させるのが狙いで、JPXはこの部分を定性的な評価として加えたのである。ただし、JPXは定量的に測れないものを選定基準に加えることに強く抵抗。定性評価による加点で入れ替えが起きる最大規模を10社程度と制限することにした。

「漏れた企業はダメ企業」

 当初、この新指数は鳴かず飛ばすに終わるのではないか、という声もあった。ところが始まってみると、予想外に影響力を持ち始めている。何しろ上場企業の経営者が採用されるかどうかを気に掛けるようになったのだ。

 というのも、指数算出に先立って公表された企業リストが大企業経営者には大きなショックを与えたからだ。日経平均の構成企業は225社である。新指数は400社だから枠は広がったわけだが、日経平均に採用されている225社でありながら、「落選」する企業が相次いだからだ。

 しかも前述の通り、「儲かっているかどうか」が選定基準であることは周知の事実なので、漏れた企業は「ダメ企業」の烙印を押されたに等しい。

 赤字が続いたシャープやパナソニックが落選するのは致し方ないとみられたが、パナソニックの経営陣はことのほか採用されなかったことを気にしているという。さらに、東京電力オリンパス大日本印刷大和証券グループ本社なども選定から漏れた。中でも、衝撃的だったのは住友化学が対象から外れたこと。住友化学米倉弘昌会長は言わずと知れた経団連会長である。財界のトップとしてメンツ丸つぶれとなったのだ。

 しかも、経団連社外取締役の導入義務付けに強硬に反対してきた。住友化学社外取締役を置いているが、9人いる取締役のうち社外取締役は1人だけで、新指数の加点対象にはならない。IFRSの導入義務付けなどにも経団連は反対しており、新指数は“抵抗勢力”の象徴ともいえる企業をあぶり出す結果となったのである。

 「何でうちは入っていないんだ」

 新指数から漏れたある大企業では、トップが経理担当の役員を問い詰めたという。多くの企業の経営者が新指数を気にしているというのだ。

 しかもこの指数の面白いところは、毎年6月最終営業日を基準に、採用企業が見直されること。そのうえで、毎年8月最終営業日段階で構成銘柄の入れ替えが行われる。

指数の対象になると株価は上昇する

 指数に採用されても、採用されなくてもあまり問題はないように思われるかもしれない。実際、新指数の場合はまだ、実際上のメリット・デメリットは薄いに違いない。だが、この指数に対する投資家の注目度合が高まれば、企業にとって、採否は決定的な意味を持つようになる。

日経平均株価の構成銘柄も入れ替えが行われるが、採用が決まると株価は大きく上昇するのが一般的だ。年金資金などには株価指数連動で運用しているものが少なくなく、その企業の内容が良いか悪いかにかかわらず、指数の対象になっているというだけで、一定株数が保有されるケースが多い。逆に指数構成銘柄から外れると株価はしばしば急落する。

日経平均株価先物のように、先物取引が始まると、さらに指数構成銘柄を保有するケースが増える。

 新指数の「JPX日経インデックス400」の場合、まだ先物取引はないうえ、指数としての認知度が低いことから、インデックス運用として構成銘柄が買われるようにはなっていないとみられる。

 だが、今後、新指数に連動する「投資信託」などが設定されるようになれば、企業の株価に大きく影響を及ぼす。個人投資家もここに採用されている銘柄を「優良銘柄」として買うようになるかもしれない。

 それだけに企業経営者は真剣だ。落選組は何としても6月末の見直しで入選しようと試みる。当落線上ギリギリにいる会社の経営者はどうすれば落ちずに済むか考えている。

 中でも比較的簡単なのが定性評価で加点を得ることだ。社外取締役がいない企業ならば、6月までの株主総会で独立した社外取締役2人以上を選んでしまえば加点される。

IFRSの採用には準備に時間がかかるが、「採用を決めた」だけで加点対象になる点がポイントだ。いずれ導入しようと考えていた会社ならば、導入を正式に決めるのは容易い。また、決算情報を英文で開示するのも、株主に外国人が増えている昨今、いずれやらねばと考えていた会社が多い。

 もちろん本質は利益率を上げ、利益額を増やすことだが、社外取締役の導入などは、ROEを重視した経営に転換するきっかけになり得る。

 成長戦略に盛り込まれた時にはあまり注目されなかった「アベノミクス指数」。6月の入れ替え戦に向けて、日本企業がより収益性を高める方向へとカジを切るきっかけになる可能性が出てきた。