「国家戦略特区」に自民党内で猛反発 改革への最大の抵抗勢力は「税調インナー」

スイス東部で行われる恒例のダボス会議で、久々に日本の首相が演説を行いました。その場で法人税減税に取り組むことなどを明言した安倍首相ですが、自民党内の反応は冷ややかです。海外に向かっての安倍首相の「公約」に立ちはだかるのは、足下の自民党だということが、だんだんと鮮明になってきました。日経ビジネスオンラインに掲載された拙稿です。ご一読ください。→http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140122/258647/?P=1


 安倍晋三首相が、アベノミクスの柱として「規制改革の突破口」と位置づける「国家戦略特区」。昨年12月に国会で法律が成立し、いよいよ具体的な設計が始まった。ところが、アベノミクスを支えるはずの自民党内から猛烈な異論の声が上がっている。

 「総論賛成・各論反対」は政治の常だが、今まで一枚岩に見えた安倍・自民党が足下で揺らぎ始めた。改革を進めるうえで必ずぶつかる税制変更も、自民党の「税調インナー」が立ちはだかる。アベノミクスの敵は身内にあると言えそうだ。

 1月22日朝、自民党本部で開かれた自民党経済再生本部の会議。国家戦略特区の状況を説明するはずだが、冒頭から紛糾した。

 「病床数の見直しといった根幹にかかわる問題を党の厚生労働部会の承認を得ないで決めたのは問題ではないか」

 自民党厚生労働部会の部会長を務める丸川珠代参議院議員が、再生本部の本部長代理を務める塩崎恭久衆議院議員に食ってかかったのだ。国家戦略特区では、医療法の特例として、世界最高水準の高度な医療を行う区域を設置、それに必要な病床数を加えることができるとしている。

政調が鉄のトライアングルの舞台

 これはすでに法律にも盛り込まれており、自民党議員は国会で賛成票を投じたはずだが、その党内手続きが不十分だったというわけだ。安倍首相が官邸主導で進めた「国家戦略特区」への憤懣が党内に渦巻いていることを示していた。

 自民党政務調査会の部会は、かつては「族議員の巣」と呼ばれ、業界団体などの要望を受けた議員が政府案に注文を付ける場になっていた。部会の了承を得て、党の総務会で全会一致で承認されたものでないと、政府提出の法案にはならなかった。この「族議員の巣」を否定したのが民主党政権で、当時の民主党は政調自体を廃止した。政調が「政官業」のいわゆる鉄のトライアングルを作る場になっていると批判したのである。

 政権交代自民党は旧来型の部会運営を再開したが、「古い自民党への回帰」を否定してきた安倍総裁は、官邸主導を強化した。党の意見を聞くが、あくまで首相官邸がリーダーシップを取るというものだ。新聞はこれを「政高党低」と書いた。

 安倍総裁は全閣僚で構成する政府の「日本経済再生本部」と同様、党にも「日本経済再生本部」を設置し、本部長に高市早苗政調会長、本部長代理に塩崎政調会長代理を据えた。アベノミクスの諸施策に関しては経済再生本部で議論することとし、政調の部会と合同会議などで議論する仕組みとした。

 あくまで部会が実権を握り中心となって議論した自民党の構造を、総裁の意思が比較的反映できるように変えようとしてきたとも言える。もちろん部会を無視してきたわけではないが、旧来型の部会を知る族議員のドンの目には「安倍内閣は党を無視している」としか見えなかった。徐々に不満が高まっていたが、それが爆発したのである。

メンツをつぶされた党の重鎮

 国家戦略特区については、国会の内閣委員会で審議された。このため自民党でも内閣部会で議論され承認された。総務会も通っており、党としての手続きには問題はなかった。だが、厚生労働省や医師会などとのつながりが深い国会議員が多数を占める厚生労働部会の議員からすれば、「頭ごなしに決められた」という思いが強い。

 丸川議員は第一次安倍内閣の時に初当選しており、安倍首相と近いと見られている。その丸川氏が安倍首相の手法に噛み付いたのは、部会のメンバーや厚労族議員の重鎮の指示があったのだろう、と見られていた。

 党の重鎮からすれば、特区法案が通ったのは百も承知。もっとも具体的な場所の決定や特例の内容に自分たちを関与させないのはけしからん、ということなのだろう。

 特区法では、特区ごとに設置される「特区会議」が計画を決めることになっており、その際、所管大臣の意見を聞くことは求められているが、首相が定める特区の基本方針に合致しているものは認めなければならないともされている。しかも、特区会議のメンバーに所管大臣を加えることは義務ではない。特区担当大臣とその地域の自治体の首長、実際に事業を行う事業者で方針を決めることができる。つまり、所管官庁が口をはさむことを極力排除している法律なのだ。

 これは特区を「規制改革の突破口」にしようとすれば、半ば当然の事とも言える。たとえ特区内とはいえ規制撤廃を認めれば、それが突破口となり国全体の規制見直しに波及することになるからだ。

 病床規制の例外を決めた「国家戦略高度医療提供事業」にしても、多くの外国人が居住するようになる特区で、外国人医師による外国人患者への高度医療提供を可能にするというのが入口。だが、日本国内でありながら、一部の地域だけで高度医療が受けられ、しかも外国人だけが対象となれば、国民から不満が噴出するのは明らかだ。全国での規制見直しの契機になるというのはこのためだ。

規制見直しは業界にも族議員にも死活問題

 そうなれば当然、業界の要望などを受けて規制ルールを守っていた族議員の役割はなくなる。業界の政治資金団体族議員政治団体に寄付したり、パーティー券を購入したりして、政策決定に影響力を及ぼそうとする。自民党部会の影響力がなくなれば、業界にとっても族議員にとっても死活問題になるわけだ。

 部会無視を問題にする自民党議員のもう1つの狙いは、隠然たる力を持っている自民党税制調査会の権限死守だと見られている。政務調査会の部会や総務会などは自民党議員なら自由に発言できる「民主的な」仕組みになっている。決定するには全会一致が建前となっているのだ。ところが党税調は「インナー」と呼ばれる幹部が事実上の決定権限を握る。これも民主党が問題視した組織で、民主党政権時代は党税調を政府税調に一本化した。政権に復帰した自民党では、税調が再び権限を掌握しようと動いているのだ。

 アベノミクスでは法人税の引き下げなど、税制の扱いが大きな焦点となっている。安倍首相は繰り返し、法人税率の国際水準への引き下げに意欲を示しているが、これに強く抵抗してきたのが党税調だ。税調幹部は「法人税率の本則引き下げなど効果はない」と首相に真っ向から反対する発言を繰り返している。

 税調のインナーは、税制を決める財務省と一心同体の議員が占める、と言われる。現在は、税調会長の野田毅氏、税調顧問の高村正彦氏、同じく顧問の町村信孝氏、小委員長の額賀福志郎氏、小委員長代理の宮沢洋一氏がインナーとされる。「幹部会」などと呼ばれることもあるが、あくまで非公式の会合である。

 中でも決定権を握るとされるのが野田氏と宮沢氏で、いずれも旧大蔵省(現財務省)の官僚出身だ。高村氏、町村氏、額賀氏は派閥の領袖。しかも町村氏は元通商産業省(現経済産業省)の出身だし、額賀氏は財務大臣経験者だ。

財務省に牽制球

 1月20日、安倍首相は、自らが議長を務める経済財政諮問会議で、法人税率の引き下げ議論を開始した。経済財政諮問会議は、小泉純一郎内閣や第一次安倍内閣霞が関の反対を押し切って政策を実現する「官邸主導」の舞台となった。それを税制改正に使おうというわけだ。

 さっそく、民間議員が、現在約35%の税率を25%に引き下げるように提案した。これに対して麻生太郎財務相が、財源の確保なしに税率を引き下げることに慎重な姿勢を示した。党税調を無視した格好で、バトルが始まったのである。安倍首相は、「(増税による税収増と減税による税収減を同額にする)レベニュー・ニュートラルの考え方が取られてきたが、経済のグローバル化が進む中で、この考え方で対応するのがいいのかどうか」と疑問を呈した。財源がないから減税できません、というのが常套句の財務省に牽制球を投げたのである。

 冒頭で触れた22日の会議で、終わった問題である「部会無視」を問題にした背景には、税調インナーに代表される「霞が関派」の危機感があったともいえる。塩崎議員は第1次安倍内閣官房長官だった人物。安倍首相の改革を背中で押している塩崎議員をまずは血祭りに上げよう、ということだったのかもしれない。

党税調との激突は避けられない

 また、特区の議論では今後、特区内に限って税率を大幅に引き下げるなど、税制が焦点になる場面が増えるとみられている。税調のインナーは首相官邸に対して、成長戦略の見直しなどで税調の承諾なしに税に触れることは許せない、と主張しているとされる。

 官邸に近い議員からは、税調会長を財務省の影響力が及ばない人物に差し替えるべきだといった声や、税調インナーの廃止などを求める声も聞かれる。果たして安倍首相はどうこれに対応するのか。安倍首相が本気で改革を進めようとすれば、党税調との激突は避けられないように見える。