「亀井モラトリアム法」実質延命

FACTA2月号(1月20日発売)に掲載された連載原稿を、編集部のご厚意で再掲させていただきます。
オリジナルページ→ http://facta.co.jp/article/201402039.html


2014年2月号 [監査役 最後の一線 第34回]by 磯山友幸(経済ジャーナリスト)

2013年1年間の倒産件数が、前の年に比べて大幅に減少した。東京商工リサーチの調べでは昨年1〜11月の倒産件数は1万105件で前の年の同じ時期に比べて7.9%減った。原稿執筆時点では年間の統計は発表されていないが、12年の年間倒産件数1万2124件に届かないことは確実。日本経済を大きく揺さぶったリーマン・ショックが起きた08年の翌年以降、倒産件数は5年連続で減少し、バブル期以来の低水準だ。

安倍晋三首相が進めるアベノミクスで景気回復期待が強まっている。倒産減少と聞けば、早くもその効果が出ているのかと思いたくもなるが、現実はまったく違う。景気好転によって倒産が減っているのなら健全で、喜ばしいことなのだが、そうではなさそうだ。

なぜか。民主党政権下で金融担当相に就いた亀井静香国民新党代表(当時)による施策の“亡霊”が徘徊し続けているのである。亀井氏が導入した中小企業金融円滑化法、いわゆる「亀井モラトリアム法」の余韻が続いていると見るべきなのだ。

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現実にはこの法律は、13年3月末で廃止された。中小企業などが求めれば、金融機関はできる限り貸付条件の変更に応じるよう定めていた法律で、国民新党の歴代金融担当相による「指導」の効果もあって、条件変更に応じることが半ば「義務化」していた。

実質的に行き詰まっている企業の資金繰りを助けたわけで、目に見えて倒産件数は減少した。当初はリーマン・ショック後の企業の資金繰り難を救済する緊急措置ということだったが、東日本大震災もあって2度にわたって期限が延長され、結局、3年3カ月余りも「緊急措置」が続いたのだ。

この法律に従って貸し付け条件が変更された件数は、09年12月の施行から13年3月末の廃止までの間で401万9733件。見直し対象になった融資金額は111兆7424億円にのぼった。期間中に同じ企業が複数回の見直しを受けるなど重複もあるが、“問題債権”は数十兆円規模にのぼっていたのである。

潰れるべき企業を潰さない「亀井モラトリアム法」によって、ゾンビ企業が大量に生み出された。法律廃止前の金融庁の試算では、何もせずに法律を廃止すれば、4万〜5万社が一気に潰れるとされていた。つまり3年分のゾンビ企業が一気に表面化して倒産すると見ていたのだ。

ところが、である。法律が廃止された4月以降も倒産件数が減り続ける「想定外」の事態が続いている。無理に支えることをやめれば倒産は増えてしかるべきだが、逆に減っているのである。想定外に見えるのは世の中一般で、金融庁からすれば「想定通り」の結果かもしれない。どういうことか。

「円滑化法の終了後も、円滑化法と同等の内容を法律(地域経済活性化支援機構法)や監督指針・検査マニュアルに明記し、金融機関が法の終了前と変わらず貸付条件の変更等や円滑な資金供給に努めます」と、亀井モラトリアム法を廃止する前後に、金融庁中小企業庁などと中小企業向けに配布したチラシには書かれていた。しかも「円滑化法と同等の内容を」の部分は、ご丁寧にも朱書きだった。

金融庁は亀井モラトリアム法が廃止された後も、金融機関に対して融資条件の変更に応じるよう「指導」していく、と明言していたわけだ。加えて、関係省庁と連携して中小企業への貸し出し動向を把握する「中小企業金融モニタリング体制」も敷き、霞が関を挙げてゾンビ企業を温存させようとしているのだ。

倒産件数が1990年以来の低水準となった昨年11月、東京商工リサーチはその結果を、「金融機関が中小企業のリスケ要請に応じているほか、中小企業金融モニタリング体制の効果などで(倒産件数が)抑制された状況が続いている」と分析していた。金融庁の「指導」に金融機関が従って、条件変更に応じているというわけである。「亀井モラトリアム法」は実質的に続いているのだ。

アベノミクスの成長戦略では、「産業競争力の強化」を打ち出している。その柱として掲げられているのが「産業の新陳代謝」だ。ベンチャー企業などを育てる一方で、役割を終えた企業には退出してもらう。ゾンビ企業が生き続けると採算度外視の価格設定がまかり通るようになり、過当競争を引き起こす。つまり、本来なら勝ち組であるはずの強い企業の足を引っ張ることになるのだ。もうそんな敗者を守るために勝者を犠牲にするような政策はやめよう、というのが産業競争力会議メンバーの経営者らの思いだった。

それを実現するための法律が昨年末の臨時国会で成立するはずだった。産業競争力強化法である。もちろん法律は通ったが、内容は当初の趣旨からだいぶ後退したものになった。官邸のホームページでは、成立した産業競争力強化法について、「ベンチャー支援や事業再編の促進などの『産業の新陳代謝』を加速するための措置を講じる法律」だと自画自賛している。だが、市場の原理に従って淘汰させるのではなく、事業再編をする企業に税制上の恩典を与えるという霞が関流の施策になった。

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法律はともあれ、安倍首相も繰り返し「新陳代謝」を口にし、ベンチャー大国を標榜している。ならば亀井モラトリアム法からの脱却を進め、ゾンビ企業の処理を加速させるのが筋だろう。

昨年夏以降、金融庁は金融機関に対する「監督・検査方針」を見直した。13年7月〜14年6月の事務年度における監督・検査方針を決めたのだが、それによると、融資先の中小企業が健全かどうかの判断は銀行の自己査定に委ねるとしている。これまで散々「箸の上げ下ろし」に口を出してきた金融庁が、金融機関に判断を「委ねる」としたのである。しかも、この方針転換は「成長分野への融資を促すのが狙いだ」という話だった。

法律で融資条件の見直しを半ば強制していたのをやめ、金融機関の自主判断に委ねたことで、ゾンビ企業の淘汰が始まるかに見えた。ところが現実は逆だ。金融機関の経営者は、金融庁が言わんとする「空気」を読んで、貸し続ける判断をしているのだろう。

ゾンビ退治に真剣に向き合わないとは、金融庁安倍内閣の方針に逆らっているのか。それとも安倍首相の発言とは裏腹に政府の意思としてゾンビ温存を続けているのか。倒産件数の推移を見る限り、アベノミクスが異次元の改革に踏み切ったようには見えない。