〝最後のドン〟森喜朗氏が語った『日本政治のウラのウラ』に見る政界50年の「人脈」と「気配り」

安倍首相が国会答弁で、政治の師匠は2人いるとして「小泉元首相」より前に「森元首相」の名前を挙げたのは、私には意外でした。いまや安倍内閣の後見役になったとみられる森氏の証言を田原総一朗さんが引き出している本書はなかなか読みどころ満載です。是非ご一読を。オリジナル→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38420

30年にわたる「盟友」田原氏との関係

森喜朗・元首相の証言をジャーナリストの田原総一朗氏が聞き手となってまとめた『日本政治のウラのウラ』(2013年12月講談社刊)が面白い。2020年東京オリンピックの組織委員長に就任、安倍首相に「政治の師匠」とまで言わしめる森氏は議員バッジを外したとはいえ、まだまだ「生臭い」。30年来の付き合いである田原氏が森氏に斬り込んむ本をまとめたのは、当然、森氏が「過去の人」だからではない。

私は森・元首相には直接取材したことがないが、失礼ながら、ここまでモノを良く考えている人だったのか、と改めて見直した。対談本は不出来なものが少なくないので、私は日頃読まないのだが、この本は対談形式によって相手から深い話を引き出すことに見事に成功している。珠玉の対談本と言っても過言ではない。何せ、聞き手と語り手が30年にわたる付き合いで、お互いを知り尽くしているだけに、容赦なく聞き、腹蔵なく語っているのだ。

帯には、聞き手の田原氏について、森氏の「盟友」と書いてある。盟友とはどういう意味か。ベタベタの友人関係ではもちろんない。森氏が首相だった当時、最も激しく攻撃していたジャーナリストのひとりが田原氏だったように記憶する。ジャーナリズムも森氏に罵詈雑言を浴びせていたし、森氏も攻撃するマスメディアを完全に敵視していた。田原氏の番組は常に自民党執行部から問題視されていた。

そんな2人の関係はどんなものか。恩讐を超えてという面もあるが、確かに、盟友に違いないと思う。だからこそ、本書では本音を引き出せているのだ。

あとがきに森氏が書いているが、森氏と田原氏の付き合いは、30年以上前の田原氏主宰の勉強会だったという。実はこの勉強会が田原流の人脈構築術の1つなのだ。これはと思う政治家や官僚、ジャーナリストを集めた勉強会を田原氏はいくつも主宰している。人気番組だった「サンデープロジェクト」が打ち切りになった時にインタビューで聞いたところ、月に7つ勉強会をやっていると話していた。今はさらに増えているかもしれない。

テレビ番組で、政治家に罵声を浴びせているのを観て、視聴者の中には失礼だと怒る人がいる。だが、たいがい、そういうケースは田原氏と政治家は、勉強会などの付き合いで言い争いができるぐらい信頼関係ができている。だから、本音で政治家は語り、挑発に乗って怒るのだ。田原討論番組の面白さは、決して瞬間芸ではなく、長年の人脈の上に成り立っている。

プーチン大統領に語った「朝鮮半島分断は日本の責任」

さて、そんな人間関係のうえで成り立った本書だが、いくつか注目すべき内容が含まれる。私が面白いと感じた点をいくつか挙げよう。

まず、ロシアのプーチン大統領との太い関係について率直に語っているのが1点目。プーチン大統領の真意を明かしている。

プーチンは、サハリン(樺太)から宗谷海峡を通って北海道へ地下パイプラインを引くことを考えています」
「日本につないでガスを売りたいと思っている」

と明言している。ロシアは何としても天然ガスを日本に売りたいと考えているというわけだ。ところが、「エネルギー庁や経産省の官僚が盛んに人を介して『ロシアのガスや油に手をつけるな』といったことを言いに来た」のだという。シェールガスを売り込みたい米国の思惑が絡んでいるというのである。北方領土交渉などの外交問題が、経済問題と密接に絡んでいることが分かる貴重な話だろう。

2点目は朝鮮半島問題に関して、プーチン大統領に自ら語った話を紹介して、「朝鮮半島が分断されているのは基本的に日本の責任です」と語っていること。

朝鮮半島が当時、日本に併合されて植民地になっていたから、彼らは日本軍として連合国軍と戦ってペナルティを受けた」

という立脚点を率直に語っているのだ。森氏は朴槿惠・大統領と個人的に親しい。森氏がプーチン、朴という二人の政治家との人間関係を軸に、東アジアの平和を実現しようとしているのだ。政界を引退した今も、森氏は、ロシア、韓国2国との外交においてキーマンなのだ。

3点目はオリンピック招致に関して率直に話している点。東京都が2回目の挑戦をするのに乗り気でなかった石原慎太郎氏を再度、都知事選に担ぎ出すところなど舞台裏を明かしている。出版時点ではまだ猪瀬都知事だが、オリンピック誘致で目障りだったであろう猪瀬氏に怒りをぶつけることなく、泰然としているあたり、行間に不気味さを感じるのは、われわれが、その後の展開を知っているからでもある。

まだまだ枯れない安倍政権の「後見役」

政界でも森氏の気配りは評判だが、それによって人脈を築き上げているのだろう。それをもって「古い政治家の生き残り」という人もいる。

ある政界関係者が以前、パーティーで、森氏が安倍晋三氏と向き合っていたところに居合わせたという。その際、森氏が安倍氏に「良いネクタイしているなあ」と誉めると、安倍氏は何気なく「ありがとうございます」と答えたらしい。すると森氏は間髪居れず、「そのネクタイは俺があげたものだよ」と笑顔で言っていた。その会話を聞いた関係者は森氏の気配りの真骨頂を見た気がしたと語っていた。

本書の中では、そんな森氏による人物評価も率直で面白い。中曽根・元首相が読んでいたらきっと怒るに違いないという下りも出てくる。現職の外務大臣もまるで子ども扱いされており、すっかり面目を失っている。小沢一郎氏と金丸信氏が目の前でケンカを始めた話など、そこに居た者でなければ語れない逸話がいくつも出てくる。

そうした具体的なエピソードを通して人物の評価を下しているのは、まさに森氏一流の人物鑑定といったところだろう。

本書は副題に「証言・政界50年」とある。森氏は2012年の総選挙に出馬せず代議士は辞めたから、好々爺が昔話の回顧録を出した、と感じてしまう。編集者が作った本の装丁も、森氏と田原氏が銭湯で仲良く湯船に使っているホノボノとした写真である。過去の人が過去の事を語った本と見られがちだ。だが、現役のジャーナリストである田原氏がそんな「緩い」仕事をするかどうか。

2月9日投票の都知事選に立候補した細川護煕・元首相を小泉純一郎・元首相が応援していた点について、国会の予算委員会で、野党から安倍首相が問い質されていた。小泉氏は安倍氏の政治の師匠ではないか、というのである。これに対して安倍氏は「政治の世界に師は2人いる」と答えた。そのうえで、真っ先に森氏の名前を挙げ、それに次いで小泉氏を挙げたのだ。これは意外だった。

もちろん安倍氏は森首相が率いた清和研究会に所属する。だが、森氏が後継に選んだのは町村信孝氏で、今は町村派になっている。2013年の総裁選では派閥会長の町村氏が立候補しているにもかかわらず、安倍氏は出馬し、総裁になった。

ところが、安倍内閣が発足すると、森氏が後見役のような存在として徐々に登場してくる。ロシアのプーチン大統領との首脳会談の実現で森氏が橋渡し役になったほか、2020年のオリンピックの組織委員長にも森氏が就任した。森氏はまだまだ枯れておらず、政治的な影響力を持ち続けているように見える。

派閥の力が弱まり、大物政治家が不在となった現在の政界で、森氏は「最後のドン」とも言える存在になっている。本書は、そんな森氏の思考回路を理解し、今の日本を取り巻く政治情勢を解析するうえで不可欠な1冊と言えるだろう。