「円安でも輸出は増えない」輸出主導経済は終わった? 官主導「 モノ作り復活」の功罪

円安になれば輸出は増え貿易収支は改善する、そんな思惑が大きく外れています。モノづくりが大事であることには異論はありませんが、旧来型の国際市場で価格競争する製品を作っても仕方がないのではないでしょうか。円高のせいで日本の電機メーカーは没落したのか。検証する必要があるでしょう。日経ビジネスオンラインにアップされた拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ → http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/

 アベノミクスによる大胆な金融緩和によってこの1年余り、大幅な円安が進んだ。円安になれば輸出が大きく増え、輸出産業が儲かって従業員の給与が増え、日本の景気に火が付く。そんな「経済の好循環」を安倍晋三内閣が描いてきた。安倍首相は開幕中の通常国会(186国会)を「経済の好循環実現国会」と位置づけている。ところが、計算外のことが起きている。

 円安で大きく伸びるはずだった輸出が、思うように伸びていないのだ。

 輸出額から輸入額を引いた「貿易収支」は大幅な赤字が続いている。輸入しているLNG液化天然ガス)などエネルギー価格の上昇で、輸入額が大きく増えているためだが、円安になっても輸出がなかなか増えてこないことも響いている。

 為替が円安になると、輸入額の増加の方が先に表れ、しばらくは貿易収支が悪化するが、時間を経て輸出増の効果が出ると急速に貿易収支が改善する。縦軸に貿易収支、横軸に時間を取ってグラフを書くと「J」のように描けることから「Jカーブ効果」と呼ばれている。

Jカーブ効果が出てこない?

 「Jカーブ効果は出てこないのではないか」

 経済産業省ではそんな議論が繰り返されている。2012年3月期は電機メーカーが大幅な赤字に転落したが、各社のトップは急激に進んだ円高が要因と言っていた。日本の半導体や液晶が韓国メーカーに敗れたのは、ひとえに為替の影響だったとしたのである。こうした悲鳴に似た主張に応えて、経産省も輸出企業を支えた。日本に工場を立地する企業に補助金を出すなど異例の補助金行政を展開したのだ。それだけに為替が円安になれば、時間のズレはあるにせよ、いずれ日本の輸出産業は復活するハズだった。

 確かに日本銀行総裁になった黒田東彦氏が2013年4月に大胆な金融緩和に踏み切り、一気に円安が進むと、貿易収支にも改善の兆しが出た。財務省の月別貿易統計によると、貿易収支は2012年6月の561億円の黒字最後に赤字に転落。2013年1月には1兆6335億円の赤字にまで拡大した。それが、2013年6月には1817億円の赤字にまで改善したのだ。Jカーブどころか予想以上の速さで円安の効果が出ているのではないか。経産省の幹部はそんな見方をしていた。

 ところが、それ以降も貿易収支は悪化が続いているのだ。2013年10月以降は1兆円超が定着。ジリジリと拡大している。

 1月31日に衆議院予算委員会で質問に立った民主党古川元久・元国家戦略担当相はこの点を問いただした。安倍内閣は金融緩和による円安が輸出増につながると言っているが、現実にはそうなっていない。アベノミクスは口ほどに成果を上げていないのではないか、というのである。

 答弁に立った甘利明・経済再生担当相はJカーブ効果が出てこない理由について、3つの可能性を指摘した。

 まず第1は新興国の経済成長が失速した影響を受けて輸出が伸びていないこと、2つ目は企業が利益確保を狙って海外での価格を下げずにいるため、輸出が増えないこと、3つ目は生産拠点が海外に移転しているため、為替が円安になったからと言って輸出が増えないこと、である。第1番目は外部要因の変化だ。確かに新興国向け、特に中国向けの輸出は減少している。

 これが目算が狂った原因だとすれば致し方ない、ということになる。だが、問題は2つ目と3つ目である。この2つがJカーブ効果が表れない理由とすれば、そもそも円高が輸出企業の不振の理由ではなかった、ということになりかねない。

 円安になれば輸出が増えるという論理は、円安になれば単純に換算した外貨建ての価格は下がるので、価格競争力が生まれ、ライバルの商品に勝ち、輸出が増えるというもの。競合商品が存在し、価格競争していることが前提だ。

 ところが、甘利大臣の2番目の理由でいけば、円安になっても価格は変えていない、ということ。つまり価格競争をしているような商品が少ないということだ。

 あるいは、為替に左右されにくいものが増えているということも示唆している。日銀の統計によれば、日本の輸出企業の取引通貨は、約36%が円建て。米ドル建ては53%と最も多いが、輸出の半分だ。ユーロ建ては6%に過ぎない。全体の3分の1を占める円建て輸出は為替に左右されない取引と見ていいだろう。

円高でも輸出額は増え続けてきた

 為替に左右されにくい体制作りの最たるものは、生産拠点の海外移転だ。ここ20年の円高局面で、日本企業の海外生産は急速に増えた。特に価格競争に陥りがちな付加価値の低い商品はどんどん中国やベトナムなどへ移っていった。

 その結果、日本に残っている製造拠点で作っているものは、競争力が高い高付加価値の製品へと移っていった。そういう輸出品は価格競争には巻き込まれないから、為替に左右されにくいのだ。

 こうした競争力の高い輸出品が増えていたことは、輸出額の推移がはっきりと示している。バブル崩壊以降、円高にもかかわらず日本企業の輸出額自体は増え続けてきたのだ。輸出と輸入の差である貿易収支の黒字がどんどん小さくなり、赤字に転落したのは、輸出の減少ではなく、輸入の伸びがどんどん大きくなっていたことが大きい。

 確かに、エネルギー価格の上昇も響いているが、生活必需品の輸入などが急速に増えてきたためだ。つまり、為替が円安に振れたからといって、簡単に従来の輸出企業の輸出額が急増する体制にはなっていなかったのである。

 電機各社が大幅な赤字に転落したのも、為替以外にも要因があったと見るべきだろう。日本から輸出する家電製品が売れなくなったのも、価格だけではなく、品質やデザインなどで韓国や中国などの競合メーカーとの差がなくなってきたことが大きいのではないか。

 家電量販店で液晶パネルやテレビなどを見ると、国内メーカーと外国メーカーのデザインなどに差がなくなっていることが分かる。どう見ても安物という20年前のような外国メーカー品はほとんど姿を消している。アジア諸国も豊かになって、消費者が求めるものが価格だけではなくなったことが背景にある。

 円安による貿易赤字の定着は、日本の産業構造が予想以上に「輸入依存」型に変わっていることを示しているのではないか。国内で消費する食品や衣料品、家庭雑貨などは外国からの輸入品の割合がどんどん大きくなっている。こうした輸入品への依存が高まっている中で、円安はむしろ価格上昇というデメリットになって表れてきているのだ。

国内では今や消費産業が重要

 日本は長年「加工貿易立国」と言われ、自動車や電機といった製造業が国内で作った製品を輸出することで外貨を稼ぐ構造だった。もちろん製造業が重要だということは言うまでもないが、今や国内の消費産業がより重要な地位を占めているということだろう。

 経産省は省を挙げて「モノ作り」にこだわっている。従来の製造業を担当する局や課が多く、業種別にいる課長の数も圧倒的に製造業系が多い。サービス産業を見ている課長は省内では少数派だ。

 役所の担当がいれば、一生懸命仕事をしようとする。大きな赤字に転落した電機産業を何とか支えようと役人が知恵を絞り、政府が支えるスキームがたくさん生まれた。その大義は、円高から日本のモノ作りを守る、ということだった。このままJカーブ効果が出ないことが鮮明になれば、経産省の政策のあり方自体が問われることになる。