「消費税還元セール」を禁じる“価格統制”は成功するか

いよいよ消費税が増税され、公共料金などを中心に一斉に値上げが行われました。政府はあくまで末端まで価格転嫁すべしという姿勢ですが、最終消費者と向き合う小売業者・サービス業者がすんなり値上げをできるのか。値上げで客離れがおきないのか。景気に与える影響を含めて注視が必要でしょう。日経ビジネスオンラインに3月末にアップされた原稿です。→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/?rt=nocnt

 いよいよ4月1日から消費税率が5%から8%に引き上げられる。1997年に3%から5%に引き上げられた際には、スーパーや百貨店などが増税相当分を値引きする「消費税還元セール」を大々的に実施した。増税分を企業努力で吸収して消費者にできるだけ負担をかけないようにしようとしたわけだ。もちろん、増税に伴う消費の落ち込みを回避しようという狙いもあった。

 ところが今回は、「消費税還元セール」といった文句は見当たらない。それもそのはず、「消費税転嫁対策特別措置法」という法律が施行され、消費税に関連するような形での安売りの宣伝や広告が禁止されているのだ。

 内閣府が作った法律の内容を説明するリーフレットには、禁止される表示の具体例として以下のような表現が書かれている。

 「消費税は転嫁しません」

 「消費税は当店が負担しています」

 「消費税率上昇分値引きします」

 「消費税相当分、次回の購入に利用できるポイントを付与します」

 要は何が何でも増税分を価格に上乗せせよというのである。

 なぜ、企業努力による吸収を認めないのか。理屈はこうだ。

 消費税分の値引きを認めれば、その分のシワ寄せが立場が弱い納入業者や下請け業者に行くことになり、それでなくても苦しい中小企業の経営が圧迫される、というのだ。

弱者へのしわ寄せは許さない、そうなのだが…

 実際、転嫁対策特別措置法では、増税分の転嫁を拒否することも禁じている。スーパーや百貨店など大規模な小売り企業に中小企業が納入している場合、価格に消費増税分の転嫁を大企業側が拒否してはならないとしているのだ。

 具体的には、消費税増税分の減額を求めたり、買い叩くことを禁じているほか、増税分の上乗せを受け入れる代わりに別のものを買わせることも禁止されている。強者が自分の立場を利用して弱者にしわ寄せすることは許さないというわけだ。

 弱者を守るための法律と言えば聞こえはよい。だが、役人が頭で考えるほど簡単に価格転嫁ができるのだろうか。昔のように「定価」が決まっており、値引きができなかった時代ならいざ知らず、今は自由競争で価格が決まる。おカミが値引きするなと言ったからといって、消費者がすんなり値上げを受け入れるのか。

 実は、役所の狙いどおり、すんなり価格転嫁できる業界がある。鉄道や電力といった地域独占が許されている世界だ。つまり競争相手がいなければ、消費者は他に選択肢がないから、渋々ながら料金値上げを受け入れる。役所の手数料なども代替手段がないから独占である。

 鉄道会社はそろって料金を改定したが、増税分を取りはぐれないようICカード利用では1円単位の運賃まで導入した。法律で禁じてくれたおかげで、営業努力で吸収する必要がなくなったからである。

 だが本来は、こうした独占企業ほど、非効率で価格が高止まりしているのが一般的だ。競争がないのだから当然といえば当然である。日本の電力料金が高いのは、総括原価主義と言って、コストに適正利潤を加えた料金が認められているため、コストを引き下げるインセンティブが働かないことが一因だとされてきた。独占企業には増税分を少しでも営業努力で吸収させるようにするべきではなかったのだろうか。
「デフレ慣れ」した国民から反発少なく

 かつては公益企業の価格や公共料金の値上げには国民が強く反発したものだった。鉄道などの料金値上げに目立った反対が起きていないのも、デフレが長く続いて「値上げ」の重みを感じなくなっているためだろうか。

 消費増税の家計へのインパクトはなかなか計算しにくいが、多くの経済研究所などの推計では、年収500万円で年8万円ほどの負担増とされる。決して小さい額ではない。安倍晋三首相は企業に賃金を引き上げるよう必死に訴えているが、収入が増えなければ家計は自己防衛として消費を抑えるほかはない。増税分が価格にフルに転嫁されれば、その分消費は落ち込むと考えていいだろう。

 消費が減り、需給が緩めば何がおきるか。自由な市場では価格が下落すると考えるのが普通だ。売れなければ値引きしてでも売ろうとするからだ。特に顧客に面と向かって商売をする中小小売店や飲食店からすれば、消費税が上がってお客が減ってはかなわないから、増税分は何とか営業努力で吸収しようということになるのは目に見えている。ところが、「消費税は当店が負担しています」とPRして客を集めることができないのだ。

 中小企業庁などは、3〜4月を「消費税転嫁対策強化月間」と位置づけて、監視や取締りを強化している。無作為に中小企業の経営者に電話をかけ、納入先などが消費税転嫁に応じているかを調べている。転嫁対策Gメンなる調査官まで配置し、「外勤パトロール」もしているという。それでも末端まで消費増税分の値上げを指導するのは難しいだろう。

 転嫁対策特別措置法と、役所を挙げての転嫁促進運動の結果、何が起きるのだろうか。弱者は本当に守られるのか。

 結局は独占企業や大手企業などが消費税の価格転嫁を進めれば、そのシワ寄せはどんどん最末端の小売店や飲食店に行く。最も弱い末端の零細会社が顧客の料金に転嫁することができずに、自ら増税分をかぶることになるのではないか。もしそうなれば、結局シワ寄せは弱者に行くのだ。

 全国百貨店協会がまとめた2月の百貨店売上高(店舗数調整後)は3.0%の増加となった。アベノミクスが始まって以降、2013年6月の7.2%増、同3月の3.9%増に次いで高い伸びとなった。中でも「美術・宝飾・貴金属品は24.5%と安倍政権発足以降で最も高い伸びとなった。消費税が上がる前の「駆け込み需要」が消費を押し上げていることは間違いなさそうだ。時計や宝石など価格が高いものほど駆け込み需要が発生する。

 一方で、日本チェーンストア協会がまとめた2月のスーパーの売上高(全店ベース)も5.6%増と、こちらも安倍政権発足後最大の伸び率となった。食料品と住関連品がともに7.3%伸びた。食料品の場合、円安で輸入食品の価格が上昇している影響などもあるとみられる。

価格統制は間違いなく消費に水を差す

 また、住関連には駆け込み需要の要素もありそうだが、百貨店に比べれば駆け込み消費の割合は小さいと見られ、アベノミクスの効果によって消費が好調になっているという指摘もある。つまり、景気が良くなっている効果が消費を持ち上げているのなら、増税してもそう簡単には影響が出ないという考え方もあり得る。

 アベノミクスへの期待から株価が上昇し、いわゆる「資産効果」から財布のひもが緩んだ。それも束の間、消費増税がやってくる。せっかく火が点いた消費の勢いを止めないためには、本来は消費者に負担感を抱かせないことが最良の戦術である。役所が法律で必死に“価格統制”を試み、「消費税還元セール」を禁じることは、間違いなく消費に水を差す効果を持つだろう。

 小売り店が積極的に消費税還元セールを展開した17年前ですら、増税によって消費は落ち込み、税収は思ったほど増えなかった。今回、増税分の価格がモロに上がれば、消費が一気に萎えてしまう可能性もある。法律や行政指導によって価格をコントロールできると考える役人の発想が、増税の消費への影響をさらに大きなものにするリスクを孕んでいる。