「成長戦略改訂」と「内閣改造」がアベノミクスの次の焦点 安倍首相は経済で「改革姿勢」を示し続けられるのか

外国人投資家が次に注目しているのは、「成長戦略の改訂版」と「内閣改造」だといいます。果たして安倍首相は改革姿勢を貫けるのでしょうか。日経ビジネスオンラインにアップされた原稿です。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/

 年初から日本株を売り越してきた海外投資家が、4月に入って買い越しに転じている。4月第1週は1150億円の買い越し、第2週は3923億円の買い越しと、金額は大きくないものの、日経平均株価が一時1万4000円を割り込むなど軟調な中で、下値を売り叩こうというムードが消えていることだけは確かだ。

 海外投資家の動向を注視しているアナリストのひとりは、「アベノミクスの改革の具体的な成果が出てくれば、株価が上昇する余地はあるので、株価が下がった段階では買い戻しておこうという動きは根強い」と分析していた。言い換えれば、上値を追って買いあがるほどには改革の具体的な成果が出ていない、ということだろう。

海外投資家が注目する成長戦略見直しと内閣改造

 アベノミクスに期待する海外投資家が最近注目しているのは2点。自民党や政府内で始まった成長戦略の見直し作業の行方と、内閣改造である。

 安倍内閣の成長戦略「日本再興戦略」は、昨年6月に閣議決定されたが、その見直し作業が進んでいる。自民党サイドでは日本経済再生本部が成長戦略見直しに向けた提言書をとりまとめており、5月のGW明けにも公表する。政府は産業競争力会議経済財政諮問会議が合同で、見直し作業に着手している。こちらも5月中には概要を固めるスケジュールだ。株式市場は、この見直しにどんな政策が追加されるのかに注目しているわけである。

 もう1つが、その成長戦略を実行に移すための布陣を安倍首相がどう敷くか。かねてから安倍首相は、現在開会中の通常国会が閉幕した後から、秋の臨時国会が開会する前までの間に内閣を改造する方針を明言している。通常国会は今のところ会期延長されないという見通しで、閉会直後だとすると改造時期は6月末。臨時国会前とすれば9月ということになる。


 解散の時期がいつになるかは、成長戦略見直し版の策定作業と密接にからむ。というのも、成長戦略に市場が反応するような、より具体的な改革策を盛り込もうとすればするほど、党内守旧派霞が関との確執が深くなる。

 安倍首相が繰り返し表明している法人税率の引き下げはその典型だ。法人税率を諸外国並みに引き下げることには財務省が強く抵抗しているほか、自民党内でも税制を決める権限を実質的に握ってきた税制調査会の幹部議員が難色を示している。

 霞が関はともかく、自民党内の抵抗勢力を抑え込むのは、首相のリーダーシップだが、その力の源泉のひとつが人事権にあることは間違いない。安倍内閣の誕生から1年4カ月の間、大臣や党の役職は変わっておらず、ポストを渇望するムードが広がっている。

ポスト渇望ムードが蔓延する自民党

 とくに3年にわたって野党時代が続いたため、従来の基準で言う「適齢期」に該当しているベテラン、中堅議員が多い。安倍首相としては、こうしたポスト渇望のムードを利用して、党内の守旧派を抑え込んでいくしかないわけだ。

 では、実際に内閣改造に着手したとして、市場が納得する「改革姿勢」をしめす布陣は実現できるのだろうか。もちろん、焦点はアベノミクスに携わる閣僚の布陣だ。

 安倍首相の回りで最も経済改革に強い姿勢で臨んでいるのは、菅義偉官房長官であるとの評価は、官邸内外に定着している。菅氏は海外投資家などの表敬訪問にも気軽に応じており、さしずめ、官邸と市場のコミュニケーション・チャネルになっている。菅氏が交代した場合はよほどの改革の顔を据えない限り、失望につながる可能性が高い。

 もちろん、アベノミクスの改革に対する抵抗勢力守旧派からは、しきりに菅氏交代論が流されている。幹事長への就任が有力といった説だ。安倍晋三首相はもともと経済には関心が低いとされてきたが、そんな首相に改革姿勢を取らせ続けているのも菅氏があってこそ、という見方が強い。それだけに菅氏の去就が最大の焦点になる。

 次に市場が注目するのはアベノミクスの現場司令官ともいえる日本経済再生担当相。現在は甘利明氏が務めている。バランス感覚が絶妙という評価が定着している一方で、改革派からは踏み込み不足という声も上がる。内閣改造が視野に入ってきて、甘利氏自身がそんな声を気にしてか、しきりに改革的な発言をするようになってきている、という指摘もある。

 ただし、甘利氏はTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉担当も兼ねるなど超多忙。通商交渉担当は引き続き務めたうえで、経済再生担当相は交代するという下馬評が出始めている。もっとも、そうなると甘利氏以上に市場が改革派と捉える人物を据えることができるかどうかも焦点になる。

 もうひとりの焦点が新藤義孝総務相兼国家戦略特区担当相だ。

国家戦略特区担当相、人事の行方は?

 昨年6月に閣議決定した成長戦略は、改革のインパクトが弱く、国内外の投資家の「失望」を買った。当初は成長戦略の策定とともに解散するはずだった産業競争力会議を存続させ、昨年秋に「第二弾」と銘打ったフォロー策を打ち出した。

 その切り札となったのが国家戦略特区の活用。特区を使って「医療」「教育」「農業」「雇用制度」などの「岩盤規制」を打ち破るとしたのだ。安倍首相は海外での講演などで、自らがドリルとなって岩盤を打ち破ると繰り返し表明。海外投資家の期待をつなぎ止めてきた。

 3月末には「国家戦略特区」の具体的な地域として、東京圏、関西圏、新潟市兵庫県養父市、福岡市、沖縄県の6カ所を指定する方針を決定。近く正式に閣議決定される。東京や関西では「医療」や「教育」、新潟と養父では「農業」、福岡では「雇用制度」を改革項目に組み込む方向になっており、まがりなりにも岩盤規制に取り組む姿勢を示した。4月以降、海外投資家が買いに転じた背景には、実現が難しいとみられてきた国家戦略特区が具体的に見え始めたことが大きい、という指摘もある。

 昨年12月に成立した国家戦略特区法に基づいて今年1月に特区担当相が任命される際にも、内閣改造の話が出たが、結局、旧来の「構造改革特区」などの担当だった総務相が兼務することで落ち着き、改造は見送られた。

 今後、国家戦略特区では具体的に規制改革案などを立案する「地域会議」の創設や具体的な事業プランの策定が始まることになるが、地域会議などには特区担当相がメンバーとして加わることが法律で決まっている。6つの地域の地域会議すべてをフォローしなければならないことから、総務相との兼務では物事が進まないという声が強い。

 また、地方自治体を管轄する総務省と国家戦略特区は利害が相反するケースが多いため、総務相との兼務には問題があるという指摘もある。特区担当大臣に改革派が座るかどうかがアベノミクスの改革姿勢を示す最大の焦点と言ってもよいだろう。

 もともと国家戦略特区を提案したのは産業競争力会議の民間議員だった竹中平蔵慶應義塾大学教授。いっその事、特区担当相に民間の竹中氏を抜擢したらどうか、という意見もある。仮に竹中氏が特区担当相になれば改革に向けた明確なメッセージだと市場が受け取るのは間違いないが、竹中氏は自民党内などにも敵が多いだけに、相当の軋轢が生じかねないという懸念もある。

「竹中特区相」の可能性も

 かつて小泉純一郎内閣時代、経済財政担当相だった竹中氏が銀行の不良債権問題に切り込もうとした際、自民党などが猛反発して竹中外しに動いたことがあった。その際、小泉首相は竹中氏に金融担当相も兼務させる荒業に打って出て、守旧派を唖然とさせたことがあった。

 今回、安倍内閣では、昨年夏に産業競争力会議の民間議員だった竹中氏を外せという声が自民党内などから上がったのに対して、安倍首相が自ら決断して、民間議員を続投させている。さらに国家戦略特区の概要を決めた国家戦略特区諮問会議などにもメンバーとして加えている。安倍氏に近いベテラン議員は、首相が竹中特区相を決断する可能性について「かなりの毒薬だが」と断ったうえで、「十分にあり得る」とみる。

 アベノミクスはこの1年あまり、安倍首相の講演での明快な物言いなどパフォーマンスに支えられてきた面がかなりある。さすがに2年目は言葉だけでは世界はついてこない。具体的な実行が不可欠になるだろう。そのためにどんな布陣を考えるのか。官房長官、経済再生相、特区担当相の3つのポストの行方に注目したい。