「社外取締役」拒む地銀協のヤブ蛇

月刊誌「ファクタ」に連載しているコラムは企業や企業経営者に辛口ですが、決して批判のための批判をしているわけではありません。日本企業のコーポレートガバナンスも一歩一歩前進しているように思います。銀行は公共性が高いからこそ、自ら襟を正すべきでしょう。5月号(4月20日発売)の原稿を編集部のご厚意で以下に再掲させていただきます。
オリジナルページ→https://facta.co.jp/article/201405038.html

2014年5月号 連載 [監査役 最後の一線 第37回]
by 磯山友幸(経済ジャーナリスト)



社外取締役の設置の義務付けともとれる記載となっており、改めるべきである」
全国地方銀行協会は3月24日、金融庁にそんな意見書を出した。金融庁は銀行に対する「監督指針」を見直す作業を進めているが、そこに「取締役の選任議案の決定に当たって、少なくとも1名以上の独立性の高い社外取締役が確保されているか」を「検証することとする」という一文が含まれているためだ。
現在国会で審議されている会社法改正案では、社外取締役を選任しない場合、株主総会社外取締役を「置くことが相当でない理由」を説明しなければならないと規定されている。相当でない、つまり、置かない方がよい理由を説明するのは容易でないうえ、国会で谷垣禎一法相が「事実上の義務付けという評価は十分可能」と答弁したこともあり、雪崩を打って上場企業の社外取締役導入が進んでいる。頑強に反対していたキヤノン新日鉄住金が導入を決めたことはすでに本欄でも取り上げた。

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そんな流れに地銀協が真っ向から抵抗しているのである。実は昨年7月時点で、「地域銀行」114社(持ち株会社を含む)のうち44社に社外取締役がいない。上場銀行に限っても、85社中28社が置いていない。逆に言えば6割以上の銀行に社外取締役がいることになるが、そこは「護送船団方式」に慣れ親しんだ業界。遅れている船に合わせて要望をまとめたということだろうか。

金融庁が監督指針の項目に社外取締役を付け加えることにしたきっかけは、みずほ銀行による反社会的勢力への融資問題だ。監督指針の改正の中心は、暴力団や準構成員など反社会的勢力との取引について事細かく規制する見直しである。そのうえで、そもそも銀行経営にガバナンスが利いていないのではないかという疑問が出され、社外取締役の設置が指針に含まれることになった。取締役を身内で固め、外部の目を排除していると見たのである。昨年12月、金融庁が設置した「金融・資本市場活性化有識者会合」の提言の中に、銀行に対して独立性の高い社外取締役の導入を促すことが必要だという内容が含まれていたこともあり、金融庁が作業を進めていた。

さすがに、問題を起こしたみずほをはじめメガバンクは、今回の監督指針改正に真正面から反対できるはずがない。全国銀行協会が出した意見書では、今年6月の株主総会で選ぶ時間的余裕がない点に配慮してほしいと要望するにとどめた。また、「独立性が高く、且つ、取締役として適格な識見を有する社外取締役候補が見つからない場合等も想定される」として、その場合も見逃してほしいとしている。ただ、この意見書では、候補が見つからない場合を「社外取締役を選定しないことに相当な理由」だと、さらりと主張しているが、これが会社法改正案の「置くことが相当でない理由」に当たらないことは国会答弁などでも明らかだ。ここに至っても悪あがきしているとしか言いようがない。

ともかく、真正面からの反対は控えた全銀協に比べ、地銀協の勇躍ぶりが目立つわけだ。

もっとも、地銀協もそれで金融庁が折れるとは思わなかったのだろう。意見書には第1番目の要望が通らず「仮に改められない場合」として、取締役の選任プロセスで社外取締役を確保するよう努めたかを「事後的に検証するものであり、選任議案の是非を評価するものではないことを確認したい」としている。つまり、社外取締役がいない議案を出しても文句を言うな、ということだろう。よほど独立性の高い社外取締役を身内だけの会議に招き入れることが怖いのだろう。

「地銀下位行などの頭取や社長はもともと地元の名士だったり、世襲だったりして、取締役も批判ができない叩き上げの子分で固めているケースが多い。外部の人を入れろと言われてもどうしてよいか分からないというのが本音なのだろう」と、地銀の顧問を多く務める弁護士は言う。近代的な経営やコーポレートガバナンスからはほど遠いのが実情だというのだ。

「地銀協の意見書は、地銀にとってヤブ蛇になりかねない」と金融庁の幹部は言う。金融庁が必死に監督指針の改正で収めようとしているのも分からず、この期に及んで独立取締役ひとりの実質義務付けにすら反対するのは「状況が読めていない」というのだ。

というのも自民党内には依然として反社会的勢力への融資問題に対する金融庁の対応が甘すぎるという批判がくすぶっているからだ。自民党の部会では、銀行法で複数の独立社外取締役を義務付けるべきだという声が上がっているほか、いっそ、委員会設置会社に移行を義務付けてはどうか、という意見も出されている。委員会設置会社になれば過半数社外取締役がトップの人事権を握ることになる。

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もともと銀行法では、銀行業務には高度な公共性があるとして、銀行の信用維持と預金者保護、金融の円滑化を確保するため、銀行業務の「健全かつ適切な運営」を求めている。従来の監督指針でもそれを踏まえて銀行の取締役(委員会設置会社では執行役)に、「その資質について極めて高いものが求められる」という一文が入っている。公益性を考えれば、一般の上場会社よりも厳しい企業統治体制が求められるのは当然、という主張が自民党内から出ているのだ。これには金融庁も反論できない。

銀行法社外取締役を義務付けるとなると、会社法を管轄する法務省の縄張りを侵すことになる。そうでなくても金融庁が所管する金融商品取引法はしばしば会社法の規定とぶつかっている。縄張りの相互不可侵は霞が関の基本ルールだ。それゆえ金融庁は自らの運用でどうにでもなる指針に収めようとしているわけだが、地銀協の抵抗が自民党を大いに刺激し、法改正が現実味を帯びている。

安倍晋三首相が掲げるアベノミクスは「規制改革」が柱だが、外国人投資家などからは日本企業のコーポレートガバナンス改革に対する注目度が高い。銀行法社外取締役を義務付ければ、それが日本のガバナンス改革の突破口になる可能性があると安倍首相周辺の改革派が考え始めている。

もう一つ、地銀協の意見書がヤブ蛇になった点がある。金融庁の監督指針改正案では、社外取締役の規定は「上場銀行及び上場持株会社」となっているのだが、これに「有価証券報告書を提出しているが非上場の銀行は対象外という理解でよいか」とわざわざ聞いているのだ。銀行業自体の公益性という観点に立てば、上場しているかどうかは関係がなくなる。社外取締役不在の地銀は急いで候補者を探すことになるだろう。