日本版IFRSは国際会計基準として認められない!  守旧派企業も経営の国際化へ待ったなし

安倍晋三内閣は日本を世界で最もビジネスしやすい国にすると言い、様々な制度の国際標準化を急いでいます。20年来の懸案だった会計基準の国際化も当然のことながら対象です。国内の反対勢力に気を遣って「日本版○○」という似て非なるものを作るのは日本のお家芸でしたが、もはやそんなゴマカシは世界に通用しないということなのでしょう。現代ビジネスに書いた原稿です。→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39506

「『日本版』はIFRSと認めず 国際会計基準審」。6月6日の日本経済新聞朝刊に載った小さな記事が、企業の財務担当者を驚かせている。

「のれん」と「リサイクリング」を除外する日本版
金融庁企業会計審議会は昨年6月、国際会計基準(IFRS)への対応のあり方に関する当面の方針を公表し、日本企業に国際会計基準IFRSの利用を促す一方で、IFRSの一部の基準を削除・修正する「日本版IFRS」を作成する方針を示した。

日本基準にIFRSを取り込んでいくことで、国際的にIFRSと同等と見てもらえる基準を作ろうという発想だった。すでに、日本の会計基準を作る民間組織である企業会計基準委員会(ASBJ)で策定作業が進んでいる。

審議会で日本版IFRSの策定が浮上したのは、純粋なIFRS(ピュアIFRS)の受け入れに抵抗してきた経団連企業を「納得させるため」(金融庁の幹部)。IFRSの基準策定の過程で日本が発言力を確保するには、日本がIFRS採用に前向きだという「姿勢」を示すことが不可欠だと金融庁は考えていた。そのためにも、反対企業を納得させる必要があったのだ。

IFRSの基準作りを担う国際会計基準審議会(IASB、本部ロンドン)も、昨年6月の段階では「日本版IFRS」の策定に理解を示していた。企業会計審議会の昨年の「当面の方針」にも、「削除又は修正する項目の数が多くなればなるほど、国際的にはIFRSとは認められにくくなる」という指摘があり、仮に修正するとしても「ごく一部」というのが「お互いの共通認識」だった。

日本のASBJではこれを踏まえて、日本版IFRS策定に当たっての除外項目を「のれん」と「リサイクリング」に絞ってきた。

「のれん」とは、M&A(企業の合併・買収)をおこなった場合に生じる、買収した企業の帳簿上の資産価格と買収価格の差。日本基準では一定期間でこれを費用として償却することになっているが、IFRSでは定期での償却はせず、実際に資産価値が目減りした段階で損失を計上する方法を取る。この会計基準経団連企業が反対しているのだ。

また、「リサイクリング」とは、企業どうしや企業と銀行が相互に株式を持つ「持ち合い株」について、日本基準では売却した場合には利益として計上できるが、IFRSでは認められていない。これについても大企業の中に反対論がある。

日本版では「IFRS」の名称すら使えない
日本としては変更点を2つに絞ったつもりだったが、この2つの基準はIFRSの根幹をなす主要な基準でもあった。それを外した基準を日本版とはいえIFRSと呼べるのかどうか。ここへきてロンドンの本部で一気に懐疑的な声が強まっているのだという。

冒頭の新聞記事はそんなムードをIASBに日本から理事として加わっている鶯地隆継(おうち・たかつぐ)氏が警鐘を込めて語ったものだった。鶯地氏は「日本版IFRSはIFRSではなく、日本基準の枠内の会計基準だと認識している」というのがIASBの見解だとしたのである。

IASBを運営するIFRS財団の会議に出席した関係者によると、「日本が策定している修正版IFRSについて、IFRSという名称は使わせないという議論が大勢を占めている」という。日本の立場と真っ向から対立してしまっているのだ。

「IFRS」という名称はIFRS財団の登録商標になっており、財団の許可なしに利用することはできない。「日本版IFRS」のつもりで日本が策定してきた基準をいったい何と呼ぶことになるのだろうか。

「ASBJだけで結論を出すには荷が重く、金融庁などを交えて早急に議論することになる」(ASBJ関係者)模様だ。

「仮に“日本版IFRS”が出来上がっても、それを使う企業はあるのだろうか」

ASBJで策定作業が始まっても、本気でそれを使おうという企業は見えてこない。日本版IFRS策定を打ち上げたのは新日鉄住金と言われているが、ここ数年で急速にグローバル経営に舵を切っている同社が、日本版IFRSを積極的に使うとは考えにくい。

何せ、ライバルである世界最大の鉄鋼メーカー、アルセロール・ミッタルにしても、韓国の鉄鋼大手ポスコにしても決算書の作成にはIFRSを使っている。世界の投資家にライバル企業との比較を示すにもIFRSによる決算書作成の必要性が高まっているのだ。それだけに、自分たちが採用したくない基準だけを除外した「日本版IFRS」が世界から認められるのがベストシナリオだったわけだ。

だが、ここへきてIASBやIFRS財団が態度を硬化させたことで、日本版の修正基準は「IFRS」という名称も使えない可能性が強まった。名前が使えなければ、国際的にも認知されることは絶望的だ。現在の日本基準と同様、日本でしか通用しないローカル基準だという位置づけになりかねない。

日本版IFRSは守旧派企業の「ガス抜き」だった!?
金融庁の幹部は、日本版IFRSができたとしても、積極的に利用を促していくつもりはない、と昨年来言い続けている。金融庁はあくまで純粋なIFRSの利用を日本企業に働きかけていく方針のようだ。

自民党の日本経済再生本部(本部長・高市早苗政調会長)は5月23日、成長戦略の自民党版である「日本再生ビジョン」を発表した。

その中に「会計基準等、企業の国際化、ルールの国際水準への統一」という項目があり、IFRSについて触れている。そこでは、「会計基準を国際的に通用する単一の基準に統一していくことが必要」と明記されているうえ、「IFRSの強制適用の是非や適用に関して、「政府は、タイムスケジュールの決定に向けて具体的な作業を早急に始めるべきである」と書かれている。

前段の「国際的に通用する単一の基準」が何を示すかは明示されていないが、日本版IFRSが国際的に通用しないことが徐々に明らかになってきた中で、純粋なIFRSへの一本化が進められていく、と読むことができる。企業会計審議会では、そうした基準の一本化に向けた議論が再開されることになるだろう。

安倍晋三内閣は、日本企業を世界で通用する強い企業に変えるべく、制度を国際水準にそろえることを急いでいる。法人税率の引き下げなど企業経営者に甘い国際化もある一方で、コーポレート・ガバナンスの強化のような厳しい国際化も進められている。

そんな中で、企業経営のあり方をも大きく左右する会計基準の国際化も大きなテーマで、方向性はすでに定まっていると見ることができる。

金融庁が日本版IFRSの策定作業を進めさせてきたのも、守旧派企業の「ガス抜き」だったのかもしれない。