79歳で社外役員7社兼任の「質」

月刊ファクタの7月号(6月20日発売)に掲載された原稿です。編集部のご厚意で以下に再掲します。

http://facta.co.jp/article/201407016.html



社外取締役がいれば経営が良くなるわけではない。不祥事を起こしたオリンパスにだって社外取締役はいたでしょうが」

社外取締役の義務付けに反対してきた経営者たちは当時、そんなことをしきりと口にしていた。まったく同感である。社外取締役を置けばそれで済むわけではない。社外取締役を十分に機能させるにはどうするか。次に日本企業に問われるのはこの点だ。

6月の株主総会で大半の会社が社外取締役を選任する。法改正の原案にあった「1人の義務付け」にすら反対していたが、多くの会社が2人以上を選んだ。どうせ入れるなら1人も2人も変わらない。世の中には「複数を義務付けよ」という声もあるから、2人入れておこうか――。2人以上にしたのは、そんなところだろうか。

外国の機関投資家からは「社外取締役を3分の1以上に」という要求も出始めているが、この流れならば「3分の1」でもそう抵抗はないかもしれない。次の大きな抵抗ラインは間違いなく「過半数」である。取締役会の過半数が社外ということになれば、取締役会のムードは一変するだろう。

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欧米では標準といえるが、日本企業がそこまで行くにはおそらく相当な時間がかかる。6月下旬に会期末を迎える通常国会では会社法改正案が成立するが、そこには施行から2年後の見直し規定が盛り込まれている。それでも2年後の規定に「過半数」が義務付けられると考えている議員は自民党にも野党にもいない。「複数義務付け」という、2年後には大半の会社が達成している「実態」を追認する見直しが、せいぜいだろう。

では、国際標準の過半数に届かせる手はないのか。安倍晋三内閣が成長戦略の見直しに盛り込んだ「コーポレート・ガバナンス・コード」が意味を持ちそうだ。「過半数」を最低ラインとして義務付けることは無理でも、日本企業のあるべき姿を示す「ベスト・プラクティス」として規定することはあり得る。そのうえで、過半数にしない企業はその理由を株主に開示すればいいのだ。

過半数を目標として掲げるが、現実は3分の1程度、というのが数年後の日本企業の姿ではないか。社外取締役の「量(割合)」についてはそんな流れが想定される。

社外取締役を機能させる要件は割合も重要だが、「質」が大きくモノを言う。社外取締役としてふさわしい人物かどうかが、今後厳しくチェックされることになるだろう。2年後の見直しには社外取締役の要件が厳しく規定されるかもしれない。

昨年6月の株主総会社外取締役3人を初めて選んだトヨタ自動車。それまで社外取締役を拒否し続け、導入反対派の筆頭と見られていた。そんな同社の方針転換が、その後、日本企業が雪崩を打って社外取締役導入に動いた大きなきっかけになったのは間違いない。

そのトヨタの今年の総会招集通知には社外取締役になった宇野郁夫・日本生命保険相談役について、こんな説明があった。

「就任以来(中略)積極的な意見をいただいており、人材育成に関わる経営指針や当社の原価改善努力の対外説明などについて方向性を示していただくなど、社外取締役として重要な役割を果たしております」。社外取締役として機能した、と言いたいのだろう。

宇野氏は日生の相談役を務めるかたわら、富士急行パナソニック社外取締役小田急電鉄東北電力西日本旅客鉄道JR西日本)、三井住友フィナンシャルグループの社外監査役を務める。本家本元の相談役はヒマだとしても、トヨタも入れて7社の社外役員をこなすのはスーパーマンだ。しかも1935年生まれだから79歳である。ひとりで5社も6社も社外取締役を務める「多重社外役員」を問題視する声も出始めているが、宇野氏はその筆頭だろう。

宇野氏はなぜトヨタ社外取締役なのか。日本生命トヨタの大株主だ。預り証券が多い信託銀行を除くと実質2位の大株主である。宇野氏はその株主代表として経営に目を光らせているのか。今年から日本も保険契約者の利益を最大化する義務を定める「スチュワードシップ・コード」が導入された。日生はモノ言う株主に代わり、宇野氏はその先兵になるのか。そうだとすればトヨタの経営に厳しい目が向けられることになる。

だが、どうやら、そんな役割から宇野氏が選ばれている様子はない。「幅広い見識と豊富な経験」が買われてのことで、大株主代表ではない模様だ。日本の生保は長年、「モノ言わぬ株主」として経営者に事実上の白紙委任を与えてきた。そんな関係を変えようという意思が社外取締役の人選の背景にあるわけではないのだ。

宇野氏の場合、社外役員を務めるJR西日本パナソニックで不祥事が起きた。これらについてトヨタの招集通知にまで、事実が判明するまで知らなかったという“言い訳”が書かれている。不祥事を見抜けなかった役員が本当に適任なのか、という株主の意地悪な質問を先回りした格好だ。

社外取締役には多くの官僚OBも就任している。三井物産社外取締役には財務省の大物次官として日銀総裁候補にもなった武藤敏郎大和総研理事長が就いている。武藤氏はほかに新日鉄住金の社外監査役と、2020年東京オリンピック組織委員会の事務総長・専務理事、開成学園の理事長・学園長も兼ねている。閑職とは思えない仕事を兼ねているが、三井物産の昨年の取締役会には16回すべてに出席したという。これまたスーパーマンだが、まだ70歳と若いから務まるのだろう。

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社外取締役として「質の高い人」という定義は難しい。90年代に社外取締役が一気に広がったドイツでも、繰り返し議論がされてきた。初めはたくさんの企業を兼務したり、相互に社外取締役を引き受ける「役員の持ち合い」のような格好が増えたりしたものだ。だが、「質」を議論していくうえで、5社以上の兼務はふさわしくないといったルールが生まれてきた。社外取締役の導入が日本でも「当たり前」になった今こそ、どんな人がふさわしいのか、何社ぐらいを担当するのが適当なのか、社外取締役を機能させるためのルールを考える時だろう。