社外取締役導入企業が74%に 背景に政治と機関投資家の力

毎日新聞が発行する「エコノミスト」の7月22日号に原稿を書かせていただきました。社外取締役導入を巡る流れを整理しました。ぜひご一読ください。他にも「エコノミスト」には面白い記事がありますので、是非ご購読ください。エコにミスと→http://www.weekly-economist.com/

3月決算会社の株主総会シーズンが終わった。今年の話題は何といっても社外取締役
の導入。上場企業の多くが雪崩を打って社外取締役の選任に動いた。東京証券取引所
が6月17日にまとめた速報では、東証1部上場企業1813社のうち74.2%に当たる1345
社が「社外取締役」を置いた。昨年は62.3%だったので、一気に11.9ポイントも上昇
したことになる。

新日鉄住金の「転換」

6月25日、都内のホテルで株主総会を開いた新日鉄住金は、取締役14人を選任する議題
を出した。その中には東日本旅客鉄道JR東日本)の社長会長を務めた大塚陸毅
と、駐米大使などを務めた元外交官の藤崎一郎氏の名前があった。新日鉄住金の社外
取締役は日本企業のコーポレートガバナンス企業統治)の「転換」を象徴していた。
今年6月までの経団連米倉弘昌会長体制では、18社の正副会長会社があったが、社
外取締役がいなかったのは新日鉄住金1社だったからだ。たまたま置いていなかった
からではなく、社外取締役に強く反対していた。経団連は組織として社外取締役の義
務付けに反対してきたから、その急先鋒といった存在だった。
昨年9月22日、日本経済新聞は「社外取締役
義務付け必要か」という特集記事を組んだ。反対派を代表する形で紙面に登場したの
は、経団連の経済法規委員会企画部会長だった佐久間総一郎・新日鉄住金常務(現副
社長)だったが、そこでこんな発言をしていた。
「選任には費用がかかるのだから、企業が必要としていなければデメリットだろう。
名刺を顔写真付きにしたい会社は、そうすればいい。しかし義務づけるのはどうか」
名刺の写真にたとえて「あっても無くても良い」ものだということを強調したかった
のだろうか。社外取締役の有無を名刺の写真の有無と同じ程度に見ているのかと、専
門家の間からは驚きの声が挙がった。そこまで強硬に反対してきた象徴的な会社が方
針を変え、社外取締役を選んだのである。

会社法では義務化されず

6月に閉幕した通常国会では4年にわたって作業が進められていた会社法改正案が可決
成立した。だが、法律では社外取締役の設置は義務付けられていない。
改正作業は民主党政権下の2010年に始まった。オリンパス大王製紙など企業の不祥
事が相次ぎ、コーポレートガバナンスのあり方が問われたことが背景にあった。当初
は「社外取締役1人以上の義務付け」が議論されたが、経団連などが強硬に反対。民
主党政権末期に出来上がった法律の原案からは削除されていた。それを引き継いだ自
民党は扱いを苦慮する。安倍晋三首相が掲げるアベノミクスでは、いかに企業の採算
性を高めるかが1つの焦点で、そのためにはコーポレートガバナンスの強化が不可欠
だとしていた。
党側で経済政策の原案をとりまとめていた塩崎恭久政調会長代理が、法務省との間
でギリギリの調整を続けた。ちょうど「名刺の写真」発言が新聞に載った頃である。
法律の原案には「社外取締役を置くことが相当でない理由」を記載することが盛り込
まれていたが、当初は省令で終わった期の事業報告書に文章を記載することが想定さ
れていた。これを、株主総会で口頭で説明するよう法律に明記するようにしたのであ
る。終了した決算期に社外取締役を置かなかった理由を書類に書き込めば良かったも
のが、総会で候補者リストに社外取締役がいない場合も説明せざるを得なくなったの
だ。
しかも「置くことが相当でない」理由である。「相当でない」とは単に置くことがで
きない事情の説明では許されず、「置かない方がよい」理由を説明しなければならな
くなる。社外取締役がいない場合、議長役の社長が株主から追及されるのは火を見る
より明らかだった。
さらに自民党はダメを押した。
「事実上の義務化という評価、十分可能だと思っています」
法案を審議した1月31日の衆議院予算委員会で、谷垣禎一法相が塩崎議員の質問にこう
答弁したのだ。置かない方が良い合理的な理由を説明するのは至難である点をふまえ、
法相が「事実上の義務化」と踏み込んだ発言をしたのである。
この頃から経団連の反対は一気にトーンダウンする。昨年6月の総会で、やはり反対
派と見られていたトヨタ自動車社外取締役3人を選任。経済界の足並みが乱れてい
た。そこに反対派の筆頭と目されていたキヤノンが方針転換を明らかにしたからだ。
キヤノンは12月決算のため、一足早い3月総会だったが、そこで社外取締役2人の採
用を決めたのだ。
キヤノン御手洗冨士夫会長兼社長は社外取締役不要を公言していた。米倉氏の前の
経団連会長で、経団連社外取締役に反対する路線の出発点は御手洗会長時代にあっ
た。キヤノンの方向転換に追随する形で、新日鉄住金が導入を決定、6月に経団連
長に就任することが決まった東レも初めての社外取締役選任に動いた。社外取締役
入に正面から異を唱える経営者はほとんど姿を消したのである。
安倍内閣コーポレートガバナンス改革に本気であることは6月24日に発表された成
長戦略の改訂版でも明らかになった。日本が「稼ぐ力」を取り戻すことが急務だとし
て、真っ先にガバナンス改革に向けて企業が変わることを求めたのだ。そうした政治
の力が企業経営者を動かしたことは間違いない。だがそれだけではなかった。
株主総会で取締役候補を選任する議案では、「○×候補を除く」という欄に名前を明
記することで、取締役に事実上の不信任を突きつけることができる。ここ数年、社外
取締役のいない会社の社長に投票で「不信任」を突きつけられるケースが急増してい
た。海外のファンドや年金といった機関投資家を中心に×を付ける株主が増えたので
ある。
2013年3月のキヤノンの総会では御手洗氏への賛成票は72.21%にとどまった。その他
の取締役への賛成票の90%を超えていたから、それと比べると圧倒的に低かった。と
ころが社外取締役導入を決めた今年の総会では、御手洗氏への賛成票は90.08%を得た。
社外取締役の導入で反対票が激減したわけである。
同様に、新日鉄住金の昨年6月の株主総会では友野宏社長への賛成票は79.51%だった。
今年の総会後に副会長になった友野氏への賛成票は88.32%だった。ちなみに社外取締
役として候補になった元外交官の藤崎氏には、全取締役候補で最も多い97.27%の賛成
票が集まった。株主・投資家が社外取締役導入を歓迎したことを如実に示していた。
「来年の株主総会ではほぼ100%の上場企業が社外取締役を導入することになるだろ
う」と、コーポレートガバナンス問題の第一人者である久保利英明弁護士はみる。も
はや社外取締役導入は日本でも当たり前のことになったのだ。

独立性と質が問われる

だが、社外取締役を入れさえすれば、経営がうまくゆくわけではない。社外取締役
内部出身者だけの馴れ合い経営に一石を投じる「外部の目」として機能するかどうか
が問われる。
東証社外取締役に、会社や経営者から独立した人物が選ばれることが重要だという
姿勢を貫いている。そのうえで、「独立社外取締役」という定義を設けている。前述
の速報によると東証1部上場でこの「独立社外取締役」を選んでいる会社は61%。1年
前の46.9%から大幅に増えたとはいえ、まだ3分の2に満たない。
今後は、社外取締役の「独立性」や「質」が問われることになるだろう。ひとりで何
社もの社外取締役を引き受けている人への批判も出始めている。株主やステークホル
ダーの利益をきちんと代弁し、国際的にみて大幅に低い日本企業の収益性向上につな
げることができるかどうか。コーポレートガバナンス改革の行方が、日本経済の復活
を大きく左右することは間違いないだろう。