人選から伺える金融庁の「本気度」 ガバナンス・コード有識者会議が始動

いよいよコーポレートガバナンス・コードの制定作業が始まりました。日本企業の経営力強化につながるような「ベストプラクティス」を掲げることができるのか。有識者会議の人選を見る限り、金融庁も珍しく「やる気」のようにみえます。日経ビジネスオンラインに記事を掲載しました。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140828/270491/


上場企業のあるべき姿を示す「コーポレートガバナンス・コード」の制定に向けた有識者会議がスタートした。安倍晋三内閣が6月に閣議決定した成長戦略「日本再興戦略 改訂2014」に盛り込まれたもので、来年6月の株主総会で企業が対応できるよう今秋中に有識者会議で大枠の概要を決め、東京証券取引所が来年の早い段階までに具体的なコードを作って上場規則などに盛り込む。

 ガバナンス・コードの内容がどんなものになるかについては、海外の機関投資家なども大いに注目している。成長に向けて日本企業の文化を大きく変えることができるのかどうか、政府、金融庁、そして会議のメンバーになった有識者の「本気度」が問われることになる。

 「金融庁は逃げ腰ではないかと心配していたが、メンバーを見る限り、かなり本気で改革しようとしているのではないか」

 成長戦略の作成に携わった国会議員のひとりは言う。

 当初、金融庁有識者会議の事務局を引き受けることに難色を示し、東証に事務局を置くべきだと強く主張していた。東証はすでに独自に「コーポレートガバナンス原則」を定めており、その見直しで対応できる、という意見だった。もっとも東証の「原則」は、制定した際に経団連など経済界の抵抗にあい、強制力のまったく伴わない具体性に乏しい「精神論」になっていた。

有識者会議に多数の専門家

 東証の幹部からも「東証自身、上場している株式会社で、お客さんである経済界の反対にはなかなか抵抗できない」と漏らしていた。そうした経緯もあり自民党サイドからは有識者会議の事務局は金融庁に置くべきだという意見が根強くあった。自民党金融庁などの調整の結果、成長戦略には、金融庁東証が共同で事務局を置くという折衷案が盛り込まれた。そんな経緯があっただけに、有識者会議のメンバーが「守旧派」に偏ったものになるのではないか、と危惧する声もあったのである。

 ところが、8月7日に第1回の会合が開かれた「有識者会議」のメンバー構成は、金融庁の「本気度」が伝わってくる構成になった。慶應義塾大学の池尾和人教授を座長に、12人のメンバーが選ばれたが、コーポレートガバナンスに詳しい改革派の専門家が多数入ったのである。

 メンバーで改革志向の強い人物の筆頭は冨山和彦・経営共創基盤CEO(最高経営責任者)。日本取締役協会や経済同友会でガバナンス改革に向けて主張を繰り返してきた。弁護士の武井一浩氏も会社法に詳しい改革派だ。共に「声が大きい」こともあり、会議の流れを引っ張っていく役割を担うのは間違いない。

 東京海上アセットマネジメントの大場昭義社長は投資家の代表で、企業により厳しいガバナンスを求める役回りを担う。森公高会長がメンバーになった日本公認会計士協会も、もともとガバナンス強化を主張し続けてきた組織だ。

 一方、これまでガバナンスの強化に抵抗してきた経団連の影は薄い。こうした有識者会議には常連とも言える経団連事務局幹部も、今回は名前を連ねていない。今年経団連会長に就任した榊原定征氏の出身母体企業である東レから常務取締役の内田章氏がメンバーに加わったが、初会合には出席しておらず、どんな主張を展開するかまだ見えない。

 ほかに企業からは良品計画会長の松井忠三氏、セブン&アイ・ホールディングス法務部法務シニアオフィサーの中村美華氏が加わっているが、ガバナンス強化に真っ向から異を唱えることはしないだろうというのが、多くの見方だ。

 「経団連有識者会議では目立った抵抗はせず、東証で具体的なガバナンス・コードを制定する段階で圧力をかけてくるのではないか」と改革派メンバーのひとりは危惧する。だが、そんな危惧は不要だ、と金融庁の関係者は言う。有識者会議の段階で、かなり具体的な内容にまで踏み込んで決めてしまう意向だというのだ。メンバーの人選だけでなく、運用でも金融庁ががぜんやる気を見せている。

 その背景には政治の強い意思がある。閣議決定された成長戦略に具体的に書き込まれているうえ、金融庁を担当する麻生太郎副総理兼財務相が、記者会見などでコーポレートガバナンスの重要性について発言していることも大きい、という。

政治の意思で動くガバナンス改革

 一方で、反対派であるはずの経団連自身のスタンスも大きく変わったのではないか、という見方もある。なぜか。

 ひとつは、同様に政治の強い意思によってガバナンス改革が動いていること。榊原氏が選出された経団連の総会には安倍首相も出席したが、実はそこで初めて、ガバナンス・コードの導入を首相が明言している。

 経団連が求め続けてきた法人税率引き下げを約束するのと同時に、コード導入を持ち出しされたため、経団連としては反対できなくなったというわけだ。ガバナンス・コードに真正面から反対すれば、ようやく手にいれつつある法人税減税が反故になってしまうかもしれない、というのである。

 もうひとつは、これまで社外取締役の導入などで反対してきた理由が、全上場企業に一律で義務付けることは企業の自主性、独自性を損なうとしてきたこと。今回のガバナンス・コードは企業のあるべき姿である「ベスト・プラクティス」をコードに明記したうえで、それを導入するかどうかは企業の自主性に任される。

 導入しない場合にはその理由を開示すればよい「コンプライ・オア・エクスプレイン(適用せよ、さもなくば説明せよ)」と呼ばれる原則を本格的に導入しようとしているからだ。つまり、真正面から反対する論理立てができなくなった、という見方である。

 そうなると、本格的な反論はしにくい。せいぜい「日本の実状を踏まえて」と主張し、急激な改革を緩やかなものにしようという声が出てくるくらいではないか、というのだ。だが、この「実状重視」論にはさっそく、改革派から強烈な先制パンチが繰り出された。初会合で「実状を踏まえ」という説明があったのに対して、冨山氏が噛みついたのだ。

「日本企業の現実は、負けてきた現実」

 「過去20年から30年の日本企業の現実というのは、はっきり言って負けてきた現実なんです。売上高利益率が低いんです。要は競争負けしているということなんです」

 つまり、日本企業の稼ぐ力がどんどん衰えていることこそが「実状」だとしたのだ。そのうえで、その原因についてバッサリと切り捨てた。

 「はっきり言って、日本の会社は経営がだめなんです」「いいかげんこの事実を経済界の側も謙虚に受けとめるべきです。その上でどうするかというのが、コーポレートガバナンス・コードの議論の根本だと思います」

 コーポレートガバナンス・コードでより厳しい「ベスト・プラクティス」を指し示し、日本企業の経営のあり方を変えるべきだ、という主張を展開したのである。

 自民党がまとめた成長戦略「日本再生ビジョン」には、ガバナンス・コードの具体的な事例案が記載されている。そこには、独立社外取締役を少なくとも2人以上確保することや、株主が議決権を行使するにあたって配慮すべき項目の制定、いわゆる株式持ち合いの縮小などが掲げられている。こうした項目についても有識者会議で議論される方向だ。

 日本経済の再生には、企業に稼ぐ力を取り戻させることが不可欠だというアベノミクスの方針を進める中で、ガバナンス・コードは扇の要の役割を果たす。果たして、低収益に甘んじ、年々縮小して、新規投資を生まず、雇用も生まれない、旧来の日本企業の経営に変革をもたらすことができるのかどうか。今後、議論が深まっていくガバナンス・コードの具体的な中味が注目される。