儲かる漁業へ! 大学と現場が共に考える

ウェッジ10月号(9月20日発売)の連載コラム「地域再生のキーワード」は長崎大学水産学部の取り組みを取り上げました。是非ご一読ください。オリジナルページ →http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4299

Wedge (ウェッジ) 2014年 10月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2014年 10月号 [雑誌]

 長崎県南島原。江戸初期に起きた島原の乱で、一揆軍が最後に籠城した原城址のすぐ足元に広がる小さな漁港は、ここがかつて激戦の地だったことなどすっかり忘れたかのように、のんびりと穏やかだった。
「大学なんて敷居が高かって思っとりましたから、何時間もかけて先生たちがここまで気軽に来てくれるとは、正直、驚きでした」
 係留した小船の上で、村田国博さんは日焼けした顔をくしゃくしゃにして笑った。
 高校を卒業して漁業の道に進んだ村田さんが無縁だと思っていた大学と出会ったのは2010年夏のこと。長崎大学水産学部が2007年度から始めた水産業活性化のための人材育成プログラム「海洋サイバネティクス長崎県の水産再生」という講座を知ったのがきっかけだった。漁業者や水産加工業者、自治体職員などを対象に長崎県が募集。長崎大と現場で行われる集中講義や実習に参加するのが条件だが、受講料は無料だった。
 さっそく応募した村田さんは、2年間の「増養殖コース」を終了。さらに2012年からは「水産食品コース」に入り、2年間にわたって受講してきた。長崎大の先生たちとは、すっかり親しくなり、今では、気軽に漁業の現場での悩みを相談できるようになった。
 島原半島南部漁業協同組合代表理事組合長を務める村田さんは、組合員がもっと儲けられる漁業ができないかと長年考え、様々な取り組みを続けてきた。
 豊かな有明海で育った南島原産のワカメは柔らかく味が良いと評判で、「原城わかめ」として人気が高い。村田さんは、「わかめ養殖会」を組織して、南有馬の海で増産に取り組んだ。最近はひじきの養殖にも力を入れている。「漁師の先輩から教わって技術はマスターしているが、科学的な見地からはどうなのか」と考えていた村田さんの目に「増養殖コース」という文字が飛び込んできたのは必然だった。
 村田さんが「儲かる漁業」にこだわるのは、このままでは南有馬の漁業は廃れてしまうという危機感があるからだ。「親が子に漁業を継がせたいと考えなくなった」と村田さん。若者は将来が読めない漁業からどんどん離れていく。村田さんの組合で90人いる組合員のうち20代は1人、20代も1人。40代でも6人に過ぎない。ご多分に漏れず南有馬でも次世代は育っていない。
 儲けるためには、水産品をそのまま出荷するのではなく、加工して付加価値を付けることも重要だ。村田さんは水産加工品の開発にも取り組んできた。
ちょっとしたヒット商品になったのが「ひょっつる」。養殖した「原城わかめ」をゼリー状に溶かして、細い麺状に加工した「わかめ麺」だ。島原名物のそうめんと同様に、麺つゆで食べたり、酢の物やサラダに合う。海藻なので煮崩れないため、鍋物にも合う。カルシウムやミネラル分が豊富なうえ、100gあたり6キロカロリーしかないため、ダイエット食としても注目された。今では養殖わかめに匹敵する売り上げを稼ぐ南有馬の特産品に育った。
 他にも加工品が作れないか。立て続けに水産食品コースに進んだのはこのためだ。
「村田さんはアイデアマンなので、私たちが教えるというより、一緒にいろいろ考えたり試したりしてきたんです」
 この2年間、村田さんの担当主査を務めてきた橘勝康教授は語る。橘教授は2010年4月から今年3月末まで水産学部長を務め、「海洋サイバネ」を推進してきた中心人物のひとりだ。

 大学の存在意義が問われる

 水産王国の長崎県も漁獲高は年々減少が続いており、このままではジリ貧だ。日本には国立大学の水産学部は4つしかない。そのひとつがある長崎の水産が衰退すれば、学部だけでなく大学の沽券にかかわる。水産学部を中心に経済学部の教授なども加わり、大学を挙げて「海洋サイバネ」に取り組む背景には、存在意義を問われかねない大学としての危機感があるのだ。
 海洋サイバネの事務局を務める菅向志郎准教授は「学者がどんどん現場に出ていき、事業者と一緒になって問題を解決していく社会意義は大きい」と語る。「象牙の塔」を飛び出し、教員自らが地域に足を運んで「産学連携」を試みているわけだ。教授らが現場に出向く際には、水産学部の学生も連れて行くケースが増えている。机上の論理だけを学ぶのではなく、実際の現場を見ることができるのは学生にとっても大きなプラスになるからだ。
 8月の終わり、長崎大学水産学部の一室で、村田さんたち終了者の発表会が行われた。村田さんは南有馬の海で近年大発生しているアナアオサという海藻の再利用法を取り上げた。アナアオサは漁網に絡まる厄介モノで、海岸に打ち上げられたアナアオサの清掃処分が漁協や自治体の重荷になっていた。
 ワカメに代わるひょっつるの原料にならないか実験を繰り返したほか、アナアオサの繊維を固めて段ボール紙状にし、加工用の素材も作ってみた。
「味わいがあるので、芸術家がランプシェードか何かに使ってくれないか」
「自然の素材なので、園芸用ポットにはなるだろう」
 発表会で村田さんを取り囲んだ教授や学生、水産加工業者などから、次々に声が上がった。「こうやって話している間に、新しい製品が生まれたら面白い」と村田さんは笑う。
 実際、「海洋サイバネ」をきっかけに、様々な商品が世の中に出始めている。東武百貨店のオンラインショップで「長崎大学×おいしいもの発掘便」というコーナーが生まれ、魚介類を加工した珍味セットやお茶漬け、お魚せんべいなどが取り扱われている。村田さんの「ひょっつる」もこのサイトで買える。
 漁業や農業など1次産業と加工の2次産業、販売などの3次産業を組み合わせる「6次産業化(1次+2次+3次=6次)」は国も掲げる1次産業振興策の柱だ。だが、これを成功させるには最後の売り先である「販路」の開拓が最大のネックになる。実はこの東武百貨店のルートも長崎大が切り開いた。ジャーナリストから長崎大の広報担当に転じた深尾典男副学長が百貨店の漁業者をつないだのだ。
 こうした取り組みには県外からも関心が寄せられている。8月末から始まった2014年度の海洋サイバネには青森県下北半島の西端にある佐井村から受講生を受け入れた。大学が関与することで「儲かる1次産業」を作っていく。長崎大学の産学連携による地域おこしの取り組みが少しずつ全国に広がろうとしている。