運用資産の見直しを断行したGPIFには 国民の年金財産を守る組織改革こそ重要

エルネオス12月号(12月1日発売)に掲載された連載原稿です。編集部のご厚意で再掲します。


インフレ時には債券は高リスク

 厚生年金と国民年金の年金積立金を管理・運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、運用方法を大幅に見直すと発表した。二〇一四年度までの中期計画に盛り込まれていた基本ポートフォリオ(資産構成割合)では六〇%を日本国債などの「国内債」で運用するとしていたものを、三五%に引き下げる一方で、国内株式を一二%から二五%に、外国株式を一二%から二五%に、外国債券を一一%から一五%にそれぞれ引き上げた。七一%を債券、二五%を株式、五%を短期資産としていた運用方針を一変し、株式と債券を半々とするポートフォリオに転換したのだ。
 債券中心から株式へとウエートをかけることに対して、「国民の資産をリスクに晒すものだ」という批判が噴出している。国債はリスクが低く、株式は危ないというのは一見正しそうな批判だが、それにもかかわらず、なぜGPIFはこんな見直しに動いたのか。
「日本経済は長年続いたデフレからの転換という大きな運用環境の変化の節目にあります」──。GPIFは中期計画変更の発表文の中でこう述べている。デフレとはモノの価値が下がり続ける経済状態だが、逆に言えば貨幣の価値は上がり続けることになる。そうした環境では貨幣に近い債券への投資が理に適っていることになる。
 実際、デフレが続いた日本では安倍内閣発足まで長期にわたる株価下落が続いた。このため、株式投資はリスクが高いという認識が定着したのだ。
 だが、経済がインフレ的になった場合はどうか。貨幣の価値が下がり、モノの価値が上がる状態になる。そうなると、貨幣に近い債券を持っていると損失を被ることになる。インフレになれば金利が上昇するが、これは国債価格の下落を意味する。保有している国債に損失が生じることになるのだ。
 国債ならば満期まで保有していれば元本が戻ってくるではないかという主張もある。だが今後、高齢化が進んで年金の支払いが増えていけば、資産を取り崩さなければならなくなる。その時、国債価格が元本を割っていれば、損失が発生する。また、仮に満期まで保有して元本が戻ってきたとしても、インフレが進めば実際の価値が目減りすることになる。

最低でも五兆円が市場に流入

 それでも国債ならば紙切れになったり、目に見えて価格が暴落したりすることはないから、役所などは債券中心の運用にこだわる。運用失敗の責任を問われにくいからだ。だが、国債運用で運用利回りが上がらなければ、結局はその分を税金で穴埋めしなければ年金は支払えない。日本の年金は物価や賃金の変動によって支給額を変更していくマクロ経済スライドが導入されているものの、毎年の運用の成否が支給額の増減に直結しているわけではないからだ。
 なぜこのタイミングでGPIFは基本ポートフォリオの見直しに踏み切ったのか。建前はデフレからインフレへの転換だが、安倍晋三首相自身が認めているように、まだ完全にデフレから脱却したわけではない。本格的なインフレが足下で起きているわけでもない。
 野党などが強く批判しているのは、GPIFの資金によって日本の株価を押し上げようとしているのではないか、という疑念がぬぐえないことだ。GPIFの運用資産は百二十七兆円と巨額にのぼることから、国内株式の割合を一二%から二五%に引き上げるという方針が完全に実施されれば、一三%分の資金が株式市場に流れ込むわけで、その額は十六・五兆円に達する。当然、これだけの資金が日本株に入れば、株価にはプラスに働く。
 また、外国株式と債券の割合が二三%から四〇%に引き上げられたことで、一七%分の資金が日本から海外に流れることになる。これが大きな円安要因になることは言うまでもない。安倍政権は意図的に円安株高を起こすことを狙ってGPIFの資産を使っているというのである。
 もっとも、国内株の割合が一気に一二%から二五%になるわけではない。配分割合には「かい離許容幅」というのが設けられており、国内株式の場合、上下九%とされている。つまり、最低ならば一六%だ。それでも四%分だから五兆円近い規模になる。

ガバナンス改革も並行すべき

 政府が円安株高を実現するために国民の財産をリスクに晒しているとすれば、それは大きな問題だ。株価が上昇して年金資産が増えればよいが、高値で株式を一気に買ってその後に下落すれば大幅な損失を被る。年金運用は政府の政策や意図に関わりなく、年金受給者の利益の最大化が図られなければおかしい。
 そのために不可欠なのが、運用するGPIFの組織のあり方だ。現在は独立行政法人で、政府が理事長を任命する。また、運用見直しについても大臣の許認可事項だ。これでは、政府が株価を上げるためにポートフォリオを見直させたと捉えられても仕方がない。
 もともと政府が出したGPIFの改革案は、ポートフォリオの見直しとGPIFの組織のあり方、いわゆるガバナンス改革がワンセットになっていた。ところが、ガバナンス改革は後手に回り、資産構成の見直しだけが先行して行われたのである。
 短期的にはガバナンスよりも資産配分の見直しのほうに世界の注目が集まるのは当然だろう。だが、中長期的には世界最大のファンドの運用方針がどう決まるのか、透明性を示さなければ世界の信頼は得られない。政権が変わるごとに運用方針が変わると見られたら、GPIFは市場の混乱要因だ。そんな資金が大手を振って動き回る日本の株式市場など危なくて投資できないということになりかねない。それだけにガバナンス体制のあり方が重要になるのだ。
 第二次安倍改造内閣厚生労働大臣に就いた塩崎恭久衆議院議員は、日本銀行のような独立した運用委員会による合議制をGPIFにも導入させるべきだと考えているようだ。そのためには、理事長に権限が集中している独立行政法人のままでは難しい。国民の財産を守るためにも、GPIFのガバナンス改革が重要になっている。