私は根っからの原発廃止論者というわけではありません。しかし、運転開始から40年もたった老朽原発を動かそうとする一部の原発推進派の人たちの動きには強い違和感を覚えます。取材している経済産業省の幹部の中にも、同様に疑問視している人たちが少なからずいます。安全よりも経済性を優先することはしない、というのが今だに悪戦苦闘が続く福島の教訓だったはずです。日経ビジネスオンラインに書いた原稿です。→ http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141218/275308/
関西電力が12月16日、福井県高浜町にある高浜原子力発電所の1、2号機で進めている「特別点検」の様子を報道陣に公開したというニュースが流れた。原子炉内の溶接部分を遠隔操作のロボットで調べたり、格納容器の壁の塗装の状態を作業員が目視で点検したりする様子などを記者に見せたそうだ。
原子炉建屋のコンクリート壁を深さ5センチほどくりぬいて、中の鉄筋に異常がないことも強調したらしい。狙いはもちろん、40年経った同原発の1号機が、稼働には何の支障もないことを世の中にアピールするためである。
関西電力は11月末、運転開始から40年が経った高浜1号機と、来年で40年になる高浜2号機について、20年の運転延長を目指す方針を発表した。2015年春にも原子力規制委員会に再稼働の審査を申請する意向で、そのために必要な手続きとして、特別点検を実施したのだ。特別点検の結果を受けて、原子力規制委員会が認めれば、1回に限って最長20年間、運転を延長できるとしている。
なぜ、運転開始から40年を経た老朽原発を稼働させようとするのだろうか。
日本経済新聞によると、関西電力の八木誠社長は11月26日に開いた記者会見で、「高浜1、2号機はほかの電源より競争力がある」と運転延長に踏み切る理由を説明した、という。稼働年数が長い原発の方が、新しい原発に比べて減価償却が進んでいる。
つまり、古い原発の方が財務上、発電コストが低くなるため、利益を多くあげられるというわけだ。2012年3月期以降2014年3月期まで赤字が続いている関西電力からすれば、赤字脱却のためには儲かる原発を優先的に動かしたいと考えるのは、ある意味当然だろう。
だが、この論理は、安倍晋三首相が掲げる政策と相入れるのだろうか。
安倍首相は原発について、安全が確認されたものは再稼働すると繰り返し述べているが、一方で、「原子力規制委員会が世界で最も厳しいレベルの規制基準で徹底的な検査を行う」とし、その検査に適合すると認められなければ稼働しないとも言っている。
安全性は経済性に勝る
東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓は、経済性を優先して安全性が疎かになるような事は許されない、という事だ。再稼働を進めるのは、世界で最も厳しいレベルの規制基準に照らして安全といえる原子炉に限るべきなのは言うまでもない。
原子力規制委員会が行っている再稼働に向けた安全審査では、立地や災害への備えにばかり関心が向いているように見える。原発の下に活断層があるかどうかや、それが動く可能性があるかどうか。巨大な津波が来た場合に原子炉を守れるだけの堤防の高さがあるかどうか。火山の噴火で被害を受けるリスクはないかどうか。そうした立地上のリスクが検証されるのはもちろん必要なことだ。特に、福島第一の悲劇を経験した後だから、「2度あることは3度ある」という視点に立つことも必要だ。
だが、もう1つ、大きなリスクがある。老朽化である。人間が作ったものである以上、いつかは古くなり、朽ちていく。老朽化が事故に結び付く可能性は十分にあるのだ。
1990年代以前に建てられて第2世代と言われる原子炉は、当初は設計寿命が40年とされていた。実際にはメンテナンスや修理などによって運用寿命を延ばすことが可能だとされているが、設計上はあくまで40年だったのである。民主党政権時代に「40年で廃炉」という基本原則が作られたが、その背景にはこうした設計寿命の問題があった。
原子炉も進歩している
その後、2000年以降に作られる第3世代と呼ばれる原子炉は当初設計で60年の寿命とされている。通常の科学技術と同様に、原子炉も進歩しているのだ。資源エネルギー庁の幹部を務めたOBは、「1970年代に日本に作られた原発と、90年代の原発は設計思想から異なり、安全性は劇的に高まっている」と言う。
このOB氏は当然、原発再稼働推進派だが、自信を持って安全だと言える新型の原発を中心に稼働させればよいと考えているようだ。
経済産業省の現役幹部も、「新しい原発の方がより安全なのは当たり前だ」と語る。その理屈から言えば、まずは運転開始から一定年数を経たものは廃炉と決め、比較的新しい原発の中で、より安全性の高いものを選んでいくというのが常識的な判断方法ではないか。
次の表は、原発の原子炉ごとに運転開始年代順に並べたものだ。青色で示した原子炉がすでに運転停止しているものだ。
1966年の東海原発1号機は1998年に運転停止になった。また、2009年には中部電力の浜岡原発1号機と2号機が、耐震補強工事の費用がリプレースするよりも大きくなるという理由などで、中部電力自身が廃炉を決定、運転を休止した。2036年度に廃炉解体を完了する予定になっている。福島第一の1号機から4号機までは、周知の通り、事故によって破壊されており、廃炉作業を進めている最中だ。
表を見てお分かりの通り、運転から40年前後の原子炉に、廃炉に着手されているものが多い。一方で、各電力会社が運転再開に向けて、原子力規制委員会に審査を申請しているのが黄色で示した原子炉だ。
最も早期に再稼働されると見られている鹿児島県の九州電力川内原発1、2号機は1984年と1985年に運転開始された原子炉だ。そのほか、申請されているものは、川内原発よりも新しい原発である。比較的新しい原発に再稼働申請が多いのは、ある意味当然の成り行きなのだ。
1970年代以前に建設された原子炉はどうなるのか。関西電力が打ち出した高浜1、2号機の60年への稼働延長方針は、廃炉が不可避と見られていた他の原子炉を復活させることになる。政府が60年稼働にゴーサインを出したとなれば、他の電力会社も追随することになるだろう。減価償却のほぼ終わった原発を動かせば、一気に収益が改善するのは明らかだからだ。
70年代の原発も世界最高レベルの安全性は確保されている、と強弁することは可能だろう。だが、90年代の原発に比べれば安全性が劣るであろうことは、容易に想像がつく。20年間技術の進歩がなかったはずがないからだ。もちろん、現在の技術で修繕すれば大丈夫という理屈も成り立つ。だが、それでも新品の最新鋭の方がより安全に違いない。
経営者には決断できない
つまり、老朽化した原発を動かすのは、最新鋭の原発を動かすよりもリスクが高い可能性が大きいのである。
安全第一で再稼働を進めると言うのなら、政府は真っ先に廃炉にする原子炉を決めて公表すべきだろう。収益を考えなければならない電力会社に自ら廃炉の決断をさせるのは無理だ。事業者が廃炉を公言すれば、減価償却が終わっていない分について一括で損失処理などが求められるケースもある。また、具体的に廃炉の作業に入るとなれば、膨大な時間と費用がかかる。そんな業績の足を引っ張る決断をしたくないというのが経営者の心理である。
自民党の一部には、「廃炉庁」を作って政府主導で廃炉作業を進めるべきだという意見もある。だが、政府がその費用を負担するとなれば、財政問題に火が付きかねず、大きな声にならない。
だが、問題を先送りし、老朽化した原発をなし崩し的に再稼働させるようなことがあれば、結局は安全を犠牲にしたと、いずれ批判されることになりかねない。