財政再建に向け「増税派vs経済成長派」が火花 論争の大前提は、何よりもまず歳出削減

月刊エルネオスの1月号で、定期コラムに書いた原稿です。編集部のご厚意で再掲します。是非ご一読ください。


増税先送りの真意
 二〇一五年十月に予定されていた消費税の再増税を先送りする方針を示して解散総選挙に打って出た安倍晋三首相が勝利を収めた。これで、増税先送りは国民の信任を得た格好になった。一五年一月に開く通常国会に先送りのための法案を提出、成立する見通しだ。
 一方で、一七年四月からということになった税率引き上げには「景気条項」は付けない方針で、税率が現状の八%から一〇%に上がることが確定的になった。後は、公明党が強く主張している食料品などへの軽減税率の導入が焦点となる。
 もともと、自民党内や政府、経済界などは、予定通り増税するべきだという声が強かった。高齢化によって社会保障費の国庫負担が増え続ける中で、増税は待ったなしだという意見が多かった。また、増税が悲願の財務省からすれば、せっかく決まっている増税を先送りすれば、政治の都合でいつ反故にされるか分からなくなるという思いもあった。
 安倍首相が進めるアベノミクスを支えてきたブレーンたちは、こぞって消費税増税には反対だった。内閣官房参与に就任している浜田宏一イエール大学名誉教授や本田悦朗静岡県立大学教授、元財務官僚の高橋洋一嘉悦大学教授ら、いわゆる「リフレ派」の人たちである。アベノミクスの第一の矢で大胆な金融緩和に踏み切り、ようやくデフレから脱却する気配が出始めているところに、消費税増税を実施すれば、消費は一気に腰折れしてしまう、という主張だ。
 そもそも、彼らは、一四年四月に消費税率を五%から八%に引き上げることにも反対していた。この八%への税率引き上げの影響が長引き、夏以降も消費の停滞が続いたことが、安倍首相に再増税先送りを決意させたのだが、「消費税を引き上げても影響は軽微だと説明した財務省に安倍首相は怒っていた」(高橋氏)と言われる。その怒りが解散総選挙につながったというわけだ。
 選挙で安倍首相が勝利したことで、増税先送りを批判する声は一気にしぼむことになりそうだ。だが、痛みを先送りして、日本の財政は大丈夫なのだろうか。

増税派とリフレ派の対立
 二〇一四年三月末段階での「国の借金」は一千二十四兆円と、年度末としては初めて一千兆円の大台に乗せた。国の借金とは国債の発行残高に政府保証債務などを加えたものである。一九九九年三月末には四百三十七兆円だったから十五年間で二倍以上となった。
 借金が増えた理由は、国の支出である「歳出」と税収などの「歳入」の差が大きくなり、赤字国債の発行で賄ってきたためだ。財務省などが消費税率を何としても引き上げたいという背景には、歳入を増やすためには増税しかないという思いがある。
 では、リフレ派の人たちは国の財政悪化を放置してよいと考えているのか。決してそうではない。金融緩和によってデフレから脱却して経済成長が始まれば、それによって企業の利益や個人の収入が増えて、結果的に税収増につながるというのだ。つまり、税収を増やすには、税率引き上げよりも、経済成長のほうが重要だというスタンスである。
 この「増税派」と「経済成長派」の対立は著しい。前者は財務省や経済界、主流派の学者が中心だ。一方で、後者はリフレ派、上げ潮派など、アベノミクスが始まるまで異端視されてきた学者や政治家が主だ。数では圧倒的に前者が多いのだが、安倍首相が個人的に親しい経済ブレーンには後者に属する人物が少なくない。
 増税派の中には、増え続ける社会保障費を消費税で賄うには、消費税率を三五%にまで引き上げる必要があると主張する人たちもいる。つまり、一〇%というのはあくまで通過点だというのである。さもないと、日本の財政は破綻し、国債が暴落し、金融機関が潰れて、物価が高騰するハイパーインフレがやってくると言う。
 これに対して、リフレ派の代表格である高橋教授などは、小泉政権末期に景気回復によって税収が増え、基礎的財政収支(プライマリー・バランス)にあと一歩まで迫ったことを例に、増税しなくてもプライマリー・バランスの黒字化は可能だと主張する。通貨量を二倍にして物価が二倍になることはあっても、何千倍といったハイパーインフレになることはあり得ないという立場だ。

選挙の争点の本当の意味
 両者が一致していることは、財政を破綻させないためには、税収を増やす必要があるという点だ。一方は税率の引き上げこそ税収増に不可欠だと考え、他方は税率を引き上げても景気を冷やしてしまっては、かえって税収減になりかねないと主張する。安倍首相は今回の解散総選挙で、後者の主張に軸足を移す姿勢を示したのである。それが、「アベノミクスを問う」という選挙の争点として安倍首相が掲げた文句の本当の意味だったのだ。
 今後、金融緩和の進展によって経済の好循環が始まり、企業業績が上向いて従業員の所得が増え、消費が再び好調さを取り戻すことになれば、税収は増えていくだろう。
 もっとも、ここで最大の問題がある。いくら税収が増えたからといっても、大盤振る舞いで無駄遣いをしたら、財政再建などできないということだ。政治家も官僚も、予算を増やすことに邁進する傾向が強い。世の中のためになると信じてさまざまな政策を実行に移せば、当然予算がいる。一方で、一度獲得した予算を見直したり削ったりすることには、政治家も官僚も関心を持たない。予算をカットして喜ばれることはないからだ。
 そうなると、予算規模はどんどん膨らんでいく。一般会計予算の規模はすでに百兆円規模になっている。税収を増やすだけでなく、歳出を見直し、減らしていくことが不可欠なのは火を見るより明らかだ。民間ならば、赤字に苦しむ企業が経費削減などリストラに取り組むのは当たり前のことだ。
 財政を再建するには、増税だけでも、経済成長だけでも難しいだろう。国民に安易に負担増を求めるだけでなく、赤字を垂れ流す体質を見直すリストラに取り組むことが不可欠である。