愛媛のご当地アイドルが目指す 「カッコイイ農業」

ウェッジで連載している地域おこしの現場レポート。1月号は愛媛県農業生産法人が手掛ける一風変わったご当地アイドル「愛の葉(えのは)ガールズ」を取り上げました。アイドル人気にあやかって農産物を売り込もうというアイデアで、アイドルたちも農園で作業をしています。最近は人気が出過ぎて引っ張りだこのため、作業時間が確保できない悩みを抱えているようです。オリジナルページ→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4610


Wedge (ウェッジ) 2015年 1月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2015年 1月号 [雑誌]

「愛媛の農業のためになれるアイドルを目指しま〜す」

 全国で町おこしの一環として結成された「ご当地アイドル・グループ」は数多い。だが、愛媛県の「愛(え)の葉(は)ガールズ」は一風変わっている。舞台狭しと披露する歌や踊りの合間に、アイドルらしからぬ発言が必ず挟み込まれる。「地産地消ですから、愛媛の美味しい農産物をもっともっと食べて下さいね」。そんな具合に愛媛の農産物を宣伝するのである。この日も松山市内の市民ホールで行われた講演会の余興として呼ばれ、地域の農業を積極的にアピールしていた。

 この愛の葉ガールズ愛媛県農業生産法人「hプロジェクト」が結成したものだ。「農業+アルファ」で付加価値を付け、儲かる農業を実現しようという目的で2011年に設立された株式会社だ。1次産業である農業に、2次産業や3次産業の要素を加える「6次産業化」に取り組んでいるのだが、そのプラス・アルファに「アイドル・グループ」を据えたのである。

 現在は、中学生の研修生から大学生まで13人の「タレント」が所属。県内外の様々なイベントでパフォーマンスを披露する。町の物産展などでは舞台が終わると、メンバーが出展者の販売テントに散って、販売員に早変わりする。「可愛いアイドルが店先に立つだけで、あっという間に売り切れる」と愛の葉ガールズは引っ張りだこだ。

 愛媛の農業の宣伝係だけを務めているわけではない。タレントたちも農業に従事している。地元の耕作放棄地を借り受けて開墾し、「ガールズ農園」と名付けて農作物を育てている。自ら育てた農産物に「愛の葉」ブランドを付けて、直売会などで販売するのだ。

 愛の葉ガールズのリーダーである紙崎聖(きよら)さん(19)は「愛媛の農産物のおいしさを知ってもらい、美味しかったよと声をかけられるのがうれしい」と言う。もともと農業に関心があったわけではないが、農作業などを通じて農業の面白さにも気が付いたという。

 hプロジェクトを立ち上げた佐々木貴浩社長(46)は、20年にわたってレストランやバーなど飲食店に関わってきた。愛媛県産の農産物の美味しさは熟知していたが、一方でどんどん廃れていく地元の農業にいたたまれなさを感じていた。そんな経験から、アイドルによって農業を売り出すことを思いついたのだ。

 佐々木社長がアイドル・グループに農産物の宣伝だけでなく、農作業もさせようと考えたのには別の狙いがあった。「若い人たちに農業に興味を持ってもらうきっかけになると考えた」。トラクターに乗ったり、鋤や鍬を手にするアイドルたちの姿に、ファンの若者たちが触れることで、彼らが農業を見直すきっかけになるというのだ。

 「良い農産物を作るには、それを作る若い人を育てなければ始まらない」と佐々木社長は言う。実は社名の「h」はヒューマンのh、人だ。農業法人として「人」を育てることを主軸に考えているのだ。

 だが最近困ったことが起きている。

 12年末にデビューした「愛の葉ガールズ」の人気が急速に高まり、東京など遠隔地での公演などが入るようになったのだ。アイドルたちが、なかなか農作業に時間が割けなくなってきたのである。愛の葉ガールズはもちろん学生。公演の本番も農作業も、基本的には土日が中心だ。平日の放課後は歌やダンスのレッスンが待っている。最近では週末は公演で埋まることが圧倒的に増えた。もちろん、公演のスケジュールに関係なく農作物は育っていく。

 そこでチームを作って主に担う役割を分け始めた。えのはの頭文字をとって、チームEチームNなど5つに分類。チームEはタレント13人で、Nは農作業を中心に担う農園チームの2人、Oは企画・営業の3人、Hはブランド推進の3人といった具合に分けたのだ。ブランド推進は「愛の葉」ブランドの加工品の開発なども行う。最後のチームAはまだ誰もいないが、いずれショップ展開を始めた時にそれを担うチームとする計画だ。農家レストランの展開なども検討している。

やった分だけ応えてくれる

 チームNで農作業を担う三浦ひかりさん(20)は14年の春に愛媛県農業大学校を卒業したばかり。家族に農業を営む人は誰もおらず、農業にはまったく無縁で育った。興味を持って農業大学校に進んだが、実際に農業に就けるとは思ってもいなかったという。

 そんな三浦さんが出会ったのがhプロジェクトだった。今では佐々木社長の義父の松本勲さん(76)に指導を受けながら、農作物作りに励んでいる。コメ、イヨナス、青汁用のケール、みかん、大根など、作物は様々だ。軽トラを駆って田んぼや畑を移動しながら、連日、農作業をこなす。「農作物は、作業をやった分だけ応えてくれるので楽しい」と笑顔が溢れる。

 だが、三浦さんは農業の厳しい現実にも日々直面している。丹精込めたナスに「愛の葉」ブランドを付け、直売会で売れば比較的高い値段で売れるのだが、農協(JA)に出荷しても、傷があれば二束三文。「悲しくなってしまうほど安い」という。儲からない農業の現実がそこにあるのだ。

 6次産業化の常道である加工品にも取り組んでいる。傷モノのナスをからし漬けにしたり、みかんのジュレを作ったりしている。加工品の企画・販売はまだまだ開拓の余地がある。愛の葉ガールズと組み合わせて、どうやって全国に愛媛の農産物・農産加工品を売っていくか。知恵はまだまだ必要だ。

 農業法人によって農業の現場に入った佐々木社長は、日本の農業の根幹に大きな問題が存在することに気付いたという。「農協さんがすべてやってくれるため、農家の経営能力が著しく低下してしまった」というのだ。成功している大規模な農家を除き、ほとんどの農家が「自分たちで何とか道を切り開こうという意欲がなくなっている」と語る。そんな沈滞ムードに活を入れ、新しいアイデアをどんどん出していくのがhプロジェクトと愛の葉ガールズの使命だというのだ。愛の葉ガールズは、自分たちの農園やhプロジェクトの事業だけのために活動しているわけではない。地域の農業全体の再生を目指している。

 佐々木社長には、実現を目指すひとつのプランがある。農業に関心を持つ若者を増やすために、カッコイイ農作業着を開発してファッションショーを大々的に行いたいというのだ。麦わら帽子にタオルで頬かむり、作業着とモンペという“伝統的な”スタイルを一変させ、若者があこがれるお洒落なファッションを当たり前にすれば、農業に就こうという若者が増えるのではないかというわけだ。もちろん、モデルは愛の葉ガールズ。お洒落な農作業着で全国を公演行脚する日が早晩やって来るに違いない。