世界経済を揺さぶる原油、 ルーブル急落とスイスフラン急騰

隔月刊の時計専門誌「日本版クロノス」に時計と経済を絡めたコラムを書いています。編集部のご厚意で、以下に再掲します。クロノスは素敵な雑誌ですので、是非一度、手に取ってみてください。

クロノス日本版 2015年 03 月号 [雑誌]

クロノス日本版 2015年 03 月号 [雑誌]


 原油価格の下落が世界経済を揺さぶっている。原油の代表的な指標銘柄としてニューヨーク・マーカンタイル取引所NYMEX)で先物が取引されているWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)は、昨年9月まで1バレル当たり90ドル台だったが、その後下落が続き、今年1月にはついに50ドルを割り込んだ。
 原油価格が上昇すればエネルギー価格の上昇によるコスト高につながることから景気にマイナスに働くというのは分かりやすい。逆に原油価格が下落して、なぜ世界経済を揺さぶることになるのか。
 ひとつは、ここ数年、1バレル100ドルを超える原油価格を前提に進んできたビジネスが崩壊しかねないこと。とくに米国のシェール革命に与える影響は小さくない。シェール革命とは地下深い岩盤でのシェール層(頁岩層)に含まれる原油天然ガスを高圧をかけて採掘できるようになったこと。シェール層は北米大陸に大量に存在することから、米国がエネルギー輸出国に変わるという夢のような話にまで膨らんだ。
 だが、採掘にコストのかかるシェールオイルの採算が合うには、原油価格自体が高止まりしていることが不可欠。原油価格が長期にわたって低迷すれば、シェール革命が頓挫することになりかねない。
 実は、世界経済の減速懸念から原油が供給過剰と見られていたにもかかわらず、石油輸出国機構(OPEC)は昨年11月27日に開いた総会で減産を見送った。これが原油価格の急落に拍車をかけた。背景には、減産を見送ることで原油価格を意図的に下げれば、シェール革命が失敗するというOPEC加盟国の思惑があった、という解説も流れている。
 シェール事業に投資していた日本の総合商社が巨額の損失を計上するなど、すでに余波は出始めている。また、ここ10年あまりブームだった太陽光発電風力発電など自然エネルギーのコスト割れも心配されている。石油火力で発電した方がずっと安いということになれば、自然エネルギーへの投資は激減しかねない。
 原油価格の急落はロシアの通貨であるルーブルの急落にもつながった。ロシアは国家収入の大半を原油天然ガスなどのエネルギー輸出に依存している。価格が急落したことで、その収入が激減し、財政が悪化するという読みが働いたのだ。
 ロシアの石油会社で世界最大の生産量を誇るロスネフチの原油生産コストは1バレル60ドルという見方もあり、それを下回れば、輸出すれば輸出しただけ損失が出かねない。
 もっとも、ロシアは過去の原油代金を基金として蓄えているうえ、外貨準備も豊富なことから、原油価格が下がったからといってすぐにロシアが破綻するわけではない。このことから、原油価格の急落に対抗して、プーチン大統領が意図的にロシア通貨安を引き起こした、という説も出ている。
 さらに今年1月に入ると、スイスフランの売り介入を無制限に行うとしてきたスイス国立銀行が、それを撤回。スイスフランが急騰する場面もあった。スイスでは原油で設けたロシア人の富豪たちが資金を置いている場所とされ、原油急落やルーブル安とも間接的なつながりがあるのではないか、という見方もなされている。いずれにせよ、市場と国家の思惑が入り乱れた相場の乱高下が続いているのである。
 では実体経済にはどんな影響が出て来るのか。
 スイス時計協会の統計では、スイスからロシアへの時計の輸出額は2014年1月から10月までの累計で、前年の同じ期間に比べて5%増えていた。ところが、11月1ヵ月間の数字を見ると、前年同月比で34%もの大幅な落ち込みになっている。原油安、ルーブル安の影響が出始めているのかもしれない。
 原油安によってルーブル安が一気に進んだのは昨年12月だが、それが今後の統計にどう表れてくるのか。11月に落ち込んだロシア向けスイス時計の輸出額は12月にさらに悪化するのかどうか。
 また、スイスフラン急騰で、ここ数年伸び続けていたスイス時計の世界向け輸出額に変調が生じるのか。スイス時計協会の統計から目が離せなくなってきた。