世界経済はスイスの高級腕時計でわかる。中国人が日本で時計を買う事情とは?

2カ月に1度、時計専門誌の「クロノス」に時計と経済の話を書いています。そのコラムではよく使っているスイス時計協会の年間統計が出たので、現代ビジネスに原稿を書きました。なかなか読まれているようです。是非、ご一読ください。オリジナル→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/42258


スイス時計協会(http://www.fhs.jp/jpn/homepage.html)がまとめた2014年のスイス時計の輸出先国別統計が興味深い。世界の主要国での高級時計の売れ行き傾向がはっきりと見え、各国の景気の良し悪しが端的に伺えるからだ。

中でも、アベノミクスによって高額品ブームが起きた日本の好調ぶりは鮮明で、世界でも最も好況に沸いた代表的な市場となった。もっとも、4月の消費増税後は伸び率が大幅に鈍化しており、今年も日本が世界の高級時計市場をけん引することができるかどうかは不透明な情勢だ。

スイス高級時計の輸入額は15.2%増
統計によると、2014年1年間のスイスから日本への時計輸出額は13億3060万スイスフラン(約1660億円)と、前年に比べて15.2%増えた。アベノミクスが始まった2013年も前年比で5.7%増えていた。

昨年は消費税増税前の駆け込み需要が大きく1−3月の伸び率は前年同期比で30.8%増を記録していた。消費税増税以降は反動によって伸び率は大幅にダウンしたが、年間統計には駆け込み需要の余韻が大きく残った格好になった。

スイス時計の輸出先は香港がトップで、41億2290万スイスフランと群を抜いている。次いで米国の23億7770万スイスフラン、3位は中国で、14億150万スイスフラン。日本はこれに次ぐ4位だった。ちなみに2013年はシンガポール、米国、中国、ドイツ、イタリアに次ぐ6位だったから、昨年1年間でドイツとイタリアを抜いて躍進したことになる。

アベノミクスによる大胆な金融緩和によって株価が上昇。いわゆる「資産効果」で、百貨店などで高級品が売れまくった。スイス時計を中心とする高級時計は、まさにその波に乗ったのである。

中国人は国外で腕時計を買う!?
さらに最近顕著になったのは、高級時計の消費を支えているのが日本人による消費だけでは無いということ。金融緩和によってもたらされた円安によって日本にやってくる外国人観光客が激増しており、彼らが高級時計やブランド品などを買いまくっているのだ。

何せ訪日外国人客数は日本政府観光局(JNTO)の推計では2014年1年間で29%増の1341万人に達した。1年で300万人も増えたのだ。

スイス時計の統計で興味深いのは2012年ごろまで増加が続いていた中国本土向けの輸出が減少していること。2013年は12.5%減、2014年は3.1%減とマイナスが続いた。

詳しい理由は分からないが、習近平体制となって中国では綱紀粛正が進み、それまで賄賂や贈答用として活用されてきた高級時計の需要が落ち込んだためだとされる。一説には、中国国内で購入すると足が付くのを嫌って、贈答用時計を日本に旅行した際に買って帰るケースが増えているという。

それがスイス時計の中国向け輸出が減り、日本向けが増えた一因になっているというのだ。日本向けの輸出額は中国向けに肉薄している。もちろん、円安が進んだことで、相対的に日本での高級時計の価格が安くなったという事情も背景にあると見られる。

他に目立つのが、米国向けの伸びだ。2013年は2.4%増だったが、2014年には6.2%増となった。スイス時計で見る限り、米国景気は着実に回復していることが分かる。

意外なのは韓国向けが18.5%増と大きく増えていること。ウォン高で韓国企業の業績不振が続いており、国内景気は悪化しているといわれる。だが、ウォン高になれば輸入品の価格は下がるわけで、高級時計の売り上げ増に結びついたとみられる。日本人同様、輸入品や高級ブランド品が好きな国民性が現れているということだろう。

値上げが進む?
景気悪化が懸念される欧州はどうか。

ドイツ向けは6.4%減、フランス向けは6.0%減といずれも落ち込みが目立つ。ロシアは年間では1.2%の減少だが、12月だけを見ると9.5%減と大きく落ち込んでいる。原油価格の大幅な下落や、通貨ルーブルの急落といった経済混乱の影響が出ていると見てよいだろう。

一方で、このところ財政危機からユーロ離脱までが懸念されているギリシャ向けは13.4%も増えている。輸出先としては30位で金額は9110万スイスフランに過ぎないとはいえ、2ケタの伸びなのだ。

これをどう見るか。ギリシャを訪れる観光客などが買い手でギリシャ人が買っているわけではないと見るか。それとも、ギリシャ政府は財政悪化で危機的状態が続いているが、実はギリシャ国民の懐はまだまだ余裕がある証拠だと見るか。増税や緊縮財政を求めるドイツなどに、突っ込みを入れられそうな統計結果である。

では、輸出元であるスイスの景気はどうなのか。輸出額の合計は222億4730万スイスフラン(約5兆5600億円)と1.9%増えた。2013年は1.5%の伸びだったから、順調に拡大していると見ることができる。

もっとも、そのスイスでも、中央銀行が為替介入目標を断念したのを引き金に、一気にスイスフラン高が起きている。輸出産業にとっては死活問題で、今後、スイス時計の輸出価格が上昇することになれば、輸出が頭打ちになる可能性が出て来る。

日本でも、円安が定着したことで、輸入高級時計などの値上げが徐々に進んでいる。消費税率の引き上げで消費意欲が減退していることに加え、外国人観光客にとっても価格的な魅力が薄れることになりそう。アベノミクスの効果が最も鮮明に出ていた高額品消費にブレーキがかかれば、一段と景況感が冷え込む可能性もある。スイス時計の動向はアベノミクスの先行きを占う指標としても目が離せない。