日本株を買い始めた投資家、注目は企業の「ESG」 6月の株主総会は、株価を左右するビッグイベントに

6月の株主総会シーズンに向けて、企業経営者の間ではコーポレートガバナンス・コードへの対応が大きな関心事になるでしょう。日経ビジネスオンラインに書いた原稿です。オリジナル→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/


日本企業を巡るコーポレートガバナンス企業統治)のあり方が大きく変わり始めた。

 東京証券取引所は、金融庁東証で決めた「コーポレートガバナンス・コード原案」を、東証の上場規則に反映するための手続きを進め、3月26日までを期限として募集していたパブリック・コメントを締め切った。字句修正等を経たうえで最終的に決定。6月1日から実施に移される。

 6月に株主総会を行う3月決算会社は、さっそくコーポレートガバナンス報告書に、独立社外取締役の有無など、東証が定めた事項を記載しなければならない。もっとも初年度は今年末までに提出すればよいことになっている。来年の総会後は遅滞なく提出しなければならないので、今年は予行練習、来年からいよいよ本番と言ってよいだろう。

 3月上旬に決まったガバナンス・コード原案に対する、欧米機関投資家の評価は高い。

 「いよいよ日本企業もガバナンス改革に本気になったようで、素晴らしい」 自民党コーポレートガバナンス改革を進めてきた衆議院議員を訪ねた米国機関投資家の幹部は、こう言ってその議員の手を握り締めたという。いつまでたっても変わらない日本企業の経営が、いよいよ変わり始めたと見ているのだ。

 ガバナンス・コードでは、複数の独立社外取締役の設置にばかり目が向きがちだが、そのほかにも日本企業の行動を変えていく可能性のある項目が含まれている。

 例えば、政策保有株の保有方針やその議決権行使の基準。日本では長年、株式持ち合いによって、相互に白紙委任を与えることで、経営者が経営のフリーハンドを得ているという批判があった。株主だけではなく、従業員や取引先といったステークホルダーを意識する「日本型経営」を支える仕組みとして評価されていた時代もあった。日本企業の強さの根源だったというわけだ。

 だが、世界の趨勢は大きく変わっている。

環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)

 実践コーポレートガバナンス研究会の代表理事を務める門多丈氏は「年金基金などの機関投資家は、投資先企業のESGについて納得できなければ投資しない時代になってきている」と語る。ESGとは環境、社会、ガバナンスだ。

 門多氏が2月に参加した米国での年金会議でも、もっぱら話題の中心はESGやRI(責任ある投資)だったという。投資先企業の環境対策や社会問題への取り組み、そして会社自身のガバナンス、つまり、公正で合理的な意思決定の仕組みが出来上がっているかどうかが、投資判断の重要項目だというわけだ。

 なぜ、政策保有株を持つ必要があるのか。単に長年の取引関係を維持するため、という答えでは不十分だ。企業は株主から資本を預かって事業展開しているのだから、その資本を他の企業に投資するというのは、本来、問題が大きい。他社株に投資する理由を株主に説明できないのだ。

持ち合い株の保有が困難に

 欧米の企業の場合、数%の株式を保有することは稀で、事業関係を強化しようとすれば、10%以上の株式を持って取締役を送り込んだり、50%超を買って子会社にするケースが多い。 今後、ガバナンス・コードに沿った説明責任が求められるようになると、日本企業も他社株を昔からの惰性で持ち続けることは難しくなるに違いない。

 さらに、政策保有株の議決権の行使方針も説明しなければならない。旧知の経営者に「白紙委任」を与えることが、自分たちの株主にどのようなメリットをもたらすのか。きちんと説明しなければならなくなる。

 赤字に転落するなど万一に備えて株式を持っておき、いざとなればそれを売って穴埋めする、というのもアウトだ。経営者にとっては安全弁ということになるが、株主にとっては余分な内部留保を会社に溜め込んでおかれてはマイナス、ということになる。

 経営幹部や取締役の報酬決定について「方針と手続き」を開示させるというのも、取締役会の透明性強化に役立つだろう。現在、年俸1億円以上の報酬について有価証券報告書で開示を求めるルールがある。ストックオプションの付与などの説明もなされている。だが、欧米のガバナンスリポートに比べると内容はまだまだ薄い。

 基本的にどういうルールで取締役の報酬を決めるのか、それは誰がどうやって決めていくのか、その説明を求められるわけだ。きちんと業績を上げていないのに、毎年報酬が増えるような事は、株主の目を気にすれば、できなくなる。創業者や実力会長などがお手盛りで巨額の報酬を手にすることもやりにくくなる。今後は、第三者による報酬決定の仕組みなどが、上場企業の間にも広がっていくだろう。

 もちろん、独立社外取締役の複数設置も象徴的である。社外取締役を置かない企業のトップの選任事案には、議決権行使会社などが反対票を投じる意見を出す意向を示している。つまり、社外取締役のいない会社のトップは、毎年、株主総会で、よもや選任が拒否されないかどうか、冷や汗をかかなければならなくなるのだ。機関投資家だけでなく法人株主も、なかなか賛成票を投じにくくなる。

 「社外取締役を入れたからといって、会社がよくなるわけではない」と、社外取締役の導入促進に反対してきた経済団体の幹部などは言う。確かに、取締役会に「よそ者」の目を入れたからといって、劇的に収益力が高まるわけではないだろう。だが、そうした「よそ者」にきちんと経営方針を説明することで、理解してもらう必要がある。

 今のところ、社外取締役は、弁護士や会計士、学者、役人OBなどの指定席になっている。「独立性」に目を向けた場合、こうした専門家が「無難」だからだ。だが、欧米の社外取締役は、圧倒的に他社の経営者や経営者OBが占めている。つまり、経営のプロが、その経験を他社に伝授するような仕組みになっているのだ。

 日本では高度経済成長期以降、企業の取締役は社員から一段一段階段を上がった人が、成功者の証として就くのが一種の慣行になっていた。そうしたキャリアシステムは、経営のプロを育てない仕組みになっていた。社外取締役が定着してくれば、初めから中堅企業の経営に加わり、キャリアアップして大企業の取締役になっていくような、欧米型の仕組みが定着することになるだろう。つまり、日本でも経営のプロが育ってくるはずだ。

 アベノミクスの成長戦略で「コーポレートガバナンスの強化」が掲げられたのは、日本企業の生産性、収益性が、欧米諸国の企業に比べて極端に低いことがあった。端的に言えば、ROE株主資本利益率)の低さである。

 日本企業と欧米企業のROEの水準は2倍近い開きがある。つまり、ROEを国際水準並みに引き上げることができれば、株価は倍になってもおかしくないわけだ。

再び始まった海外投資家の「買い」

 そうは言ってもガバナンス・コードは義務ではない。遵守できない場合には、その理由を開示すればよいことになっている。だが、真面目な日本の経営者のことだ。ガバナンス・コードを遵守しようと同業他社と競うに違いない。

 株式市場もガバナンス・コードの遵守状況に目を凝らすだろう。ガバナンス強化に力を入れている企業の株は買われ、後ろ向きな企業の株は売られることになる。

 3月中旬以降、海外投資家が日本株を再び買い始めている。ガバナンス・コードの原案が決まったのが3月5日だから、うがった見方をすれば、それが海外投資家の買い理由のひとつになっているかもしれない。だとすると、本番である今年6月の株主総会も株価を左右するビッグイベントになりそうだ。社外取締役の導入を見送ったり、ガバナンス改革に後ろ向きと見られた企業経営者には、議決権が集まらず、株価も下落することになるかもしれない。