動き始めたアベノミクスの「ゾンビ企業退治」 金融庁主導で実現する「スーパー・リージョナルバンク」の狙い

統一地方選挙が終わると、地方銀行再編が本格的に動き出すかもしれません。日経ビジネスオンラインに書いた原稿です。オリジナル→http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150409/279747/?n_cid=nbpnbo_bv_ru


アベノミクスが掲げる地域創生の「隠し玉」がいよいよ動き出した。地方銀行の再編である。

 安倍晋三内閣では、石破茂担当相の下で、地方創生の具体的な施策が打ち出されている。地方で新たな事業を生み出す人材への支援制度や、大都市から地方への移住促進策など、地方自治体が独自に描く再生戦略をベースに国としての支援策を掲げる。「地方創生特区」に秋田・仙北市など3カ所を指定、大胆な規制緩和を目指す取り組みも始めた。2015年度予算では1兆円にのぼる地方創生事業費を計上している。

 もっとも、こうした地方創生策の実効性を疑問視する声は根強い。このままでは単に「ばらまきに終わる」といった指摘もある。そんな中で、金融庁が主導する地銀の再編が、地方経済の停滞を打破する切り札になる可能性が強まっている。

 「関西・四国に広域地銀 大正銀、トモニの傘下に」ーー。4月6日付の日本経済新聞は1面トップでこう報じた。

大阪・大正銀行が、四国のトモニHDの傘下に

 大阪を地盤とする大正銀行が、来春にも四国のトモニホールディングスの傘下に入るというのだ。トモニは2010年に香川銀行徳島銀行を傘下に持つ金融持ち株会社として発足。今回、株式交換方式で大正銀を買収することで、傘下に大正銀も並ぶことになる。

 昨年秋には横浜銀行東日本銀行肥後銀行鹿児島銀行が相次いで統合を決めた。県境を越えた再編が本格的に始まった格好だが、今回は四国と関西という地方を超えた再編となる。地銀どうしが県境ですみわける長年の慣行が本格的に瓦解し始めたとみていいだろう。

 地銀再編がアベノミクスの地域創生の観点で語られることはほとんどない。だが、今回の再編劇は、金融庁の一存で実行に移されているわけでは決してない。カギは昨年5月23日に自民党がまとめた「日本再生ビジョン」にある。そこにはこう書かれていた。

 「地域における企業、産業再生を図ることが最重要課題であり、強化された開かれたコーポレートガバナンスの下で、経営判断に基づき、金融機関自身が収益力や資本の充実、重層的機能強化を図ることが期待され、中には、新たな広域での地域金融機関、例えば、『日本版スーパー・リージョナルバンク(仮称)』のような形を模索することも重要な選択肢の一つとして真剣に検討されるべきと思われる」

 この自民党の報告は、6月に安倍内閣閣議決定した成長戦略「日本再興戦略 改訂2014」の下敷きになったものだ。当時、政調会長代理だった塩崎恭久衆議院議員(現・厚生労働大臣)が中心になってまとめた。自民党の報告書は所管官庁とすり合わせたうえでまとめられるのが一般的だが、この時に金融庁側で調整に当ったのが当時、検査局長だった森信親氏である。

 今、森氏は監督局長として、部下に地銀再編を後押しするよう強烈なプレッシャーをかけている、とされる。今回のトモニの大正銀買収は、まさに報告書にある「スーパー・リージョナルバンク」なのである。

地銀再編の「痛み」とは

 実は、成長戦略の本体からは「地銀再編」とか「新たな広域金融機関」といった文言はすべて漏れた。経済産業省出身者の影響力が強い首相官邸では、地方創生における地銀の重要性に目が向かなかったこともある。

 だが、それ以上に、地銀再編によって起きるであろう「痛み」を警戒する政治家が、成長戦略に盛り込むことに抵抗した面が小さくない。

それを読み解くには、さらに1年前の2013年5月10日に自民党がまとめた「中間提言」に遡らなければならない。

 この中間提言では日本経済再生の5つの柱が掲げられているが、いの一番に「地方再生なくして日本再生なし」という項目が出てくる。これを取りまとめた中心人物はやはり塩崎議員だったが、当時、安倍首相から直接「地方再生策を考えて欲しい」と指示されていた。

 その具体策の最初に出てくるのが「地域金融の刷新、中小企業の再生」という政策だ。そこにはこう書かれていた。

 「地方経済を再生するためには、戦略的、長期的な視点から地域企業をリードする、地域金融機関の様々な機能強化が不可欠である。①地域にふさわしい産業を育成する力、②企業を指導・育成するための強力な専門性(目利き)、③経営人材の育成・供給力、④戦略的な長期資金の供給力、⑤地域金融機関の広域での提携・再編等を通じた、県境も超える広域的な営業活動による企業・産業サポート力向上、など重層的な機能強化の取組みが期待される」

 地方経済が硬直化しているのは、古くからの地元企業と地銀の融資関係がガチガチに固まっているためで、産業の新陳代謝を阻害している面が強い。もはや成長性がなく、赤字続きだったとしても、長年の関係で追い貸しを続けている、そんなケースが少なくないのだ。

事態を悪化させた民主党政権の「円滑化法」

 こうした傾向は、民主党政権時代に亀井静香・金融担当相が導入した「中小企業金融円滑化法」で一段と激しくなった。借り手企業に求められれば、金融機関は融資条件の変更を受け入れるように事実上義務付けたのだ。このため、倒産件数は激減したが、逆に「ゾンビ企業」と呼ばれる再生不能の企業が山積する結果となった。

 自民党が政権に戻った段階で、これを何とか適正化しようと考えたのが、中間提言だったのだ。提言が指摘するように、地銀が目利き力を発揮すれば、こうした企業は淘汰されていくことになる。

 地域の人口減少が続く中で、地銀の経営者自身もこのままでは生きていけないことは十二分に理解している。融資姿勢を大きく転換していくには、自助努力だけではどうにもならないところまで追い込まれている。それが地方経済の閉塞に結び付いているのだ。

 中間提言では、こうした金融機関の消極的な与信姿勢が、日本経済の新陳代謝が低くなっている原因だと指摘、易きに流れずに企業再生、起業支援により重点を置く地方金融へのシフトを求めたのだ。

ゾンビ企業整理」の環境は整った

 こうした提言を、政府幹部の一部は「過激過ぎる」と警戒した。地銀の再編を進めれば、結果として地方の中小企業の倒産が急増しかねないことから、表立って成長戦略に組み込まれることはなかったのである。政府の産業競争力会議で民間議員が打ち出した「新陳代謝」といった言葉が、野党などから強く反発されたことも背景にあった。

 金融庁がここへきて、地銀再編に本腰を入れ始めた背景には、アベノミクスの大胆な量的緩和などによって経済環境が好転していることがある。消費などはまだまだ弱いが、雇用情勢は良好で、地銀としてもゾンビ企業を徐々に処理していく環境が整ったとみているのだ。地銀は今後、限界企業の再生や、新規企業への融資などに大きくシフトしていくことになるだろう。

 トモニにとどまらず、今後も「スーパー・リージョナルバンク」が全国各地で生まれてくる可能性が高いのである。