安倍内閣待望の「Jカーブ効果」が出てきた? 貿易収支が2年9カ月ぶりに黒字化

日経ビジネスオンラインに掲載された原稿です。編集部のご厚意で以下に再掲します。オリジナル→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/


 アベノミクスによる円安が続けば、輸出企業が復活し、いずれ黒字に戻る――そう言われ続けてきた貿易収支が、ようやく単月で黒字になった。財務省が4月22日発表した3月の貿易統計速報(通関ベース)によると、輸出から輸入を差し引いた貿易収支は2293億円の黒字だった。貿易収支の黒字は2012年6月以来2年9カ月ぶりのことだ。では果たして、このまま貿易収支の黒字は定着し、日本はかつてのような「輸出立国」型の経済に戻ることになるのだろうか。

残念ながら、まだそうとは言い切れない。3月の貿易収支が黒字になった最大の要因は、輸入額が大きく減ったことにあるからだ。月間の輸入額は6兆6981億円と、前年同月に比べて14.5%減った。原油天然ガスなど市場価格が大幅に下落したことが大きい。

 原油などの「鉱物性燃料」の輸入額だけをみると、17兆6559億円と、36.5%も減ったのである。もともと日本の輸入全体の3割近くを鉱物性燃料が占めており、この輸入金額の下落が貿易収支の黒字化に直結したのである。

円安でも数量が減少

 3月の円ドル為替相場の平均は、1ドル=119円86銭で、昨年3月に比べて17%あまりの円安だった。本来ならばその分、原油などの輸入価格は上昇するが、それを上回るペースで原油安が進んだ。原油の輸入金額だけを見ると昨年3月の半分になった。

 鉱物性燃料以外でも、鉄鋼や非鉄金属、電気機器、自動車など軒並み輸入が減った。円安で本来は価格が上昇、輸入額は増えそうなものだが、それ以上に数量が減少しているケースが多い。国内の生産活動がまだまだ活況を呈しているとは言えない状況にあることを示しているといえそうだ。

 国別に見ると、特徴的だったのが中国からの輸入が大きく減ったこと。数量ベースでは28.8%も減少、金額で19.6%のマイナスだった。電気機器や機械などの落ち込みが大きかった。また、食料品も輸入数量が軒並み減少、金額も減った。

 中国の旧正月である春節の時期と重なり生産活動が停滞したことが響いているという解説もあるが、これが一過性なのか、今後も減少傾向が続くのかは分からない。

 もちろん、円安が進んだことが輸出にまったくプラスに働かなかったというわけではない。3月の輸出額は6兆9274億円で、1年前に比べて8.5%増えている。景気が上向いている米国向けに自動車輸出などが伸びたことが大きい。

 もっとも8.5%の増加率を数量効果と価格効果に分けると、数量増は3.3%で価格上昇分が5.1%。円安によって輸出金額が改善した効果の方が大きいのだ。

米国向けは自動車で数量増

 輸出数量が増えたのは自動車で、乗用車・バス・トラックを合わせて50万4462台と1.9%増えた。アベノミクスが始まって長い間、自動車でも、輸出金額は増えても数量は増えていなかったが、ようやく数量増に結びついてきた。これにより、自動車の輸出金額は10.5%増えている。

 もっとも、復活が期待されている電気機器分野における輸出はまだまだ厳しい。電気機器の輸出額は1兆1657億円と8.4%増えたが、輸出数量は軒並み減少した。映像機器は16.8%減、音響機器は15.3%減、半導体電子部品は4.0%減といった具合だ。

 企業は円安による採算改善というメリットは受けているものの、それが輸出数量を増やすまでになっていないのだ。

 輸出を国別にみると、景気回復が進んでいる米国への依存度が高まっていることが分かる。3月の米国向け輸出額は21.3%と4カ月連続で二桁の伸びを記録した。昨年12月以降は円安による価格効果だけでなく、数量も増加に転じている。3月の輸出数量は5.9%も増えた。

 一方で、中国向け輸出は鈍化傾向が続いている。3月は輸出金額は3.9%増えたが、数量は0.8%減と2カ月連続でマイナスになった。世界経済の成長エンジンと言われた中国経済の陰りが強まり、再び米国経済の存在感が増しつつあると見ることもできそうだ。

 問題は、この傾向が継続して、貿易収支の黒字が定着するかどうかだ。

 年度でみると日本は、2011年度から2014年度まで4年連続で貿易赤字となっている。過去最大の赤字を記録した2013年度の13兆7500億円に比べると赤字幅は縮小したものの、2014年度も9兆1343億円の赤字だった。

 赤字の主因は原子力発電所の停止に伴う原油液化天然ガスLNG)の輸入増だったが、省エネの広がりによる電力使用量の減少などもあり、原油LNGの輸入量の伸びは止まっている。そこに昨年来の大幅な原油安が重なって、輸入金額も大きく減少している。まさに日本にとっては天恵とも言える状況が続いているが、もちろんこれが永続する保証はない。

 原油価格が上昇に転じれば、再び輸入額が大きく増えることになる懸念もある。また、円安傾向が続く限り、エネルギーコストが貿易収支に重くのしかかる構造は変わらない。

輸出立国型の経済構造は変わったのか

 もちろん、そのコストを賄うだけのメリットを円安がもたらしてくれれば問題ない。メリットとはつまり、円安で輸出が大きく増えるということだ。

 アベノミクスの開始以来、経済産業省を中心に、「Jカーブ効果」という言葉がさんざん語られてきた。円安になると当初は輸入品の価格上昇で貿易収支が落ち込むが、時間が経つにつれて輸出が伸びるため貿易収支は大きく改善する、というものだ。これをグラフに描くとちょうど「J」のようになることから、そう呼ばれてきた。ところが、2年半近くもJカーブは表れないままだった。

 一方で、日本企業はここ10年の間に、製造拠点を海外に移転するなど円高対策を打ってきており、円安になっても日本からの輸出は増えないという見方もある。つまり、輸出立国型の経済構造はすでに変わってしまっているというものだ。

 逆に部品を海外工場から仕入れているようなケースでは、むしろ円安で価格が上がり、採算が悪化している例もあるという。

 国会論戦で野党からは、アベノミクスによる円安は、必ずしも日本からの輸出を増やしておらず、むしろ輸入品の価格を上昇させているだけだ、という批判の声も上がっていた。3月の貿易収支黒字化が、安倍内閣が待ちに待った「Jカーブ効果」の表れなのか。それとも一過性の現象として終わるものなのか。日本経済の先行きを占ううえでも、4月以降の貿易収支の行方から目が離せない。