藤沼亜起インタビュー「会計基準の世界統一の流れは不可避、強制適用が筋だ」

日本を代表する会計士の藤沼亜起さんのインタビューを掲載しました。70歳になって様々なポストから引退されたので、ひとつの区切りとしてお話をお聞きしました。藤沼さんを初めて取材したのは藤沼さんがまだ40代のころ。それ以来、四半世紀近くお付き合いさせていただいています。引退を機に歯に衣きせぬ発言で世の中を変える役回りを担っていただきたいと思います。インタビューはその第一弾というわけです。http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43476


日本を代表する公認会計士で国際会計士連盟(IFAC)の会長や日本公認会計士協会の会長を歴任した藤沼亜起氏(70)が、中央大学ビジネススクール教授を今年3月末で退き、現役を引退した。昨年末には国際会計基準IFRSの策定組織を運営するIFRS財団評議員会の副議長も退任しており、日本が長年の懸案として取り組んできた会計基準の国際統一の第一線からも退いたことになる。今後のIFRSの行方や、後輩への注文を聞いた

採用企業は2年で4倍に

 中央大学の教授も退任され、一応現役引退ということでしょうか。

藤沼 そうですね。IFRS財団の評議員会からはアラムナイ・ネットワークメンバーという肩書き頂戴しました。同窓会ではありませんが、過去に評議員を務めた人たちのネットワークを整備しようというわけです。評議員には錚々たるメンバーがいましたが、退任後はすっかり疎遠になっています。今回、アラムナイメンバー第1号ということで、日本のメンバーの取りまとめを仰せつかっています。

 確かに評議員は、各国の大臣経験者など大物ぞろいでした。

藤沼評議員会の初代議長は米国の財務長官だったポール・ボルカーさんですし、日本でも、野村証券の会長だった氏家純一さんや、富士銀行の頭取などを務めて日本政策投資銀行の社長をやっている橋本徹さんなどがいました。三井物産の副社長から日本銀行政策委員会審議委員を務めた福間年勝さんや、監査法人トーマツの会長だった田近耕次さんは亡くなりましたが。

 最近、国際会計基準IFRSを採用する企業が急速に増えています。日本ではIFRSの採用について長年議論がありましたが、ようやく流れが決まったということでしょうか。

藤沼東京証券取引所のまとめによると、5月20日現在で85社がすでに任意適用しているか、正式発表しています。2013年6月に金融庁が「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方に関する当面の方針」を公表した時点では20社でしたから、2年で4倍になったわけです。「当面の方針」ではIFRSの任意適用を拡大していく方針が明確に打ち出され、IFRSを採用できる要件を大幅に緩和しました。ただ、採用企業の時価総額を合計すると100兆円を超えたと言っていますが、これで良しというわけではありません。300社という目標もありますが、これで終わりではない。目標を500社に引き上げ、時価総額ベースで東証上場の過半数の企業が採用する状況まで早急にもっていくべきでしょう。

IFRSは強制適用するのが筋

 藤沼さんは、企業が任意に採用するのではなく、国としてIFRSを強制して一本化すべきだという考えでは。

藤沼 本来は強制適用するのが筋だと思います。現在、日本ではIFRSのほか、日本基準と米国基準の利用が認められています。さらに、IFRSを日本企業が受け入れやすいように修正した「修正国際基準」も採用が認められると1つの市場の中に4つの基準を使った決算書が混在することになります。発展途上国の資本市場ならともかく、先進国でそんな国はありません。

 IFRSを採用している企業にも業種などによって大きな偏りがあるようです。

藤沼 はい。そこがひとつの問題です。医薬品会社や総合商社などグローバルに活動している企業のIFRS採用が先行しています。一方で、銀行や保険、電気・ガスなど規制業種のほか、建設業、海運、倉庫、繊維製品など、12の業種ではIFRSを採用している企業がゼロです。業法に会計にかかわる規定があるということもありますが、なぜIFRSを採用することができないのか。業種別にその理由を精査してみる必要がありそうです。

 米国基準を使っている企業もかなりあります。

藤沼 かつて34社あったのですが、ここへ来て、米国基準採用会社がIFRSに変更する例が相次いでいます。総合商社のほか、日立製作所パナソニック、ホンダなどがIFRS採用を決め、今年5月で18社にまで減りました。

ひと口に米国基準採用といっても実は大きく2つに分かれます。米国基準を採用して米国市場に上場するなど、米当局に登録している会社と、登録せずにただ米国基準を使っている会社です。前者は米当局にきちんとチェックされているわけですが、後者はそれがない。いわば「ナンチャッテ米国基準」なわけです。

もともと米国市場に上場していて、その後上場を取り止めた結果、会計基準だけは米国基準になっているというケースもありますが、最初から上場もせずに米国基準だけ使っている会社もあります。元CFO(最高財務責任者)が反IFRSキャンペーンを展開していた電機会社がまさしくその例で、日本基準は素晴らしいと口では言いながら、自分の会社は「ナンチャッテ米国基準」を使うという。まったく理解不能でした。

IFRS賛成に変わった経産省

 民主党政権時代に突然出てきた反IFRSの動きですね。

藤沼 2008年に米国がロードマップというのをまとめて一気にIFRS採用のムードが高まりました。日本の金融庁はまったく予想していなかった米国の動きで、大慌てになり、急遽、2009年6月に日本版ロードマップがまとめられました。それまで相互承認路線でいくと言っていた経団連がIFRS受け入れへと一気に変わったのです。ところがその後、自民党が下野。最大の問題だったのは政権を取った民主党が金融担当相を国民新党とし、金融に関する行政を丸投げしてしまったことです。

2011年には当時の自見庄三郎大臣が突然、大臣の指示とか言ってロードマップを先送りしてしまった。その時、暗躍したのが元CFOです。その後の2年間、IFRS論議は冬の時代でした。この間よく金融庁の官僚たちは耐えたと思います。2013年には先ほど言った「当面の方針」を出したわけです。

 安倍晋三内閣は、経済のグローバル化を前提に、戦略戦略などでIFRSの適用拡大を打ち出しました。

藤沼政調会長代理だった塩崎恭久衆議院議員の果たした役回りは大きいと思います。自民党の会計小委員長から始まって、日本の会計制度やIFRSに精通しています。もっとも、会計士業界べったりというわけではなく、会計不祥事問題などでは何度も今回に呼ばれ厳しく追及されました。非常に会計や監査が果たす役割を正確に理解し、重視されている。政調会長代理としてまとめた日本再生ビジョンにIFRSの任意適用拡大を盛り込み、政府の成長戦略にも反映されました。

経済界の重厚長大企業の意向を受けがちな経済産業省は、当初、IFRSに反対する立場でした。ところが、閣議決定された戦略に加わったことで、むしろ賛成の立場に変わったようです。やはり、政治のリーダーシップは重要だと思いました。

 IFRSの適用拡大など今後について、注文はありますか。

藤沼 IFRSなどルールのグローバル化には常に反対がつき物で、繰り返し揺り戻しがあります。しかし、日本はつまらない事で停滞している余裕はもはやないはずです。私もIFRSが好きでたまらないからIFRS採用を訴えているわけではありません。ここまで経済のグローバル化が進む中で、会計基準を国際的に統一して、世界各国の企業の決算書を比較可能にするのは当り前。絶対必要なことだと思います。日本は世界が認めるIFRSを採用することで世界から投資資金を集め、経済の復活、成長を早めて欲しい、そう願っています。


藤沼亜起(ふじぬま・つぐおき) 1944年生まれ。中央大学商学部卒。1974年公認会計士登録。太田昭和監査法人(現新日本監査法人)などで代表社員。2000年から2年半、国際会計士連盟(IFAC)会長、2004年から3年間、日本公認会計士協会会長を務めた。IFRS財団評議員は2004年から限度いっぱいの2期6年を務めたが、2010年には藤沼氏のために新設された副議長に就任。任期3年だったが、1年延長され2014年末に退任した。中央大学大学院戦略経営研究科(中央大学ビジネススクール)教授も2015年3月末で退任。5月には旭日中綬章を受けた。